20 / 24
#第九話 #料理 #協力
しおりを挟む
『試練:二人で料理を作ってみよう! 協力して美味しいご飯を完成させてくださいね!』
日曜の朝十時。
春樹のスマホが、テーブルの上で小さく震えた。
「料理を作ってみようって。どこでやるんだよ」
画面には、巫女キャラが、フライパンを振っているイラストと共に、試練の内容が表示されている。
『台所に立つことで、相手の新たな一面が見えてくるかも?』
すぐに通知が重なって表示される。蒼依からのメッセージだった。
『料理の試練だって』
『どこでやる?』
連続してメッセージが届く。
『今日、親出かけてるけど』
『台所使っていいか、母さんに聞いてみる』
送信してから、すぐに既読がついた。
『無理は言わないようにね』
『でも負けないんだから。覚悟しときなさいよ』
蒼依らしい返信の後に、人気のキャラアニメ『かめとうさぎ。』のスタンプが送られてきた。
「覚悟って、何のだよ……」
◇
インターホンが鳴ると同時に、スマホが軽く震える。
『着いたよ』
『分かった。今開ける』
春樹が玄関のドアを開けると、蒼依がうつむき気味に立っていた。
ゆるめのパーカーに、ショートパンツ。
ショートソックスにスニーカー、肩にはトートバッグ。
「……何?」
「いや、別に。普通の格好だなって」
「変なの。あんまりジロジロ見ないでよ」
春樹が半分くらい開けていたドアをすり抜けるようにして、いつものように上がりこんでくる。
靴を丁寧に揃えている蒼依の姿を見ながら、春樹はゆっくりとドアを閉めた。
「おばさんは?」
「父さんと出かけてるよ。帰ってくるの夜だってさ」
「あと、台所使っても良いって」
「そっか。これ、うちのお母さんから」
「わざわざ良いのに。あとで渡しておくよ」
「うん、お願いね。忘れちゃ駄目だから」
蒼依から、どこかのお土産らしき包みを渡された春樹は、それをリビングのテーブルへと置いておく。
「じゃあ、早速始めましょうか。まずは手を洗わせてもらうわね」
床に置かれたトートバッグから、エプロンを取り出すと、蒼依がヘアゴムで髪を結びはじめた。
◇
キッチンには、ステンレスのカウンターと三口のコンロ。
調味料が並ぶ棚。冷蔵庫の横には、濃いグレーのシンプルな鍋つかみが掛けられていた。
「やっぱり綺麗なキッチン。おばさんの人柄がよく分かる」
「別に普通だろ。鍋とかボウルは、その棚」
「もう分かってるよ。春樹よりも、私の方が詳しいんだから」
「うちのレンジで、何かの生地を爆発させたのは誰だったっけ」
「う、うるさい! あれは私がやりたいって言ったわけじゃ……」
二人でキッチンの様子をざっと確認した後、スマホの画面を開いた。
『試練:二人で料理を完成させましょう!』
木札に筆文字で書かれている。
「料理って言うけど、何を作ればいいのかしら」
「昼はもう食べたか?」
「まだ食べてない。一緒に食べるつもりだったし」
蒼依が見せてきたスマホのサイトには、簡単なレシピが表示されていた。
『おすすめ:オムライス、ハンバーグ、カレー、パスタ……』
「定番って感じだな。うちにある食材で作れるのか」
「だったら簡単に作れそうなものが良いよね。この中だと、やっぱりオムライスかしら」
「オムライスか。別に簡単ではないような気がするけど」
卵、ケチャップ、バター、チキンライス。
美味しく仕上げるためには、ちょっと工夫が必要だろう。
「じゃあ、こうしよう」
春樹は冷蔵庫を開け、食材をざっと確認する。
卵、鶏もも肉、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、ケチャップ、バター。
サラダに使えそうなレタスとトマトもある。
「オムライスは俺がメインでやるから、蒼依はスープとサラダ。アプリ的には“一品”で良いんだろうけど、せっかくだしセットにしよう」
「ちょっと待って。なんで、私がサイドメニュー担当なのよ」
「火加減とか味付けとか、失敗しないやつの方が——」
「春樹、今すごーく失礼なこと言ったよね」
蒼依の目が、じっと細くなる。
「やっぱり、こうしましょう」
蒼依が、腕を組みながら宣言する。
「オムライスの中身——チキンライス担当は春樹。卵で綺麗に包むのは私」
「卵で包むオムライス、結構難しいぞ。そんなにハードル上げないで、無難に乗せるだけにしといた方が……」
「絶対に負けないし。“どっちの担当パートが美味しかったか勝負”ってことでどう?」
「この試練、勝負する前提じゃないんだが」
「勝負よ、春樹。チキンライス、絶対に美味しく包んであげるんだから」
いつか聞いた言葉が、またキッチンで響いていた。
「分かったよ。じゃあ、そっちは卵とスープとサラダ」
「完璧に仕上げて、春樹に負けたって思わせちゃうからね」
得意げな蒼依を見ながら、春樹はやれやれといった様子で、料理の準備を始めていく。
◇
まずは下ごしらえ。
春樹がまな板を出し、皮をむいた玉ねぎを半分にしてから、素早くみじん切りにしていく。
「なんか慣れてる。春樹って、料理できたんだ」
「母さんが忙しい時は、俺が作ることもあるし」
蒼依もピーマンを切り始めた。
手つきは丁寧で、指の置き方も危なげない。
ただ——動きが慎重すぎて、やたらと時間がかかる。
「そんなにゆっくり切ってたら、いつまでも終わらないぞ」
「いいの。こういうのはきちんと丁寧にやらなきゃだよ」
「そうだけどさ。先に進めとくからな」
熱したフライパンに油を垂らし、玉ねぎをさっと投入する。
「なんか火、強すぎじゃない」
「このくらいの中火で、野菜に火を通すんだよ」
「ほら、ピーマンも貸して。一緒に炒めるから」
蒼依から受け取ったピーマンをフライパンに入れ、一緒に炒めていく。
「みじん切りのにんじんも加えて、野菜に火が通ったら、味付けしておいた鶏もも肉を炒める」
鶏肉を加えると、香ばしい香りと共に、美味しそうな音が重なりあっていく。
◇
チキンライス用の具材に火が通ったところで、ご飯を投入する。
木べらでさっとほぐしながら、ドーナツ状にしたご飯の真ん中でケチャップを炒めていくと、キッチンに漂う香りが一気に“オムライスの匂い”に変わった。
「美味しそう。結構な力作じゃない」
「だろ。これは俺の勝ちかもな」
美味しそうなチキンライスを見ながら、春樹は得意げに答えた。
「まだ大事な卵が残ってるでしょ。ここからが本番なんだから」
チキンライスをしばらく見てから、蒼依が常温に戻した卵をボウルに割り入れる。
殻が入らないように慎重に、箸で軽く空気を入れるようにして混ぜていく。
「何個使う?」
「三個でいいんじゃないか。薄いと包むのが難しいだろうし」
「うん、あのさ、春樹」
ふと手を止め、蒼依が呟く。
「昔の話、覚えてる?」
「私が、レンジで出来るお菓子づくりにハマった時のこと」
「あれはさすがに忘れられないだろ……」
記憶が蘇る。
蒼依がハマりすぎて、週に何度も何度もケーキや洋菓子が量産され、春樹の体重が大変なことに。
「春樹って、意外と太りやすかったんだね」
「あのせいで、発育測定で発育しすぎって判定されちゃったんだぞ」
「笑える。でも、ダイエットにもちゃんと付き合ったでしょ?」
「私、走るの好きだったし」
「もう二度と思い出したくないな。あの縄跳びとジョギングの日々」
ふふっと笑った蒼依の卵液を混ぜている音が、少しだけ柔らかくなった気がした。
◇
スープとサラダの準備は、蒼依の担当。
鍋に水とコンソメ、野菜とウインナーを入れて火にかける。
「火、強めじゃないか?」
「沸かしたいんだから、これくらい普通でしょ」
「沸き始めたら弱めにな。あと塩は——」
「分かってる。塩は“少々”」
蒼依が、塩の容器を手に取る。
ほんの一瞬、手首の角度を見て、春樹は危険を察知した。
「待て。今、少々って量じゃ——土俵入りじゃないんだぞ」
ぱらぱら、と、白い粒が鍋に落ちていく。
春樹の感覚からすると、理想の二~三倍。
「これじゃ塩スープだろ。コンソメも入ってるのに」
「もう、ちゃんと味見してから文句言って」
蒼依がおたまから小皿にスープを移す。
一口含むと、ぴくっと眉を動かした。
「しょっぱいだろ。だから言ったのに」
「ぎ、ギリギリセーフ。パンチが効いてて良いと思う」
「絶対アウトの顔だったけどな」
仕方なく、春樹もスープを一口。
舌の上で塩気が主張してくる。飲めないほどではなかったが、確かに塩味がボディーブローのように効いてくる。
「これはパンチというよりも、ボディーブロー・スープだ……」
「うるさい。いちいち細かいのよ、春樹は」
「大丈夫。これなら取り返しがつく」
黙々と調整を始める春樹を見ながら、蒼依は軽く頬を膨らませていた。
◇
いよいよ最後の大仕事——卵で包む工程に入る。
「フライパン、これで良い?」
「ちょっと重いから、もう一回り小さいやつの方がいいかも」
「分かった。これなら使いやすそう」
蒼依は棚から赤いフライパンを取り出すと、火にかけた。
バターを半分ほど溶かすと、溶いた卵を少しずつ流しこんでいく。
「ここからが勝負」
「焦がすなよ。スクランブルエッグにはしないように」
「変なこと言わないで」
焦げつかないように、フライパンを軽くゆすっていく。
卵が半熟のとろとろの状態になったところで、チキンライスを中央に乗せた。
「意外といい感じじゃん」
「よ、よし……上手に出来てるから、大丈夫」
蒼依の動きはぎこちなかったが、一応レシピ通りに進んでいる。
「ふふっ、美味しそうに包めた」
フライパンを傾けて、皿に滑らせるように移し替える。
形は、ちょっと歪だったが——崩れてはいない。
◇
サラダとスープを添えて、テーブルに並べていく。その最中に、蒼依がケチャップの容器を手に取った。
「“負け”って描いてあげようかと思ったんだけど」
「やめろ。負けオムライスなんて美味しくなさそうすぎるだろ」
「じゃあ猫でも描いてみる? オムライスがちょっと可愛くなるかも」
蒼依がケチャップで、自分のオムライスに動物らしきものを描いている。
「なんだそれ。猫と呼んでいいのか……」
「誰が見ても猫でしょ。ちょっと歪んじゃったけど、ヒゲもちゃんとあるし」
「ちょっと歪んじゃったって発言が、すでにおかしいからな」
「そういう方が可愛いでしょ。私的には、上手に描けたと思ってる」
波打ったケチャップの輪郭線が、自称猫の形を浮かび上がらせているのだが、どうせならオムライスそのものを、猫っぽく仕上げた方が良かったのではということは、春樹の内だけに秘めておいた。
「じゃあ、いただきます」
二人で同時に、オムライスを口に運ぶ。
ふわっとした食感の後に、ケチャップの甘酸っぱさと、半熟卵とバターの風味が広がっていく。
「すごく美味しい。上手に出来たね」
嬉しそうに話す蒼依に、春樹は素直に頷いた。
「チキンライス、ちょっと悔しいくらいに完璧」
「素直に美味しかったで良いんじゃないか」
「これじゃ春樹の勝ちみたいだし」
「卵は蒼依がやったんだから、半分くらいは蒼依の手柄だと思うぞ」
「半分くらいってとこが、なんかムカつく」
そう言いながら、ずっと食べているあたり、蒼依の正直な感想は『気に入ってる』なのだろう。
と、その時——
テーブルの上に置いた二人のスマホが、同時に震えた。
『試練クリア! 絆が深まりましたね! 蒼依の恋ごころ+30、春樹の恋ごころ+30』
画面には、巫女キャラクターが、フライパンをくるくる回しながら拍手しているアニメーションが表示されていた。
「結構上がったな。容器が半分くらい満たされてる」
蒼依が、スプーンを持ったまま、ちらりと春樹を見た。
「で、勝負の結果だけど」
「どっちの担当パートが美味しかったか、の勝負。まさか忘れてないわよね」
「比べようがないと思うんだが」
春樹が呆れながら答える。
「チキンライスは春樹。卵とスープ、サラダも私。担当した作業的には、圧倒的に私の勝ち」
「まったく。どこまで負けず嫌いなんだか」
少し考えてから、春樹が提案する。
「オムライスは俺の勝ち。卵とスープとサラダは蒼依の勝ち」
「全部勝ちって、要は引き分けってこと?」
「ああ、これで文句ないだろ。全部勝ちってことにしよう」
「なんか適当にあしらわれた感じがするんだけど」
ぶつぶつ言いながらも、蒼依はそれ以上何も言わなかった。
「二人で協力するのも悪くなかっただろ」
「うん。久しぶりに楽しかったよ」
嬉しそうにオムライスを食べる蒼依の姿を見ながら、春樹はこんな時間がずっと続けば良いのになと、密かに思っていた。
日曜の朝十時。
春樹のスマホが、テーブルの上で小さく震えた。
「料理を作ってみようって。どこでやるんだよ」
画面には、巫女キャラが、フライパンを振っているイラストと共に、試練の内容が表示されている。
『台所に立つことで、相手の新たな一面が見えてくるかも?』
すぐに通知が重なって表示される。蒼依からのメッセージだった。
『料理の試練だって』
『どこでやる?』
連続してメッセージが届く。
『今日、親出かけてるけど』
『台所使っていいか、母さんに聞いてみる』
送信してから、すぐに既読がついた。
『無理は言わないようにね』
『でも負けないんだから。覚悟しときなさいよ』
蒼依らしい返信の後に、人気のキャラアニメ『かめとうさぎ。』のスタンプが送られてきた。
「覚悟って、何のだよ……」
◇
インターホンが鳴ると同時に、スマホが軽く震える。
『着いたよ』
『分かった。今開ける』
春樹が玄関のドアを開けると、蒼依がうつむき気味に立っていた。
ゆるめのパーカーに、ショートパンツ。
ショートソックスにスニーカー、肩にはトートバッグ。
「……何?」
「いや、別に。普通の格好だなって」
「変なの。あんまりジロジロ見ないでよ」
春樹が半分くらい開けていたドアをすり抜けるようにして、いつものように上がりこんでくる。
靴を丁寧に揃えている蒼依の姿を見ながら、春樹はゆっくりとドアを閉めた。
「おばさんは?」
「父さんと出かけてるよ。帰ってくるの夜だってさ」
「あと、台所使っても良いって」
「そっか。これ、うちのお母さんから」
「わざわざ良いのに。あとで渡しておくよ」
「うん、お願いね。忘れちゃ駄目だから」
蒼依から、どこかのお土産らしき包みを渡された春樹は、それをリビングのテーブルへと置いておく。
「じゃあ、早速始めましょうか。まずは手を洗わせてもらうわね」
床に置かれたトートバッグから、エプロンを取り出すと、蒼依がヘアゴムで髪を結びはじめた。
◇
キッチンには、ステンレスのカウンターと三口のコンロ。
調味料が並ぶ棚。冷蔵庫の横には、濃いグレーのシンプルな鍋つかみが掛けられていた。
「やっぱり綺麗なキッチン。おばさんの人柄がよく分かる」
「別に普通だろ。鍋とかボウルは、その棚」
「もう分かってるよ。春樹よりも、私の方が詳しいんだから」
「うちのレンジで、何かの生地を爆発させたのは誰だったっけ」
「う、うるさい! あれは私がやりたいって言ったわけじゃ……」
二人でキッチンの様子をざっと確認した後、スマホの画面を開いた。
『試練:二人で料理を完成させましょう!』
木札に筆文字で書かれている。
「料理って言うけど、何を作ればいいのかしら」
「昼はもう食べたか?」
「まだ食べてない。一緒に食べるつもりだったし」
蒼依が見せてきたスマホのサイトには、簡単なレシピが表示されていた。
『おすすめ:オムライス、ハンバーグ、カレー、パスタ……』
「定番って感じだな。うちにある食材で作れるのか」
「だったら簡単に作れそうなものが良いよね。この中だと、やっぱりオムライスかしら」
「オムライスか。別に簡単ではないような気がするけど」
卵、ケチャップ、バター、チキンライス。
美味しく仕上げるためには、ちょっと工夫が必要だろう。
「じゃあ、こうしよう」
春樹は冷蔵庫を開け、食材をざっと確認する。
卵、鶏もも肉、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、ケチャップ、バター。
サラダに使えそうなレタスとトマトもある。
「オムライスは俺がメインでやるから、蒼依はスープとサラダ。アプリ的には“一品”で良いんだろうけど、せっかくだしセットにしよう」
「ちょっと待って。なんで、私がサイドメニュー担当なのよ」
「火加減とか味付けとか、失敗しないやつの方が——」
「春樹、今すごーく失礼なこと言ったよね」
蒼依の目が、じっと細くなる。
「やっぱり、こうしましょう」
蒼依が、腕を組みながら宣言する。
「オムライスの中身——チキンライス担当は春樹。卵で綺麗に包むのは私」
「卵で包むオムライス、結構難しいぞ。そんなにハードル上げないで、無難に乗せるだけにしといた方が……」
「絶対に負けないし。“どっちの担当パートが美味しかったか勝負”ってことでどう?」
「この試練、勝負する前提じゃないんだが」
「勝負よ、春樹。チキンライス、絶対に美味しく包んであげるんだから」
いつか聞いた言葉が、またキッチンで響いていた。
「分かったよ。じゃあ、そっちは卵とスープとサラダ」
「完璧に仕上げて、春樹に負けたって思わせちゃうからね」
得意げな蒼依を見ながら、春樹はやれやれといった様子で、料理の準備を始めていく。
◇
まずは下ごしらえ。
春樹がまな板を出し、皮をむいた玉ねぎを半分にしてから、素早くみじん切りにしていく。
「なんか慣れてる。春樹って、料理できたんだ」
「母さんが忙しい時は、俺が作ることもあるし」
蒼依もピーマンを切り始めた。
手つきは丁寧で、指の置き方も危なげない。
ただ——動きが慎重すぎて、やたらと時間がかかる。
「そんなにゆっくり切ってたら、いつまでも終わらないぞ」
「いいの。こういうのはきちんと丁寧にやらなきゃだよ」
「そうだけどさ。先に進めとくからな」
熱したフライパンに油を垂らし、玉ねぎをさっと投入する。
「なんか火、強すぎじゃない」
「このくらいの中火で、野菜に火を通すんだよ」
「ほら、ピーマンも貸して。一緒に炒めるから」
蒼依から受け取ったピーマンをフライパンに入れ、一緒に炒めていく。
「みじん切りのにんじんも加えて、野菜に火が通ったら、味付けしておいた鶏もも肉を炒める」
鶏肉を加えると、香ばしい香りと共に、美味しそうな音が重なりあっていく。
◇
チキンライス用の具材に火が通ったところで、ご飯を投入する。
木べらでさっとほぐしながら、ドーナツ状にしたご飯の真ん中でケチャップを炒めていくと、キッチンに漂う香りが一気に“オムライスの匂い”に変わった。
「美味しそう。結構な力作じゃない」
「だろ。これは俺の勝ちかもな」
美味しそうなチキンライスを見ながら、春樹は得意げに答えた。
「まだ大事な卵が残ってるでしょ。ここからが本番なんだから」
チキンライスをしばらく見てから、蒼依が常温に戻した卵をボウルに割り入れる。
殻が入らないように慎重に、箸で軽く空気を入れるようにして混ぜていく。
「何個使う?」
「三個でいいんじゃないか。薄いと包むのが難しいだろうし」
「うん、あのさ、春樹」
ふと手を止め、蒼依が呟く。
「昔の話、覚えてる?」
「私が、レンジで出来るお菓子づくりにハマった時のこと」
「あれはさすがに忘れられないだろ……」
記憶が蘇る。
蒼依がハマりすぎて、週に何度も何度もケーキや洋菓子が量産され、春樹の体重が大変なことに。
「春樹って、意外と太りやすかったんだね」
「あのせいで、発育測定で発育しすぎって判定されちゃったんだぞ」
「笑える。でも、ダイエットにもちゃんと付き合ったでしょ?」
「私、走るの好きだったし」
「もう二度と思い出したくないな。あの縄跳びとジョギングの日々」
ふふっと笑った蒼依の卵液を混ぜている音が、少しだけ柔らかくなった気がした。
◇
スープとサラダの準備は、蒼依の担当。
鍋に水とコンソメ、野菜とウインナーを入れて火にかける。
「火、強めじゃないか?」
「沸かしたいんだから、これくらい普通でしょ」
「沸き始めたら弱めにな。あと塩は——」
「分かってる。塩は“少々”」
蒼依が、塩の容器を手に取る。
ほんの一瞬、手首の角度を見て、春樹は危険を察知した。
「待て。今、少々って量じゃ——土俵入りじゃないんだぞ」
ぱらぱら、と、白い粒が鍋に落ちていく。
春樹の感覚からすると、理想の二~三倍。
「これじゃ塩スープだろ。コンソメも入ってるのに」
「もう、ちゃんと味見してから文句言って」
蒼依がおたまから小皿にスープを移す。
一口含むと、ぴくっと眉を動かした。
「しょっぱいだろ。だから言ったのに」
「ぎ、ギリギリセーフ。パンチが効いてて良いと思う」
「絶対アウトの顔だったけどな」
仕方なく、春樹もスープを一口。
舌の上で塩気が主張してくる。飲めないほどではなかったが、確かに塩味がボディーブローのように効いてくる。
「これはパンチというよりも、ボディーブロー・スープだ……」
「うるさい。いちいち細かいのよ、春樹は」
「大丈夫。これなら取り返しがつく」
黙々と調整を始める春樹を見ながら、蒼依は軽く頬を膨らませていた。
◇
いよいよ最後の大仕事——卵で包む工程に入る。
「フライパン、これで良い?」
「ちょっと重いから、もう一回り小さいやつの方がいいかも」
「分かった。これなら使いやすそう」
蒼依は棚から赤いフライパンを取り出すと、火にかけた。
バターを半分ほど溶かすと、溶いた卵を少しずつ流しこんでいく。
「ここからが勝負」
「焦がすなよ。スクランブルエッグにはしないように」
「変なこと言わないで」
焦げつかないように、フライパンを軽くゆすっていく。
卵が半熟のとろとろの状態になったところで、チキンライスを中央に乗せた。
「意外といい感じじゃん」
「よ、よし……上手に出来てるから、大丈夫」
蒼依の動きはぎこちなかったが、一応レシピ通りに進んでいる。
「ふふっ、美味しそうに包めた」
フライパンを傾けて、皿に滑らせるように移し替える。
形は、ちょっと歪だったが——崩れてはいない。
◇
サラダとスープを添えて、テーブルに並べていく。その最中に、蒼依がケチャップの容器を手に取った。
「“負け”って描いてあげようかと思ったんだけど」
「やめろ。負けオムライスなんて美味しくなさそうすぎるだろ」
「じゃあ猫でも描いてみる? オムライスがちょっと可愛くなるかも」
蒼依がケチャップで、自分のオムライスに動物らしきものを描いている。
「なんだそれ。猫と呼んでいいのか……」
「誰が見ても猫でしょ。ちょっと歪んじゃったけど、ヒゲもちゃんとあるし」
「ちょっと歪んじゃったって発言が、すでにおかしいからな」
「そういう方が可愛いでしょ。私的には、上手に描けたと思ってる」
波打ったケチャップの輪郭線が、自称猫の形を浮かび上がらせているのだが、どうせならオムライスそのものを、猫っぽく仕上げた方が良かったのではということは、春樹の内だけに秘めておいた。
「じゃあ、いただきます」
二人で同時に、オムライスを口に運ぶ。
ふわっとした食感の後に、ケチャップの甘酸っぱさと、半熟卵とバターの風味が広がっていく。
「すごく美味しい。上手に出来たね」
嬉しそうに話す蒼依に、春樹は素直に頷いた。
「チキンライス、ちょっと悔しいくらいに完璧」
「素直に美味しかったで良いんじゃないか」
「これじゃ春樹の勝ちみたいだし」
「卵は蒼依がやったんだから、半分くらいは蒼依の手柄だと思うぞ」
「半分くらいってとこが、なんかムカつく」
そう言いながら、ずっと食べているあたり、蒼依の正直な感想は『気に入ってる』なのだろう。
と、その時——
テーブルの上に置いた二人のスマホが、同時に震えた。
『試練クリア! 絆が深まりましたね! 蒼依の恋ごころ+30、春樹の恋ごころ+30』
画面には、巫女キャラクターが、フライパンをくるくる回しながら拍手しているアニメーションが表示されていた。
「結構上がったな。容器が半分くらい満たされてる」
蒼依が、スプーンを持ったまま、ちらりと春樹を見た。
「で、勝負の結果だけど」
「どっちの担当パートが美味しかったか、の勝負。まさか忘れてないわよね」
「比べようがないと思うんだが」
春樹が呆れながら答える。
「チキンライスは春樹。卵とスープ、サラダも私。担当した作業的には、圧倒的に私の勝ち」
「まったく。どこまで負けず嫌いなんだか」
少し考えてから、春樹が提案する。
「オムライスは俺の勝ち。卵とスープとサラダは蒼依の勝ち」
「全部勝ちって、要は引き分けってこと?」
「ああ、これで文句ないだろ。全部勝ちってことにしよう」
「なんか適当にあしらわれた感じがするんだけど」
ぶつぶつ言いながらも、蒼依はそれ以上何も言わなかった。
「二人で協力するのも悪くなかっただろ」
「うん。久しぶりに楽しかったよ」
嬉しそうにオムライスを食べる蒼依の姿を見ながら、春樹はこんな時間がずっと続けば良いのになと、密かに思っていた。
0
あなたにおすすめの小説
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる