9 / 15
9告白
しおりを挟む
『金平糖の精役』のオーデションは四日後の日曜日の午後に決まった。
その前に、
未華子の両親からどうしても団にいる亡き娘の友人知人と会いたいという申し出があった。
行きたいような行きたくないような心境だった。
わざわざ未華子の実家が車を手配してくれた。
葬儀に参加しなかった者たちだけお焼香にあがる予定だったのに。
出掛に校門の前に待ち合わせた面々をみて玲於奈は回れ右をして帰りたくなった。
この日のために出向いた紫雨カノンと下村鞠。
不知火偕子と水辺アイリ、綾部奈緒の三羽カラス。
西園寺翔と叔母であり校長の西園寺貴子。
それに、どういうわけなのか校医の早乙女もいた。
もっと謎だったのはあの優男と鬼瓦の刑事がふたり。
六台の黒塗りの車が連なって止まっていた。
玲於奈と樹里は最後の一台にふたりで乗り込んだ。五人は乗れそうな広い車だった。
運転手との間にガラスの仕切りがある。こちら側の話し声は聞こえない仕様になっている。
「すっご!ハイヤーがくるとはねえ」
「なに?それ」
「この車だよ。タクシーの何倍も高いハイヤーだって。初めて乗る。
うちのおじいちゃん、子供の頃タクシーのこと『ハイヤー』って呼んでた。はは」
「ふうん。確かに高級車よね。この車。それも六台だよ。
マイクロバスで足りたよね。車体に私たちが映ってたよね。磨き上げてるかんじ」
庶民感覚素晴らしいと樹里がけたたましく笑った。
「どうせ貧乏人ですよ。ところでさぁ。校長に驚いたわ。葬儀に参列したはずなのに。
また来るのなんて。引率責任者かな」
「あら。自分の甥と中務未華子は婚約していたのよ。その辺を整理したかったんじゃないの」
「整理って?」
「ああ。世間知らずね。未華子がいない今は次の婚約者を偕子に交代させなきゃ。
寄付金二位の不知火財閥の孫娘ならいうことないわね。でも、中務家からは引き続き支援を受けたいところなのよ」
膝の黒いバッグを持った指がとての冷たいと思った「そうなんだーーーなるほどね。ところで刑事がくっついてくるのはなんでだろ」
「未華子の両親は納得してないでしょ。動画の件は」
「だね」
「やっぱりあれは団の誰かの仕業でしょ。刑事裁判にでも持ち込みたいでしょうね。無理か民事か?」
「そうなのかな」
「信じられないね。式部様がもう団にいないなんて」
「うん」
オーデションの発表があったその日の夜、紫雨カノンは退団届を校長に提出したのだ。
一端預からせてもらうわという校長に「いいえ。もう帰って来ません」と、小さなスーツケースひとつで去ったのだ。
「淋しい。たった一週間前だったね。今日は会えて嬉しいよ」
「オーディションにエントリーした子達。どう思う?樹里は」
「まあ。あの自称お姫様三羽烏は来るかなって予想してた。でもさあ。なんで鞠がぁ?あの子にオーロラ?ありえんでしょ」
それは玲於奈も同意見だ「うーん。式部様もいなくなって焦ったとか?」
「なんで焦るのよ」
「拠り処だったはずだよ。式部様は」
「主人を失くして解放された黒人奴隷は実のところどうやって生計をたてていいのか解らなくなっちゃったっていう小説みたいね」
「『風と共に去りぬ』でしょ?うーん少し違うけど。似てるとこもあるのかな?」
「バリエーション楽しみね。順番に踊るんでしょ」
「樹里ったら荒探ししかしないじゃない」
「それが楽しみだっていうの。あたしもエントリーしちゃおっかなぁ」ポンと樹里が玲於奈の肩を叩く。
車窓は緑濃い田舎から段々ビル群へと変わった。
遠くに鈍く光る海が現れて二人とも窓辺に乗り出した。
カモメが飛び交っている。
「未華子の家って豪邸かなぁ。あのねえ。あたしバカだからよくわかんないんだけど。
未華子が自殺したってやっぱりピンとこないんだよね。
だってさあ。人間て自殺する前の日に図書館で本借りたりするのかなぁ?
自殺に役立つ本だったのかな。それか最期に読んでおきたかった思い出の本とか?」
サーっと血の気が引いて、
立ち上がりそうになってシートベルトに阻まれた。
「それなんてタイトル!?貸し出しは二週間よね。まだ未華子の荷物に混じってるよね。
何かわかるかも。あっちについたら探そう。でも。これは絶対秘密ね」
「うん。そんなの別に探すのはいいけど。そんなに秘密にしなくちゃだめ?」
「それはーーーそれはね。私も自殺じゃない気がしてた。それって事実だったら大問題になる。
だから誰にもいわないで調べたいの」
「そっか。流石は玲於奈。そこまで頭まわらんかったわ。でも自殺じゃないなら殺人事件かあ」
「うん。はっきりさせたい」
前のタクシーが劇場らしき建物の裏で止まって葛西が乗り込んだ。
うわぁ。最悪。あいつも来るのか。
果たしてそこは『家』などというものじゃない『城』だった。
それに都内と聞いていたのに全く違った。
四方を海で囲まれた島に聳えていた。
途中大型フェリーにハイヤーごと乗り込んで島に渡った。
電動のゲートが開いて車寄せまで数百メートルはあった。
「ひろっ!!」
樹里が叫んだ。
通された部屋は100畳もあるかという広さで快適なリビングだった。
本物の火が燃えている暖炉を中心に大きなキューブ型のソファーが組み合わされて配置してある。
20人が余裕で座ってそこで一夜をあかせそうなほどソファーは座ると快適に身を沈められる。
その後ろには別に二つのソファーセットが在った。
パーティーもできるだろう。
玲於奈は自分から遠いソファーを選んで座った西園寺翔の存在を強く感じていた。
玲於奈もまた遠くに居ることを選んだ。
今。この時。あの人は誰の事を考えているだろうーーー未華子かな。私では絶対ない。そう思うとぽっかりお腹に穴か開いて言いようのない寂しさを感じた。
漢字練習で出て来た『寂寞』とか『寂寥』人生で使うことないと思っていた漢字だったけど。
白い壁。白い天井。白い暖炉に。白いソファー。床の絨毯は灰色。
アイアンのシャンデリアといくつもあるフランス窓の枠は黒色。
雑誌に載っているような生活感ゼロのインテリアだ。
天井まであるドアが開いてお茶のセットを給仕の女が運んできてセンターテーブルに用意して出て行った。
「快適ねえ。一生ここに住みたいわ」と樹里。
素敵ねと玲於奈が返す。
偕子が「みっともないからキョロキョロしないで」と二人に言い放った。
「は?あなたの御意見なんて誰もきいてないわ」と樹里。
玲於奈は二人がこんなところで喧嘩したらみっともないよと言って二人から不興をかった。
暫く待つと、未華子の両親が入って来た。
全員立ち上がる。
「ああ。そのまま。お寛ぎください。今日は、こんな遠くまで未華子のためにありがとうございます」母親は顔かたちも体つきも未華子にそっくりだった。
話していると段々娘よりずっと芯が強い女性だと判って来た。公家のおひいさまというより
時代劇に出てくる白い襷がけをして長刀を振るいそうな武家の娘を想わせる。
父親はでっぷりと太った雪だるまの体形で妻より背が低かった。娘を亡くした男親ならではの心ここに在らずといった印象は周囲にどれほど憐れみを誘っているかなど知らないだろう。
全員がお悔やみを云った。
校長もひとしきり生前の未華子がどんなに素晴らしいバレリーナだったかも強い口調で褒めた。
それに対して未華子の母親は儀礼的なお礼をひとこと述べるに留まった。
沈黙が来てその場はしらけた。
「遠いところおつかれでしょう。今日はゆるりとお寛ぎ頂いて。是非、未華子がそちらでどんなだったか思い出話など伺いのです。
どんな小さなことでも。日頃のあの子の事が知りたいのです。
たったひとりの娘でございましたでしょう。
皆様の口からあの子のことを伺えたらーーーー実感がわくのかしらと。ああ、ひとりお喋りしてしまって」
公演に向けてのリハーサルで一緒に小道具の紙吹雪で足を滑らせて一緒に笑ったことなど偕子達が話した。
彼女らなりに気を使っているのを目の前で聞いていると
彼女らに対しての冷たい感情も玲於奈の中で解氷してゆく心地がした。
しかし直ぐに真っ黒い闇に引き戻される。
元凶は私。
玲於奈は俯き加減でお茶を飲んだ。
喉が渇く。
同じく隅のソファーで落ち着なげにそわそわしている早乙女をちらりと見る。
そうだよね。
ここであの件を知っているのはこの禿デブオヤジとこの私だけ。
未華子を罠にハメて犯した。
動画も撮った。
そんな時、紫雨カノンが「あの。よろしければ未華子さんの部屋を拝見してもーーー」と申し出た。
ゆったり寛いでいる樹里を肘で突いた「わたしも。わたしも」
結局、玲於奈と三人で未華子の部屋に案内された。
「この家はもともと別荘でした。
不便はありますけど、でも。この5年。私たち、この田舎の空気が気に入ってここにしか住んでいまでんでした。
この部屋はあの子の思い出がいっぱいですわ」
通された部屋は未華子らしいという印象だった。中央に木製の天蓋のあるベッドにはフェミニンなレース編みの薄いカーテンがさがっている。
その手前の壁が大きな本棚でバレエ関係のものばかりだった。DVDの数もかなりだ。
きちんと整理整頓されて塵ひとつない。
ライティングデスクも。ピアノもドレッサーやコンソール。
すべてが落ち着いたオールナットだった。リビングの無機質さと対蹠的で若い女性が住んでいた香りがする。
懸命にバレエの勉強に使っただろう大きなデスクトップのパソコンだけが異質だったが。
樹里は天井まである大きな本棚をみて「ここから図書館の本を探すのは容易じゃないわね」
玲於奈はそんなところに図書館の本を挟むのは未華子らしくないと思った。
「ねえ。なんなの図書館の本て?」一緒に来た紫雨が腕を組んでいる「何かたくらみがありそうね」
未華子の母親が出てゆくと問いただした。
玲於奈は困惑して「ち、ちが。企んでなんかいません!ただちょっと気になることがあるだけです」
「私に話せないの?」
このひとならと樹里も私も図書館から未華子が自殺する前日に借りた本のことをしゃべった。
怖い顔だった式部様は「そう。私もお手伝いするわ。探しましょう。未華子の最期の意思がその本にありそう」
ーーーベッドサイドとかにあるのじゃないか?寝台の横にあるサイドテーブルの引き出しをあけた。
無い。
「あったわよ!」
式部様がドレッサーの下に敷かれていた敷物をめくって床下収納をみつけた。収納の取っ手を引くと古いぬいぐるみや玩具と一緒に本が出て来た。
セント・アガサの図書館のラベルが貼られている。
三人は窓辺で本を開いた。
タイトルは『姫君たちがこよなく愛したお菓子』
ヨーロッパの王侯貴族が食べていたお菓子を幾つも紹介している本だった。
『皇妃エリザベートが好んだお菓子「ザッハトルテ」のページに詩織が挟んであった。
樹里がそれをぱらぱらめくって「なんか、よくわかんない。いやあ。ますますわかんなくなった」
カノンが「これ。チョコレートのお菓子ばっかりだね。もしかしてバレンタインの?」
確かにザッハトルテ作るなら本命がいてその人のためだ。義理チョコでなく。
自殺前にチョコを作って渡しておきたかった??
やっぱりそうよね。
自殺を明日に控えた人が借りる本じゃない。
樹里はみんなのいるリビングに戻って大声を張り上げた「この中で未華子さんからチョコレートのプレゼントを受け取った方いますか!?」
唐突な質問に全員静まり返った。
「あのう。わたしです」左手を軽くあげて早乙女が恥ずかしそうに告白を始めた
「まだ。もらってはいないです正確にいうと。ただバレンタインに食べたいチョコレート菓子は何かと聞かれました。
図書館でみつけた本を僕にみせてくれた。こんな感じがいいかなって」
早乙女は中学生の様に両ひざにこぶしをのせ右手でずっと頭を掻いていた。
僕と彼女とは最悪の出会いだったかもしれません。だって僕は彼女をレイプした。そうです。僕は犯罪者だ。刑事さん、僕を捕まえてください!!
動画も撮影しました。それをネタに何度も彼女と寝た。最低な人間です。
ただーーーー
信じて頂けないですよね。次第に僕たちは男女の仲として惹かれあいました。
結婚の約束もしました。最初は西園寺君との婚約がダメになって悲しんでおられました心から。
でも。でも。僕たちは本気になりました。
今でも信じられない。こんな冴えない男をどうして未華子さんの様な若く将来ある素敵な人がと。
でも今日ここにきて少しだけ判った気がしました。
お父様を拝見して「あ。自分に似てる」そう思いました。
いいえ!人柄とか中身とかじゃないです。見た目です。ああ。僕は最低な事を白状しているのでしょうね。
笑ってやってください。動画を拡散させたのは僕じゃない!あの動画を持っていたのは僕と未華子さんの二人だけなんだけど」
紫雨が叫んだ「ウソだ!おまえなんかを未華子が愛するものか!!犯罪者め!!刑事さん、逮捕しなさいよ。自白してるでしょ!?」
立ち上がった彼女は早乙女に飛び掛かって殴りそうな勢いだった。
「本人はお亡くなりですからねえ。ま。家族の方が告訴状でも出されるなら動きますよ。勿論」ふかふかのソファーにほぼ大の字になって寝たまま鬼瓦がいう。
「おば様!出すでしょう?告訴状!」
「待って。カノンさん。あの子から連絡があったんです。
婚約はダメになったけど恋人ができた。お医者様だと。
破談にすると言い出して酷く泣いてました。それはもう心配でした。それが暫くして、とっても明るい声で電話がありましたの。人生初のあ愛する人だって。婚約解消になって良かったんだって。今度連れてくるからと」
マジデスカーーー!!?
玲於奈と樹里は互いの顔をみた。
同時に吹いた。
ああ。
だめええ。
最初に未華子の父が部屋に入って来た時樹里が耳打ちしてきた
「ちょっと。スノーマンが二人になったんですけど」
互いのその顔が笑っているのを見て笑いが止まらなくなった。
二人はソファーの上を抱きしめあって笑い転げた。
実際、初めてあった未華子の父と早乙女がそっくり過ぎだったのだ。
不知火偕子が立ち上がった「待って。そんな話。信じられないわ。レイプ犯と被害者が恋人同士になるですって?信じろって無理ですわ」
「だね」樹里が済まなそうに謝った。玲於奈もそれに続いた。
でもね。と玲於奈は考えた。自分もレイプされた翔の事を好きになったくちだよね。
うううん。早乙女とイケメン王子とを比べるのもなぁ。
「いや。いいんです」スノーマンと早乙女に似た未華子の父が静かに話しだした。
「その事の顛末は未華子から説明がありました。最初はそのう犯罪にあったと。でもそれは乗り越えたと。今はその人とおつきあいしていて結婚するつもりだと電話で。お医者様だと。なあ、おまえ」
「はい」静かに夫人も答えた。
静まり返って暖炉の炎がはぜる音だけしかしなくなった。
そんなミラクルな事が起きていたとは玲於奈も絶句だった。
「でも。怖い事だわ」鞠がすっと立ち上がって暖炉の前に歩み寄った。両手を火にかざして皆に背を向けた「もし真実だとして。早乙女先生にお聞きしておきたい。どこで先生は犯行におよんだのでしょう?最初の出会いの場です。未華子さんを強姦したのはどこですか?私も同じ団の同じ寮で暮らしてます。女の身にとってそんな事件に巻き込まれる危険な場所があったんですよね?いつ。どこで?」振り向いた鞠の顔は真っ直ぐ玲於奈を見つめた。
これまでの鞠に無い堂々とした態度。
微笑みは魅惑的とも映った。
無意識なのか意図的なのか、立ち姿が小間使いじゃない。
クロワゼだ。
所謂モデル立ちしている。
すっきり首の後ろを伸ばして両腕は肘を張って体の前で両手を重ねている。
そこに今まで誰も気づかなかったエレガントなバレリーナ下村鞠が佇んでいた。
こいつ!
鞠。あんただって早乙女に「売り」をしていたくせに。
あんただって他の生徒を引っ張り込んでマージンを貰っていたくせに!!
その前に、
未華子の両親からどうしても団にいる亡き娘の友人知人と会いたいという申し出があった。
行きたいような行きたくないような心境だった。
わざわざ未華子の実家が車を手配してくれた。
葬儀に参加しなかった者たちだけお焼香にあがる予定だったのに。
出掛に校門の前に待ち合わせた面々をみて玲於奈は回れ右をして帰りたくなった。
この日のために出向いた紫雨カノンと下村鞠。
不知火偕子と水辺アイリ、綾部奈緒の三羽カラス。
西園寺翔と叔母であり校長の西園寺貴子。
それに、どういうわけなのか校医の早乙女もいた。
もっと謎だったのはあの優男と鬼瓦の刑事がふたり。
六台の黒塗りの車が連なって止まっていた。
玲於奈と樹里は最後の一台にふたりで乗り込んだ。五人は乗れそうな広い車だった。
運転手との間にガラスの仕切りがある。こちら側の話し声は聞こえない仕様になっている。
「すっご!ハイヤーがくるとはねえ」
「なに?それ」
「この車だよ。タクシーの何倍も高いハイヤーだって。初めて乗る。
うちのおじいちゃん、子供の頃タクシーのこと『ハイヤー』って呼んでた。はは」
「ふうん。確かに高級車よね。この車。それも六台だよ。
マイクロバスで足りたよね。車体に私たちが映ってたよね。磨き上げてるかんじ」
庶民感覚素晴らしいと樹里がけたたましく笑った。
「どうせ貧乏人ですよ。ところでさぁ。校長に驚いたわ。葬儀に参列したはずなのに。
また来るのなんて。引率責任者かな」
「あら。自分の甥と中務未華子は婚約していたのよ。その辺を整理したかったんじゃないの」
「整理って?」
「ああ。世間知らずね。未華子がいない今は次の婚約者を偕子に交代させなきゃ。
寄付金二位の不知火財閥の孫娘ならいうことないわね。でも、中務家からは引き続き支援を受けたいところなのよ」
膝の黒いバッグを持った指がとての冷たいと思った「そうなんだーーーなるほどね。ところで刑事がくっついてくるのはなんでだろ」
「未華子の両親は納得してないでしょ。動画の件は」
「だね」
「やっぱりあれは団の誰かの仕業でしょ。刑事裁判にでも持ち込みたいでしょうね。無理か民事か?」
「そうなのかな」
「信じられないね。式部様がもう団にいないなんて」
「うん」
オーデションの発表があったその日の夜、紫雨カノンは退団届を校長に提出したのだ。
一端預からせてもらうわという校長に「いいえ。もう帰って来ません」と、小さなスーツケースひとつで去ったのだ。
「淋しい。たった一週間前だったね。今日は会えて嬉しいよ」
「オーディションにエントリーした子達。どう思う?樹里は」
「まあ。あの自称お姫様三羽烏は来るかなって予想してた。でもさあ。なんで鞠がぁ?あの子にオーロラ?ありえんでしょ」
それは玲於奈も同意見だ「うーん。式部様もいなくなって焦ったとか?」
「なんで焦るのよ」
「拠り処だったはずだよ。式部様は」
「主人を失くして解放された黒人奴隷は実のところどうやって生計をたてていいのか解らなくなっちゃったっていう小説みたいね」
「『風と共に去りぬ』でしょ?うーん少し違うけど。似てるとこもあるのかな?」
「バリエーション楽しみね。順番に踊るんでしょ」
「樹里ったら荒探ししかしないじゃない」
「それが楽しみだっていうの。あたしもエントリーしちゃおっかなぁ」ポンと樹里が玲於奈の肩を叩く。
車窓は緑濃い田舎から段々ビル群へと変わった。
遠くに鈍く光る海が現れて二人とも窓辺に乗り出した。
カモメが飛び交っている。
「未華子の家って豪邸かなぁ。あのねえ。あたしバカだからよくわかんないんだけど。
未華子が自殺したってやっぱりピンとこないんだよね。
だってさあ。人間て自殺する前の日に図書館で本借りたりするのかなぁ?
自殺に役立つ本だったのかな。それか最期に読んでおきたかった思い出の本とか?」
サーっと血の気が引いて、
立ち上がりそうになってシートベルトに阻まれた。
「それなんてタイトル!?貸し出しは二週間よね。まだ未華子の荷物に混じってるよね。
何かわかるかも。あっちについたら探そう。でも。これは絶対秘密ね」
「うん。そんなの別に探すのはいいけど。そんなに秘密にしなくちゃだめ?」
「それはーーーそれはね。私も自殺じゃない気がしてた。それって事実だったら大問題になる。
だから誰にもいわないで調べたいの」
「そっか。流石は玲於奈。そこまで頭まわらんかったわ。でも自殺じゃないなら殺人事件かあ」
「うん。はっきりさせたい」
前のタクシーが劇場らしき建物の裏で止まって葛西が乗り込んだ。
うわぁ。最悪。あいつも来るのか。
果たしてそこは『家』などというものじゃない『城』だった。
それに都内と聞いていたのに全く違った。
四方を海で囲まれた島に聳えていた。
途中大型フェリーにハイヤーごと乗り込んで島に渡った。
電動のゲートが開いて車寄せまで数百メートルはあった。
「ひろっ!!」
樹里が叫んだ。
通された部屋は100畳もあるかという広さで快適なリビングだった。
本物の火が燃えている暖炉を中心に大きなキューブ型のソファーが組み合わされて配置してある。
20人が余裕で座ってそこで一夜をあかせそうなほどソファーは座ると快適に身を沈められる。
その後ろには別に二つのソファーセットが在った。
パーティーもできるだろう。
玲於奈は自分から遠いソファーを選んで座った西園寺翔の存在を強く感じていた。
玲於奈もまた遠くに居ることを選んだ。
今。この時。あの人は誰の事を考えているだろうーーー未華子かな。私では絶対ない。そう思うとぽっかりお腹に穴か開いて言いようのない寂しさを感じた。
漢字練習で出て来た『寂寞』とか『寂寥』人生で使うことないと思っていた漢字だったけど。
白い壁。白い天井。白い暖炉に。白いソファー。床の絨毯は灰色。
アイアンのシャンデリアといくつもあるフランス窓の枠は黒色。
雑誌に載っているような生活感ゼロのインテリアだ。
天井まであるドアが開いてお茶のセットを給仕の女が運んできてセンターテーブルに用意して出て行った。
「快適ねえ。一生ここに住みたいわ」と樹里。
素敵ねと玲於奈が返す。
偕子が「みっともないからキョロキョロしないで」と二人に言い放った。
「は?あなたの御意見なんて誰もきいてないわ」と樹里。
玲於奈は二人がこんなところで喧嘩したらみっともないよと言って二人から不興をかった。
暫く待つと、未華子の両親が入って来た。
全員立ち上がる。
「ああ。そのまま。お寛ぎください。今日は、こんな遠くまで未華子のためにありがとうございます」母親は顔かたちも体つきも未華子にそっくりだった。
話していると段々娘よりずっと芯が強い女性だと判って来た。公家のおひいさまというより
時代劇に出てくる白い襷がけをして長刀を振るいそうな武家の娘を想わせる。
父親はでっぷりと太った雪だるまの体形で妻より背が低かった。娘を亡くした男親ならではの心ここに在らずといった印象は周囲にどれほど憐れみを誘っているかなど知らないだろう。
全員がお悔やみを云った。
校長もひとしきり生前の未華子がどんなに素晴らしいバレリーナだったかも強い口調で褒めた。
それに対して未華子の母親は儀礼的なお礼をひとこと述べるに留まった。
沈黙が来てその場はしらけた。
「遠いところおつかれでしょう。今日はゆるりとお寛ぎ頂いて。是非、未華子がそちらでどんなだったか思い出話など伺いのです。
どんな小さなことでも。日頃のあの子の事が知りたいのです。
たったひとりの娘でございましたでしょう。
皆様の口からあの子のことを伺えたらーーーー実感がわくのかしらと。ああ、ひとりお喋りしてしまって」
公演に向けてのリハーサルで一緒に小道具の紙吹雪で足を滑らせて一緒に笑ったことなど偕子達が話した。
彼女らなりに気を使っているのを目の前で聞いていると
彼女らに対しての冷たい感情も玲於奈の中で解氷してゆく心地がした。
しかし直ぐに真っ黒い闇に引き戻される。
元凶は私。
玲於奈は俯き加減でお茶を飲んだ。
喉が渇く。
同じく隅のソファーで落ち着なげにそわそわしている早乙女をちらりと見る。
そうだよね。
ここであの件を知っているのはこの禿デブオヤジとこの私だけ。
未華子を罠にハメて犯した。
動画も撮った。
そんな時、紫雨カノンが「あの。よろしければ未華子さんの部屋を拝見してもーーー」と申し出た。
ゆったり寛いでいる樹里を肘で突いた「わたしも。わたしも」
結局、玲於奈と三人で未華子の部屋に案内された。
「この家はもともと別荘でした。
不便はありますけど、でも。この5年。私たち、この田舎の空気が気に入ってここにしか住んでいまでんでした。
この部屋はあの子の思い出がいっぱいですわ」
通された部屋は未華子らしいという印象だった。中央に木製の天蓋のあるベッドにはフェミニンなレース編みの薄いカーテンがさがっている。
その手前の壁が大きな本棚でバレエ関係のものばかりだった。DVDの数もかなりだ。
きちんと整理整頓されて塵ひとつない。
ライティングデスクも。ピアノもドレッサーやコンソール。
すべてが落ち着いたオールナットだった。リビングの無機質さと対蹠的で若い女性が住んでいた香りがする。
懸命にバレエの勉強に使っただろう大きなデスクトップのパソコンだけが異質だったが。
樹里は天井まである大きな本棚をみて「ここから図書館の本を探すのは容易じゃないわね」
玲於奈はそんなところに図書館の本を挟むのは未華子らしくないと思った。
「ねえ。なんなの図書館の本て?」一緒に来た紫雨が腕を組んでいる「何かたくらみがありそうね」
未華子の母親が出てゆくと問いただした。
玲於奈は困惑して「ち、ちが。企んでなんかいません!ただちょっと気になることがあるだけです」
「私に話せないの?」
このひとならと樹里も私も図書館から未華子が自殺する前日に借りた本のことをしゃべった。
怖い顔だった式部様は「そう。私もお手伝いするわ。探しましょう。未華子の最期の意思がその本にありそう」
ーーーベッドサイドとかにあるのじゃないか?寝台の横にあるサイドテーブルの引き出しをあけた。
無い。
「あったわよ!」
式部様がドレッサーの下に敷かれていた敷物をめくって床下収納をみつけた。収納の取っ手を引くと古いぬいぐるみや玩具と一緒に本が出て来た。
セント・アガサの図書館のラベルが貼られている。
三人は窓辺で本を開いた。
タイトルは『姫君たちがこよなく愛したお菓子』
ヨーロッパの王侯貴族が食べていたお菓子を幾つも紹介している本だった。
『皇妃エリザベートが好んだお菓子「ザッハトルテ」のページに詩織が挟んであった。
樹里がそれをぱらぱらめくって「なんか、よくわかんない。いやあ。ますますわかんなくなった」
カノンが「これ。チョコレートのお菓子ばっかりだね。もしかしてバレンタインの?」
確かにザッハトルテ作るなら本命がいてその人のためだ。義理チョコでなく。
自殺前にチョコを作って渡しておきたかった??
やっぱりそうよね。
自殺を明日に控えた人が借りる本じゃない。
樹里はみんなのいるリビングに戻って大声を張り上げた「この中で未華子さんからチョコレートのプレゼントを受け取った方いますか!?」
唐突な質問に全員静まり返った。
「あのう。わたしです」左手を軽くあげて早乙女が恥ずかしそうに告白を始めた
「まだ。もらってはいないです正確にいうと。ただバレンタインに食べたいチョコレート菓子は何かと聞かれました。
図書館でみつけた本を僕にみせてくれた。こんな感じがいいかなって」
早乙女は中学生の様に両ひざにこぶしをのせ右手でずっと頭を掻いていた。
僕と彼女とは最悪の出会いだったかもしれません。だって僕は彼女をレイプした。そうです。僕は犯罪者だ。刑事さん、僕を捕まえてください!!
動画も撮影しました。それをネタに何度も彼女と寝た。最低な人間です。
ただーーーー
信じて頂けないですよね。次第に僕たちは男女の仲として惹かれあいました。
結婚の約束もしました。最初は西園寺君との婚約がダメになって悲しんでおられました心から。
でも。でも。僕たちは本気になりました。
今でも信じられない。こんな冴えない男をどうして未華子さんの様な若く将来ある素敵な人がと。
でも今日ここにきて少しだけ判った気がしました。
お父様を拝見して「あ。自分に似てる」そう思いました。
いいえ!人柄とか中身とかじゃないです。見た目です。ああ。僕は最低な事を白状しているのでしょうね。
笑ってやってください。動画を拡散させたのは僕じゃない!あの動画を持っていたのは僕と未華子さんの二人だけなんだけど」
紫雨が叫んだ「ウソだ!おまえなんかを未華子が愛するものか!!犯罪者め!!刑事さん、逮捕しなさいよ。自白してるでしょ!?」
立ち上がった彼女は早乙女に飛び掛かって殴りそうな勢いだった。
「本人はお亡くなりですからねえ。ま。家族の方が告訴状でも出されるなら動きますよ。勿論」ふかふかのソファーにほぼ大の字になって寝たまま鬼瓦がいう。
「おば様!出すでしょう?告訴状!」
「待って。カノンさん。あの子から連絡があったんです。
婚約はダメになったけど恋人ができた。お医者様だと。
破談にすると言い出して酷く泣いてました。それはもう心配でした。それが暫くして、とっても明るい声で電話がありましたの。人生初のあ愛する人だって。婚約解消になって良かったんだって。今度連れてくるからと」
マジデスカーーー!!?
玲於奈と樹里は互いの顔をみた。
同時に吹いた。
ああ。
だめええ。
最初に未華子の父が部屋に入って来た時樹里が耳打ちしてきた
「ちょっと。スノーマンが二人になったんですけど」
互いのその顔が笑っているのを見て笑いが止まらなくなった。
二人はソファーの上を抱きしめあって笑い転げた。
実際、初めてあった未華子の父と早乙女がそっくり過ぎだったのだ。
不知火偕子が立ち上がった「待って。そんな話。信じられないわ。レイプ犯と被害者が恋人同士になるですって?信じろって無理ですわ」
「だね」樹里が済まなそうに謝った。玲於奈もそれに続いた。
でもね。と玲於奈は考えた。自分もレイプされた翔の事を好きになったくちだよね。
うううん。早乙女とイケメン王子とを比べるのもなぁ。
「いや。いいんです」スノーマンと早乙女に似た未華子の父が静かに話しだした。
「その事の顛末は未華子から説明がありました。最初はそのう犯罪にあったと。でもそれは乗り越えたと。今はその人とおつきあいしていて結婚するつもりだと電話で。お医者様だと。なあ、おまえ」
「はい」静かに夫人も答えた。
静まり返って暖炉の炎がはぜる音だけしかしなくなった。
そんなミラクルな事が起きていたとは玲於奈も絶句だった。
「でも。怖い事だわ」鞠がすっと立ち上がって暖炉の前に歩み寄った。両手を火にかざして皆に背を向けた「もし真実だとして。早乙女先生にお聞きしておきたい。どこで先生は犯行におよんだのでしょう?最初の出会いの場です。未華子さんを強姦したのはどこですか?私も同じ団の同じ寮で暮らしてます。女の身にとってそんな事件に巻き込まれる危険な場所があったんですよね?いつ。どこで?」振り向いた鞠の顔は真っ直ぐ玲於奈を見つめた。
これまでの鞠に無い堂々とした態度。
微笑みは魅惑的とも映った。
無意識なのか意図的なのか、立ち姿が小間使いじゃない。
クロワゼだ。
所謂モデル立ちしている。
すっきり首の後ろを伸ばして両腕は肘を張って体の前で両手を重ねている。
そこに今まで誰も気づかなかったエレガントなバレリーナ下村鞠が佇んでいた。
こいつ!
鞠。あんただって早乙女に「売り」をしていたくせに。
あんただって他の生徒を引っ張り込んでマージンを貰っていたくせに!!
2
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる