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11階段と海

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「そうねえ。玲於奈さんから説明するのが分かりやすいわ。きっと。ね?」下村鞠がにんまり玲於奈に笑いかけた。
みんなの視線が玲於奈に集まった。
「あ。あのーーー」頭の中が真っ白になる。



雷鳴が轟いた。


外はさっきまで晴れていたのが嘘のように嵐になった。
にわかに黒い雲が空を占領していった。
東南の方角に並んでいる細長いフランス窓のガラスに黒い染みがついてゆく。
雨が礫になって襲来した。

窓から伺える海原の白い波は牙になって荒れ狂っていた。

室内は、まだ正午だというのに薄暗くなる。
フェリーは終日欠航で今日中に帰れなくなった。
部屋を用意させて頂きます。今晩は泊ってください、という中務氏の申し出を受けるしかなかった。


未華子の母が壁に手を這わせスイッチを入れた。
広いリビングのそこかしこにあった大小様々の円筒状の間接照明がオレンジ色に発光して
部屋の雰囲気がぐっと安らいだ。

「お茶のお代わりをお持ちしますわ。いえ。それより冷たい飲み物がよいわね。暖房を緩めましょう。
軽いものも。どうぞ召し上がって。お昼も過ぎてしまって」中務夫人が呼び鈴を鳴らした。

間を置かずに三人の女中がカートを押して来た。
三段の銀の盆には、サンドイッチ。ショートケーキ焼き菓子などが美々しく盛られ
センターテーブルにも各ソファーのサイドテーブルにもぬかりなく置かれていった。
レモンの輪切りがついたレトロなグラスが並んだ盆と細長い黄金の泡のシャンパングラスの盆もあった。

女中達が出てゆくと、
「話して頂戴」カノンが急かす。
玲於奈はソファーを降りてその場に座り込んだ「ごめんなさい。私がーーー未華子さんをーーー騙したんです。
それで早乙女に強姦されるよう手を回したんです」
西園寺翔が「僕には玲於奈にそんな組織だったことを出来る力があったとは思えないね。
早乙女先生とは特別な関係だったの?君」
虚しく首を振って「特別?」玲於奈は、彼女の家に来て部屋を観て親にも会ってみると未華子が死んだという事実が重くて耐えられなくなってきた。
「特別といえばそうかも。医務室は『売春』の場所だったから。私の他にもやってました団の子が」
「他にも?誰?名前はいえる?」
また玲於奈は首を振った。
「いいえ。そんなーーーーーーー知りません---」ここで樹里の名前だけは出したくなかった。
警察が介入してくるだろうか?多分そうなる。その時にはバレるかもしれない。『クロウサギ』はどうなんだろう?
沈黙が続いた。
ここまで玲於奈が吐き出している事に対して校長は全く声を挙げない。早乙女を糾弾しないーーそれが玲於奈のいう事が総て事実だと物語っていた。
「裏で暗躍する売春組織が在った。それは多分資金のため。そうなんだね叔母様?」
翔が裁判官のように校長を追求した。
校長は苦虫を噛み潰した顔をそむけた。
「君は何故、未華子さんをそんな目に遭わせようとしたの?」
「妬ましかった。とっても。何でも持ってる。綺麗で穢れの無い彼女がとっても好きだったけど羨ましくて胸が苦しくなるくらい。私は給付生だった。学費免除だった。ポアントなんかは支給された。
でも消耗品のタイツとか下着とか、あと文房具。生理のナプキン。シャンプーにハンドクリームとか。そうよ。ピルだって買うにはお金が必要だったわ。だからお金を稼がないと生活できなかったんです」
「うん。なるほどね。僕には別な視点が見える。
玲於奈をそこまで追い込んだ人がいる。いいや。君は否定するだろうが、やっぱりそうだよ。
トントン拍子にここまで『計画』が遂行された」
いらいらした樹里が「何が言いたいんですか?」
「だから。玲於奈に未華子を妬むよう仕向けたね?鞠さん」
「人の心を私が操れるとでも?それじゃ催眠術師ね」プイと横を向いた。
「そうだね。鞠さんに責任を追及しても具体的に何も証拠なんかない。未華子を死に追いやって。それでプリマのカノンが崩れた」
樹里が「だから?」
「だから、計画通りのモノが手に入ったと言ってるんだ。
鞠さんには『金平糖』役のオーディションというチャンスが手に入った。でしょ?樹里君もだね」
「はあ?へんな事いわないでよ」樹里は食って掛かる犬のように吠えた。
「鞠さんが金平糖役に。それで空いた友人役は君に。それはきっと一月の公演の評価も高くなる」
「なんですか一月の公演て?」不知火偕子が口を挟んだ。
「いや。別な話。僕はここまで。退散退散」シャンパングラスを取って身も軽々と別なソファーへ移動した。

「式部様大丈夫ですか?震えておられますの?」偕子が心配した。
カノンは真っ青だった。西園寺翔が引き出した答え合わせを自分の頭の中でやっていたのだ。
自分のために未華子が標的にされたという事実。


水辺アイリは「どういうことかしら?未華子さんは大切なお友達だわ。
でもいくら大事なお友達が亡くなったからって、プリマの式部様が『崩れる』と計画なんて立てられないのじゃないかしら?」
「君、鋭いね!」翔は「その続きは式部様に説明してもらったらいいよ」とソファーにうつ伏せて次のグラスを取った。

カノンは「みなさん、薄々感づいていてよね。私と未華子はそういう仲でした。
愛し愛される恋人同士だったわ。でも急にあの子が指輪を返すと言い張って何かあったと判ったわ」
「指輪って?婚約指輪ですか?」玲於奈の声に真剣さがあった。
「そうよ。あなた何か知ってるの?」
「はい。未華子さんからダイヤの指輪を託されました。大きなカットの。持っていて欲しいと。婚約がダメになったからと。始めは西園寺さんとの婚約だと思いました」
「僕らはお飾りの婚約者同士だから指輪何て無いよ。ははお金もないし。叔母様だって出してくれないよね」
葛西が「おまえ。はしゃぐな。みっともないぞ翔」とたしなめた。

「あのダイヤ。未華子が左手にしてたーーー」掠れた声は泣き声に変わった「変わり果てたあの子の指にあったの。あの子が私にプレゼントしてくれた。

クッキーをぼりぼりむさぼり食っていた刑事が
「困るよ紫雨さん。遺留品勝手に持ち出したね。あとで返してね警察に」
用事が済んだら返します。あと少しでと返事して、再び鞠に向き直った。
「指輪の箱はあなたが持っていたわあの日。リハの日。籠に入れてたわよね?小箱の」カノンは鞠を睨む「リハーサルの日。未華子に会ったの?玲於奈が持っていたなら、あの日あの子の指にあったのは私の指輪の方だわ」
「え。ああ。そ」何度も髪の毛を人差し指でくるくる巻きながらそっけなく言った「まあね。不知火さんのせいで、リハから外されてホールを出た時よ。あの人いきなり現れてこっちは、腕を引っ張られたの。給湯室まで。あの人のお財布にある限りの7万円と交換したわ。それが法に触れるかしら?」


そこまで黙って話を聞いていた未華子の母親が「玲於奈さん。あなた。それ。預かったというもの。今。持っているの?」
「はい。バッグに。お返ししようと思って」玲於奈は黒いバッグから皮袋に入れた指輪を取り出し、中務夫人に渡した。
「ほんとう。良かったわね。失くしてなんかいなかったのよ、カノンさん。これ二つともあなたに持っていて欲しいわ」
カノンが号泣した。背中を摩ってやる夫人が「私にはやっぱり信じられない。未華子は中学から女子大の附属で女の子の中で育った。あの子がカノンさんを愛していたというのは府に落ちる。でも早乙女さんと結婚したいというのはーーーなんだか信じられないの」
玲於奈も同じ考えだった。いくら父親に似ているからといってレイプした相手を好きになるだろうか?
偕子が「未華子さんご両親を安心させたくて嘘をついてのじゃないかしら。わたくしも信じられませんもの」


早乙女はひとりで汗をぬぐって真っ赤になって弁明していた。
未華子さんから告白されたと。
「それで。失礼ですけど。ずっと未華子さんとは肉体関係を続けていらしたの?」偕子が追求する。
「あ。いや。あれから未華子さんは婦人科系の病気になってしまってーーーー」

「式部様何をされてるですか?」
カノンは二つ揃った指輪を台から外そうとしていたのだ。
「やっぱりネジがついてる。叔母様。未華子さんのお部屋にもう一度行ってもいいですか?手紙に『東のコンソールを開けて』とあったんです。このダイヤが取っ手になるみたい。さっき見たとき壊れていたの。窓辺にあったけど引き出しにつまみが無くて。これが嵌れば開くわ」


果たして引き出しが開いた。
中には何枚もDVDが入っていた。タイトルも何もない。
リビングのプロジェクターで観ることになった。



白い壁に映画館並みの大きな映像が映し出された。

「うそ!!やめてええ!!とめなさいよ!!」下村鞠が怒り狂って機械を操作していた中務氏に飛び掛かろうとしたところを翔が抑え込んだ。

映っていたのは、鞠が四人の男とセックスを愉しんでいる場面だった。
髪には白鳥の羽飾りがあり、白鳥のチュチュを着ている鞠が男の上に跨って激しく揺すられていた。
衣装の中へ両手を入れた男が後ろから鞠の乳首を摘まんで引っ張ったりを繰り返していた。
鞠の顔は悦楽の表情で甘い喘ぎ声が続く。両手はそれぞれ別々の男の男根を握らされていた。
鞠の腰は固定され状態だけ後ろへ後ろへ倒されると頭は跨った男の両脚の間に入り込んだ。
男根を飲み込んだ局部が大きく画面に晒された。
もみくちゃにされた衣装の白い羽根がふわふわ空を舞っていた。


やがて場面は切り替わって未華子が映った。目隠しされて両手を男にテーブルの上に押さえられていた。
泣き叫ぶ未華子の脚をもう一人が割って濡れていない恥毛のほとんどない割れ目に唸るバイブを挿入して笑っている。
鼻を摘まんで何かを飲ませた。
次第に抗っていた未華子の躰が弛緩して大人しくなった。
そこへ男たちが次々順々に指し抜きを繰り返す。
飲まされた淫薬で皮肉にも未華子の顔は蕩けた女の顔に変わったーーーーーー

「やめてぇえええ!!」嗚咽と共に中務夫人は娘の破廉恥な画像に絶望した。
翔が映写機のスイッチを切った。

そこへドアが開いて、この間来た優男と鬼瓦の刑事が入って来た。
「ここの様子は別室で全部みさせてもらっていたよ。これから呼ぶ者!署に同行願おう!」鬼瓦が憤然と叫んだ。
優男は「きみちゃん。明日にならないとこの島から出れないぜ。船が出航できない」
「今夜は監禁する!!法的処置だ!」


早乙女は個室に入れられ外から鍵を掛けられた。そうされる間もずっと
「違う。違う。未華子は本当に僕と結婚するって言ってくれたんだ!御父さん!」世迷言を繰り返していた。
重要参考人として、玲於奈と下村鞠も一人の部屋にそれぞれ入れられた。
刑事は朝まで校長に聴き取り調査をした。


軟禁されたのは館の豪華なゲストルームでカーテンも調度も全部薄い灰色の部屋だった。
隣にはバスとトイレが続いている。
大きなベッドに横たわり浅い眠りの中で玲於奈は幼い頃母と一緒にお遊戯の練習をした夢を見た。
目覚めると空は微かに明るくなって灰色の雲間から日の光が一筋みえていた。
あ。
天使の階段だ。

窓をあけるとバルコニーがあった。
なあんだ。警察も手抜かりよね。
ここから飛び降りれるわよ。
絶壁の下にあんなに濃い群青色が凝縮した真っ暗な海がある。
どうしよっかな。
飛び降りる?
それともはまだ天使の階段を期待できる?


身を乗り出した時バルコニーの端に何が引っかかっていた。水を吸って重たくなったものをズルズルと引き上げた。ピンクの巾着袋だった。黒いマジックで「なかつかさみかこ」と子供の字で書かれている。
開くと分厚く小さなノートがあった。
バレエを踊るうさぎの表紙の日記帳だった。ふやけている。

画用紙を破った絵もあった。開くと
ママとパパの文字 

え。
これは。

ママの絵は普通の幼児が描いた肌色に赤い唇茶色い髪だったがパパの文字の下は真っ黒なクレヨンで塗りつぶされていた。

玲於奈はこれとそっくりな絵を自分も描いたことがある。思い出してもおぞましい。幼い娘に『女』を強いてきた父親……

急いで日記のページを繰った。

……パパがはやくいなくなりますように……わたしをさわりませんように……

あなたも堕天使だったの?未華子……


朝の食事を運んできた女中と一緒に刑事が入ってきた。
線の細い女々しい印象で優男と呼んでいたその刑事は浅野と名乗った。
「やられた。最悪だ。早乙女が殺された。お嬢さん。君。犯人誰だと思う?」















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