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しおりを挟む俺のただひとつの大切な光を失ってからの世界は、空虚で、何もなく、空っぽだ。
生きるってなんだ?
俺の光はなくなってしまった。
ここにいる意味はもうない。
守るべき、大切な光をなくしたのに、どうして、こんな何もない空っぽの世界を、自分が守らねばならないのだ。
そんなこと、誰が決めたのだ?
神様なんてやめてやる。
俺は、俺のただひとつの大切な光を探しに行く。
眷属も他の竜共のことも、この世界のことも知ったことか。
創主の元へは、扉を潜れば行ける。
問題は、天の高みの更にその上にあるといわれる扉まで、飛べるかどうか。
この世界の神たる竜体でも、その高みに到達するには、命を懸けても届くかどうか。
俺の命など、どうでもいい。
ここに留まったところで、愛しい光は、この手には戻らない。
緑の竜は、空を翔けた。
何処までも遠く、何処よりも高く。
息もつけず、自らの竜体が焼かれることも厭わず、ソラを登り、そうして、神たる竜すら到達することが叶わないはずの、尊ぶべき創世の主神のおわす場所に、彼は、とうとうたどり着いた。
「―――無茶がすぎる」
星屑を固めたような創世の主が、呆れたとばかりに声を零した。
「本来、僕の作った世界の神は、圖書館に来ることは叶わない。そんな力は与えていない。絶対にたどり着けるはずはないのに、君も根性で、来てしまったねえ。体は、死にかけだけど」
寝台に横たえられた緑の竜は、その命の燈火が消える、一歩手前位の満身創痍だ。
呼吸は浅くしか出来ず、目は霞み、やっとの思いでたどり着いたというのに、創世の主の姿は、朧気にしか見えない。
今の翡翠は、全身を焼かれ強靭な竜の鱗は剥げ落ちて、全身に大火傷を負い命を終えそうなただの人間に等しい。
「―――君は6竜の中で、二番目に諦めが悪いね。翡翠」
うるさい。浅い呼吸の中で翡翠は呟く。
自分だって、一番星を手放す気がなくて、俺たちから、光を奪ったクセに、その言い草は無いだろう。
瀕死の自分を奮い立たせ、敢えての不敵な笑みでに創主を睨みつける翡翠に、創主はやれやれと寝台横の椅子に腰掛けた。
「せっかく命を懸けでココまで来たのに、翡翠。君の光は、ここには居ない」
残り少ない力をかき集め、射殺す眼差しを向ける翡翠に、創主は悲しそうに表情を陰らせた。
「一番星は、自分に定められた理を破り……魂が砕けてしまった」
「――――――な?!」
「砕けた魂の数は、およそ100。理を破ることは、僕でも、許されない大罪だ。贖いは、砕けた魂分の、生のやり直しだ」
翡翠は目を剥き、声にならない叫びを上げた。
例え声とはならなくとも、その心の叫びは、創主には届いていた。
「そうだ。僕の一番星は……あの子は、僕の作った世界を巡り、生まれ落ち命を終え、それを繰り返し、贖い続ける――――砕けた、魂の数だけ……」
それは、途方も無いことだ。
ひとつの命を同じ世界で生き続ける、自分達竜とは違い、孤独の中で、異邦人たる自分を知り、何度も何度も世界を変えて生まれ変わり続けるなんて、苦行どころの話ではない。
「贖いは、ひとりで、行わなければいけない。あの子はひとり、誰にも愛されず誰も愛さず、孤独の中で、それに耐え続けなければ、いけない。……君達の、いや、あの、黒い竜のせいでね」
翡翠の目から涙が流れた。
あの光が、自分の大切なたったひとりの人が、そんな地獄に落ちていることも知らず、俺はただ、悲しんでいるだけだった。
抱き締めてあげたい。
あなたはひとりではないと、俺にとっては自分の命よりも、世界の何よりも大切だと、愛していると、伝えたい。
「そんな目をしても、君達のしでかした事は、なくなりはしない。僕が、君達を許すことは、未来永劫ないからね。そして、100の生まれ変わりの禊を終えて、あの子が『初回の記憶』を取り戻し、心を取り戻して、ここに戻ったら、あの子を、僕の一番星を、誰にも渡しはしない」
創世の星である創主は、己の力の全てをもって、翡翠を睨み据えてきた。
「はじめから、一番星は、僕の為だけに、僕と共に生きるために、僕が誕生させた、たただひとつの星なんだよ?君達が、欲しがっていいものなんかじゃあない」
自分を生み出した創主からの、焼けただれた全身の火傷すら、瞬時に凍らすが如きの冷たい眼差しを受けようが、翡翠は一歩も、引くつもりはない。
今度こそ、譲らない。
誰にも、渡しは、しない。
指一本動かす事も出来なかった全身を叱咤し、今にも消えそうな命を燃やして、翡翠は上体を起こして、震える足を叩き、立ち上がった。
幼かった昔、聞いたことがある。
導き手の俺の光が、話してくれた秘密の話。
――自分は6竜の導き手で、役目を終えたら、天の座に戻る。
それは自分に課せられた役目であり、理。
理を破れば自分の魂は砕けてしまうけど、
そこから生まれ変わって新たな魂を手に入れられたら……
「―――戻ってくると、俺と黒竜に、俺の光は、アキは……言った。新たな魂で、必ず、戻る……と」
――必ず、私を見つけてね。
姿は違えども、私を、必ず――
そう言って、アキは、笑ったのだ。
必ず見つけると、俺と黒竜は、約束したのだ。
「――あんた、には……絶対に、渡さ、ない」
「創主たる僕に、喧嘩を売るとは、良い度胸だ。では、君も、【賭け】をしようか?」
「君、も―――だと……?」
「ああ。黒い竜も―――ここまで来て、一番星を求めて僕と、【賭け】をしている」
黒竜が、先にここに来ていただと?
俺があと一歩を踏み出せず、只、嘆き悲しんでいた時に、アイツは、既にここに来ていたのか……。
「黒い竜との【賭け】の内容は、一番星が彼を見つけるか否か。ただし、一番星が黒い竜を見つけるまで、黒い竜は目を閉じ続けなければいけない。一番星の100の贖いの苦境を、閉じた目の中で見続けて、救いの手を差し出すことは許さない。あの子が生まれ変わりを終えるまでの悠久の長い時を、黒い竜はただ一人、暗闇にその身を落とし、目を閉じ、あの子の贖いの夢を見て、眠り続ける。【賭け】と【罰】の掛合わせだ」
それが、黒竜が姿を見せなくなった理由であると、翡翠は合点がいった。
怒りが込みあげる。
アイツは、黒竜は、どれだけ俺の先を行っていたのかが、この時初めてわかった。
「さて、君との【賭け】はどうしようか。そうだな、黒い竜とは逆にしようか?一番星の生まれ変わりの贖いを、目を見開いてリアルタイムで見続ける。救いの手を伸ばすことは同じくNGで、ただ、見つめ続けるだけ。ああ、一番星が、清浄な新たな魂に生まれ変わる、最後の転生だけ、傍に在れるように、整えてあげよう。だが、今僕が話した全てを伝える事は、禁止だ。一番星は、『初回の記憶』以外全部覚えているからね。それを破ったら、君の負けだ」
「―――いい趣味を、してやがる」
「褒めて貰えて嬉しいよ」
「……いいだろう。乗ってやるよ、創主」
俺は、絶対にアキを取り戻して見せる。
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