【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI

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61:暁の涙

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「―――星の君が、もうひとり?」



水を打った静けさの中に、誰かの零した言葉が落ちた。
それはまるで、風のない鏡のような水面に一滴の水滴を落としたかのように、水紋を広げる。

ざわりと、空気が変わる気配がアルラキスの肌を逆撫でる。

玉座に納まり、自分の手の中に世界が落ちて来るのを刻一刻と待ちわびていたアルラキスは、神経に刺さりこむ小さな波紋に、形の良い眉を寄せた。


「創世の女神様?」


追随する言葉の一滴に、水紋がもう一重ひとえ増える。

そんなはずはない。自ら真実を導き出せない、思慮不足の者達などに、それがわかるはずがない、と、アルラキスは頭の中で独り言ちた。

自分が光の聖女であることを疑うものなど、この世界にはいない、と、アルラキスは信じて疑わない。今日のこの日の為に、どれだけの事を積み上げてきたかと、アルラキスはこの世に戻って来てからの日々を反芻した。

黄竜とは利害が一致している。他の竜達も血の誓いにより掌握済みだ。目の前にいる、一番星の最後の魂の欠片を持つ黒き渡り人の命を奪い、100個目の欠片を手にすれば、一番星のすべては、自分のモノとなる。

だのに、何故? とアルラキスは歯噛みした。


「男だぞ?!」
「それに、黒は忌み色で―――」
「でも、あの光は、光の君そのもの……」


十重二重とえはたえと増える疑念の水紋が、コロシアムすべてにさざ波の様に広がってゆく。

最後の最後で、一番星の欠片を取り零すことなど出来はしないというのに、黄竜は動かない。それどころか、その瞳には、拭いきれない焦燥感が見え隠れしている。

この局面で黄竜に何が起きたのかなど、アルラキスにはこれっぽっちも理解できてはいない。だが、あの黒き渡り人と直接対面してから、黄竜が変わったことだけは、彼女にもわかっていた。

今まで、異世界に一番星の魂の欠片を狩りに行っていた黄竜が、一番星の魂の欠片を抱く転生者の命を奪うことを躊躇したことはないはずだ。それなのに、どうして、あの黒き渡り人に対してだけ、その手を下せないのか?

隣で動かない黄竜を訝しみ、アルラキスが目線を見上げようとしたその時に、事態が動いた。



「―――明け星様」



黄竜の光の神殿にいるはずのない魔の者が、衆人環視の目が集まる磔台によろよろと進み出でて、膝を突いた。


「魔族だ!」
「魔族がいるぞ?!」


刑場の磔台に注がれた衆人の目が、一気に、この場に居るはずのない魔族に注がれ、暁を星の君と混同する人々の意識が散った。アルラキスは、この隙を逃すわけにはいかなかった。

アルラキスには躊躇など微塵もない。
このためだけに、黄竜の作った傀儡である、忌々しい一番星の器の中に魂を紛れ込ませ、飽き飽きするほどに光の聖女を演じてきたのである。

全ては世界を自分の手の中に入れるため。
一番星の魂すべてを喰らって、一番星に成り代わり、黄竜を、はじめの竜すべてを手中に納め。すべての英知を自分のものとし、そうして自分は、神となるのだ。


「黒き忌み人が、世を穢し闇の瘴気で世界を暗闇に堕とすため、魔の者を呼び込んだのです! 光の聖女たるわたくしが、穢れと闇を打ち砕き全てを祓います!!」


アルラキスの言葉は、迷える子羊たちの意識すべてを自分に向け、磔台の暁を悪者へと誘導することに成功した。暁の発する光を目にした人々の目は、アルラキスの言葉を信じ曇り、魔族への敵意と恐怖が「黒き忌み人」への殺意へとすり替えられる。


「殺せ!」
「お守りください光の聖女様!」
「黄竜様の光で世をお守りください!」






暁に向かい、真っ黒な悪意が土砂降りのように降ってくる。


自分を殺せ。と、怒号のような幾千の声が地鳴りのように響いてくる。
アルラキスが、自分の力を物質化した光の弓をつがえ、黄麟に差し出した。


受け取る黄麟の目に、迷いが見える。


お前は本当に……どうしてこう、幼い時から変わらないのだろう。と、自分が死ぬか生きるかの局面ということも忘れ、暁は黄麟の迷いに苦笑を溢した。

土壇場になればなるほど、迷う。そこに至るまでは強靭な精神で、誰に何を言われても考えを曲げず行動も変えず、自分の心を壊してまでも、選んだ道を突き進むくせに……最後の一手の前で、黄麟が迷う事を暁は覚えている。


今まで、98回もオレを殺してきたんだ。ここで、躊躇するのは止めて欲しい。


いつも、いつも……お前はオレを、苦しまないように殺してくれただろう?
ソレを射てくれれば、オレは、今度こそ、終われるのだから。


黄麟に、その光の弓を射られた時が、自分の長かったすべての生が終わる時だ。


そのすべてを理解し、衆人の悪意を全身に受けながらも、暁の心は、凪いでいた。
自分を包む光が、心を、落ち着けてくれている。


大丈夫。と根拠のない自信が、暁を満たしていた。


自分は、一人ではない。
自分を包む穏やかで優しい光が、それを知らしてくれるから。



自分の心臓を、あの光の矢が射抜いたら、その瞬間が勝負となる。



器の中に入り込んだ魂が、悪霊アビゲイルであっても、器が一番星であれば、はじめの竜達は血の誓いを無くしても、危害を加えることは出来ないはずだ。

遠い昔のアルラキスとの、いや、古代の悪霊アビゲイルとの因果応報の悪縁を断ち切ることが出来るのは、恐らく、自分だけ。


お前だけは、オレの魂の消滅と一緒に、消えてもらう。


暁は、黄麟とアルラキスに向かい立ち上がり、真っ直ぐに二人を見つめた。淀みひとつない、暁色の瞳で。


うて。黄麟。


アルラキスの中のアビゲイルを滅し、一番星をこの世に降臨させるのは、今だ。

黄麟のオリーブの瞳にひときわ強い光が走り、意を決した黄麟の両手が、手にした光の弓を大きくつがえた。鋭い矢が狙う一点は、暁の、心臓だ。

すうっと息を吸って、その時を迎えるために暁は目を閉じようとして、それが出来なかった。

暁を「星の君」と認め、膝を突いていた竜たちが、光の弓の壁となるように暁を取り囲んだ。その背が、大切なはじめの竜たちを思い出させて、暁の決意を揺らす。


「お守り致します」
「リンが……黄竜がオレに矢を射る……。どうか、下がって―――」


微動だにせずに「それはできません」と口を揃え、黄竜の眷属である竜たちが引いてくれない。アルラキスが手渡し、黄竜がつがえる光の弓は、光に見えて、暗闇みたいな悪霊アビゲイルの恐ろしい力を宿している。あの闇の矢に触れれば、例え黄竜の眷属であろうと、命だけでなく魂も奪われ、永遠の穢れの中に堕とされてしまう。

自分を認め守ろうとしてくれる優しい竜達を、巻き込みたくなくて、暁は嘆願する様に声を上げる。


「オレは―――あなたがたに守って貰えるような存在では」
「守らせてください。あなたを守らねば、我々の魂が壊れてしまいます」


彼らの言葉が、暁の心の目を開かせる。

何を言われているのかが、瞬間、理解できなかった。
今、彼らは何と言ったのか?


『星の君』を守るでなく、『あなたを』と―――そう、言ってくれたのか……。



暁を包む光が、淡く、色を変える。



空色と深紅と白色。それに、翠と黒と―――黄色も……。
それは、はじめの竜の加護の印にして、はじめの竜からの思慕の証。


一番星ではなく、暁に向けた、六竜の真の心―――だ。





「―――お前は、鈍くて意外と馬鹿だよな。暁」





ここにあるはずのない声が頭上から聞こえて、暁の心臓が壊れる位に音を立てた。


「で、黄麟はソレを超える大馬鹿で大間抜けだ。黄竜ヤツの眷属の方がよっぽど聡い。偉いなお前ら。良く、暁を見つけた。褒めてやるけど、暁は誰にもやらん。ところでさ―――」


「俺の服を奪ったら、俺が出てこないとでも思ったか?」と不敵に笑いながら、緑の竜が大きな翼をはためかせ空から降りてきた。

瞬きも出来ずに目を見開き、見上げる暁に向かい、翡翠が両手を伸ばしてくる。人型に変化しても背の翼はそのままに、暁の頬を空中から両手で包んできた翡翠が、顔を寄せてゆっくりと唇を合わせてきた。


「―――………ス…イ」


どうして、来てしまったんだ……。
お前には、オレの終わりを見せたくなくて、眠らせてきたはずだ。深く深く眠らせて、すべて終わるまで目が醒めないように、まじないを掛けてきたのに。

もう一度お前に触れてしまったら、オレは……。

潤み始める目を見せたくなくて、顔を伏せる暁の頬を、グイっと上向かせて、翡翠が額を合わせにやりと笑った。



「やっとお前が手に入ったのに、俺がお前を手離すわけないだろ? 竜の執着を甘く見るなよ、アキ」



この世界に来るまで知らなかった、感情の海にのまれて沈んで、溺れ死んでしまいそうだ。


こんなこと、ある筈がないのに。
自分は、ただの暁で、心を貰えるはずなんてないと、ずっと思っていた。


孤独な俺が唯一求めた、翡翠だってきっと―――一番星が戻ってきたらきっと……と、そんなふうに、全てに蓋をして、手にしたばかりの心を閉じていた。自分が傷付くことを予防していたんだ。それなのに……こんなの、ないだろう……。


暁を包み込み光る六色の光が、頬を撫で、唇に触れて来る。翡翠からの口付けの様に―――。



「あ……」



なんだこれ……。
胸元に翳した手のひらに、水滴が落ちる。

ぽつりぽつりと落ちる透明な雫が、手のひらではじけ、六色の光を生む。

透明な雫の出所は、どうやら自分のようだ。
頬を伝い流れる、その雫の根源が、自分の両目であることにやっと気付いて、暁は顔を上げた。


世界が、輝いて見える。


ああ、ここは、こんなにも綺麗な場所だったんだ。
顔を上げた暁を、雲間から現れた閃光が照らし出した。

その閃光は竜の眼光。

青い竜と、赤い竜と、白い竜が、大きな翼をはためかせ、疾風の風を呼び、黒雲を切り裂いた。コロシアムに集った人々は、ただならぬ怒りに満ちた竜神の覇気を浴び、空を見上げた姿勢のまま凍り付いた。

はじめの六竜が揃うのは、六竜会議のみ。

それも、そこに人が立ち入ることは禁忌とされる為、人が住まう土地に、黒竜がいないとはいえ、はじめの竜が同じ場に揃うことなど、今世ではありはしない。

青赤白の三竜は、大気を震わせ鼓膜を破りるような威嚇の大咆哮を上げ、刑場に降りてくるなり、磔台を取り囲んだ。

雲間からの光が暁を照らす。

その光よりも輝く、神聖なるはじめの竜の加護を纏う暁に、三竜は頭を垂れた。


彼らの愛する唯一のひかり。


はじめの竜が求める、ただひとつの光が、そこに在るから。
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