氷の王弟殿下が『恋』という不確かな感情を理解するまでの365日

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第四章 思至~エドアルド

16:理解不能な悋気



一回目のレイドの死は、帝国最高議会承認による、斬首の刑によりもたらされた。

王の座にあった兄上が、何とかその刑からレイドを守ろうと秘密裏に動いていたことは知っていた。だが、一回目の僕は、レイドが自分にとりどんな存在であるかを図りかねていて、それに手を貸すこともなく、ただ……傍観していた。

レイドは、僕の世界に色を付けてくれる人だったけれど、それが、僕にとり何を意味するのかが、僕は、何もわかっていなかった。

レイドの刑が執行され、レイドの首から噴き出す血を眺めて、僕の躰と心は、芯から凍り付き、砕けた……。レイドの死とともに、僕の世界からは全ての色と音が無くなって、モノクロを超える底なしの闇に堕ちた僕は、息をするだけのただの屍と化していた。

もう、何もかもが遅いのに。
この時になって初めて、僕は、レイドの命を奪われてはいけなかったと気付いたのだ。

兄上の悲しみは、僕以上に深かったように思う。

玉座から、レイドの刑の執行を見届けた兄上の表情は、氷の様に凍り付き変わることはなかったが、それだけはわかった。何故なら、僕たち兄弟の想いは一緒だったから。


レイドを、失うことは出来ない。


どうしてなのかなんて、わからない。わからないが、何かが欠けたまま生まれ、ただ生きているだけの僕の「何か」を埋めるため、君をこのまま死なせるわけにはいかないんだ、レイド。どうしてそれを埋めなければいけないのか理解出来るまで、今度こそ君のことは、僕が必ず守り抜くから。

そうして僕は、生涯一度だけ使用できる【賢者の盃】の奇跡を使い、二回目の生を、君と共に生きている。一回目に僕の手をすり抜けて失ってしまったレイドの命は―――今、僕の手の中にある。



「どうして、自分の命が狙われていることを……【白の宮ここ】にも、刺客が入り込んでいることを―――僕に言わなかったんだ、レイド?」



寝台の上で、自らの四肢を檻として捕らえたレイドに、エドアルドは詰め寄った。両手をシーツの上に縫い留めて、馬乗りになった下肢を長い両足で拘束し睨みつけるエドアルドの深い蒼瞳に、レイドの喉がごくりと何かを飲み込む様に動いた。


「……話したところで、詮無き事だろう? 命が狙われるのは俺にとっては常日頃から変わらないルーティーンで、それはエドのせいでも、ましてやディーのせいでもない。俺の、血の問題だ」


焦って見せてはいても、レイドの頭が醒めていることは、その目を見ればわかる。僕を、信頼も信用もしていない。緑の瞳は暗く翳り、木漏れ日の様に降ってくる金の粒は、今は見えない。


「――僕は、君の何なんだ、レイド?」
「俺の飼い主―――という以外に、何かあるのか? こっちが聞きたい」


憎らしい言葉をほざいてくれる。

その答えがわからないから、こんなにも、イライラが募っているというのに、何故君は僕を煽るように冷たい目を向けて来るのだ。

レイドの命を失いたくない僕の前で、君はその命を粗末にしている。それだけでも業腹だというのに、僕の腕にいるのに、兄上のことを「ディー」と呼ぶのも、反則だろう。

兄上を「ディー」と呼ぶことひとつで、僕の神経を逆なでしていることを、レイドはわかってない。

それはちりちりと僕の神経に触って、君を暴いて無理矢理に啼かせたくなる。残虐な僕の欲望が頭を擡げて来るのを、君が気付いていて煽っているのだとしたら、大概だな。

レイドに憑いているという『緑の守護』のことにしても、レイドが刺客から常に狙われているということも、僕は知らなかった。一回目から、ずっとだ。

二回目のレイドの命を奪われないために、レイドを手に入れ宮に囲い込み、自分の持てる力をすべて使い、僕はレイドを守っている―――つもりだった。

掃除洗濯と食事の準備くらいはさせてくれという、レイドの言葉を可愛い我儘と聞き入れるだけで、その真意を理解することを僕は怠っていた。一回目に下された斬首の刑さえ回避すれば、後は、どうしてレイドを失いたくないか理解出来ればいいと、僕は何も考えずにすべてに蓋をしていたようだ。


レイドが手に入ったことで、僕は、理解不能な安心感を抱いたのは確かだ。


君を抱いて、僕の手の中に囲い込めば後の心配はない、と、そんなはずはないのに、不可思議な多幸感が、僕の正常な思考を鈍らせていたとしか思えない。


そんな僕とは違い、レイドの話を聞いた兄上は―――表情一つ変えず「そうか」と呟き目を閉じた。静かに兄上が怒っているのは、兄上の纏うオーラを見て気付いた。だが、その怒りは、自分の命が狙われていることを隠していたレイドに対してではなく、明らかに、外向きだった。

兄上の怒りの先にあるのは、レイドの命を狙う者たちだ。

兄上は、レイドが『緑の守護』を持つ者であることも、それにより、何者かに命を狙われ続けてい事も、知っていたとしか思えない。


まさか、兄上も【賢者の盃】の奇跡を使い時を戻したことがあるのだろうか?


いや……それは考えられない。亡くなった父王は、兄上は直系の系譜ではないから【賢者の盃】は使用できないと言っていた。ならば、どうして兄上は、レイドの全てを、知っているのだ―――。

エドアルドの心臓がどくんと音をたて、発火する様に全身が熱くなる。

それは単なる「嫉妬」であるのに、今のエドアルドにはそれがわからない。ただ、自分だけでは鎮火しきれない体内の熱を排出することしか考えられなくなって、四肢に捕らえた獲物に牙を剥く。

齧り付こうとした歯列を固く閉じるレイドの口に、親指を突っ込んで無理やり開かせ、舌を捻じ込む。逃げるレイドの美味なる舌に噛みついて逃がさず、溶けて混ざり合う程にこちらの舌を絡みつけ、吸い上げる。息をさせる間も惜しみ、味わい、喉元までを上顎から舐め上げると、レイドの躰が教え込んだままに甘く震えだした。


「……お、前は、俺を、征服し…てるだ、けだ」
「そうだな。でも、レイドの躰は、僕が教えたままによろこんでいる。いい、反応だ」


腹に触れる、兆し始めたレイドのモノをするりと撫でると、小さな声を上げ、レイドの背がしなった。


「――……ッお前は、俺を喰い散らかして……一体何をどうしたいんだ? 俺を死なせない理由は、まだ、見つからないのか?」
「君こそ……。僕の為に洗いざらい吐かせるって啖呵を切ったのは、どうしてだ?」


――エドの為に、洗いざらい全部吐いて貰うぞ。


僕を喜ばせる言葉を投げつけておいて、随分とツレナイ言葉を吐いてくれる。

僕が君を征服してるだけ?
そうだな。それはその通りかもしれない。

でもね、レイド。聞き捨てならない。

僕が君を喰い散らかしてるだって?
そんなわけないじゃあないか。骨の一欠けらも残さず、そのやわらかな栗色の髪一筋も残さず、すべて僕が喰らってやる。

レイドの作ってくれた夕食と同じように、キレイにすべて完食し舐め尽し、皿には血の一滴も残しはしない。


「君は本当に、僕を、わかっていない、レイド」


今宵は、君が気を失おうと許しはしない。


僕のすべてを受け入れ、すべてを飲み込み、君の全身が爪の先まで僕で一杯になるまで抱き潰すから、覚悟しろ、レイド。
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