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26 事後処理
しおりを挟むセレナと共に広場の隅に座り込み、広場の様子を見ていた。
周囲では、魔道士団の面々が事後処理を進めている。鑑定魔法を持った魔道士たちが、集まっていた人々の精神状態を一人ひとり確認し、完全に状態異常が解除されていることを確認した上で、帰宅させていた。
「これなら私の出番はもうなさそう」
ホッと息をついた。ふと、広場で指示を出しているカイルさんを目で追う。いつもの魔道士団の制服ではないが、仕立ての良い漆黒の服を纏っていて、威圧感のある佇まいだ。
その時、広場の端から、少し華やかで厳かな雰囲気を纏った集団が現れた。
彼らは、黒や紫の、格式高い祭服を着ている。
その集団の中の一人、白金の髪を後ろにサラリと流したスラリと背の高い男性が、カイルさんと何やら話し込み始めた。
(誰だろう、あの人……)
目を凝らして見ていると、セレナが声を潜めて話しかてきた。
「あれって……聖教会、クロノス大聖堂のイーグス・セイラン枢機卿だわ。大聖堂以外でお姿を見るのは珍しいわね」
「クロノス大聖堂?」
「この国で一番大きな教会よ。聖教会の総本部でもあるの。トップには教皇様がいらっしゃるんだけど、その教皇様に次いで、すべての聖職者を束ねる第二番の位置にいるのが、あの方、イーグス枢機卿よ。聖教会のトップの方々の地位は、王国の法と信仰を同時に動かすほどの重みがあるのよ」
セレナは興奮気味に説明してくれた。その人物の凄さを私に伝えようと必死だ。
「いつもは、クロノス大聖堂にいらっしゃって、めったに人前に出ないんだけど、こんな事件があったから来られたんでしょうね」
(そうなんだ……)
その荘厳な人物に目を奪われていると、セレナが肘で私を突いた。
「ゆい、呼ばれてるみたいよ」
カイルさんを見ると、たしかにこちらに向かって手招きしているのが見えた。
「ほら、行きなよ」とセレナに言われ、私は頷いた。
カイルさんの元へ駆け寄ると、枢機卿の榛色の瞳と目があった。彼の容姿は、白金の髪と相まって、整った中性的な美しさを持っている。その表情は常に柔らかい笑みを湛えていた。見る者を包み込むような、慈愛に満ちたオーラを感じる。
カイルさんが、私に説明した。
「ユイ、こちらは聖教会のイーグス・セイラン枢機卿だ」
枢機卿は、朗らかな笑顔で私に自己紹介してくれた。
「お会いできて光栄です。私は、ユイと申します」と急いで挨拶を返す。
「イーグス枢機卿は、この教会での狂気的な信者の増加を懸念し、魔道士団へ前々から調査の相談に来られていたんだ」
イーグス枢機卿が、柔和な表情で言葉を継ぐ。
「ええ。我々でも、当初は教会の内部で調べてみたのですが……ただの熱狂的な信仰なのか、それとも何か異常が起こっているのか、判断がつかなかったのです。特異性を感じたため、魔法の専門家であるカイル団長にご相談していたのですよ」
枢機卿は、私の方に向き直り、深く頭を下げた。
「あなたが、集まった信者たちを浄化してくださったと伺いました。本当にありがとうございます。あなたの清らかな力のおかげで、多くのものが狂気から救われました。この国の信仰の危機も救われました」
「いえいえ、わたしは今ここにきて、できることをやっただけなので……」
私は恐縮し、頭を下げた。枢機卿は、私の返答を聞き、さらに優しい笑みを深めた。
「それでも、多くの魂が救われたのは事実です。何かあなたにお礼できることはありませんか?」
「いえ、何も……」と言いかけたが、ふと、あることを思い出した。
「あの、さっきアンジェにナイフを向けた女性は、どうなるのですか?」
「あの女性は、聖女を騙っていた人物だったとはいえ、アンジェをナイフで刺そうとし、教会内で刃物を振り回したとなると刑罰が与えられることになります」
イーグス枢機卿は感情を押し殺したような口調で答えた。
もっと早く彼女を止めに入れていたら。そう思うと気持ちが沈む。すると、枢機卿がにこやかに微笑んだ。
「その件でしたらご心配なく。今回の事件は、元を辿ればうちの門徒が起こした事件がきっかけですので、彼女には減刑を求めておきますよ。教会での奉仕活動くらいになるように尽力致しますので」
その言葉に、息を詰まらせるように安堵した。胸のつかえが一気に取れたようだった。
「あ、ありがとうございます……!」
枢機卿は、私のその素直な安堵の表情を見て、ふわりと笑った。
「ユイさんは、本当にお優しい方なんですね」
私は「いえいえ」と謙遜する。
「クロノス大聖堂に来られたことはありますか? よければ、今度いらしてくださいね。大聖堂の建造物の美術性や、絵画は一見の価値がありますよ」
「それは是非、伺いたいと思います」
その話に興味を示していると、枢機卿は他の聖職者から呼ばれた。
「残念ながら、私はここで失礼させていただきます。ぜひ、またお話しさせてください。また、近いうちに」
そう言い残すと、枢機卿は名残惜しそうにその場を離れた。
カイルさんと二人きりになると、静かに声をかけてきた。
「ユイ。今日は来てくれていて助かった」
彼の言葉には、心からの感謝が込められていた。
「アンジェの微量な魅了魔法と、異国の薬の効果は、高度な隠蔽魔法で細かく隠されていた。魔道士団でも解析に時間がかかった。崇拝者が多く、今回のような形で一気に人を集めて処理する必要があった。本来なら、魔道士団で会場を制圧して、時間をかけて状態異常を解くことになる予定だった。だが、ユイの浄化が事態を収拾する上で、最も迅速かつ効率的な手段だったな」
彼の言葉は褒めてくれているのに、私の胸には、ある不満が募る。
「そう思うなら、どうして私にこの話をしてくれなかったのですか?」
気づけば、責めるような口調になってしまう。カイルさんは、そんな私を見て、少しだけ眉を下げた。その表情は、見慣れた冷徹なものではなく、困惑と反省が混じったものだった。
「すまない。今回は、自分の判断が悪かった」
カイルさんが素直に謝罪したことに、かえって困惑してしまった。
「あの偽聖女の黒目黒髪は、魔力で染め上げてある。あれは、故意によるものだ。異世界から来たユイの特徴を知り、ユイにわざわざ似せてまで人を集めているのを見て、話さないほうがいい気がした。その予感が払拭できず、ユイをこの件に巻き込むことを躊躇した」
彼はまっすぐに見つめ、再度謝罪した。
(私を、心配してくれてのことなのか……)
彼の困り顔と、私を気遣ってくれたという事実に、胸が温かくなるのを感じた。さっきまで、アンジェへの態度を見て、胸の中にはざわざわとした感情があったのに、本当に現金なものだな、と自分でも思う。
私は、気持ちを落ち着かせ、彼の目を見た。
「お仕事なので、私に話せないことも多いとは思いますけど──」
覚悟を決めて、言葉を選んだ。
「力になれることがあるなら、言ってください」
それを聞いたカイルさんは、目を見張った。そして、彼の口元に、柔らかい笑みが浮かぶ。それは、私だけに見せてくれた特別な笑顔だった。
「ああ、そうする」
彼は、それだけを呟いた。
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