調律師カノン

茜カナコ

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5.魔法学校へ

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「カノン、起きなさい!」
「……はい」
 カノンはまだぼやけている視界の中で、顔をこすった。
 目をぎゅっと閉じてから、また開く。
 ベッドの横には持っている中で一番上等なパンツとシャツ、ジャケットが丁寧に手入れされた状態で机の上にたたまれていた。

「ああ、そうか。今日は入学式だ!」
 カノンは寝間着から準備されていた洋服に着替え、髪を整える。
 洗面所に行き、顔を洗っていると父親と顔を合わせた。
「おはよう、カノン」

「おはよう、父さん」
「今日は入学式だな、カノン」
 カノンが顔を拭いて洗面台から離れると、父親は言った。
「家族の付き添いは禁止なんだな。せっかくのカノンの晴れ姿を見られると思ったのに残念だ。それに、カノンは人見知りだから、一人で大丈夫か心配だ」
「僕ももう12歳なんだよ? 一人で大丈夫だよ」
 カノンは笑顔で答えた。

「おはよう。二人とも、もう朝ごはんができているわよ。冷めないうちに召し上がれ」
 カノンと父親は、キッチンわきのテーブルのそれぞれの席に着いた。
「さあ、カノン。今日はあなたの好きなチーズオムレツとブロッコリーのソテー、コーンスープもあるわよ」
 母親は明るく振舞っていたが、その目はすこし腫れぼったく、赤みがさしていた。
「いただきます! ありがとう、母さん」
「カノン、あなたとこうして食事をするのも、しばらくできなくなるわね」
「母さん……」
 カノンと母親がしんみりとした表情で黙ると、父親が言った。
「ふたりとも、なんていう顔をしているんだ? 王国の誇る魔法学校の入学日なんだからもっと嬉しそうにしてもいいじゃないか!」
 父親はにこやかにそういうと、チーズオムレツを半分に切った。オムレツからはチーズがとろりと溶け出して空腹を刺激した。

 カノンも食事を始めることにした。オムレツを一口、ナイフとフォークで口に運んだ。
「美味しい」
「よかった」
 母親はスープを静かに飲み始める。
「学校はどんなところなんだろうな」
 父親の言葉に、カノンが反応した。

「良いところだといいな」
 カノンは無邪気に微笑んだ。
「さあ、早く食べて。入学式に遅刻しては大変だわ」
 母親が急かしたので、カノンは残っていたスープをいそいで飲み干した。

 魔法学校に指定された持ち物は筆記用具とカバンくらいだった。カノンは軽すぎるカバンを背負い、不安な気持ちが強くなった。
「カノン。もし学校がつらくなったら、いつでも帰ってきていいからね」
「母さん、ありがとう」
 カノンは母親に抱きついてから、お別れの言葉を言った。
「行ってきます」

 カノンは魔法学校に向かって歩き出した。
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