転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第2章 スウガク部編

同相ループ【2】

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 階差の元へ行こうとして、心音は環名に手を掴まれた。心音が振りほどこうと試みると、環名の手はあっさり離れた。
 心音を物理的に止めるものはもう無い。しかし心音の足は止まったままだった。
「何か言いたいんすね」
「あいつを助けるなら無理をした方がいい。けれどわたしは、お前自身のことも大事にして欲しい」
「大丈夫。大事にする」
 時間で言えば1分にも満たないやり取りの後で心音は教室を飛び出した。



 心音は目がいい。というより観察眼が優れている。より正確で一切の情報の欠落も無い絵を描こうと執着し続けた結果だろう。髪型や服装の変化は見抜ける自信がある上、別に髪を切ったわけではないならば髪は切っていないと断言できる程度には相手のことを見ている。
 しかしそんな観察眼とは関係無く心音には分かった。もうすぐ昼休みが終わろうとしている階差のクラスに、この学園の生徒でなければどこか他の学校の中学生でもないであろう人物が平然と混じっていることを。
 言いたいことは色々あった。まず明らかに制服が違う。そして何故ここにいるのか。教室の隅で何をするでもなく棒立ちして、一体何が狙いなのか。ここの生徒たちに危害を加えるつもりではないだろうか。世のため人のためにあれこれと問いただそうとは思ったものの、心音の口から最初に出たのは呆れを含んだ声だった。
「何やってんすか数然さん」
 教室に入ってきた心音に気づいたらしい数然は途端に目を輝かせ始めた。
「まあ心音さん! どうしてこちらへ?」
「ちょっと部長に会いに……って、そういう数然さんは何なんすか。つまんない映画に急に出てきたニンジャみたいに現れて」
「たまには女学生に戻りたくなるものです。心音さんもいずれ分かりますよ」
 数然は得意げに制服姿を見せつけた。
「身内がコスプレしてるのを見るこっちの気分にもなってくださいよ」
「ワタシに孫はいませんよ?」
「いやでも似てますから。名前もばあちゃんと同じだし」
「不思議なものですね」
 目の前の『おのず数然かずね』が何者なのか、相変わらず心音にはよく分からない。今は数然よりも自分がここへ来た目的の方が取り敢えず大事だと、心音は制服を堪能する数然から目を離して教室を見回した。
「数然さん、部長……一別いちべつ階差かいささん見ませんでした?」
「さあ。図書室じゃないですか?」
「そっか。失礼します」
「待って」
 足が動かなかった。数然の持つ『都合のいい結果をもたらす』能力が原因なのか心音には分からない。ただし怖くて動かなかったわけではない。ただ不思議と、それが当たり前であるかのように、何の理由も無く心音の足は動かなかった。
「もうちょっとお話しましょう?」
「急いでるんですけど」
「まあいいじゃないですか」
「早くしないと昼休みが」
「どうとでもなりますよ」
「数然さん」
「そもそも」
 数然はふとどこかを指差した。心音の視線がを向く。別に特定の誰かがいたわけではなかった。生徒たちという集合がそこにいた。要するに数然は階差のクラスメイト全体を指していた。
「誰もワタシたちを認識していませんね」
「え?」
「見ず知らずの人間とこんなに可愛い後輩さんが話してるのに、誰も意識していませんよね?」
「……うおっ」
 誰かと肩がぶつかった。生徒の1人が心音のすぐ傍をを通り過ぎていったようだ。ぶつかった生徒は心音の方を振り向く素振りも無い。軽く頭を下げすらしない。まるで梶尾心音などという人間が存在しないかのようだ。
「これ、数然さんの能力っすか」
「ええ。ワタシのものともいえる、怪獣から与えられた能力です」
「はあ。分かりました。もうちょい付き合うっすよ」
「そうだ! ワタシお昼まだなんです。一緒にどうですか?」
「もう食べました。お腹空いてません」
「ではお昼を買ってくるので、先に屋上で待っててください」
 心音の足は屋上へと向かった。



 屋上には誰もいなかった。心音が人が少なくなりつつあるグラウンドを適当に眺めていたところ、ドアが開く音と共に機嫌良さそうに鼻歌を歌う数然の声が聞こえてきた。
「心音さん心音さん、見てください。ワタシ、なんとパンを買えましたよ」
 いつの間にか制服から和服に着替えていた。その手にはそれはそれは美味しそうな、6枚切りの食パンが抱えられている。
「はあ……よかったっすね」
「さてさて。では肝心のお話ですが……」
 数然が黙る。続く言葉が発せられない。袋を開けてパンを1枚取り出し、その角を齧った。まずは1口。そしてもう1口。何度も何度も齧る。
 ついにパンが1枚消えた。
 ようやく数然が口を開く。
「何か話すことありませんか?」
「数然さんは無いんですか」
「心音さんとならどんな話も楽しいですよ」
 数然は2枚目の食パンに手をつけていた。それが心音の目に入る。会話のとっかかりはこれでいい、と判断した。
「美味しいんすか?」
「ええ。食べますか?」
「遠慮しときます」
「ではまた今度買ってきますね」
 いつの間にか2枚目が食い尽くされていた。残りは4枚。
「……」
 数然に訊きたいことなら山程あったため、心音は取り敢えずそのうちの1つを投げかけることにした。
「なんでそこまで怪獣にこだわるんですか」
「幸せになれるからです」
 数然が食パンの入った袋を高々と掲げる。
 直後に怪獣がパンを袋ごと食った。
 どこから現れたのかは分からない。たった今唐突に現れたとしか言いようがない。金属のような無機物と思われる正方形の物体がいくつも集まって2本足のトカゲのようになった怪獣が、気がつけば心音たちを見下ろすように屋上の柵の向こう側にいた。
「ワタシはパンを2つ食べてお腹いっぱいになりました。怪獣は余った4つを片付けてくれました。悪いものだって同じです。怪獣なら消してくれます。そして――」
 数然が怪獣を指差す。すると怪獣はどこかへ消えた。
「『良いことがある』とは『悪いことが無い』と同義です。美味しいパンを食べるとは、美味しいパンを食べられないが消えることといえます。となれば悪いことを消せる怪獣は、幸福すらももたらしてくれますよね」
 グラウンドにいる生徒たちは慌てる様子が見られない。彼らに今さっきの怪獣は見えなかったようだ。
「不幸をもたらす存在が全部消えて、皆が幸せになれる。全部が都合のいいように作り変えられる。それは素敵なことではありませんか?」
「そりゃまあ、小遣いとか多くなったら嬉しいっすけど」
「家族全員でずっといられるんですよ」
「私なら確かに嬉しいっすね」
「だけど怖い?」
「はい」
「ふふ」
 数然は心音の頭を撫でた。とても優しい手つきだ。それこそ祖母が孫を可愛がるようにも見える。
「大丈夫です。無理をしなくていいですよ。ゆっくり慣れてくれたらいいですから」
「数然さん……」
「怪獣の力が必要なら言ってください。心音さんのお願いならいつでも手伝ってあげます」
 この日、心音以外に数然を見た者はいなかった。



 屋上から階差の教室まで戻ってきた時、心音の目は階差の姿を捉えた。ちょうど教室に入ろうとするところだった。心音には気づいていないようだ。
 その顔は険しかった。元より目の下に隈がある階差だが、その時は隈がより黒々としているように心音の目には映った。
 心音は声をかけようとしたが、チャイムが鳴ってしまった。
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