転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生遺族と音階少女3

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「先生が……あいつを殺した?」
「て、言ったらどうするかな」

 困り顔で問う作子。音にしてみれば、それはこちらの表情セリフだと言わざるを得なかった。
 そもそも彼女の意図が分からない。音のした質問と何かしら関係はありそうだが、近づきはしても接触はしない。そんな予感がした。

「待ってよ。どうしてそんなこと」
「話逸らしたかったから」
「ズコーッ!」

 座っていながらこけた。と、同時に理科室に満ちていた緊張感もどこかへと行ってしまった。

「今のは縦軸には内緒ね。流石に愛が絡んでくるとあいつも洒落で終わらせてくれないから」
「分かってるわよ。私だってあのシスコンは怒らせたくないから」

 かつて音に「異世界転生しないか」とナイフを突きつけてきた姿が脳裏を掠めた。あの時結局音は生きることを望んだし、縦軸も殺しなどしたくなかっただろう。それは彼女とて分かっている。
 だがそれでも、もしもあそこで自分が「異世界に行きたい」と言ったならばと想像してしまう。優しい彼でも、むしろ優しい彼だからこそ、迷いなく自分を送ったのではないかと。

 そんな人物が怒りを、殺意を抱いてしまったらどうなってしまうだろうか。

「結構考えてくれてんだね。縦軸のこと。もしかして好きとか?」
「違うわよ。私他に好きな人いるから」
「おっと。これは失礼」

 死ぬほど会話が弾まない。作子への最初の用も今はどうでもよくなった。そろそろ引き上げ時だろう。
 すっかり飽きた音は理科室を後にすることにした。

「先生、ありがとうね」
「お礼なら全部片付けてからにしな」
「りょーかい」

 立ち去る足が、とても軽く感じられたという。



『原前先生にも連絡してあるから2人で十二乗さん家に行ってきて。もう本人も面倒くさいって言ってるからデウス・エクス・マキナしてくること』

「色々ツッコミたいよ三角さん……」

 メールを読んだ縦軸は思わず天を仰いだ。雲一つない快晴だ。
 先日から音の家庭問題はそれなりに大変なことになってきた。民研もそれに介入するという方針だ。だがこれは少々やり過ぎではないだろうか。

「おっしゃあ! やったるぞい!」
「何でそんなに張り切れるんだよ。暑苦しい」
「へいへい縦軸さんよぅ、卿はお友達の将来がかかってるってのに気合い入らないのかい?」
「友達の将来を背負える身分じゃないから気合いも何も無いんだよ」

 縦軸の目の前には自分の家の2、3倍はあるだろう家がそびえ立っている。音はこんな家から自分の所に引っ越してきて窮屈ではなかったのかと、いらぬ心配をしてしまう程だ。

「三角さんがそうリクエストしたんなら何か考えがあるのよ。それでいいじゃん」
「こんな担任嫌だ」
「嫌われたって構わないよ。私にとって1番大切なのは生徒の未来なんだから」
「その未来を脅かしそうだから嫌われてるんだよ」

 そんな会話をしながらも縦軸は呼び鈴を押した。
 何もすることが無くなり、暇という気まずさが縦軸にのしかかる。おそらく彼がそれでも平気でいられたのは、隣にいるのが家族のように親しくしてきた作子だからだろう。

 もしかしたら使用人の1人でも出てくるのではないかと思われたが、2人の前に現れた音の父本人だった。

「これは原前先生、そちらは?」
「初めまして。ひとめぐり……音さんの友達の虚縦軸です」
「虚? ああ、では君が……上がりなさい」

 それだけ言うと音の父は無言で縦軸たちを家の中へと招き入れた。

 外では家の大きさに動揺していた縦軸だったが、中に入ってしまえば大して気になりはしなかった。住めば都と言うように、この家も音にとってはそれなりに快適なのだろうと想像できたからだ。彼女の家庭事情を抜きにすればの話だが。

「ここで待っていてくれ。妻を呼んでくる」

 通された部屋には誰かの書いた達筆な書が飾られていた。ただ物理的な意味としてそれが見えただけの縦軸だったが、隣に座る作子の表情で不安になった。

「もう痺れたのか?」
「HAHAHA……訊くな」

 どちらかと言えば部屋に飾られた書を見た途端に顔を歪めたように見えた。それでも、あるいはそのせいか作子の「訊くな」という頼みを縦軸はとてもよく守ることにした。
 それを破ったのは他でもない作子の方だった。

「もう知ってるよね」
「何のこと?」
の家族だよ? 一緒にいて憎くないの?」
「従姉妹ってだけだろ。そういうのはどうでもいいよ」

 一体どこで知ったのか。作子がそう訊ねるよりも先に縦軸は先程ていりから送られたメールを作子に見せた。どうやら音本人がていりを通じて伝えたらしい。

「それにもうあいつの事はどうでもいいよ。姉さんに帰って来てもらえればそれで」
「大人になったな。ではよしよしさせろ」
「やめろ。ここは人ん家だ」

 では虚家か原前家ならいいのか、などと訊く者はこの場にいない。縦軸の言葉など聞こえなかったかのように作子は手を伸ばし、諦めた様子の縦軸の頭を何度か優しく叩いてみせた。
 縦軸にとって作子は『姉』ではないし、『姉代わり』でもない。



 音の両親はしばらくして戻って来た。
 何を考えているのか悟らせてくれない父と母。音にとってどんな家族なのかはまだ決めかねていた縦軸だったが、自分ならばどう苦しむのかは何となく予想がついていた。
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