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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と音階少女4
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音の父と目が合う。縦軸と作子が挨拶する暇も与えず彼は先手を切った。
「縦軸君と言ったね。こっちに来なさい」
何故作子は放置で自分なのか?よく分からないままに縦軸は立ち上がった。ありがたいことに足は痺れていなかった。
「妻が話があるそうだ。彼女について行ってくれ」
「あ、はい」
音の母は無言で軽くお辞儀をするとそのまま部屋を出て何処かへと向かい出した。縦軸は一瞬作子を振り返った後、言われた通り音の母を追った。
彼女の後ろを歩いている間、縦軸は一言も発さなかった。色々と訊きたいことはあったものの、彼女が爆ぜて中から出てきた禍々しいトゲのようなものが飛び散るような気がしたからだ。
「入って」
ある部屋の前でようやく口を開いた。困惑する縦軸に音の母は続ける。
「音が使ってた部屋よ」
「はい⁉︎」
「やだぁ、冗談よ。とにかく入って」
「は、はぁ……」
主導権を奪われていると思いながらも縦軸は言う通りにした。
足を踏み入れる。瞬間、背後でピシャリと襖が閉まる音がした。
「どう? よく書けてるでしょ。私も詳しくないんだけど」
「こ、これって……」
「姪っ子が書いたの。あなたもよく知ってる子よ。その筈でしょ?ねえ」
縦軸の肩に置かれた両手は力など一切こもっていないかのようにふわりとしていたが、縦軸にしてみればそれが触れているという事実だけで十分に恐ろしかった。これでは彼女が叫んだとき、逃げられない。
「本っ当にいい子だったのよ。よくウチにも遊びに来ててた。思い出すわ、この部屋でお習字をやってたのを。書いてるときは周りが見えなくなるぐらい集中してて、私が部屋にいるのに10分以上も気づかなかったの。やっと納得できるのを書けたと思ったら『あら叔母さま、いらしてたんですか⁉︎』ってびっくりしてて……」
とても楽しそうだ。目を除けば。
「学校でのあの子はどうだったの?」
縦軸は悟った。この人物は自分に想いをぶつけたいのだと。
愛はいじめを受けていたのか? 本当にこの女の姪に悪意はあったのか? 虚愛を殺した犯人とされる人物が転校を余儀なくされたのは当然の報いだったのか?
そんな事は一切関係無い。自分が姉を大切に思うように、この人間の中で自分の姪の人生を狂わせた虚愛とかいう奴が『よくないもの』なのだ。
「僕は知りません。姉は学校での話をしなかったので」
「そう。じゃあ原前先生から聞くわ。あなたにはこれだけ伝えておくから」
我が子を抱きしめるように優しく縦軸を包み込み、音の母は子どもを寝かすときのお伽話のようにゆっくり語った。
「私も夫も、あの子を愛してたわ」
縦軸は解放された。音の母はもういいとばかりに立ち去ろうとする。そんな彼女の腕を、生きることすら許さないと言わんばかりに縦軸は掴んでいた。
私は母としては褒められた人物ではなかった。自分が育ててる訳じゃないからと姪ばかり甘やかし、夫の娘に会社を継がせたいという願いのために娘には厳しく接してばかりだった。
それへの報いだろう。いつしか夫も私も娘から嫌われるようになった。そんな家庭の空気に当てられた私はヒステリーを起こすようになり、ますますウチは壊れていった。夫の会社の仕事でほとんど家に帰らなかったのも、あの子にとっては救いだったのかもしれない。
さて、対して私たちが散々甘やかしてきた姪っ子だが、彼女が中学3年――娘が5歳――のときに大きく狂った。いや、狂いが分かった。
姪のクラスメイトが自殺し、その子の遺書に姪が彼女をいじめていたことが記されていたらしい。遺族の激しい抗議を受け、姪は学校を変えた。あれだけ頑張っていたバドミントンもやらなくなった。
もしも私や夫がとても賢く、必要なときに情を捨てられる人物だったら、そこで姪を治せたかもしれない。
だけど私たちは姪を庇った。当時の私たちには信じられなかったからだ。姪が『悪』の立場に回るようなことがあると。
あの子には自分のした事の意味を教えてあげられなかった。姪は今でも、件のクラスメイトの死は彼女の被害妄想のせいだと信じている。そう考える事しかできない思想に育てられたから。
今日、音のクラスの担任が来た。あの子が居候している家の子を連れて。
憎いとかそんな感情は無く、寧ろ私は心底喜んだ。
だってせっかくのチャンスだったから。姪の無実を未だに信じ続けていた私にとって、あの家の人間に泣いて詫びさせることはそれぐらい大事なことだったから。
自分たちが追い詰めた相手の姿形をはっきりさせてやるため、私は姪が使っていた部屋に彼を案内した。
「本っ当にいい子だったのよ。よくウチにも……」
自分の満足するまであの子の『本当の姿』を語って聞かせた。
どうだ分かったか、真の被害者はあの子なのだ。そう言ってやったつもりだった。縦軸とかいう死んだ生徒の弟も大人しく聞いていた。
「私も夫も、あの子を愛してたわ」
とどめを刺した気になった私が部屋を後にしようとしたとき、さっきまで大人しかった少年が動いた。とても穏やかな表情と口調だった。
「じゃあ今度はこっちの番ですね」
「縦軸君と言ったね。こっちに来なさい」
何故作子は放置で自分なのか?よく分からないままに縦軸は立ち上がった。ありがたいことに足は痺れていなかった。
「妻が話があるそうだ。彼女について行ってくれ」
「あ、はい」
音の母は無言で軽くお辞儀をするとそのまま部屋を出て何処かへと向かい出した。縦軸は一瞬作子を振り返った後、言われた通り音の母を追った。
彼女の後ろを歩いている間、縦軸は一言も発さなかった。色々と訊きたいことはあったものの、彼女が爆ぜて中から出てきた禍々しいトゲのようなものが飛び散るような気がしたからだ。
「入って」
ある部屋の前でようやく口を開いた。困惑する縦軸に音の母は続ける。
「音が使ってた部屋よ」
「はい⁉︎」
「やだぁ、冗談よ。とにかく入って」
「は、はぁ……」
主導権を奪われていると思いながらも縦軸は言う通りにした。
足を踏み入れる。瞬間、背後でピシャリと襖が閉まる音がした。
「どう? よく書けてるでしょ。私も詳しくないんだけど」
「こ、これって……」
「姪っ子が書いたの。あなたもよく知ってる子よ。その筈でしょ?ねえ」
縦軸の肩に置かれた両手は力など一切こもっていないかのようにふわりとしていたが、縦軸にしてみればそれが触れているという事実だけで十分に恐ろしかった。これでは彼女が叫んだとき、逃げられない。
「本っ当にいい子だったのよ。よくウチにも遊びに来ててた。思い出すわ、この部屋でお習字をやってたのを。書いてるときは周りが見えなくなるぐらい集中してて、私が部屋にいるのに10分以上も気づかなかったの。やっと納得できるのを書けたと思ったら『あら叔母さま、いらしてたんですか⁉︎』ってびっくりしてて……」
とても楽しそうだ。目を除けば。
「学校でのあの子はどうだったの?」
縦軸は悟った。この人物は自分に想いをぶつけたいのだと。
愛はいじめを受けていたのか? 本当にこの女の姪に悪意はあったのか? 虚愛を殺した犯人とされる人物が転校を余儀なくされたのは当然の報いだったのか?
そんな事は一切関係無い。自分が姉を大切に思うように、この人間の中で自分の姪の人生を狂わせた虚愛とかいう奴が『よくないもの』なのだ。
「僕は知りません。姉は学校での話をしなかったので」
「そう。じゃあ原前先生から聞くわ。あなたにはこれだけ伝えておくから」
我が子を抱きしめるように優しく縦軸を包み込み、音の母は子どもを寝かすときのお伽話のようにゆっくり語った。
「私も夫も、あの子を愛してたわ」
縦軸は解放された。音の母はもういいとばかりに立ち去ろうとする。そんな彼女の腕を、生きることすら許さないと言わんばかりに縦軸は掴んでいた。
私は母としては褒められた人物ではなかった。自分が育ててる訳じゃないからと姪ばかり甘やかし、夫の娘に会社を継がせたいという願いのために娘には厳しく接してばかりだった。
それへの報いだろう。いつしか夫も私も娘から嫌われるようになった。そんな家庭の空気に当てられた私はヒステリーを起こすようになり、ますますウチは壊れていった。夫の会社の仕事でほとんど家に帰らなかったのも、あの子にとっては救いだったのかもしれない。
さて、対して私たちが散々甘やかしてきた姪っ子だが、彼女が中学3年――娘が5歳――のときに大きく狂った。いや、狂いが分かった。
姪のクラスメイトが自殺し、その子の遺書に姪が彼女をいじめていたことが記されていたらしい。遺族の激しい抗議を受け、姪は学校を変えた。あれだけ頑張っていたバドミントンもやらなくなった。
もしも私や夫がとても賢く、必要なときに情を捨てられる人物だったら、そこで姪を治せたかもしれない。
だけど私たちは姪を庇った。当時の私たちには信じられなかったからだ。姪が『悪』の立場に回るようなことがあると。
あの子には自分のした事の意味を教えてあげられなかった。姪は今でも、件のクラスメイトの死は彼女の被害妄想のせいだと信じている。そう考える事しかできない思想に育てられたから。
今日、音のクラスの担任が来た。あの子が居候している家の子を連れて。
憎いとかそんな感情は無く、寧ろ私は心底喜んだ。
だってせっかくのチャンスだったから。姪の無実を未だに信じ続けていた私にとって、あの家の人間に泣いて詫びさせることはそれぐらい大事なことだったから。
自分たちが追い詰めた相手の姿形をはっきりさせてやるため、私は姪が使っていた部屋に彼を案内した。
「本っ当にいい子だったのよ。よくウチにも……」
自分の満足するまであの子の『本当の姿』を語って聞かせた。
どうだ分かったか、真の被害者はあの子なのだ。そう言ってやったつもりだった。縦軸とかいう死んだ生徒の弟も大人しく聞いていた。
「私も夫も、あの子を愛してたわ」
とどめを刺した気になった私が部屋を後にしようとしたとき、さっきまで大人しかった少年が動いた。とても穏やかな表情と口調だった。
「じゃあ今度はこっちの番ですね」
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