【完結】君が好きで彼も好き

SAI

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2. 日常

 バイトの帰り道はいつも繁華街を通る。男といえども午前1時に人気のない道を通るのは少し怖いからだ。繁華街のメイン通りにはキャバクラやバー、ホストクラブが点在し、その一本向こうにいくと風俗店が混ざってくる。そしてメイン通りには泉が働く店もあった。

「ねぇ、この後カラオケ行こうよ~」

「いいですよ。俺、美佳さんの為ならなんでも歌いますよーっ」

キャッキャ騒ぐ若い女性とホストの脇をワンショルダーのリュックを握りしめて通り過ぎた。泉もきっとあんな風に女性と出掛けたりするのだろう。

「えー、ご飯驕ってくれるんですかー?」

聞きなれた声につい顔が動く。泉だ。一瞬だけ目が合ってそのまま反らされた。そりゃそうだ。今は仕事中だ。泉の肩に20代後半であろう綺麗な女性の手が触れたのを視線の端にしながら通り過ぎた。

 
 家に着くのは大抵1時10分前後。お風呂に入って少し勉強して午前3時には寝る。泉は早ければ2時半くらいに帰って来るし、今日みたいにお客さんと出掛けることになれば5時になることも珍しくない。

今日は5時パターンだろうな。

お風呂から上がって携帯電話に目を通すと山口さんからエインが届いていた。

【次の休み、私、那須川君と一緒なんだよね。飲みに行こうよ】

まぁ、たまにはいいか。
いいよ、と返事をしながら脳裏には女性に触れられてほほ笑んでいた泉の姿が浮かんでいた。


 休みの日。いつも通り10時くらいまで寝て勉強をしてからキッチンへ向かうとご飯の炊けるいい匂いがした。他にも料理のいい匂いがする。

この匂い、シチューかな。

「ぎゃっ!」

鍋に近づこうとした時、古いアパートには不釣り合いのソファから長い足が見え、思わず声が出て両手で口を塞いだ。

泉か、こんなところで寝て。
仕事終わって疲れてるだろうに。でも、料理は俺がするって言い張るしなぁ。

料理は泉にとってストレス発散になるらしい。泉の髪の毛がサラリと揺れる。引きつけられるように髪の毛に触れた。指の間に触れる柔らかな感触が心地よい。確か昔もこんなことがあったような……。

「そんなに俺に触りたいの?」

形の良い目が急にパチッと開いて射抜かれる。

「お、起こしちゃった? ごめん」
「いや、俺、楓に頭撫でられるの好きかも」
「へっ?」

泉が体を起こして僕に頭を差し出す。

「ぷっ、泉、子供みたい」

泉の頭を撫でながら隣に座った。こうしていると不思議な気分になる。学生時代は遠かった泉の存在、そのキラキラの輪の中に自分も入ったような気がするのだ。

「泉って足長いよね。ソファからはみ出してて、おうってなっちゃった」

「楓だってはみ出すだろ?」

「はみ出すけど、ちょこっとだもん。身長何センチだっけ?」

「178、かな」
「でかっ」
「楓とは9センチ違いでしょ」
「え? 何で知ってんの?」

「高校の時、友達が話してんのが聞こえた。楓がサバよんでるって」

「サバよんでるって。1センチだけだし。だいたい170センチと169センチの響きの違いが大きすぎるのが悪い」

「ぷっ、口、尖ってる」

泉の手がにゅいっと唇をつまんで、アヒルのようになった僕の唇を見て声を上げて笑う。そう、この笑顔だ。高校の教室でも泉のこの笑い声が良く響いていた。人懐っこくて気まぐれで、太陽みたいに笑う。

「んんふふぇっふ」
「ん?」

ぷいっと顔を反らして泉の手を唇から外した。

「お腹減った」
「はいはい、今用意するよ」


泉がテーブルに並べてくれたのは僕の予想通りシチューだ。二種類のチーズと隠し味に少量の味噌を入れているというこのシチューは泉の料理の中でも5本の指に入る絶品料理だと思う。

「旨い……。はぁ~、体に沁みる」

「ぷっ、温泉に入った時みたいな顔してるぞ」

「あ、上手い事いうね。本当にそんな感じ。口の中一杯に頬張ってはぐはぐしたい」

「どうぞ」

これは僕のクセのようなものだ。美味しいものを食べると、こうしていつもよりたくさんの量を口に入れて、口の中から鼻に抜ける美味しさをも味わいたくなる。美味しい物で口の中が満たされるとどこもかしこも美味しくて、最高に幸せな気分になれるのだ。

「んふぅ」

両手で頬をおさえて存分に味わう。泉がクスクスと笑っている声が聴こえるが一緒に暮らして半年以上も経てばすっかり慣れたものだ。

「本当に美味しそうに食べるよなー」

僕は口の中にあるシチューをゆっくり飲み込んでから泉を見た。

「美味しい物食べたら自然とそうなるんだよ」

ふふ~なんて鼻歌を歌って、泉は随分ご機嫌だ。

「そうだ、僕、今日の夜でかけるからご飯いらない」

「あ、そうなんだ」
「うん、バイト先の人に誘われて」
「わかった」


 山口さんとは19時半に待ち合わせをして一品300円の激安居酒屋に入った。

「那須川君とこうして飲むのって歓迎会以来?」

「だねぇ」

生ビールとウーロンハイ、つまみをいくつか注文すると山口さんはニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「ねぇねぇ、これってデート?」

「違うでしょ。ってか僕、山口さんの好きな人、知ってるよ。厨房の山さんでしょ」

「えっ、えぇっ!!えぇっ」

山口さんは大きな声を出して立ち上がりそうなほど驚いて、それから小さくなった。

「そ、そんなに分かりやすかった?」

「んー、どうだろ。あんまり気付かれては無いんじゃない? 僕もなんとなくそうかなと思っただけだし。結構、賭け的に言ってみた」

「なっ、那須川君って見かけによらず策略家」

「そんな大げさな」

「ねぇ、私、山さんと仲良くなりたいんだけど、どうすれば良いと思う?」

ははー、今日僕を誘った理由はコレか。いつもはサバサバしている山口さんがちょっと可愛いく見える。

「やっぱり共通の話題でしょ。山さん、スターフィッシュってバンドが好きだってこの間言ってたよ」

「なんとっ!調べてみる。あとは、あとは?」

「結構甘い物好きかも。前に休憩中にチョコ食べてるの見た」

「ふむふむ、バレンタインにチョコをプレゼントするのもありか」

1時間半くらい経つと山口さんは程よく酔っぱらってきたみたいだ。

「そういえば那須川君って公務員試験の勉強してるんだっけ?」

「うん、そう」

「何で落ちたの? だって那須川君、頭いいでしょ」

「え、そんなことないよ」

「嘘だぁ~。どのお客さんの忘れ物か、那須川君が一番よく知ってる。それだけ記憶力も注意力もあると思うんだよねー。一次試験で落ちるとは思えない」

す、するどい。

「あー、実は面接でいつもダメになる。僕、極度なあがり症でさ」

「え、でも、バイトの時は普通だったよ」

「凄く頑張ってたのもあるけど、バイトの初日と面接は違うから」

「ふぅん。なんか、面接官の視線が苦手なのかも。あと、知らない同性の視線。頭が真っ白になっちゃうんだよね」

「へぇー、全然そんな感じがしないけど」

「バイトとかだとさ、ゆっくり慣れられるじゃん。逃げ場も沢山あるし。でも、面接だとそうはいかないでしょ。口はどもるし、頭が真っ白だから受け答えがちぐはぐになっちゃって」

「よくうちの面接受かったよねー」

「ラッキーなことに僕の面接、店長じゃなくて副店長だったんだ」

「あー、工藤さんかっ。優しいママさんって感じだよねー。話しやすくて私も好きー」

山口さんは上機嫌に体を揺らすと、ハッといいことを思いついた顔をして前のめりになって僕を見た。

「私の恋に協力してくれるなら、私が面接対策に協力する!どう? これ」

「いや、でも、さ」

「でもさ、なんて言ってる場合じゃないじゃんっ。一生の問題だよ、これ。ここをクリアしないと受からないんだから」

「た、確かに」

「よし、決まったら行くよ! 私、良いところ知ってるんだ」

こうして半酔っ払い山口さんに連れて行かれたのはなんと、泉の働いているお店、【CLUB SIX】だった。

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