イケメンと体が入れ替わってラッキーと思ったらそのイケメンがゲイだった

SAI

文字の大きさ
25 / 42

25. センチメンタル

しおりを挟む
【返事は待ってって言ってある】

翌朝に見た阿川からの返事はこの一言だった。直ぐに断ったりしないという事は前向きに検討しているという事だ。胸の奥のところが氷でも置いてあるかのように冷たい。その氷が溶けた水は決して体を温めるようなものではなくて、むしろ蝕んでいくような冷たさだ。


 入れ替わることもなく平和にバイトをしていると閉店間際に村上さんがやってきた。飲みに行かない?と絶妙なタイミングで言う。

「行きます。丁度飲みたいなって思ってたんですよ」

仕事が終わるまで待っていてもらって一緒に向かったのは前回行ったのと同じ居酒屋だ。ほっけの塩焼きと卵焼き、軟骨のから揚げ、ビールが二杯。

「橘君ってビール飲めたっけ?」
「正直言うとあんまり得意じゃないかも。苦くって」
「でも今日はビールなんだ?」
「更に大人になろうと思いまして」

ビールを手にしてCMみたいに大きくぐびぐびぐびっと半分ぐらい一気に飲んだ。炭酸がしゅわしゅわっと喉の奥を荒らして、込み上げる苦みを飲み込む。

「うー……苦いっ」
「ぷっ、飲んでいればそのうち慣れるよ」

村上さんは大人だ。俺に振られたって言うのにこうして一緒にお酒を飲んで、平気な顔して過ごす。この間何て恋愛の相談にも乗ってくれた。今の俺なら、その行動がどれだけ凄いことか良く分かる。俺はこの心境で阿川の恋愛相談に乗るのは無理だ。

「よし、生ひとつ!」
「大丈夫? ちょっとペース早いみたいだけど」

「平気、平気。全然酔っぱらってないし。そんなことより、村上さんの話して下さいよ。仕事、なんでしたっけ、ほら、あの」

「不動産屋」
「そうそう、やっぱあれっすか? 事故物件とかもあるんですか?」

「そりゃあねー。ココだけの話、結構怖い物件もあるよ」
「えー、マジっすか!!」

話す内容なんて何でもよかった。その場の空気に酔って、頭の回転を鈍らせて。何も考えたくない。少しの隙間があればきっと考えてしまうから。


「生ひとつ!!」
「ちょっと橘君、そろそろ飲みすぎなんじゃない? 酔っぱらってきてると思うけど」

「えぇ~、ぜんぜんそんなこと、ないれすよー」

「酔っぱらってる人ほど酔っぱらってないって言うんだよ。ったく、僕の前でそんなに酔っぱらって手を出されても知らないよー」

「手を出したいんすかー?」
「そりゃあね。でも、そんなことしたら彼に怒られちゃうでしょ」

「……彼なんていないっすよ。もうねー、振られちゃいました。村上さんの言う通り。村上さんって預言者なんじゃないですかーっ。あははははは」

テーブルに頭をもたれさせてケラケラと笑うと村上さんの手が俺に伸びてきて、頭を撫でる。

「いいよ、今日は好きなだけ付き合ってあげる」



 居酒屋を出て寒空の下、公園に向かった。空気は冷たいのに体の中心があったかい。うわー、懐かしいと声を上げて小さな滑り台に上った。

「村上さんはさー、振られた時、どうやって立ち直るの?」

びゅーっと滑る。思っていた以上に滑り台が良く滑って尻もちをついて着地、可笑しくて笑った。

「どうかなぁ。初日はやっぱり橘君みたいにお酒飲むかも」
「ぷっ、じゃあ俺の行動は皆が通る道なんですね。その後は? どのくらいで忘れられる?」

もう一度滑り台に上る。滑ると鼻の頭が冷たくて、顔に触れたら頬もキンキンに冷えていた。

「どのくらいか……か。人それぞれだからな」
「よくさー、失恋には時間が薬よ、なんていうじゃないですか」

「あー、いうねー」

滑り台の階段を上ると、靴底に着いた砂がザッザっと音を立てた。

「忘れるまで眠り続けられたらいいのにね、なんて。ガラにもないか」

あまりにセンチメンタルな自分の言動に笑いながら滑り台を滑ると、その先に村上さんが立っていた。立ち上がると同時に抱きしめられる。


「今は忘れられなくてもいいから、僕と一緒にいない?」

村上さんに抱き締められた部分が少し苦しくて、心地よい。一人で立っているよりずっと楽だ。

「もう一回告白させてよ。僕は……」


カチン

こんなことってあるのだろうか。音と同時に俺は温かな布団の中にいた。先ほどまでの寒さとは雲泥の違いだ。あったかい。阿川の匂いがする。阿川だ……。阿川。
俺は阿川に抱きしめられている気持ちになりながら目を閉じた。




 ドンドンドンドン
けたたましくドアをノックされて跳び起きると同時に殴りかかるような声が響いた。

「お兄ちゃん、今日、撮影でしょ!! 起きなくて大丈夫なの?」

「え、うそっ、まじ、ど、どこ?」
「もしかして圭太さん?」
「あ、うん」

「場所まで分からないよ。お兄ちゃんに連絡してみれば」
「いや、大丈夫。ファイル見れば分かるから」

俺は阿川の予定をチェックすると5分で準備を整え、家を飛び出した。


 Aスタジオで良かった……。

Aスタジオは阿川の体になって一番多く行ったことのある仕事先だ。メイクと着替えを済ませスタジオに入るとギリギリじゃん、と声が聞こえた。

「す、すみませんっ」

阿川の顔に泥を塗ってはいけないと慌てて頭を下げると、くすくすとした笑い声が聞こえた。この声……。

「咲也さん!?」
「そ、今日は俺と撮影だよ。知らなかった?」
「し、知ってました!!」

ぶっ、と噴き出した咲也さんは俺の耳元に口を近づけると「今日は圭太なんだ」と囁いた。耳を手で隠しながら、ハッと目を見開いて咲也さんを見る。

ご、誤魔化しても無駄だろうな……。それに、今後のことも考えると協力してもらった方が良いだろうし、咲也さんが何か言ったところで、中身が入れ替わっているだなんて誰にも証明できないし。

「そうですよ。知ったからには協力して下さいよ。阿川の顔に泥を塗るわけにはいかないんで」

周りに聞こえない様に話すと咲也さんは可笑しそうに目を細めた。


 さすが咲也さんと言うべきか、撮影は今まで俺が変わったどの撮影よりも順調に進んだ。カメラマンさんの要望に応えつつ、小さな声で俺に的確に指示を出してくれる。

「阿川、手を俺の首に回して」
「右足に体重かけて気だるい感じで」
「右手上、顔傾けて」

その通りに動けば、パシャパシャとシャッター音は絶え間なく続いて、あっという間にOKサインが出るのだ。

9時半から始まった撮影は12時に昼休憩を挟み、午後3時に終了した。

「阿川くん、時間あるならお茶しようよ。ね、いいでしょ」
「いいですけど……」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...