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第四章

8. 消えた記憶

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「レイか。どうした?」
「部屋に入ってもいい?」
「どうぞ。」

部屋に入ってソファに座った。

「実は今日ちょっと失敗してさ。10か月分の記憶がなくなった。」
「え?」

重々しくなるのが嫌でさらっと口にしたことが功を奏したのか兄さんは一瞬ポカンと口を開けただけで直ぐに騎士団隊長の表情になった。

「どういうことだ?」
「最初にラミの声で目が覚めたんだ。」

裂けた道路の事、女の子に呼ばれてその場所に行ったらしいこと、状況を話した。

「騎士団の医務室長に見て貰ったけど頭にコブが出来ているのと記憶が10か月ほど抜けていること以外は異常がないって。頭に強い衝撃を受けると記憶が抜けることがあるって言ってたよ。」

「そうか・・・。」
兄さんはそう言ったきり何かを考えるように黙った。

「特別任務を行っていたということも覚えてなくて。ラミの話だと旅に出ていたとか・・・。」
「そうだ。少しも覚えていないのか?」
「うん。やっぱり、それは流石に不味いよね?」

「不味いというか、良くないことは確かだが必要な情報であったり必要な物はちゃんと受け取っているから、補えないことはない。レイ、ライファちゃんのことも覚えてないのか?」

「ライファちゃん?誰?」
「嘘だろ!?存在すら覚えていないか?」

身を乗り出して私に顔を近づけて兄さんが確認してくる。この反応・・・。

「・・・もしかして、忘れたらヤバい人だった?」
兄さんは頭が痛いというように額に手を当てた。

「医務室長は特に体に異常はないと言っていたんだよな?」
「はい。」

「医務局長の腕は確かだから、医務局長が体に異常がないというのなら異常はないのだろう。今日は安静に過ごすんだな。」

「うん、わかった。」

その日は兄さんに言われたように一日安静に過ごした。母上と姉さんには夕食の時に話をし、体に異常はないから心配しなくても良いのだと伝えた。それでも二人とも心配そうな表情はしていたが、兄さんが騎士団の医務室長の優秀さを語り、なんとか落ちついたようだった。

コンコン

「はい。」
「私だ。入るぞ。」

22時半。仕事を終え帰宅した父上が私の部屋へとやってきた。

「体は大丈夫か?」
「はい。心配をおかけしてすみません。」

「そんなことはいい。無事であれば良いのだ。だがな、ちょっと気になることがないでもない。明日、ユーリと一緒にトドルフの森へ行って来い。」

「トドルフの森ですか?」

「そうだ。場所はユーリが知っている。リベルダ様というお方に会ってこい。特別任務のこと、何のために動いていたのか、知るにはそこに行くのが一番だからな。」

「わかりました。」



 
 翌朝、ジェンダーソン侯爵家の上空で飛獣石に乗ったユーリと待ち合わせた。時刻は騎士団の仕事の開始時間と同じだ。

「レイ、記憶を失ったんだって?」

「はい、でも10か月分だけなのでユーリさんのことはちゃんと覚えていますよ。大酒飲みなことも女の子に目がないことも。」

「目がないだなんて。女の子の方が放っておかないんだよ。ふふふ。本当に僕のことは覚えているみたいだね。」

「はい。私の特別任務はとても重要な事柄だったのでしょうか。」

「重要じゃない任務なんてないけど、でも、レイの任務は国の、いや、世界の存続にかかわる様なことだよ。詳しくは着いてからだ。」

世界の存続だと!?大げさに言っているのだろうか。いや、でも、ユーリさんは騎士団に関わる事柄について大げさに言ったりはしない。騎士団の情報係をも務めるユーリさんがあくまで等身大に真実を伝えるということに重きを置いていることは周知の事実だ。

飛獣石に乗ること3時間。森の中に着陸し歩いていると手を振る女性がいた。

「ユーリさん!レイ!こっち!!」
私を呼び捨てにした?

近付いていくと綺麗な女性が私を見つめてくる。黒色のポンチョが風に靡いて、美人さも相まってまるで噂に聞く魔女のようだと思ってしまった。

何て言おう。というか、何と言うべきなのだろう。

「あ、あの・・・。」
「話は聞いている。レイは本当に記憶を失ったんだね。」
「・・・ごめん。」

哀しげな目が揺れていた。どう返していいかわからずに謝ると、謝らなくてもいいんだ、と微笑んだ。
もしかしたら、この人が兄さんの言っていたライファなのだろうか。

「とにかく、リベルダ様に診て貰おうよ。ライファちゃん、案内をお願い。」
「そうですね。こちらへどうぞ。」

木が番をする結界を抜けると黒いローブを身に纏った迫力の美人が立っていた。只者ではない。そんな気配がビンビンと私の神経を刺激してくる。

「レイ、待っていたぞ。そのまま立っていろ。体を診てやる。」

ユーリさんに不安な視線を彷徨わせると、大丈夫、と口元が動いた。医務局長の時と同じような光の帯が私をすり抜けた。

「体に異常はないな。次は記憶を覗かせてもらうぞ。」
「え?」
「大丈夫だ。恥ずかしい記憶は見ても黙っていてやる。」
「えぇっ!?」

迫力の美人はニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「レイ、リラックスして。この人は信用しても大丈夫だから。万が一、記憶に細工をされていると怖いからそれをチェックして貰うんだ。上手くいけば記憶を呼び覚ませるかもしれない。」

ユーリさんが私の肩の力を抜かせようと優しく微笑んだ。その笑顔を見て頷く。

「お願いします。」

「寒いところで悪いな。記憶に何もしかけられていないと分からないままでは家の中に入れてやることは出来ないんだ。」

迫力美人はそう言うと大きめのベンチを呼び出し、そこに横になるようにと言った。そしておでこに手が当たったと思うと体がふっと重くなり、深いまどろみの中に落ちたと思ったら急に引き上げられた。

「記憶にアクセスされた形跡はないな。家の中に移動しよう。」



「ふぅ・・・。」

ライファが淹れてくれた温かなお茶を飲んで、誰かの、ふぅ、という息が毀れた。冷えていた体に一気に温もりが流れ込んでゆく。

「記憶を覗いてみたが記憶の回路を弄られた形跡はなかった。レイが思い出せないという記憶の部分が記憶の回路から外れてレイの中で行方不明になっている、というのが今の状態だ。人の手が入ったのなら記憶が行方不明になるということはまずない。つまり、本当に事故か、或は忘却薬を飲んだか、だ。」

「忘却薬ですか。飲んだかどうかを調べる方法は無いのですか?」
お茶を半分ほど飲んだユーリさんが言葉を発した。

「あるにはあるのだが、あの手の薬は余程の粗悪品でない限り12時間以上経つと検出が難しくなる。今調べてもまぁ、無理だろうな。」

「そうですか・・・。10か月分の記憶は失われたまま、か。」

自分が思っていたよりずっと落ち込んだような声になった。10か月分の記憶がないことくらい大したことは無いと思いつつも、そう簡単には受け入れられていなかったようだ。

「レイ、大事なのは今でありこれからだ。過去が大事ではないとは言わないが、過去は変わらない物である。焦って掘り出さなくても、そこにある。お前の中のどこかにあるのだ。」

迫力美女はそう言うと私に向かってニヤリと口の端を上げた。

「レイが行っていた特別任務について、なぜその任務を行うことになったのか全てを説明してやろう。私の名はリベルダ。魔女だ。」

「魔女っ!!!」



そこで聞いた特別任務に関わる話はどれも自身の想像を遥かに越えたもので、ターザニアが滅んだと聞いた時には思わず立ち上がってしまったほどだ。まさかこんな事態になっているとは。

去年の今頃に10か月分の記憶を失ったというのなら、本当に難なく日々を過ごして行けただろう。だがこの10か月はどうだ。私が想像していた10か月と全く違うものではないか。

思いがけない現実に頭を抱えていると、リベルダ様が柔らかな声を出した。

「少しここで頭の整理をするといい。一気に全部受け入れろというのは酷な話だ。旅に出ていた期間の事ならライファが良く知っているからライファに聞くと言い。ユーリ、お前は別室で他人の記憶に侵食されてないか診てやろう。せっかくここまで来たんだ、サービスしてやるよ。」

リベルダ様はそう言うとユーリさんを連れて部屋を出て行った。

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