【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

文字の大きさ
6 / 76
不毛な協定

不毛な協定(2)

しおりを挟む
『静さんに、ハッキリ言わはったらええやないですかぁ』

ついポロっとそう口にしてしまったのは、あたしも酔っていたからだと思う。

あたしは別にお酒には弱い方じゃないけれど、ひたすらおいしそうにビールを呷る静さんと、どんなに日本酒を飲んでも顔色ひとつ変わらないザルな課長につられて、ついいつもよりもお酒が進んだ自覚はある。

あたしが口にした言葉に、彼はゆっくりと顔をこちらに向けた。

『――なんのことだ?』

彼がしらばっくれる様子が面白くない。

『隠しても無駄なんですぅ。課長にとって静さんがぁ特別なんやってことぉ、のん・・にはお見通しですよぉ?いいかげん静さんに気持ちを伝えはったらええんちゃいますかぁ』

前を向いて歩きながら得意げに言う。

『早ようせんとぉ、誰かに横からかっさらわれても知りま、……っ、』

ふと横を振り仰いだ時、鋭い瞳とぶつかった。

そこにいつもの胡散臭い笑顔はない。

『あ、』

やばい、いらんこと言ってしもうた。

そう思ったけど後の祭り。

『それをあいつに言ったのか?』

聞いたことのない低い声。あたしの背中に、ピリッとした緊張が走る。
結城課長の怒りを感じて、あたしは慌てて口を開いた。

『や、やだもぉ…課長ぉ、そんなこ、』
『あいつになにか少しでもよけいなことを言ったら、俺はおまえを許さない』

今し方よりもっと低い、地を這うような声にあたしの酔いが一気に醒めた。
こんなふうに怒りをあらわにする課長は初めてで、怯えの気持ちが体を固まらせる。

でもそれを彼に悟られるのが嫌だった。

なして・・・あたしが怒られんばいかんとね…!?
〈なんであたしが怒られなきゃいけないの…!?〉

好いとぅ女一人まともに口説きもせんば、黙って見とるだけのヘタレ男に負けるような希々花じゃなかとばい!
〈好きな女一人まともに口説きもしないで、黙って見てるだけのヘタレ男に負けるような希々花じゃないのよ!〉

『よけいなことって何ですか?』

自分でも驚くような低い声が出た。

『好いとぉヒトに好きっち言うんが、そげんいらんことねっ…!?好きなら好きっち、さっさと言えばよかろうもんっ…!』

最後はほとんど喧嘩腰だった。

今思えば上司にそんな口を利けるなんて、あたし全然酔ってたやんか。
だけどあの時は全然そんなこと分からなくって――。

『おまえに何が分かる』

喧嘩腰のあたしとは逆に、課長は冷たく低い声で短くそう言い放った。

『何がって、』
『ここに来たばかりのあいつが、どんなに苦しんでいたか……』
『苦しんで――て、静さんが?』
『ああ。付き合っていた相手に裏切られてボロボロだったあいつは、仕事に打ち込むことで、それ以外の一切を遮断していた。そうじゃないと、あいつは立ち直れなかったんだろう』
『そんなことが……で、でもっ、じゃあ課長が癒しはれば良かったんや……』
『恋愛に拒絶反応を起こしていたあいつに、もし俺が少しでも気持ちを匂わすようなことがあったら、きっとあの時のあいつは俺のこともシャットダウンしただろう。関西こっちに他に頼れる人が居ないあいつが、俺にすら頼れなくなったら……ふらっと消えてしまいそうだった』
『そ、そんな……』

あんなに毎日楽しそうに仕事ばかりしている静さんに、そんな頃があったなんて―――。

『だから俺は、あいつがまた恋愛をしていいと思えるようになるまで、何も言う気はない』
『………』

街灯の切れ間で足を止めているあたしたちの間に、沈黙が横たわる。

勤務時間外の上司と新入社員の間に、流れるはずもない重苦しい空気。それに耐えかねたのか、彼のほうが先に口を開いた。

『そういうわけだから、森、おまえはよけいなことはなにも、』
『じゃあ、のん・・が教えますぅ!』
『は?』
『希々花がぁ静さんの様子を、課長に報告したげますぅ!』

前にのめる勢いでそう言ったあたしに、課長は目をしばたかせた。滅多に見れないその表情に、あたしはずいぶん気をよくした。

『いったい何を言って、』
『だって、いつ静さんが恋愛モードにならはるかぁ分からんでしょぉ?こういうんは、女同士のほうがぁ話しやすいもんやないですかぁ?』
『………隠密か?』
『なんや古臭いですよぉ課長ぉ!せめて「スパイ」言うてくださぁい』

バチっと大きくウィンクを飛ばしてみると、くっきりとしたアーモンドアイがいぶかしげに細められる。

『森おまえ……俺の弱みを握って何がしたい?』

うっわぁぁっ、思考が既に腹黒のそれですぅっ!

『べつにぃ、課長を脅して仕事を減らしてもらおうやなんてぇ、全然思うてませんってぇ』
『じゃあ一体そんなことをして、おまえに何の得があるっていうんだ』

損とか得とかじゃなくて、ただ見ていてイライラするし、単なる暇つぶしのつもりだったんだけど。

そう言ったら面白くないし、なんとなくそれじゃあ納得してくれないかも。
腹黒い人の考えは、腹黒いからよく分かる。

ああ、きっとこれ、“同族嫌悪”ってやつだ。
本性を隠した腹黒いところがそっくりすぎて、見ているとイライラするんだろうな。おまけにヘタレやし。

(どげんすっかなぁ……)

頭の中でそう呟いた時、パッと閃いた。

そうだ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

お見合いから本気の恋をしてもいいですか

濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。 高橋涼葉、28歳。 元カレとは彼の転勤を機に破局。 恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。

処理中です...