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5.お弁当とイレギュラー***
[3]ー4
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「それまで全然付き合っている人がいる雰囲気じゃなかったのに、ある日突然結婚したって聞いて……。きっといいところのお嬢様と政略結婚したんですよね」
見当違いな思い込みだと一蹴してもいいくらいだが、なぜかできなかった。彼女の姿が少し前の自分と重なったのだ。
「どうしてそう思うの?」
「朝比奈先生はご実家の法律事務所の後を継ぐ予定で、そろそろ戻られることになったから政略結婚なのかもって」
前半部分はあながち間違いではない。圭君は父親が営む法律事務所を継ぐのは本当で、今はお父様のご友人が経営している大手法律事務所で修業を積んでいる最中だ。
「相手がお嬢様って言うのはどこから……」
「あんなお弁当を見たらそうとしか思えません。冷凍の唐揚げの上に焦げた卵焼きまで……」
「ぅっ」
口から小さくうめき声が漏れる。すみませんね、あんな卵焼きしか作れなくて。
きっと本物の良家のお嬢様なら、きちんと料理教室に通うか講師を自宅に招くかして花嫁修業をしているはずだ。私が完璧でないのは、料理を真面目にやって来なかった自分のせいで、決して両親のせいではない。
もともと自分から妻だと宣言するつもりはなかったが、ますます言いづらくなった。ここで『私が朝比奈の妻です』と言い出せるほど私の神経は太くない。
色々と居たたまれない気持ちになり、ペットボトルとスマートフォンをバッグにしまって立ち上がる。
「申しわけありませんが、私から申し上げることはなにもございませんので」
談話室を出ようと出口へ足を向ける。彼女の脇を通り抜けた瞬間「待って!」と腕をつかまれた。
彼は小さく息をつくと私の方に向き直る。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「あ、いえ……」
あらたまった口調で頭を下げられ、妙に動揺する。色々と居たたまれなさすぎてこの場を早く終わらせたい。
左手を持ち上げて腕時計を確認する。ちょうどいい時間だ。
「朝比奈弁護士、そろそろお時間です。舞台袖の方へお控えいただけますか」
「ああそうだった。それで菊池さんを探しに来たんだったな。――菊池さん」
「……はい」
菊池さんはうつむいたまま圭君の後について行く。
ほっとした気持ちになりながらふたりを見送っていると、談話コーナーを一歩出たところで彼がこちらを振り返った。目が合うと同時に彼がきびすを返した。長い足をすばやく動かし戻ってくる。
え? と思っているうちに目の前までやって来た彼は、少し腰を折って私の頭の横に顔を持ってくる。
「プレゼン、とてもよかったよ。さすが香ちゃんだ」
ささやくように言われ、一瞬で顔が熱くなった。
「俺も見習ってがんばらないとな」
彼は大きな手を私の頭にポンっと置いてから、去って行った。
談話コーナーにひとり残された私は、頬の熱が引くまでしばらくの間、その場でうつむいて動けなかった。
見当違いな思い込みだと一蹴してもいいくらいだが、なぜかできなかった。彼女の姿が少し前の自分と重なったのだ。
「どうしてそう思うの?」
「朝比奈先生はご実家の法律事務所の後を継ぐ予定で、そろそろ戻られることになったから政略結婚なのかもって」
前半部分はあながち間違いではない。圭君は父親が営む法律事務所を継ぐのは本当で、今はお父様のご友人が経営している大手法律事務所で修業を積んでいる最中だ。
「相手がお嬢様って言うのはどこから……」
「あんなお弁当を見たらそうとしか思えません。冷凍の唐揚げの上に焦げた卵焼きまで……」
「ぅっ」
口から小さくうめき声が漏れる。すみませんね、あんな卵焼きしか作れなくて。
きっと本物の良家のお嬢様なら、きちんと料理教室に通うか講師を自宅に招くかして花嫁修業をしているはずだ。私が完璧でないのは、料理を真面目にやって来なかった自分のせいで、決して両親のせいではない。
もともと自分から妻だと宣言するつもりはなかったが、ますます言いづらくなった。ここで『私が朝比奈の妻です』と言い出せるほど私の神経は太くない。
色々と居たたまれない気持ちになり、ペットボトルとスマートフォンをバッグにしまって立ち上がる。
「申しわけありませんが、私から申し上げることはなにもございませんので」
談話室を出ようと出口へ足を向ける。彼女の脇を通り抜けた瞬間「待って!」と腕をつかまれた。
彼は小さく息をつくと私の方に向き直る。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「あ、いえ……」
あらたまった口調で頭を下げられ、妙に動揺する。色々と居たたまれなさすぎてこの場を早く終わらせたい。
左手を持ち上げて腕時計を確認する。ちょうどいい時間だ。
「朝比奈弁護士、そろそろお時間です。舞台袖の方へお控えいただけますか」
「ああそうだった。それで菊池さんを探しに来たんだったな。――菊池さん」
「……はい」
菊池さんはうつむいたまま圭君の後について行く。
ほっとした気持ちになりながらふたりを見送っていると、談話コーナーを一歩出たところで彼がこちらを振り返った。目が合うと同時に彼がきびすを返した。長い足をすばやく動かし戻ってくる。
え? と思っているうちに目の前までやって来た彼は、少し腰を折って私の頭の横に顔を持ってくる。
「プレゼン、とてもよかったよ。さすが香ちゃんだ」
ささやくように言われ、一瞬で顔が熱くなった。
「俺も見習ってがんばらないとな」
彼は大きな手を私の頭にポンっと置いてから、去って行った。
談話コーナーにひとり残された私は、頬の熱が引くまでしばらくの間、その場でうつむいて動けなかった。
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