各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか

文字の大きさ
1 / 6
たった十分、されど十分

たった十分、されど十分①

しおりを挟む
 十月の最後の土曜日。
 私、佐伯実花子(さえきみかこ)は、カフェのテラス席から道の向こうをじっと見ていた。

 来たときはウッドデッキ上にたっぷりと日差しが注いでいたのに、今は開閉式テント屋根の陰になってしまった。潮の香りがする秋風が、スカートの足元を冷やしていく。

 店内に移動しようかと思ったが、続々と入店してくるお客で席が埋まりつつある。
 恋人の牧村慎士(まきむらしんじ)とここで待ち合わせをしているので、別の場所に行くわけにもいかない。

 慎士とは付き合ってそろそろ一年になる。
 彼は私が勤めている文具メーカー『株式会社MAOマオ』のひとつ後輩だ。彼は営業部で、私は企画部。私の入社同期からの紹介で知り合い、向こうから『付き合ってほしい』と言われて交際が始まった。

 今日は一ヶ月ぶりのデート。二週間前に慎士から誘われたものの、仕事が山場だったため泣く泣く断ったのだ。そのお詫びもあって、今回はいつも以上に張りきってデートのセッティングをした。

 目的地は大型の海浜公園だ。過ごしやすい気候が続いているので、〝自然を感じながらのんびりデート〟というコンセプトにしてみた。

 もちろん自分自身の準備も抜かりない。

 買ったばかりのオフホワイトのロングバルーンスカートに、ざっくりとした編み目のキャメル色ニットを合わせ、足元は歩きやすいショートブーツだ。
 二十七歳にしてはちょっとかわいすぎたかもしれない。だけど彼に『かわいい』と思ってもらえるほうが大事だ――と自分に言い聞かせている。

 私は眉尻がほんの少し上向いた和風顔のため、ともするときつく見られがちだ。少しでも柔らかい印象になるようにメイクをし、マロンブラウンに染めたロングヘアは軽く巻いてハーフアップにした。先週美容院でトリートメントをしてもらったおかげで、艶もまとまりもバッチリだ。

 私がカフェについたのは九時五十分。待ち合わせの十分前だった。時刻はすでに十一時を回っている。
 それなのに、一向に慎士が現れる気配はない。連絡も取れない。

 また寝坊かしら……。

 メッセージが既読にならないのも電話に出ないのも、そう考えると納得がいく。

 営業部の彼は、金曜夜に接待の飲み会が入ることが多く、土曜の朝は寝坊しがちだ。それも考慮して、待ち合わせ時間は遅めにしたつもりだった。

 何かあったのかしら。もしかしたら途中で事故に遭って……ううん、きっと慌てて起きて準備しているのよ。だから私からの連絡には気づいていないだけなんだわ。

 彼のマンションに迎えに行った方が早いかとも思うが、入れ違いになったら今度は彼を待たせてしまう。

 とりあえず連絡がつくまでおとなしくこのままここで待っていよう。ただの寝坊ならいい。でもそれならやっぱり直接彼の部屋に行った方が……。

 思考が同じところをずっとグルグルしているうちに、時間ばかりが経ってしまった。お代わりのカフェラテはとうに冷めきっている。

 このカフェは土日限定のロコモコランチが人気らしく、昼時が近づいて席が埋まりつつある。ランチを頼むわけでもないにいつまでも席を埋めておくのは気が引けてきた。

 あと十分……十分だけ待ったら彼のマンションに行ってみよう。

 待ち受けに映るツーショットを眺めながらそう決意したとき、焦ったように近づいてくる足音が聞こえた。

 慎士⁉

 やっと来てくれたのだと期待しながら顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたのはまったく別の人物だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

好きになってはいけない人を、好きになってしまった

香取鞠里
恋愛
「好きになってはいけない」とわかっていながら、優しさに触れるたび心が傾いてしまう。 彼は誰にでも同じように優しいだけなのに、私だけ特別だと錯覚してしまう。 始まらない恋に終わりも告げられず、息苦しい日常をただ耐えるだけの片想い。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...