あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

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Chapter12*Not the glass slippers but the red shoes.

Not the glass slippers but the red shoes.[1]-②

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『ほんまやわ……』
『ほんまやわ、じゃないわよ! うっかりゼロを一個多く押したんじゃないの!?』
『……そうかもぉ』

全然悪びれない間延びのした返事に頭がクラリとする。

『まぁ、売ればえぇんちゃいますぅ?』
『ふざけないでっ!!!』

わたしが上げた声に森が目を見開く。声を張って叱ることなんてもう三年以上していなくて、頭の片隅でもう一人の自分が(そんな言い方ダメ)と言うけどわたしの口は止まらない。

『どうして発注する時に確認しなかったの!? ダブル発注にならないよう、発注はお互いにチェックし合うことになっているでしょ!?』
『それは分かってますぅ……でもぉ、』
『でもじゃないわよっ! バレンタインも終わってチョコの動きはほとんど止まってしまう時期なのに、これをどうやって売っていくつもり!? 簡単に「売ればいい」なんてこと言うからには、ちゃんとその販売計画を立てられるのよね!』
『………』

うつむいて黙ってしまった森。普段の状態だったらさすがにこのへんでヒートアップした自分を止められるのだけど、この時のわたしは違った。

『新入社員じゃあるまいし…こんな初歩的ミスっ! 合コンだのバレンタインだのって、ふわふわ浮かれてるからこんな失敗するのよっ!』

一気に言い放った直後、ハッとした。大きく見開かれた森の瞳が、どんどん潤んでいくのが分かる。

『あ……』

言い過ぎた――そう思った次の時、足元がぐにゃりと歪んだ。目の前が白くなって頭がぐらりと揺れる感じ。なんとかデスクに手をついて倒れるのは防いだけれど、ガタンと何かがぶつかる音がした。

『おいっ…静川! 大丈夫か!』

少し離れたところから晶人さんの声が。

『ちょっと眩暈がしただけ』『すぐに治まります』――そう言いたいのに声にならない。

そのあとすぐわたしは彼によって医務室に運ばれた。
そこで『軽い貧血だろう』と言われたわたしは、結局そのまま早退に。上司命令だった。



「なにやってんだろ……」

恋愛ごとで後輩と揉めて、それを仕事に持ち込んでしまうなんて……。
一生一人で生きていく覚悟を決めて、仕事だけはきちんとしているつもりだったのに。

『ふわふわ浮かれてるからこんな失敗するのよっ!』

森にぶつけたひどいセリフが、ブーメランのように自分に返ってくる。
あれは自分に言いたかったセリフだ。

晶人さんに抱えられて運ばれていく時に見た、森の顔がずっと頭から離れない。まるで捨てられた子犬のような、傷付いた顔をしていた。

なんであんな風に感情任せに怒ってしまったのだろう。林田萌香のOJTの時に学んだじゃないか。新人を頭ごなしに叱ったりしないって。

そもそも森のことを怒れるはずがないのだ。
本当だったら彼女が発注をかける時に、わたしがチェックすれば良かったこと。
なのに、彼女との関係がギクシャクしていて気まずいからと、わたしはそこから目を逸らした。

他の先輩にチェックを頼んだのだろう。
発注業務くらいならもう一人で出来るはず。

頭の片隅でそう言い訳をして、役目を放棄したのは自分なのだ。

重たくて腫れぼったいまぶたを伏せると、背表紙が目に入った。『橋とめぐる季節~春~』と書かれた文字が滲んで見える。
少し前にネットで注文しておいたA4版の写真集で、届くのを楽しみにしていたはずなのに、今は開ける気にすらなれない。

何が悪かったのかな。
恋なんてしなきゃ良かった。
最初から分かっていたじゃない。
やっぱりやめておくべきだったのよ。

そんなことばかり考えてしまって、精神的に疲れるのか気付いたら眠りに落ちていることが多い。食欲も落ちて、家に居る時はただひたすら眠ってばかり。

あれからビールも口にしていない。見ると彼のことを思い出してしまうから。

(アキ……ちゃんとビール克服出来たのかな……。わたしのことはもう要らなくなったのかな……)

『渡月橋』のアーチを指でなぞると、涙がこめかみを伝って天板に落ちた。
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