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Chapter13*泡はなるもの?帰するもの?
泡はなるもの?帰するもの?[1]ー②
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―――――
「このままでええんですかぁ、静さん!」
更衣室で着替えている時、森が藪から棒にそう言った。
「何が……」
「何がって!王子のことに決まってますやんか!」
「いいも何も……」
わたしにはもうどうしようもないのに――。
アキと言い合いをして別れてから一週間が経っていた。
電話はつながらない。メッセージは既読にすらならない。ホテルにもいない。職場でも見かけることもない。
三年前の再来かと思うような突き放され方に、わたしはただ呆然とした。
アテンド業務はそれまでの経験値でなんとかこなしていたけれど、他の業務はからきし。プライベートは言うに及ばず。食事はおろかビールも喉を通らなくなった。
そんなわたしを見るに見かねた森が、晶人さんに詰め寄ってアキの所在を聞いたが、彼も何も知らないという。
分かったのは、『CMOは現在海外出張中で、そのあとは本社に戻るかもしれない』ということと、『関西での仕事がおおむね軌道に乗った』ということだけ。
「『このまま大人しく身を引いた方がええ』…だなんて、まさか思ってはりませんよねぇ!?」
「そっ、……そんなことは……」
否定の言葉を即座に返せなかったわたしに、つぶらな瞳が吊り上がる。
「そんなんじゃ全然何の解決にもなりませんよぉっ!」
「……でも、」
「でももかってもありませぇんっ! 言いたいことも言われへんでこのまま別れたら、絶対あとあと引きずるに決まってるんですぅっ! 別れるにしても別れへんにしても、思っていること全部相手に全部ぶちまけなあきませんって!」
「……そうは言っても……」
ぶちまけるべき相手が捕まらないのに――。
そう口にする前に、森が先回りをした。
「もうっ、なんで静さんはぁ恋愛ごとになったら、途端に弱気にならはるんですかぁ! 仕事の時はあんなに自信満々やのにっ!」
やだ。わたしそんなに自信満々な態度で働いてるの?社畜だからかな……。
でもそれってどうなんだろう……これを機にもう少し控えめな態度を心がけた方がいいのかな……。
「大事なのは、そこやなかとっ!」
「す、すみません……」
急に転換した口調でピシャリと叱られ、思わず肩を竦める。
森はわたしの方にずいっと体を寄せると、至近距離からじろりと睨みながら口を開いた。
「傷つくんが怖いで逃げとる方が、結局もっと傷つくことになると! あれっちゃ、切れ味のよか刃でスパッと切りよった方が、治りが早かとおんなじたい! 錆びた刃でじわじわ切っよったら、傷が綺麗に治らんばやろ?」
なるほど。さすが森ちゃん。伊達に場数を踏んでないよね。
「数は関係なかっ!」
「す、すみません……」
森に謝りながらわたしは考えた。
彼女の言う通りだ。この数日間のわたしは次々と心の底から湧いてくる悪い考えに捕らわれていた。
会いたくないと言われたらどうしよう。
口もきいてもらえなかったらどうしよう。
あの甘い瞳に、冷たい視線で拒絶されたらどうしよう。
そんなことばかりを考えてしまい、スマホを手にしても通話ボタンに触れることすら出来ない。それでもなんとか勇気を振り絞って送ってみたメッセージには既読すらつかず、ますます悲しくなる。
うつむいて唇を噛みしめると、森が焦りながら言った。
「もし当たって砕けたらぁ、やけ酒でもなんでも静さんの気ぃ済むまで付き合いますぅっ! そんで、もっとええお相手を探しに行くの、付き合いますからぁっ!」
わたしの家でもそう励ましてくれた森。あの時の彼女のお国言葉を思い出して、わたしの口から「ふっ」と力が抜けた笑いが漏れる。
「そうね……そうだったわね。森が付き合ってくれるなら、砕けても大丈夫かな」
「そうですよぉっ、のんがついてますぅ!静さんはのんの憧れの女性なんやからぁ、どこぞの御曹司やなんてぇ、こっちが袖にしてやればええんですぅっ!」
どこぞの御曹司って……Tohmaの御曹司さまですよ、森ちゃん。
森のセリフがおかしくて、腹から笑いが込み上げる。
「ふふふっ……、女は度胸、だもんね?」
「そうです、その意気ですぅ! さっさとカタをつけはって、早う次に行かな!静さんは特にもう若ないですからぁ」
こら森。最後のは余計だ。
ジロリと睨んだのに、森はなぜかロッカーの中をごそごそと漁り始めた。
相変わらず人の話を最後まで聞かない子! 誰に似たんだか……。
ロッカーに頭を突っ込んでいる森を横から見ながら、わたしはふとあることを思い出した。
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「このままでええんですかぁ、静さん!」
更衣室で着替えている時、森が藪から棒にそう言った。
「何が……」
「何がって!王子のことに決まってますやんか!」
「いいも何も……」
わたしにはもうどうしようもないのに――。
アキと言い合いをして別れてから一週間が経っていた。
電話はつながらない。メッセージは既読にすらならない。ホテルにもいない。職場でも見かけることもない。
三年前の再来かと思うような突き放され方に、わたしはただ呆然とした。
アテンド業務はそれまでの経験値でなんとかこなしていたけれど、他の業務はからきし。プライベートは言うに及ばず。食事はおろかビールも喉を通らなくなった。
そんなわたしを見るに見かねた森が、晶人さんに詰め寄ってアキの所在を聞いたが、彼も何も知らないという。
分かったのは、『CMOは現在海外出張中で、そのあとは本社に戻るかもしれない』ということと、『関西での仕事がおおむね軌道に乗った』ということだけ。
「『このまま大人しく身を引いた方がええ』…だなんて、まさか思ってはりませんよねぇ!?」
「そっ、……そんなことは……」
否定の言葉を即座に返せなかったわたしに、つぶらな瞳が吊り上がる。
「そんなんじゃ全然何の解決にもなりませんよぉっ!」
「……でも、」
「でももかってもありませぇんっ! 言いたいことも言われへんでこのまま別れたら、絶対あとあと引きずるに決まってるんですぅっ! 別れるにしても別れへんにしても、思っていること全部相手に全部ぶちまけなあきませんって!」
「……そうは言っても……」
ぶちまけるべき相手が捕まらないのに――。
そう口にする前に、森が先回りをした。
「もうっ、なんで静さんはぁ恋愛ごとになったら、途端に弱気にならはるんですかぁ! 仕事の時はあんなに自信満々やのにっ!」
やだ。わたしそんなに自信満々な態度で働いてるの?社畜だからかな……。
でもそれってどうなんだろう……これを機にもう少し控えめな態度を心がけた方がいいのかな……。
「大事なのは、そこやなかとっ!」
「す、すみません……」
急に転換した口調でピシャリと叱られ、思わず肩を竦める。
森はわたしの方にずいっと体を寄せると、至近距離からじろりと睨みながら口を開いた。
「傷つくんが怖いで逃げとる方が、結局もっと傷つくことになると! あれっちゃ、切れ味のよか刃でスパッと切りよった方が、治りが早かとおんなじたい! 錆びた刃でじわじわ切っよったら、傷が綺麗に治らんばやろ?」
なるほど。さすが森ちゃん。伊達に場数を踏んでないよね。
「数は関係なかっ!」
「す、すみません……」
森に謝りながらわたしは考えた。
彼女の言う通りだ。この数日間のわたしは次々と心の底から湧いてくる悪い考えに捕らわれていた。
会いたくないと言われたらどうしよう。
口もきいてもらえなかったらどうしよう。
あの甘い瞳に、冷たい視線で拒絶されたらどうしよう。
そんなことばかりを考えてしまい、スマホを手にしても通話ボタンに触れることすら出来ない。それでもなんとか勇気を振り絞って送ってみたメッセージには既読すらつかず、ますます悲しくなる。
うつむいて唇を噛みしめると、森が焦りながら言った。
「もし当たって砕けたらぁ、やけ酒でもなんでも静さんの気ぃ済むまで付き合いますぅっ! そんで、もっとええお相手を探しに行くの、付き合いますからぁっ!」
わたしの家でもそう励ましてくれた森。あの時の彼女のお国言葉を思い出して、わたしの口から「ふっ」と力が抜けた笑いが漏れる。
「そうね……そうだったわね。森が付き合ってくれるなら、砕けても大丈夫かな」
「そうですよぉっ、のんがついてますぅ!静さんはのんの憧れの女性なんやからぁ、どこぞの御曹司やなんてぇ、こっちが袖にしてやればええんですぅっ!」
どこぞの御曹司って……Tohmaの御曹司さまですよ、森ちゃん。
森のセリフがおかしくて、腹から笑いが込み上げる。
「ふふふっ……、女は度胸、だもんね?」
「そうです、その意気ですぅ! さっさとカタをつけはって、早う次に行かな!静さんは特にもう若ないですからぁ」
こら森。最後のは余計だ。
ジロリと睨んだのに、森はなぜかロッカーの中をごそごそと漁り始めた。
相変わらず人の話を最後まで聞かない子! 誰に似たんだか……。
ロッカーに頭を突っ込んでいる森を横から見ながら、わたしはふとあることを思い出した。
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