あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

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Encore*玉手箱はお受けいたしかねま…す?

玉手箱はお受けいたしかねま…す?[3]ー④

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すっかり鼻に馴染んだ、セクシーさの混じる爽やかな香り。

その香りに包まれているうちに、涙は徐々に収まっていき、濡れた頬を手で拭い、鼻を一回すすったところでやっと、わたしはここがどこなのか思い出した。

そう言えば、まえと違って、数人だけど人が居たような……。

恐る恐るアキの腕から顔を上げてみると、五メートルほど先にいるおばさまと目が合った。
目を見張ったわたしに、おばさまは「ふふふ」という感じの笑顔で会釈をくれてから川の方へ顔を戻した。

今、顔に「若いっていいわね」って書いてあったっ!

恥ずかしいやら居た堪れないやらで、指輪を見るふりをしてアキから離れる。

「ゆ、指輪も……ありがとうアキ」

サイズもピッタリ。そういうところが抜かりないわ、エリート御曹司。

――にしても。

「お、重い……」

大きなセンターストーンの周りをピンクのメレダイヤがぐるりと囲み、その周りをさらにホワイトのメレダイヤが囲む。その上、指を通すアームの部分の上半分も、メレダイヤがあしらわれている。こ、これ……全部で何カラットあるんだろ……。

「言っただろ? 僕の愛は重たいって」
「いや、それはそうだけど……」

この指輪もちょっと重すぎやしませんか?

「この指輪よりも僕の愛の方が重いよ? ――まあでも、確かに日常使いには向かないよな。普段使いの婚約指輪はあなたの好きなものを一緒に選びに行こう」
「ふ、普段使い!?」

婚約指輪に“普段使い”も特別使い”もないと思うのだけど……。

「これは……そうだな、誕生日プレゼント兼お守り。吉野にはこれから僕と表舞台に立ってもらわないといけなくなるからね。その時にはこれをつけて欲しい。僕の愛の重さを、あなたがこれから出会う人すべてに知らしめる役目も兼ねている」
「なっ……、」

要は、アキはわたしがTohmaの御曹司の婚約者として恥ずかしくないようにと、こんな立派なエンゲージリングを用意してくれということ。
そのうえで、 “日常使い”のものは、わたしが好きな使いやすいものを選ばせてくれるなんて……。

御曹司恐るべし…!

まじまじと左の薬指を見つめていると、アキがその手を下から掬うように持ち上げた。

「指輪を受け取ってくれたのだから、これであなたは僕の正式な婚約者だ」
「……でも、まだ発表とか、そういうのが……」
「そういうのはあとから着いてくるものだ。僕たち二人は、今日ここから結婚への一歩を踏み出す。そうだろ?」
「……そう、ね」
「だったら今日からあなたは僕の“婚約者”だし、あなたの“婚約者”は僕で違いない」

わたしの中では社内とか対外的なところに発表してからが“婚約”だと思っていたけれど、彼はそうではないらしい。確かに先に“婚約”しないと“発表”も出来ないよね。

わたしが「そうよね……」と頷くと、わたしの手を取ったままアキが小首を傾げた。

「じゃあ、僕の部屋ところに来てくれるよな? 一緒に暮らそう」
「そ、それは……」

返事を濁したわたしに、アキが眉を寄せる。そしてじっとりとした目つきで口を開いた。

「吉野」
「は、はい……」
「何か考えていることがあるんだろ?」
「え、……」
「悩んでいることや気になることがあるんじゃないの?だから僕のところに引っ越してくるのを渋っている」
「っ、」

気付かれていたんだ……。
一緒に住もうと言うアキの言葉に、素直に頷くことが出来なかった理由。それは――。

「まだ……ない、から……」

口の中で小さく呟くと、アキが「ん?」と顔をのぞき込んでくる。その目は「言って」と物語っているが、中々言い出せない。

すると――。

「あと十、数える間に言わないと、ここでキスするよ?」
「キッ…! こ、ここ、そとっ…!」

片手でわたしのあごを掬い上げたアキ。反対の手は腰に。

完全包囲されたっ…!

目だけをキョロキョロと動かすと、さっきのおばさま以外にも、通りすがりの犬の散歩のおじさまとも目が合った。

みっ、見られてますよーーー!

「ほら。十、九、」
「えっ、ちょっとっ……」
「八、七、六、」

慌てふためいているうちにも、アキは容赦なくカウントダウンを続けて行く。

こ、こんなところであの・・キスをお見舞されるなんてとんでもない!

「三、二、い、」
「決められなくてっ!」

ギリギリでそう叫んだわたしに、アキが口の動きを止めた。

「……決められない? 僕との結婚を? でも今、」
「ちがうの、そうじゃない。アキとの結婚を迷ったりはしてない」
「じゃあ何を、」
「新しいブルワリーの仕事っ、……アキに『手伝って欲しい』って言われたけど、まだどうするのか決められなくて……」

わたしがそう言うと、アキが「ああ……」と納得したように呟いた。

「ツアーアテンダントの仕事が好きなことは重々承知だ。前にも言ったけど、無理して辞めてまで手伝って欲しいわけじゃない。どちらを選ぶかは静さんの好きな方にしていいんだ」
「うん……、それは分かってる。でも……アキと暮らし始めたら、わたしきっと自分の気持ちに冷静に向き合うことが出来なくなる……だから自分がどうしたいのか決めて、きちんと返事をしてからアキのところに行こうって……」
「そうか……」

アテンダントの仕事はやりがいもあるし誇りも持っている。後輩もりも大分しっかりしてきたとはいえ、まだまだ教えないといけないことは山のよう。それにこの仕事に就くきっかけになった晶人さんに、まだなんの恩返しもまだ出来ていない。

アテンダントの仕事を辞めたいとは、これまで一度も思ったことはない。
だけど――。

アキのシャツをギュッと握った時、指がキラリと光った。

まるで渡月橋の春暁しゅんぎょうを集め固めたみたいな白と薄桃色。

その輝きに背中を押されるように、わたしは口を開いた。

「ブルワリーの立ち上げが終わったら、アキはあっちに戻るのよね……?」
「ああ、おそらくそうなるだろうな」
「ということは、その時にはわたし、仕事を辞めることになる……よね?」
「それは、」

頭の上で息を吸う小さな音がして、わたしはゆっくり顔を上げた。
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