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第三話【とろりあったか玉子雑炊】冷えた心にぬくもりを
[2]ー2
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どれくらい時間がたったのだろう。
熱と頭痛でぼうっとなっていた美寧の耳に、襖をノックする音が入って来た。
「入りますよ」
その声が聞こえた後、静かに襖が開き、怜が入って来た。
畳の上を静かに歩いて美寧のところまで来た彼は、布団の隣に腰を下ろすと、両手で持っていた盆を床にそっと置いた。
「雑炊を作ってきました。食べられそうですか?」
美寧は小さく顔を横に振る。ズキンと頭が痛んだ。
辛そうに顔をしかめる美寧に、怜は眉を下げた。
「辛いでしょうが少しだけでも食べてください。食べたら薬が飲めますから少しは楽になると思いますよ」
(お薬……)
さっきから酷い頭痛が続いている。この頭痛よりも食事を取る苦痛の方がマシに思えるほどだ。
熱や頭痛にかかわらず、もうずいぶんの間、食事は美寧にとって苦痛なものだった。
ここ一年あまり、食事を美味しいと感じたことがない。どんな贅沢なご馳走も、有名レストランの食事も、砂を噛むような気持ちで飲みこんできた。
その結果、一回に食べられる量は幼児並みに落ち、大量に食べると戻してしまう。どうしても無理して食べないといけないことがあると、その後は三日ほど胸やけや胃痛で食事を取ることが出来なくなってしまうようにまでなっていた。
そんな状態なので、今の美寧は驚くほど細い。身長が低く小柄な方だけど、そのせいでもともとは健康的な体つきだったのが、殊更細くなってしまったのだった。
ただでさえそんな状態なのに、数か月前からとあることのせいで胃痛が頻繁に起こるようになってしまい、食事は美寧にとって最も煩わしい事となったのだ。
「起き上がれますか?」
美寧は、鉛のように重い体をゆっくりと持ち上げる。少し背中を浮かせたところで、怜の腕がそれをそっと助けてくれた。
「ちょっと待っていて下さい」
布団の上に座った美寧にそう声をかけると、怜は足早に部屋を出ていく。戻ってきた彼は、両手でしっかりと抱えないといけないほど大きなクッションを持って来た。
「失礼」
そう言うと彼はそのクッションを美寧の背中に当てる。
「これなら寄りかかっても食べられるでしょう」
言われるままに寄りかかると、小さなビーズみたいな音がしたそれは、美寧の背中にピッタリとはまった。
(これ、ちょっと楽かも……)
クッションを気に入った様子の美寧を見て、薄く微笑んだ怜は、持って来た盆の上に乗っている小さな土鍋の蓋を開けた。
湯気がふわっと立ちのぼる。
白く上っていく蒸気に懐かしさを覚える。美寧がそれを見たのはあまりに久しぶりだった。
(おじいさまと暮らしていた時は、当たり前だったのに……)
幸せだった記憶は、遠い昔のことになってしまった。
温かな思い出に泣きそうになる。瞳が熱く潤みかけたけれど、もとから熱で瞳が潤んでいるので怜には気付かれていないだろう。
怜は土鍋の中身を少しだけ木の椀に盛ると、美寧に差し出した。
「さ、どうぞ。熱いですから気を付けて」
差し出された椀を手に取る。中身を見ると、とろりと白濁した汁の中にお米と玉子が混じっている。美寧にもそれが玉子雑炊だとすぐに分かった。
「どうかしましたか?一応味見はしましたので、食べられるようにはなっていると思いますが……」
お椀を見つめたまま動かない美寧を不思議に思った怜は、彼女の顔を横から覗き見た。
熱があるせいで頬は赤いが全体的に青白い肌は、とても健康的には見えない。もしかしたら他に持病でもあるのかもしれないが、美寧を往診した医師は『熱は風邪からくるだろう』と言っていた。怜にはその時に同じく診断された『栄養失調』という症状の方が気になっている。
「食べないと薬が飲めませんよ」
怜がそう声を掛けると、美寧は緩慢な動きで椀に添えられた木の匙を手に取った。
美寧はきつく眉を寄せ椀の中を睨みつけるように凝視している。その姿を、怜はじっと見つめていた。
熱と頭痛でぼうっとなっていた美寧の耳に、襖をノックする音が入って来た。
「入りますよ」
その声が聞こえた後、静かに襖が開き、怜が入って来た。
畳の上を静かに歩いて美寧のところまで来た彼は、布団の隣に腰を下ろすと、両手で持っていた盆を床にそっと置いた。
「雑炊を作ってきました。食べられそうですか?」
美寧は小さく顔を横に振る。ズキンと頭が痛んだ。
辛そうに顔をしかめる美寧に、怜は眉を下げた。
「辛いでしょうが少しだけでも食べてください。食べたら薬が飲めますから少しは楽になると思いますよ」
(お薬……)
さっきから酷い頭痛が続いている。この頭痛よりも食事を取る苦痛の方がマシに思えるほどだ。
熱や頭痛にかかわらず、もうずいぶんの間、食事は美寧にとって苦痛なものだった。
ここ一年あまり、食事を美味しいと感じたことがない。どんな贅沢なご馳走も、有名レストランの食事も、砂を噛むような気持ちで飲みこんできた。
その結果、一回に食べられる量は幼児並みに落ち、大量に食べると戻してしまう。どうしても無理して食べないといけないことがあると、その後は三日ほど胸やけや胃痛で食事を取ることが出来なくなってしまうようにまでなっていた。
そんな状態なので、今の美寧は驚くほど細い。身長が低く小柄な方だけど、そのせいでもともとは健康的な体つきだったのが、殊更細くなってしまったのだった。
ただでさえそんな状態なのに、数か月前からとあることのせいで胃痛が頻繁に起こるようになってしまい、食事は美寧にとって最も煩わしい事となったのだ。
「起き上がれますか?」
美寧は、鉛のように重い体をゆっくりと持ち上げる。少し背中を浮かせたところで、怜の腕がそれをそっと助けてくれた。
「ちょっと待っていて下さい」
布団の上に座った美寧にそう声をかけると、怜は足早に部屋を出ていく。戻ってきた彼は、両手でしっかりと抱えないといけないほど大きなクッションを持って来た。
「失礼」
そう言うと彼はそのクッションを美寧の背中に当てる。
「これなら寄りかかっても食べられるでしょう」
言われるままに寄りかかると、小さなビーズみたいな音がしたそれは、美寧の背中にピッタリとはまった。
(これ、ちょっと楽かも……)
クッションを気に入った様子の美寧を見て、薄く微笑んだ怜は、持って来た盆の上に乗っている小さな土鍋の蓋を開けた。
湯気がふわっと立ちのぼる。
白く上っていく蒸気に懐かしさを覚える。美寧がそれを見たのはあまりに久しぶりだった。
(おじいさまと暮らしていた時は、当たり前だったのに……)
幸せだった記憶は、遠い昔のことになってしまった。
温かな思い出に泣きそうになる。瞳が熱く潤みかけたけれど、もとから熱で瞳が潤んでいるので怜には気付かれていないだろう。
怜は土鍋の中身を少しだけ木の椀に盛ると、美寧に差し出した。
「さ、どうぞ。熱いですから気を付けて」
差し出された椀を手に取る。中身を見ると、とろりと白濁した汁の中にお米と玉子が混じっている。美寧にもそれが玉子雑炊だとすぐに分かった。
「どうかしましたか?一応味見はしましたので、食べられるようにはなっていると思いますが……」
お椀を見つめたまま動かない美寧を不思議に思った怜は、彼女の顔を横から覗き見た。
熱があるせいで頬は赤いが全体的に青白い肌は、とても健康的には見えない。もしかしたら他に持病でもあるのかもしれないが、美寧を往診した医師は『熱は風邪からくるだろう』と言っていた。怜にはその時に同じく診断された『栄養失調』という症状の方が気になっている。
「食べないと薬が飲めませんよ」
怜がそう声を掛けると、美寧は緩慢な動きで椀に添えられた木の匙を手に取った。
美寧はきつく眉を寄せ椀の中を睨みつけるように凝視している。その姿を、怜はじっと見つめていた。
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