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第三話【とろりあったか玉子雑炊】冷えた心にぬくもりを

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瞼の裏に明るい光を感じ、意識がゆっくりと浮上する。
瞳を閉じていても分かるどこか懐かしい匂いに、ここしばらく忘れていた安らぎを感じる。
覚醒一歩手前の彼女の耳には、小鳥のさえずりが届くが、軽やかなその鳴き声とは真逆に、彼女自身の体は鉛のように重かった。張り付いたように持ち上がらない瞼も、手も足も、すべてが彼女を再び眠りの淵へ誘おうとしている。

(ずっとこのままでいたい……)

美寧の意識が再度眠りに落ちようとしていたその時、額に何かひんやりとしたものが当てられた。

「ぅうっ」

「おっと、すみません。起こしてしまいましたか?」

冷たさに驚いて開けた美寧の瞳に、その男性ひとは飛び込んできた。

少し見開かれた瞳は切れ長で、薄い唇とスッと通った鼻筋。それら全てがシャープな輪郭の顔にバランス良く配置されている。
彼はサラサラのダークブラウンの髪を少し垂らしながら、真上から美寧を覗き込んでいた。

(綺麗なひと…)

自分の置かれた状況を考える前に、美寧はのんきに目の前の美に目を奪われていた。

すると、鑑賞の対象がすいっとこちらに指を伸ばしてきた。
長い指先が美寧の額をそっと撫でる。それがひんやりと心地良くて、美寧は瞼をそっと閉じる。

「まだ熱が下がりきっていませんね……」

額に当てられた手が離れる。それを名残惜しく感じた美寧は、閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
離れて行く指先を無意識に目で追うと、その向こうにある景色が視界に入って来る。そこはまったく見知らぬ場所だった。

目覚める前から美寧が気になっていた匂いの正体は、畳。真新しいイ草の香りは、見知らぬ場所だというのに、美寧の心を落ち着かせる。
どうやら自分は和室に敷かれた布団の上に寝かされているようだ。
部屋を仕切るのは襖と障子。障子の薄い紙越しに外の明かりがさしこんでいて、電気を付けなくても十分明るかった。

「いま…何時……?」

外が明るいことに気が付いた美寧は、ふと疑問に思ったことを口にする。

「もう少しで十時になるところです」

「もう少しで十時……っ!!わっ、私、行かなきゃっ!!」

勢いよく布団から体を起こすと、視界がぐらりと揺れる。思いがけない頭痛と体の痛みに耐えようと、美寧は青白い顔を歪ませた。

「大丈夫ですか?」

傾きかけた美寧の体を、逞しい腕が支える。

「まだ熱が高い。起き上がることすらきついはずです。そんな体でどこに行こうというのですか。」

口調は柔らかいが、そこにははっきりと美寧を窘める響きがある。

「私、行かなきゃ。……そうじゃないと…に迷惑が……わたしが……するのが一番…なの……」

自分の声すら頭に響いて、しゃべるのが辛い。

「一番、ですか?」

その問いに美寧は黙って頷く。

「どんな理由があろうと、今の貴女にとって一番しなければならないことは、体を休めることですよ」

そう言うと、彼はそっと美寧の体を布団に横たえた。

「でも、私が行かないと…きっと、迷惑が……」

布団に横たえられても尚、美寧は食い下がる。そんな彼女に布団を掛け直すと、彼はこう言った。

「どんな事情かは分かりませんが、そんな体ではとても無理です。これからのことは熱が下がってから考えましょう、ミネ」

「えっ…どうして、私の名前……」

「俺は怜。ここは俺の家。今はそれ以外のことは考えないで」

怜は薄い微笑みを浮かべると

「食べられそうなものを作ってきます。それまでもうしばらく寝ていてい下さいね」

そう言って、布団の横から腰を上げ、襖の向こう側へ行ってしまった。

美寧は締められた襖をしばらく見つめていたが、辛い頭痛に目を閉じた。

(どうしよう……でももう間に合わない……)

本来なら今ごろ自分がいるはずだった場所を思い出すと、みぞおちの辺りがキュッと縮まるような痛みを感じる。その痛みはこの数か月間彼女がずっと感じていたもので、特にこの一週間はとくに酷く、食事を取るもの苦痛なくらいだったのだ。

(今頃、私のこと探してるのかな……)

誰にも何も告げずに居なくなった美寧を、今頃必死になって探しているのかもしれない。

(きっとお父さまは怒ってるよね…もしかしたら、もう私のことなんて……)

美寧の瞳がじわりと熱くなる。熱のせいで朦朧とした頭では良い方向に考えられるはずもないのに、今の美寧にはそれが分からない。
潤んだ瞳から涙がスッとこぼれ落ちた。
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