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第三話【とろりあったか玉子雑炊】冷えた心にぬくもりを

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「すっかり冷めてしまいましたね……」

怜は椀の中身を匙ですくいながら呟くと、土鍋の蓋を開ける。土鍋の中の雑炊は、まだ湯気を立てていた。怜は椀の中身をそれと入れ替えた。

湯気を立てた椀を持って美寧に向き直った怜は、今度は椀を美寧に差し出さず、その中からひと匙すくって「ふぅーっ」と息を吹きかける。

怜の一連の動作をただ目で追っていただけの美寧の目の前に、突然にその匙は突きつけられた。
目を丸くした美寧に、怜は言う。

「はい、口を開けて」

戸惑う美寧は丸くした目を今度はしばたかせた。

「冷ましましたから大丈夫。ほら早く、落ちてしまう」

少しでも動かしたらこぼれてしまいそうな雑炊が、匙の上に乗っている。反射的に口を開けた。すると、すかさず木の匙が口に入れられた。

とろりとした温かなものが舌の上に乗せらせる。口から匙がすっと抜かれた。
ふわりと香るのは生姜だろうか。お米の甘みと玉子の旨みが優しい味わいのその雑炊は、美寧がこれまで食べたことのあるものよりも少し粘り気が強い。そのおかげで今の美寧には飲みこみやすい。

量的にはけっして多くはないそれを、美寧は少し時間をかけて噛みながらゆっくりと飲みこんだ。

「おいしい……」

自然とそう呟いた次の瞬間。美寧の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
堰を切ったように次から次と溢れ出す涙は、滝のように彼女の頬をすべり落ちていく。

「うっ、うぅ~~っ」

美寧の喉の奥から低く唸るような声が漏れる。布団を握りしめた美寧の手を幾つもの雫が落ちて濡らしていく。堪えようとしても堪えきれない声は嗚咽になった。

怜は小刻みに震えるその小さな背中にそっと手を置くと、優しく撫でた。

「遠慮せず思いっきり泣いていいんですよ。それを咎める者はここにはいません」

怜の言葉に、美寧はとうとう声を上げて泣き始めた。

啼泣が号泣に変わり、それがやっとしゃくり上げるくらいに落ち着いた頃、怜は涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔を、持っていたタオルで拭った。
全力で泣ききった美寧は疲れ果てていて、それに抵抗する気配すらない。

「さぁ、もう少し食べましょう」

何事も無かったかのように匙を向けられ、今度はためらいなく口を開く。
さっきより少し冷めてしまった雑炊は、なぜかさっきよりもずっと美味しく感じた。

お椀一杯分の雑炊を何とか食べきった美寧は、怜に渡された薬を飲むと布団に横になる。
体がぽかぽかと温かく、お腹がくちくなったせいか強い睡魔が襲ってくる。

横になった美寧の頭を、怜はそっと撫でた。

「今は何も考えずに眠りなさい」

言われるままに瞼を閉じる。頭を撫でる手が優しくて心地良い。

(おじいさまみたい……)

懐かしいその感触に身を委ね、美寧は泥のように眠りに沈んでいく意識に身を任せた。

「おやすみ。―――ma minette」

怜が囁くように掛けた声は、美寧の耳には届かなかった。



【第三話 了】
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