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第四話【スペシャルパンケーキ】休日ブランチは極甘に!?
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しおりを挟む花を供え終わった美寧が戻ると、怜はキッチンで朝食の準備をしている途中だった。
「お待たせ、れいちゃん」
「お疲れ様、ありがとうございます」
美寧の方を振り向きながら言う怜は、光沢のある濃いグレーのエプロンを着け、手に持ったボウルを泡立て器で混ぜている。
「れいちゃんはもう朝ご飯食べたの?」
「いいえ、コーヒーは飲みましたが食事はまだですよ」
「そうなんだ…ごめんね、待たせちゃって。れいちゃん、お腹すいちゃったよね?」
上目遣いで怜を見ながら申し訳なさそうにそう言った美寧に、怜は一瞬間を置いたあと、「俺も今朝はゆっくり起きたので、大丈夫です」と言った。
怜が一瞬垣間見せた微妙な表情に、美寧は少し不思議に思ったが、特に気にすることもなく「良かった」と胸を撫で下す。
自分の寝坊のせいで怜がお腹を空かせていたのなら申し訳ないが、そうでないなら良かったとホッとした。ホッとしたら怜がさっきから混ぜているそれが気になった。
「何を作ってるの?」
「パンケーキです」
「パンケーキ!?」
丸い目がキラキラと輝きだすのを見て怜は口元を緩める。
「今日の朝食はパンケーキですよ。ああ、もうブランチですね。……お昼兼でいいですか、ミネ?」
「うん!!パンケーキ沢山食べるから大丈夫!!」
勢いの良い返事に、怜は瞳を細め「了解です」と頷いた。
「私も準備手伝うね。何したらいい?」
「ありがとうございます。じゃあ飲み物の準備をお願いします」
「うん。コーヒーにする?紅茶にする?」
「ミネさえ良ければ紅茶をお願いできますか?」
「うん!分かった」
そう返事をした美寧は早速ティカップとポットを出しに食器棚へと向かった。
キッチンにある小さな丸テーブルの上にティポットをセットすると、棚にある茶葉を手にし、スプーンでさっとすくって三回入れる。その手つきは慣れたもので、いつもキッチンではたどたどしい動作で手伝いをする美寧だが、紅茶を準備する彼女は別人のようだ。
美寧が初めて淹れた紅茶を飲んだ時、怜はその美味しさに驚いた。それ以降美寧が飲み物を準備する時には紅茶をリクエストしている。
「ミネは紅茶を入れるのがとても上手ですよね」
「そんなことないよ…。他のことよりは少しはマシなだけだよ……」
「それこそ、そんなことはありませんよミネ。あなたに淹れて貰った紅茶はとても美味しい。最近はコーヒーもとても上手に淹れられるようになりましたよね」
手放しの賞賛に、美寧の頬は赤く染まってしまう。
怜に褒められるのは嬉しいが、なんだかくすぐったくて照れくさくて、美寧はえへへと笑って「ありがとう」と口にする。
「コーヒーの淹れ方は、マスターが空いている時に教えてくれるの。もっと美味しく淹れられるように頑張るね」
はにかんだ笑顔を浮かべてそう言いながら美寧はお湯の準備をし始める。怜はそれを横目に見ながらフライパンを火に掛けた。
「紅茶は?どこで覚えたのですか?」
「それはおじいさまのおて――お友達が、教えてくれて……」
「そうなのですか。……おじいさま、というと、あの写真の?」
怜の問いに美寧は一拍間を置いて頷く。
怜が言った写真とは、仏壇に飾っている写真のことだ。
美寧がこの家の仏間を自分の部屋として使うことになり、仏壇のお世話を申し出た時、美寧はある“お願い”を怜に頼んだ。
それは、祖父の写真を仏壇の端に置かせてもらう、というものだった。
祖父の写真は、美寧の少ない所持品の一つ。
あの日公園で倒れていた美寧が持っていた、小さな鞄の中に入れてあった。
「おじいさまは私の淹れた紅茶が好きで、いつも私が淹れた紅茶をおいしいって飲んでくれたの……」
瞼を伏せた美寧の睫毛がかすかに震える。その表情は切なげで、彼女の纏う空気が一変して儚げに見える。
怜は思わず腕を伸ばした。
「ぅにゃっ!」
突然腰を抱き寄せられ、美寧は思わず声を上げる。変な声が出てしまった。
怜の左腕が美寧の腰に巻きついているので、美寧は必然的に怜の左半身に密着する形になっている。
一瞬何が起きているのか分からなかった美寧だが、状況を把握した瞬間、ぶわっと火が点いたように熱くなった。
「れ、れれれ、れい、ちゃんっ!」
美寧の慌て振りに、怜は思わずくすりと笑う。
(かっ、からかわれた!)
自分は真っ赤になって狼狽えているのに、怜は余裕綽々なのが恨めしくて、じっとりと見上げる。するとそれを見た怜にまたしても「くくっ」と笑われ、なんだか腹が立ってきた。
頬を膨らませて睨み上げる。だけど効果はないようだ。
「もうっ!」という悔し紛れの台詞と同時に、彼の体を両手で押し返す。
怜の体との距離が出来たことにホッとした時、美寧のつむじに柔らかく温かいものが押し当てられた。
「っ、」
目を見開いた瞬間、ちゅっという音を立ててそれは離れた。
息をのんだまま固まってしまった美寧の髪を、大きな手が優しく撫でる。後頭部から背中にかけてゆっくりと、まるで壊れ物に触れるような手つきで。
数回撫でた後、その手はそっと離れて行った。
「お湯、沸きましたよ。紅茶、お願いしますね、ミネ」
そう言って、怜は何事も無かったようにフライパンに生地を流し込んだ。
美寧は音を立てないよう静かに息を吐くと、ティセットを乗せたトレイをダイニングテーブルに運んで行った。
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