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第七話【リメイク♡ロコモコ弁当】いつも何処でも想うのは
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准教授室でひとしきり竹下の質問に答え、今後の実験の問題点や注意点を指摘し終える。
「ありがとうございました」
竹下は今どきの青年にしては礼儀正しい。そんな彼はお辞儀をした後、腕時計を見て目を丸くした。
「うわっ、もう一時過ぎだ!先生、お昼はもう食べられましたか?」
「いえ、これからです」
「そうなんですか…すみません、俺、タイミングが悪かったですよね…」
(自分が来たせいで藤波准教授の昼食が遅くなってしまった)と思った竹下は、申し訳なさそうにしている。
「構いません」
研究室の学生への指導は怜の仕事だ。“夏休めない”この時期には、“昼休み”という明確な区切りも存在しない。
「先生は今日もお弁当ですか?」
「ええ、そうです」
「もしよければ俺もお昼を一緒に食べてもいいですか?」
怜は一度だけ瞬きをした後、「構いませんよ」と了承した。
夏休みの間、学内にいくつかある食堂のうち、ここ理工学部棟から一番近いカフェテリアは夏季休業中だ。そのため大学で働く職員は外に食べに出たり、学内の少し離れた食堂に足を伸ばしたりしている。学生たちはコンビニで買って来ているものもいた。
怜は大抵家から弁当を持参している。普段から怜は、今いる【藤波准教授室】でひとり食事を取る。そのことを知っている学生はあまりいない。D1の竹下は数少ないそれを知る学生だった。
「俺も今日は弁当なんですよ」
そう言って彼は、嬉しそうにリュックの中から可愛らしい花柄の包みを取り出した。
「お母様が作って下さったんですか?それとも自分で?」
「ははっ。俺は料理はからっきしです。おふくろは俺が高校卒業の時に“弁当卒業宣言”しました」
竹下は市内の実家から通ってきている。
六つ上の兄が幼稚園に入ってから兄弟三人の弁当を二十一年間作り続けた母は、末っ子の竹下の高校卒業の時に『やっと弁当作りから解放される』と本人の卒業よりもそのことを喜んでいたらしい。
そんな竹下の家の話を聞きながら淹れたお茶を二つ、狭い部屋の真ん中にある長机に置いた。
「あ、すみません」
本来なら門下生である竹下がお茶の準備をするべきだと思ったのだろう、すまなそうにしながらも、竹下が「ありがとうございます」と礼を言う。
「食べましょうか」
「はい」
竹下はきちんと両手を合わせて「いただきます」と言った後、包みを開いて弁当の蓋を開けた。
(竹下君のご両親は、三人のお子さんをきちんと育て上げられたのですね)
竹下を見ながら怜はそう思った。挨拶や食べる姿勢を見れば、どんな家庭で育ったのか分かる。
竹下の母が“弁当卒業”を心から喜んだのは、それだけ彼女が毎日一生懸命子ども達の弁当を作ったからに他ならない。第一、愛情が無ければ二十一年間も弁当を作り続けることなんて出来るはずもないのだ。
(ミネだって―――)
怜にとって大切な存在に想いを馳せる。一瞬思考がそちらに集中しそうになったが、それは竹下の言葉でかき消された。
「これは彼女の手作りなんですよ~」
怜は、照れの混じる自慢げな笑顔の竹下を見てから、その弁当に視線を落とした。
小さめの俵型おにぎりが三つと少し焦げた玉子焼き。花型にくり貫かれた人参の隣はタコとカニだろうか、切込みの入ったウインナーが並んでいる。
とにかく可愛らしいそのお弁当に、怜はこの場にいない人を思い浮かべた。
(ミネが好きそうな弁当だな……)
「竹下君の彼女は、料理がお上手なのですね」
頭で思ったことと全く別のことを舌にのせると、竹下はまんざらもない顔で「そうなんですよ~」と惚気る。
(ミネのウィンナーも次はタコとカニにするか―――)
蓋を開けた時に目を輝かせる彼女の姿を思い描きながら、怜は自分の弁当箱の蓋を開ける。
すると隣から覗き込んできた竹下が声を上げた。
「おわっ!先生のお弁当、めっちゃ美味そう!!」
怜の今日の弁当はロコモコ丼だ。先日、ハンバーグを作った時に多めに作っておいて冷凍しておいたものを弁当に入れたのだ。
ハンバーグの上には目玉焼きも乗っている。怜の分は弁当なのでしっかりと焼いてきたが、ミネの分は半熟で焼いて別の皿で冷蔵庫に入れてある。ハンバーグの乗ったご飯をレンジで温めてから半熟玉子を上に乗せるように、朝伝えておいた。
今日はアルバイトが休みの彼女のお昼は、怜と同じものだ。
(ミネはもうお昼を食べただろうか……)
自分の弁当に視線を置いたまま、怜はミネのことを考える。
(このハンバーグを作った次の日から、ミネの様子がいつもと違う……)
怜は、今朝家を出る直前の出来事を振り返った。
准教授室でひとしきり竹下の質問に答え、今後の実験の問題点や注意点を指摘し終える。
「ありがとうございました」
竹下は今どきの青年にしては礼儀正しい。そんな彼はお辞儀をした後、腕時計を見て目を丸くした。
「うわっ、もう一時過ぎだ!先生、お昼はもう食べられましたか?」
「いえ、これからです」
「そうなんですか…すみません、俺、タイミングが悪かったですよね…」
(自分が来たせいで藤波准教授の昼食が遅くなってしまった)と思った竹下は、申し訳なさそうにしている。
「構いません」
研究室の学生への指導は怜の仕事だ。“夏休めない”この時期には、“昼休み”という明確な区切りも存在しない。
「先生は今日もお弁当ですか?」
「ええ、そうです」
「もしよければ俺もお昼を一緒に食べてもいいですか?」
怜は一度だけ瞬きをした後、「構いませんよ」と了承した。
夏休みの間、学内にいくつかある食堂のうち、ここ理工学部棟から一番近いカフェテリアは夏季休業中だ。そのため大学で働く職員は外に食べに出たり、学内の少し離れた食堂に足を伸ばしたりしている。学生たちはコンビニで買って来ているものもいた。
怜は大抵家から弁当を持参している。普段から怜は、今いる【藤波准教授室】でひとり食事を取る。そのことを知っている学生はあまりいない。D1の竹下は数少ないそれを知る学生だった。
「俺も今日は弁当なんですよ」
そう言って彼は、嬉しそうにリュックの中から可愛らしい花柄の包みを取り出した。
「お母様が作って下さったんですか?それとも自分で?」
「ははっ。俺は料理はからっきしです。おふくろは俺が高校卒業の時に“弁当卒業宣言”しました」
竹下は市内の実家から通ってきている。
六つ上の兄が幼稚園に入ってから兄弟三人の弁当を二十一年間作り続けた母は、末っ子の竹下の高校卒業の時に『やっと弁当作りから解放される』と本人の卒業よりもそのことを喜んでいたらしい。
そんな竹下の家の話を聞きながら淹れたお茶を二つ、狭い部屋の真ん中にある長机に置いた。
「あ、すみません」
本来なら門下生である竹下がお茶の準備をするべきだと思ったのだろう、すまなそうにしながらも、竹下が「ありがとうございます」と礼を言う。
「食べましょうか」
「はい」
竹下はきちんと両手を合わせて「いただきます」と言った後、包みを開いて弁当の蓋を開けた。
(竹下君のご両親は、三人のお子さんをきちんと育て上げられたのですね)
竹下を見ながら怜はそう思った。挨拶や食べる姿勢を見れば、どんな家庭で育ったのか分かる。
竹下の母が“弁当卒業”を心から喜んだのは、それだけ彼女が毎日一生懸命子ども達の弁当を作ったからに他ならない。第一、愛情が無ければ二十一年間も弁当を作り続けることなんて出来るはずもないのだ。
(ミネだって―――)
怜にとって大切な存在に想いを馳せる。一瞬思考がそちらに集中しそうになったが、それは竹下の言葉でかき消された。
「これは彼女の手作りなんですよ~」
怜は、照れの混じる自慢げな笑顔の竹下を見てから、その弁当に視線を落とした。
小さめの俵型おにぎりが三つと少し焦げた玉子焼き。花型にくり貫かれた人参の隣はタコとカニだろうか、切込みの入ったウインナーが並んでいる。
とにかく可愛らしいそのお弁当に、怜はこの場にいない人を思い浮かべた。
(ミネが好きそうな弁当だな……)
「竹下君の彼女は、料理がお上手なのですね」
頭で思ったことと全く別のことを舌にのせると、竹下はまんざらもない顔で「そうなんですよ~」と惚気る。
(ミネのウィンナーも次はタコとカニにするか―――)
蓋を開けた時に目を輝かせる彼女の姿を思い描きながら、怜は自分の弁当箱の蓋を開ける。
すると隣から覗き込んできた竹下が声を上げた。
「おわっ!先生のお弁当、めっちゃ美味そう!!」
怜の今日の弁当はロコモコ丼だ。先日、ハンバーグを作った時に多めに作っておいて冷凍しておいたものを弁当に入れたのだ。
ハンバーグの上には目玉焼きも乗っている。怜の分は弁当なのでしっかりと焼いてきたが、ミネの分は半熟で焼いて別の皿で冷蔵庫に入れてある。ハンバーグの乗ったご飯をレンジで温めてから半熟玉子を上に乗せるように、朝伝えておいた。
今日はアルバイトが休みの彼女のお昼は、怜と同じものだ。
(ミネはもうお昼を食べただろうか……)
自分の弁当に視線を置いたまま、怜はミネのことを考える。
(このハンバーグを作った次の日から、ミネの様子がいつもと違う……)
怜は、今朝家を出る直前の出来事を振り返った。
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