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第九話【あまから五目いなり】偲ぶ人々に誓いを

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懐かしい匂いがする。新しい畳の匂いだ。
い草特有の爽やかな匂い。美寧は昔からこの匂いが好きだった。

(そろそろおじいさまに、朝の紅茶を淹れてさしあげないと――)

朝食の時に飲む紅茶を淹れるのが美寧の役目。
祖父は珈琲党だが、美寧の淹れる紅茶をいつも美味しそうに飲んでくれた。

白いひげをたくわえた口元を緩め、とても愛おしそうに美寧を見て微笑む。
そんな祖父は、自分にとって心許せる唯一の家族。

だけど―――

(そうだ……おじいさまはもういらっしゃらないのよ………だったらここは?)

美寧は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


***


閉じた猫間障子の向こう側から明るい光。縁側で何かが動く気配がした。

「おはよう、れいちゃん」

言いながら障子を開くと思った通り。怜が雨戸を開けているところだった。

「ミネ」

振り向いた怜は美寧のところまでやってくる。
そして美寧の唇にふわりと薄い唇を重ねた。

「おはようございます」

「お、おはよう」

寝起きの顔が赤くなる。
そんな美寧を見た怜は愛おしそうに目を細め、寝起きで広がったままの美寧の髪を、二三度優しく梳くように撫でた。

「随分早く起きましたね。今日は休みでしょう?」

「うん。お弁当を一緒に作るようになって、早起きに慣れて来たのかも」

怜と一緒に弁当を作ることで料理を教わるようになってから一週間。美寧にとって最初の試練は、早起きだった。

美寧は低血圧で朝に弱い。夜型生活に慣れていたせいもあって、朝早く起きることはまれだった。

けれど忙しい怜がミネに料理を教えられるのは朝しかない。
少しでも彼の助けになる為には、料理が出来なくては話にならないのだ。

美寧はこの一週間、毎朝自分を叱咤激励し重たい瞼を何とかこじ開けてきた。
結果、ラプワールが盆休み中の今も、こうしてすんなりと目を覚ますことが出来たのだ。

「着替えて顔洗ったら、お花のお仕度するね」

仏壇に供える花の準備は、ここで暮らし始めて最初に持った大事な役目。
着替えをするため障子を閉めようとした所で、怜が「あ、」と何かを思い出した顔をした。

「ミネ、今日はお花をいつもの倍作って貰ってもいいですか?」

「倍?」

「はい。半分はお墓の方へ持って行こうと思っています」

「ーー分かった。じゃあ準備してくるね」

「よろしくお願いします」

お互い朝の準備に取り掛かった。

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