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第九話【あまから五目いなり】偲ぶ人々に誓いを
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家の近くの月極め駐車場に停めてある怜の車に乗り込み、移動すること十五分。着いたのは小高い丘の上の霊園だった。
「こっちです」
車から降りると、トランクに積んでおいた掃除道具の入った鞄を手に、怜は歩き出す。新聞紙に包まれた花を両手で大事そうに抱えた美寧は、その後を着いて行く。
そんなに広くはない霊園の端に、藤波家の墓はあった。
「ご無沙汰して申し訳ありません」
【藤波家】と書かれた墓石に向かって手を合わせそう口にすると、怜はもって来た掃除道具で墓を清め始めた。
「ご無沙汰して」と言った割に墓は汚れてはいない。
枯れた花やゴミは無かったが、まわりに少し草が生えていて、美寧は手に持っていた花を脇に置くと、しゃがみ込んでその草をむしり始めた。
「ミネ、あなたは待っていてくれたら良いのですよ?」
「ううん、せっかく一緒に来たんだもん。私にもやらせて?」
「良いのですか?」
「もちろん!」
「ありがとうございます、ミネ」
二人で黙々と掃除をした甲斐あって、十分後には墓石もその周りもすっかりピカピカになった。
線香の煙が少し揺れながらまっすぐ空に上っていく。線香立ての前にはお供えが置かれていた。
お供えは、今朝怜が作ったばかりのいなり寿司。美寧が庭の花で作った献花が、その両脇に供えられている。
怜が墓前に手を合わせているのを、うしろから美寧はぼんやりと見つめていた。
(れいちゃんのお家のお墓ってことは……)
美寧が私室として使わせてもらっている部屋には仏壇がある。その仏壇には写真が飾られていた。
怜に良く似た男性の隣に、優しそうな女性が寄り添うように立っている。そしてその場所は、怜の家の玄関先。
写真の二人が誰なのか、美寧はこれまで口にして聞いたことはなかった。
(れいちゃんの…お父さまとお母さま、だよね?……)
焼香の終わった怜が立ち上がる。
「私もお線香上げさせてもらってもいい?」
美寧がそう言うと、怜はほんの少しだけ目を丸くした後ゆっくりと微笑んだ。
「もちろんです、ミネ」
怜と入れ替わりで墓前の前にしゃがんだ美寧は、線香に火を点け両手を合わせる。そしててゆっくりと瞳を閉じた。
美寧の焼香が済むと、持って来た掃除道具を手に来た道を戻る。
正午までまだ時間はあるが、夏の盛りの陽射しが容赦なく照りつける。
被っているつばの広い帽子だけではその暑さから逃れることは出来ず、美寧は木立が作った影を選ぶように歩いていた。深緑の木々からは蝉の大合唱が耳の奥まで響いてくるようだ。
時折山の方から吹いてくる風が、腰まで伸びた美寧の髪をふわりと揺らしていく。
被っている帽子が飛んでしまわないように、広いつばを手で押さえながら後ろを振り向くと、すぐ後ろを歩いていた怜が足を止めていた。
「れいちゃん?」
呼びかけると怜は、
「すこし道草をくってもいいでしょうか?」
そう訊ねた。美寧は黙って頷いた。
怜が『道草』の為に足を向けたのは、霊園と駐車場の間にある小路。怜が立ち止まったのはちょうどその小路へ入る場所だった。
緩やかな坂になっている小路を二人で歩く。トンネルのように木々が覆い重なっているからあまり暑くない。
通り抜けたその先には、こじんまりとした展望台があった。
「座りましょうか」
怜に誘導され、二人は展望台の端にある屋根つきの休憩スペースへと足を向けた。
二人で並んでベンチに腰を下ろす。
展望台からは、小高い丘の上にある霊園を更に少し高い場所から見下ろす形で、街の方まで一望できるようになっていた。
こんなに景色が良いのに他に誰もいないのは、時間帯とこの暑さのせいだろう。
他にもお墓参りに来ていた人は何組かいたけれど、用が済んだ後は早く涼しい場所へ行って美味しい物でも食べようと思うのは当たり前の人間心理で、それくらいこの時期の暑さは驚異的なのだ。
「どうぞ」
差し出されたのはプラスチックのカップ。
「ありがとう」
受け取ったカップの冷たさが心地良い。
美寧は、水筒から注がれた麦茶をゴクゴクと一気に飲み干した。
「暑い中こんなところまで連れてきてしまって申し訳ありません。具合が悪くなったりしていませんか?」
「うん、大丈夫」
美寧が首を縦に振ると、怜はホッとした顔を見せた。
「ここ、良いところだね」
額に滲んだ汗を、山からの風が冷やしていく。
「遠くの街までよく見えるし、風が気持ち良くて空気が美味しいね」
「ミネは高いところが好きですか?」
「うん好き。あと緑の多いところも!おじいさまのおうちもそんなところだったんだよ?」
「そうだったんですね」
「うん」
二人は暫く黙って眼下の景色を眺めていた。
家の近くの月極め駐車場に停めてある怜の車に乗り込み、移動すること十五分。着いたのは小高い丘の上の霊園だった。
「こっちです」
車から降りると、トランクに積んでおいた掃除道具の入った鞄を手に、怜は歩き出す。新聞紙に包まれた花を両手で大事そうに抱えた美寧は、その後を着いて行く。
そんなに広くはない霊園の端に、藤波家の墓はあった。
「ご無沙汰して申し訳ありません」
【藤波家】と書かれた墓石に向かって手を合わせそう口にすると、怜はもって来た掃除道具で墓を清め始めた。
「ご無沙汰して」と言った割に墓は汚れてはいない。
枯れた花やゴミは無かったが、まわりに少し草が生えていて、美寧は手に持っていた花を脇に置くと、しゃがみ込んでその草をむしり始めた。
「ミネ、あなたは待っていてくれたら良いのですよ?」
「ううん、せっかく一緒に来たんだもん。私にもやらせて?」
「良いのですか?」
「もちろん!」
「ありがとうございます、ミネ」
二人で黙々と掃除をした甲斐あって、十分後には墓石もその周りもすっかりピカピカになった。
線香の煙が少し揺れながらまっすぐ空に上っていく。線香立ての前にはお供えが置かれていた。
お供えは、今朝怜が作ったばかりのいなり寿司。美寧が庭の花で作った献花が、その両脇に供えられている。
怜が墓前に手を合わせているのを、うしろから美寧はぼんやりと見つめていた。
(れいちゃんのお家のお墓ってことは……)
美寧が私室として使わせてもらっている部屋には仏壇がある。その仏壇には写真が飾られていた。
怜に良く似た男性の隣に、優しそうな女性が寄り添うように立っている。そしてその場所は、怜の家の玄関先。
写真の二人が誰なのか、美寧はこれまで口にして聞いたことはなかった。
(れいちゃんの…お父さまとお母さま、だよね?……)
焼香の終わった怜が立ち上がる。
「私もお線香上げさせてもらってもいい?」
美寧がそう言うと、怜はほんの少しだけ目を丸くした後ゆっくりと微笑んだ。
「もちろんです、ミネ」
怜と入れ替わりで墓前の前にしゃがんだ美寧は、線香に火を点け両手を合わせる。そしててゆっくりと瞳を閉じた。
美寧の焼香が済むと、持って来た掃除道具を手に来た道を戻る。
正午までまだ時間はあるが、夏の盛りの陽射しが容赦なく照りつける。
被っているつばの広い帽子だけではその暑さから逃れることは出来ず、美寧は木立が作った影を選ぶように歩いていた。深緑の木々からは蝉の大合唱が耳の奥まで響いてくるようだ。
時折山の方から吹いてくる風が、腰まで伸びた美寧の髪をふわりと揺らしていく。
被っている帽子が飛んでしまわないように、広いつばを手で押さえながら後ろを振り向くと、すぐ後ろを歩いていた怜が足を止めていた。
「れいちゃん?」
呼びかけると怜は、
「すこし道草をくってもいいでしょうか?」
そう訊ねた。美寧は黙って頷いた。
怜が『道草』の為に足を向けたのは、霊園と駐車場の間にある小路。怜が立ち止まったのはちょうどその小路へ入る場所だった。
緩やかな坂になっている小路を二人で歩く。トンネルのように木々が覆い重なっているからあまり暑くない。
通り抜けたその先には、こじんまりとした展望台があった。
「座りましょうか」
怜に誘導され、二人は展望台の端にある屋根つきの休憩スペースへと足を向けた。
二人で並んでベンチに腰を下ろす。
展望台からは、小高い丘の上にある霊園を更に少し高い場所から見下ろす形で、街の方まで一望できるようになっていた。
こんなに景色が良いのに他に誰もいないのは、時間帯とこの暑さのせいだろう。
他にもお墓参りに来ていた人は何組かいたけれど、用が済んだ後は早く涼しい場所へ行って美味しい物でも食べようと思うのは当たり前の人間心理で、それくらいこの時期の暑さは驚異的なのだ。
「どうぞ」
差し出されたのはプラスチックのカップ。
「ありがとう」
受け取ったカップの冷たさが心地良い。
美寧は、水筒から注がれた麦茶をゴクゴクと一気に飲み干した。
「暑い中こんなところまで連れてきてしまって申し訳ありません。具合が悪くなったりしていませんか?」
「うん、大丈夫」
美寧が首を縦に振ると、怜はホッとした顔を見せた。
「ここ、良いところだね」
額に滲んだ汗を、山からの風が冷やしていく。
「遠くの街までよく見えるし、風が気持ち良くて空気が美味しいね」
「ミネは高いところが好きですか?」
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