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第九話【あまから五目いなり】偲ぶ人々に誓いを
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少し経った頃、怜が荷物の入った鞄の中から何かを取り出した。
「一緒に食べませんか?ミネ」
「おいなりさん?」
「はい」
差し出されたのは、小ぶりな弁当箱に詰められたいなり寿司。
「これ、さっきのお供え?」
「いいえ、お供えは別の容器に。それは俺が食べます。美寧の分は一緒に作ったのを別に入れて持ってきました」
言われてみれば、タッパーの中にはいなり寿司以外にも厚焼き卵や隠元の肉巻などが詰められていて、完全にお弁当になっている。
「いつのまに……」
「ここでお昼ご飯でもいいですか?」
「もちろん!」
まるでピクニックのようで、美寧のテンションは一気に上がる。
テラスでランチを取ったことはあるが、こうして完全に外でお弁当を食べるなんて、子どもの時の遠足以来だ。
「いただきます!」
美寧は早速、箸でつまんだいなり寿司の半分を頬張った。
「んんん~~っ」
一口噛むと、きつね揚げから甘辛い出汁がじゅわっと染みだし口に広がる。しっかりとした味付けのきつね揚げと、やや酸味の効いた優しい味の五目酢飯がとても合う。
「すごく美味しい!」
「それは良かった」
残りの半分を口に入れてしっかりと味わう。噛めば噛むほど美味しいとはこのことだ。なんだか癖になりそうな味である。
「このいなり寿司は、一緒に暮らしていた祖母に教わりました」
「れいちゃんのおばあさま?」
「はい」
美寧は内心驚いていた。
怜が自分の身内や家族について話したのはこれが初めてだからだ。
「ここでこうして墓参りの後にいなり寿司を食べるのが、俺の家では盆の恒例になっていて――」
祖父の祖父、つまり怜にとっての高祖父にあたる人が、いなり寿司が好物だったことから始まっているらしい。
昔はいなり寿司を備えたお墓の前で、みんなでいなり寿司や他のおかずを広げお花見のように宴会をしていたそうだ。
時代は流れ、墓地も増えて昔のように宴会をすることはなくなった。
ゴミや野生の動物などの喰い荒しの観点からお供え物は持ち帰ることになり、それなら、と、こうして休憩スペースで弁当を広げてお供え共々食べてから帰宅することになったそうだ。
「ここでこうしていなり寿司を食べた最初の記憶は、おそらく三歳くらいでしょうか。両親と祖父母の五人でした」
真っ直ぐ景色に顔を向けらたまま、いつもと同じ表情で坦々と語る怜。
美寧はその怜の横顔を、瞬きもせずじっと見つめていた。
「けれどそれは俺が小学生の時までで――」
空の青さを映した瞳は、揺らぐことなく遠くを見つめる。
「中一の時に両親は事故で亡くなりました」
美寧は丸い瞳を、こぼれんばかりに見開いた。
「両親を亡くした後、別の場所に住んでいた祖父母と一緒に暮らしはじめ、お盆にこれを食べるのは三人に」
ミネの手元にあるいなり寿司を見ながらそう言った怜は、顔を上げ、美寧の顔を見て微笑んだ。
「ここ数年はずっと一人だったので、今日はこうしてミネと一緒で嬉しいよ」
美寧の胸がぎゅうっと痛いくらいに締め付けられた。
「そんな顔をしないで?あなたを悲しませたかったわけじゃない」
怜の手が美寧の頬に触れる。
いつの間にか美寧の目尻に溜まっていた涙を、怜は長い指でそっと拭った。
愛する家族に置いていかれる悲しみを、美寧はよく知っている。
夢なら醒めて、と願わずにはいられないほどの悲しみ。
息を吸うのも苦しいほど胸を襲う痛みに、堪えようもなく溢れ出る涙。
大きすぎる悲しみは痛みによく似ている。
子どもの時の怜が抱えなければならなかった痛みを想うだけで、美寧は胸が苦しくてたまらなくなった。
体が勝手に動き、ベンチから立ち上がる。
「ミネ?」
急に立ち上がったミネを不思議に思った怜が呼ぶ。
それに応えることなく、美寧は両手で怜の体を抱き締めた。
座ったままの怜の頭を抱き込むように腕で囲む。
美寧の胸元に顔をつけた怜は、その細い腕の中で何も言わずじっとしている。
怜の頭の先に顔を寄せると、甘さのあるスパイシーな香りがふわりと美寧の鼻をくすぐった。
「私がいるよ……」
気持ちと一緒に、腕に力を込める。
「これからはずっと、一緒にいるから……だから……」
(あなたはひとりじゃない)
そう、想いを込めて怜を抱きしめた時、美寧の背中に怜の腕が回された。
ぎゅっと強く抱きしめ返される。
怜が同じ気持ちだと美寧に伝え返してくる。
しばらくの間美寧と怜は、そうしてお互いの体を抱きしめあっていた。
蝉の合唱がただずっと二人の間に降りそそいでいた。
「一緒に食べませんか?ミネ」
「おいなりさん?」
「はい」
差し出されたのは、小ぶりな弁当箱に詰められたいなり寿司。
「これ、さっきのお供え?」
「いいえ、お供えは別の容器に。それは俺が食べます。美寧の分は一緒に作ったのを別に入れて持ってきました」
言われてみれば、タッパーの中にはいなり寿司以外にも厚焼き卵や隠元の肉巻などが詰められていて、完全にお弁当になっている。
「いつのまに……」
「ここでお昼ご飯でもいいですか?」
「もちろん!」
まるでピクニックのようで、美寧のテンションは一気に上がる。
テラスでランチを取ったことはあるが、こうして完全に外でお弁当を食べるなんて、子どもの時の遠足以来だ。
「いただきます!」
美寧は早速、箸でつまんだいなり寿司の半分を頬張った。
「んんん~~っ」
一口噛むと、きつね揚げから甘辛い出汁がじゅわっと染みだし口に広がる。しっかりとした味付けのきつね揚げと、やや酸味の効いた優しい味の五目酢飯がとても合う。
「すごく美味しい!」
「それは良かった」
残りの半分を口に入れてしっかりと味わう。噛めば噛むほど美味しいとはこのことだ。なんだか癖になりそうな味である。
「このいなり寿司は、一緒に暮らしていた祖母に教わりました」
「れいちゃんのおばあさま?」
「はい」
美寧は内心驚いていた。
怜が自分の身内や家族について話したのはこれが初めてだからだ。
「ここでこうして墓参りの後にいなり寿司を食べるのが、俺の家では盆の恒例になっていて――」
祖父の祖父、つまり怜にとっての高祖父にあたる人が、いなり寿司が好物だったことから始まっているらしい。
昔はいなり寿司を備えたお墓の前で、みんなでいなり寿司や他のおかずを広げお花見のように宴会をしていたそうだ。
時代は流れ、墓地も増えて昔のように宴会をすることはなくなった。
ゴミや野生の動物などの喰い荒しの観点からお供え物は持ち帰ることになり、それなら、と、こうして休憩スペースで弁当を広げてお供え共々食べてから帰宅することになったそうだ。
「ここでこうしていなり寿司を食べた最初の記憶は、おそらく三歳くらいでしょうか。両親と祖父母の五人でした」
真っ直ぐ景色に顔を向けらたまま、いつもと同じ表情で坦々と語る怜。
美寧はその怜の横顔を、瞬きもせずじっと見つめていた。
「けれどそれは俺が小学生の時までで――」
空の青さを映した瞳は、揺らぐことなく遠くを見つめる。
「中一の時に両親は事故で亡くなりました」
美寧は丸い瞳を、こぼれんばかりに見開いた。
「両親を亡くした後、別の場所に住んでいた祖父母と一緒に暮らしはじめ、お盆にこれを食べるのは三人に」
ミネの手元にあるいなり寿司を見ながらそう言った怜は、顔を上げ、美寧の顔を見て微笑んだ。
「ここ数年はずっと一人だったので、今日はこうしてミネと一緒で嬉しいよ」
美寧の胸がぎゅうっと痛いくらいに締め付けられた。
「そんな顔をしないで?あなたを悲しませたかったわけじゃない」
怜の手が美寧の頬に触れる。
いつの間にか美寧の目尻に溜まっていた涙を、怜は長い指でそっと拭った。
愛する家族に置いていかれる悲しみを、美寧はよく知っている。
夢なら醒めて、と願わずにはいられないほどの悲しみ。
息を吸うのも苦しいほど胸を襲う痛みに、堪えようもなく溢れ出る涙。
大きすぎる悲しみは痛みによく似ている。
子どもの時の怜が抱えなければならなかった痛みを想うだけで、美寧は胸が苦しくてたまらなくなった。
体が勝手に動き、ベンチから立ち上がる。
「ミネ?」
急に立ち上がったミネを不思議に思った怜が呼ぶ。
それに応えることなく、美寧は両手で怜の体を抱き締めた。
座ったままの怜の頭を抱き込むように腕で囲む。
美寧の胸元に顔をつけた怜は、その細い腕の中で何も言わずじっとしている。
怜の頭の先に顔を寄せると、甘さのあるスパイシーな香りがふわりと美寧の鼻をくすぐった。
「私がいるよ……」
気持ちと一緒に、腕に力を込める。
「これからはずっと、一緒にいるから……だから……」
(あなたはひとりじゃない)
そう、想いを込めて怜を抱きしめた時、美寧の背中に怜の腕が回された。
ぎゅっと強く抱きしめ返される。
怜が同じ気持ちだと美寧に伝え返してくる。
しばらくの間美寧と怜は、そうしてお互いの体を抱きしめあっていた。
蝉の合唱がただずっと二人の間に降りそそいでいた。
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