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第十二話【金平糖の想い出】雨と紫陽花とあの日の追憶

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雨が降っている―――

しとしとしとしと。
線を描いて天から落ちてきた雫が、すぐ目の前の葉っぱの上で音を立て、葉脈をなぞるように滑っていく。

どこに行けばいいのだろう。
行く当てはない。あの場所にはもう戻れない。


自分の“本籍地”として記載されているはずの場所にから、もう一年が経とうとしている。けれど美寧は、そこが自分の居場所だと全然思えなかった。

(帰りたいよ…………)

温かなあの場所に。優しかった祖父のそばに。

瞼の裏に浮かんだ面影が恋しくて、もう二度と会えないのだと思うと苦しいくらい胸が締め付けられる。瞼の裏が熱くなる。

けれど、どんなに泣きじゃくっても、頭を撫でてくれる優しい手はない。そのことにもっと悲しくなる。
それに気付いてからは、もう泣かないと決めていた。

決めてからは、枯れることがないと思うほど溢れ出ていた涙がぴたりと止んだ。同時に何かを欲しいと思うことも無くなった。空腹も感じなくなった。


あまり何も食べないと父に報告されてしまうから、自分の部屋で食べると言って自室に持ち込んでは、こっそりと野良猫にあげたり鳥にあげたり。
そうしているうちに、前の半分ほどの量しか食事が入らなくなっていた。

食事を取らないせいで生活が不規則になり、食べないせいで体力が落ちたのか、昼間は微睡の中で過ごした。

夜が来て家から人がいなくなると、こっそり裏庭を散歩する。その時に野良猫に食事を与えていた。

穴だらけの犯行は意外と気付かれず、最近では裏門の近くにやってくる顔見知りのも出来ていた。


紫陽花をたたく雨粒が、大きくなっていく。
茂みの向こうに見える池が、薄くけぶっていく。

大きな楠木の幹に寄りかかり、こんもりとした紫陽花の茂みに落ちる雨を見るとはなしに眺めながら、美寧はじっとその場にたたずんでいた。



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