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第十三話【ほろにがカラメルプリン】その笑顔が見たいから
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「以上。診察は終わりよ」と涼香が言った途端、彼女の膝の上の健がぐずぐずとむずがりはじめた。
「ままぁ~~」
「どうしたの?たける」
「るぅくん おなかしゅいた~」
息子の言葉に涼香が目を見張る。
「だって、たける…さっきご飯食べて来たばっかりでしょ?」
涼香が腕時計に目を遣ると、時刻は十時半。お昼ごはんにはまだもう少し時間がある。
「おなかしゅいたぁ」
涼香は日曜の今日、藤波家に寄った後に買い物に行く予定にしていた。お昼ご飯もショッピングモールで取るつもりにしていた。
朝食を取ったのが遅めだったので、健のお腹も十分持つだろうと、子ども用の軽食は持って来ていない。
「ママ、美寧ちゃんにお薬を出さないといけないの。たける、もう少しだけ待てる?」
「みぃたんに おすくり?」
「そう。美寧ちゃんお風邪だから、早く良くなるようにママがお薬あげるのよ」
「にがいやつ?」
「そうねぇ……たけるのよりは苦いかも」
それまで母親の顔ばかり見ていた健が、今度はじいっと美寧の方を見た。
丸くて透き通ったビー玉みたいな二つの目が、真っ直ぐ美寧を見詰める。
美寧はこれまで小さな子と触れ合ったことのない。どう接していいか分からないけれど、見ているだけでも可愛いな、とも思う。
じっと自分を見つめてくる小さな瞳から視線を逸らさずに見つめ返していると、とつぜん涼香の膝の上からぴょこんと立ち上がった。健はそのままトコトコと美寧のところまでやってくると、美寧のすぐ横に立った。
布団の上で上半身を起こしている美寧と、健の目線はちょうど同じくらいになる。間近で見る健のほっぺたがおもちみたいで、ちょっと触ってみたくなった。
(どうかしたのかな?)
不思議に思って首を傾げた時―――
小さな手のひらが美寧の頭にちょんと乗せられた。
(え、)
驚いた美寧が目を丸くしたのと、頭の上の手が動くのは同時だった。
「いいこ いいこ。にがぁいおすくり のむのは いいこ」
美寧は目を丸く見開いたまま固まった。そんな彼女と反対に、健を挟んだ向こう側の涼香が「あはははっ」と声を立てて笑い出す。
「あははっ、たける最高!この子ってば自分はお薬嫌いでいつも逃げ回るのよ?それでちゃんと飲んだ時に自分が言われるセリフ!」
「ままのおすくりは げんきのもとなの。ね、まま」
「そうよ~」
蕩けそうなほど甘い笑顔を浮かべた涼香が広げた両手の中に、健が飛び込むように駆け込んでいく。その小さな背中を見送りながら、美寧の胸が少しだけ軋んだ。
(私もそうやってよく、おじいさまに抱きついてたんだわ……)
戻ることのない時間が恋しくて、思い出すたびに胸が締め付けられてしまう。
健のように母の膝で甘えた記憶もない。
美寧が服の上から痛む胸を押さえていると、健が涼香の膝の上で「やっぱり おなかしゅいた~」とさっきよりも大きな声で言った。
お腹が空いたと訴える健に、涼香が「ちょっとだけ待って」と言いながら仕事用の鞄を手元に引き寄せている。そこから薬を出すのだろう。けれど膝の上でジタバタと動く三歳児に手間取って、すんなりとはいかないようだ。
(お腹が空いたちっちゃい子って、こんなふうになるんだ……)
天使のように愛らしい健が、小さな怪獣のようになっている。
涼香が「お薬出すだけだから」と健に言うが、健はなかなかすんなりと大人しくなってくれない。終いにはぐずぐずと涙声で「おなかが~くっついちゃう~」と言い出して、見ているこっちまで切なくなってくる。
(なんとかしてあげたい……)
美寧は涼香親子の向こう側へ視線を動かした。開いた襖の間に立つ怜へと。
美寧がじっと見つめていることに、怜はすぐに気が付いた。
「れいちゃん……」
名前を呼んで、そのままじっと見つめる。
すると、怜はその涼しげな瞳を細め口角を少し上げた。
「ミネ―――」
襖の前に立っていた怜が、こちらに向かってやってくる。
「うん……あの、私……ちょっとお腹が空いたかも……」
「そうですか。今日はまだ何も食べていませんしね」
「うん、でもあんまり食欲はないの、だけど……なにか少しだけ、」
「少しだけ?」
「ん……甘いの、とか……みんなで食べるんだったら、私も食べれそうだし」
会話の間に美寧のすぐ目の前やってきた怜が、畳に膝を着く。そして美寧の方へ顔を寄せて来た。
(えっ!)
どきんと胸が跳ねた。
まさか涼香と健の目の前でキスをしてくることはないと思うのに、昨日高柳がいた時にされたことの記憶が新しすぎる。
怜の顔がスローモーションのように近付いてくるのを、美寧は瞬きも忘れて見入っていた。
けれど、美寧の予想に反して、怜が顔を寄せたのは唇ではなく耳元だった。
「貴女のそういうところが好きですよ、ミネ」
美寧にだけ聞こえるよう囁いた声。
一瞬で高く跳ねあがった心臓に息をのむのと、耳殻をかすめた唇が離れて行くのは同時だった。
「ままぁ~~」
「どうしたの?たける」
「るぅくん おなかしゅいた~」
息子の言葉に涼香が目を見張る。
「だって、たける…さっきご飯食べて来たばっかりでしょ?」
涼香が腕時計に目を遣ると、時刻は十時半。お昼ごはんにはまだもう少し時間がある。
「おなかしゅいたぁ」
涼香は日曜の今日、藤波家に寄った後に買い物に行く予定にしていた。お昼ご飯もショッピングモールで取るつもりにしていた。
朝食を取ったのが遅めだったので、健のお腹も十分持つだろうと、子ども用の軽食は持って来ていない。
「ママ、美寧ちゃんにお薬を出さないといけないの。たける、もう少しだけ待てる?」
「みぃたんに おすくり?」
「そう。美寧ちゃんお風邪だから、早く良くなるようにママがお薬あげるのよ」
「にがいやつ?」
「そうねぇ……たけるのよりは苦いかも」
それまで母親の顔ばかり見ていた健が、今度はじいっと美寧の方を見た。
丸くて透き通ったビー玉みたいな二つの目が、真っ直ぐ美寧を見詰める。
美寧はこれまで小さな子と触れ合ったことのない。どう接していいか分からないけれど、見ているだけでも可愛いな、とも思う。
じっと自分を見つめてくる小さな瞳から視線を逸らさずに見つめ返していると、とつぜん涼香の膝の上からぴょこんと立ち上がった。健はそのままトコトコと美寧のところまでやってくると、美寧のすぐ横に立った。
布団の上で上半身を起こしている美寧と、健の目線はちょうど同じくらいになる。間近で見る健のほっぺたがおもちみたいで、ちょっと触ってみたくなった。
(どうかしたのかな?)
不思議に思って首を傾げた時―――
小さな手のひらが美寧の頭にちょんと乗せられた。
(え、)
驚いた美寧が目を丸くしたのと、頭の上の手が動くのは同時だった。
「いいこ いいこ。にがぁいおすくり のむのは いいこ」
美寧は目を丸く見開いたまま固まった。そんな彼女と反対に、健を挟んだ向こう側の涼香が「あはははっ」と声を立てて笑い出す。
「あははっ、たける最高!この子ってば自分はお薬嫌いでいつも逃げ回るのよ?それでちゃんと飲んだ時に自分が言われるセリフ!」
「ままのおすくりは げんきのもとなの。ね、まま」
「そうよ~」
蕩けそうなほど甘い笑顔を浮かべた涼香が広げた両手の中に、健が飛び込むように駆け込んでいく。その小さな背中を見送りながら、美寧の胸が少しだけ軋んだ。
(私もそうやってよく、おじいさまに抱きついてたんだわ……)
戻ることのない時間が恋しくて、思い出すたびに胸が締め付けられてしまう。
健のように母の膝で甘えた記憶もない。
美寧が服の上から痛む胸を押さえていると、健が涼香の膝の上で「やっぱり おなかしゅいた~」とさっきよりも大きな声で言った。
お腹が空いたと訴える健に、涼香が「ちょっとだけ待って」と言いながら仕事用の鞄を手元に引き寄せている。そこから薬を出すのだろう。けれど膝の上でジタバタと動く三歳児に手間取って、すんなりとはいかないようだ。
(お腹が空いたちっちゃい子って、こんなふうになるんだ……)
天使のように愛らしい健が、小さな怪獣のようになっている。
涼香が「お薬出すだけだから」と健に言うが、健はなかなかすんなりと大人しくなってくれない。終いにはぐずぐずと涙声で「おなかが~くっついちゃう~」と言い出して、見ているこっちまで切なくなってくる。
(なんとかしてあげたい……)
美寧は涼香親子の向こう側へ視線を動かした。開いた襖の間に立つ怜へと。
美寧がじっと見つめていることに、怜はすぐに気が付いた。
「れいちゃん……」
名前を呼んで、そのままじっと見つめる。
すると、怜はその涼しげな瞳を細め口角を少し上げた。
「ミネ―――」
襖の前に立っていた怜が、こちらに向かってやってくる。
「うん……あの、私……ちょっとお腹が空いたかも……」
「そうですか。今日はまだ何も食べていませんしね」
「うん、でもあんまり食欲はないの、だけど……なにか少しだけ、」
「少しだけ?」
「ん……甘いの、とか……みんなで食べるんだったら、私も食べれそうだし」
会話の間に美寧のすぐ目の前やってきた怜が、畳に膝を着く。そして美寧の方へ顔を寄せて来た。
(えっ!)
どきんと胸が跳ねた。
まさか涼香と健の目の前でキスをしてくることはないと思うのに、昨日高柳がいた時にされたことの記憶が新しすぎる。
怜の顔がスローモーションのように近付いてくるのを、美寧は瞬きも忘れて見入っていた。
けれど、美寧の予想に反して、怜が顔を寄せたのは唇ではなく耳元だった。
「貴女のそういうところが好きですよ、ミネ」
美寧にだけ聞こえるよう囁いた声。
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