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第十三話【ほろにがカラメルプリン】その笑顔が見たいから
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涼香は「さっきご飯食べたばかりだからプリンはいいわ」と言ってコーヒーだけ飲み、健がプリンに夢中になっている間に美寧に出す薬を揃えていた。
そして、小腹が満たされてご機嫌の直った息子を連れ、藤波家から帰って行った。このまま予定通りショッピングモールに行くらしい。
『お薬、ちゃんと飲んでね』
『みぃたん がんばれ~』
帰り際に主治医に念を押され、天使に可愛らしく励まされた美寧は、彼らが帰ったあとすぐに出された薬をきちんと飲んだのだ。
「ミネ――」
ソファーの上でいつの間にかとろとろと微睡んでいた美寧。
聞こえて来た自分の名前に、「うん、なに?」と短い返事に口を動かすが、怜の耳には「んん~」と唸るような声にしか聞こえない。
「布団へ行きませんか?ここだとちゃんと眠れないでしょう?」
優しい声が耳をくすぐる。
プリンでお腹が満たされたのか、薬が効いているのか。怜の言葉は届いているのに眠りからなかなか覚醒出来ない。
(れいちゃんの言う通り、ちゃんとお布団に行かないと……)
ちゃんと栄養と薬を取って体を休めるのが一番だと分かっているのに、体がいうことをきかない。
なんとか体を起こそうと身じろぎした時―――ふわりと、体が持ち上げられるのを感じた。
ゆらゆら、ゆらゆら。
心地良い揺れに、浮かび上がりかけた美寧の意識がまた、眠りの底へ引き込まれていく。
スーっという耳慣れた音が、閉じた瞳の向こうから聞こえ、そのあとすぐにふわりと柔らかな場所に寝かされた。
「んん……」
背中に当たるひやりとした感触に、思わず唸る。
少しだけ浮かび上がりかけた意識。けれど、それは頭を撫でる心地よい感触に、再び沈んでいく。
優しくて大きな手のひら。
大好きだった祖父に似ていて、だけど、違う。
その温かな感触が誰のものなのか、たとえ眠りの淵にいても今の美寧にはちゃんと分かる。
(れいちゃんのことが好き……おじいさまとは違う“好き”。だからおねがい……ずっと一緒にいてね……)
ゆらゆらと揺蕩うように沈んでいこうとする意識の中、美寧はひとりごちた。
「れいちゃんのことが好き……おじいさまとは違う“好き”。だからおねがい……ずっと一緒にいてね……」
小さく聞こえた言葉に、怜は思わず手を止めた。
言葉を発した本人は、すやすやと可愛らしい寝息を立てている。どうやら今の台詞を最後に本格的に眠ってしまったようだ。
安らかな寝顔を見下ろしながら息を詰めていた怜は、しばらくすると「ふぅ」と長い息を吐き出した。
「寝言じゃないですよね?起きたら今度はちゃんと俺を見て言ってくださいね」
起こさないように気を付けながらそっと髪を撫でると、美寧が寝ながらふにゃっと笑う。可愛らしい寝顔に怜の口元が自然と緩んだ。
思えば最初に彼女の笑顔を見たのも、今日と同じカラメルプリンを作って出した時だった。
ここに来てすぐの頃、出されたものにきちんと手を合わせて『いただきます』と『ごちそうさま』は口にするけれど、全然気持ちが籠っていない。それどころか“食事”そのものを厭うようなそぶりがあった。
食事自体もほんの少ししか食べない彼女に、怜は悩んだ。
美寧を診て貰った友人医師からは、『快復に重要なのは、栄養と休養』と念を押された。『もしかしたら一番大事なのは心の栄養かもしれない』とも。
確かに柚木が言うように、彼女に一番必要なのは『心の栄養』かもしれない。
仄暗く翳る瞳を見ながら、怜はそう感じていた。
けれど、実際はやせ細った彼女のフィジカル面の栄養の方を、ひとまず優先的に考えることにした。
色々と考えた末行き着いたのが、今日の“カラメルプリン”だったのだ。
怜は、初めてそれを口に入れた時の美寧の様子を思い出した。
相変わらず、食べ物を見ただけで浅く寄る眉間。
けれど最初の一口を入れた瞬間、眉間の皺がみるみる消え、ぱぁっと表情が明るく晴れた。
そしてそのまま最後まで食べ続け、空になった容器とスプーンを置いてから彼女は怜を見上げて言った。
『美味しかった~ごちそうさま!』
花が咲いたような笑顔に、怜は釘付けになった。
今思えば、きっとあの時、彼女を好きになったのだろう。
けれど、そうでなくてもきっと彼女を好きになっていた。
ただ、『出会ってしまった』―――それだけなのだ。
美寧の寝顔を見つめながら、怜は瞳を細める。
美寧には美寧の事情があるのだろう。でも、彼女が自分から去って行く以外はたとえどんな事情があろうとも、怜がその手を離すことはない。
『出会ってしまった』からには、手放すことなど出来るわけないのだ。
怜は眠る美寧の額に唇を寄せると、音を立てずに羽のような口づけを落とした。
「ma minette―――俺の子猫。あなたが望む限り、俺はずっとそばにいる」
【第十三話 了】
そして、小腹が満たされてご機嫌の直った息子を連れ、藤波家から帰って行った。このまま予定通りショッピングモールに行くらしい。
『お薬、ちゃんと飲んでね』
『みぃたん がんばれ~』
帰り際に主治医に念を押され、天使に可愛らしく励まされた美寧は、彼らが帰ったあとすぐに出された薬をきちんと飲んだのだ。
「ミネ――」
ソファーの上でいつの間にかとろとろと微睡んでいた美寧。
聞こえて来た自分の名前に、「うん、なに?」と短い返事に口を動かすが、怜の耳には「んん~」と唸るような声にしか聞こえない。
「布団へ行きませんか?ここだとちゃんと眠れないでしょう?」
優しい声が耳をくすぐる。
プリンでお腹が満たされたのか、薬が効いているのか。怜の言葉は届いているのに眠りからなかなか覚醒出来ない。
(れいちゃんの言う通り、ちゃんとお布団に行かないと……)
ちゃんと栄養と薬を取って体を休めるのが一番だと分かっているのに、体がいうことをきかない。
なんとか体を起こそうと身じろぎした時―――ふわりと、体が持ち上げられるのを感じた。
ゆらゆら、ゆらゆら。
心地良い揺れに、浮かび上がりかけた美寧の意識がまた、眠りの底へ引き込まれていく。
スーっという耳慣れた音が、閉じた瞳の向こうから聞こえ、そのあとすぐにふわりと柔らかな場所に寝かされた。
「んん……」
背中に当たるひやりとした感触に、思わず唸る。
少しだけ浮かび上がりかけた意識。けれど、それは頭を撫でる心地よい感触に、再び沈んでいく。
優しくて大きな手のひら。
大好きだった祖父に似ていて、だけど、違う。
その温かな感触が誰のものなのか、たとえ眠りの淵にいても今の美寧にはちゃんと分かる。
(れいちゃんのことが好き……おじいさまとは違う“好き”。だからおねがい……ずっと一緒にいてね……)
ゆらゆらと揺蕩うように沈んでいこうとする意識の中、美寧はひとりごちた。
「れいちゃんのことが好き……おじいさまとは違う“好き”。だからおねがい……ずっと一緒にいてね……」
小さく聞こえた言葉に、怜は思わず手を止めた。
言葉を発した本人は、すやすやと可愛らしい寝息を立てている。どうやら今の台詞を最後に本格的に眠ってしまったようだ。
安らかな寝顔を見下ろしながら息を詰めていた怜は、しばらくすると「ふぅ」と長い息を吐き出した。
「寝言じゃないですよね?起きたら今度はちゃんと俺を見て言ってくださいね」
起こさないように気を付けながらそっと髪を撫でると、美寧が寝ながらふにゃっと笑う。可愛らしい寝顔に怜の口元が自然と緩んだ。
思えば最初に彼女の笑顔を見たのも、今日と同じカラメルプリンを作って出した時だった。
ここに来てすぐの頃、出されたものにきちんと手を合わせて『いただきます』と『ごちそうさま』は口にするけれど、全然気持ちが籠っていない。それどころか“食事”そのものを厭うようなそぶりがあった。
食事自体もほんの少ししか食べない彼女に、怜は悩んだ。
美寧を診て貰った友人医師からは、『快復に重要なのは、栄養と休養』と念を押された。『もしかしたら一番大事なのは心の栄養かもしれない』とも。
確かに柚木が言うように、彼女に一番必要なのは『心の栄養』かもしれない。
仄暗く翳る瞳を見ながら、怜はそう感じていた。
けれど、実際はやせ細った彼女のフィジカル面の栄養の方を、ひとまず優先的に考えることにした。
色々と考えた末行き着いたのが、今日の“カラメルプリン”だったのだ。
怜は、初めてそれを口に入れた時の美寧の様子を思い出した。
相変わらず、食べ物を見ただけで浅く寄る眉間。
けれど最初の一口を入れた瞬間、眉間の皺がみるみる消え、ぱぁっと表情が明るく晴れた。
そしてそのまま最後まで食べ続け、空になった容器とスプーンを置いてから彼女は怜を見上げて言った。
『美味しかった~ごちそうさま!』
花が咲いたような笑顔に、怜は釘付けになった。
今思えば、きっとあの時、彼女を好きになったのだろう。
けれど、そうでなくてもきっと彼女を好きになっていた。
ただ、『出会ってしまった』―――それだけなのだ。
美寧の寝顔を見つめながら、怜は瞳を細める。
美寧には美寧の事情があるのだろう。でも、彼女が自分から去って行く以外はたとえどんな事情があろうとも、怜がその手を離すことはない。
『出会ってしまった』からには、手放すことなど出来るわけないのだ。
怜は眠る美寧の額に唇を寄せると、音を立てずに羽のような口づけを落とした。
「ma minette―――俺の子猫。あなたが望む限り、俺はずっとそばにいる」
【第十三話 了】
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