少女は共味を持っている!

ふうまさきと

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 唯には分からないけれど、もしかすると変な形の雲が何かに見えていてそれを眺めているのかもしれない。

 隣り合っているけれど、柊の位置からは唯の位置とは違う景色が見えていて、それに見とれているのかも。

 真剣になって何を見ているのか気になった唯は話しかけようと柊をの方を向くと、先に柊が話しかけてくる。

「あのさ、周船寺さん聞いてほしいことがあるんだけど」

 先ほどまで上を向いていた柊と唯は目があった。その柊は真剣な眼差しをしている。

 唯はなぜか嫌な予感がした。

 それが何のかは分からないけれど、柊の話を聞かない方が良いような予感が。

 虫の知らせのようなものだったのかもしれない。

 それでも、柊の真剣な顔を見ると聞かないというわけにはいかず、動揺を隠すために平常心を装って、

「な、何?」

 首を傾げて聞く。

 少しどもってしまったけれど、柊はあまり気にしていなさそうだ。

 自分の緊張が相手にも伝わっているとでも考えているのかもしれない。

 柊は一度深く深呼吸をして、意を決したように口を開く。

「こんなこと言うの変かもしれないけど、俺はこのまま周船寺さんと――」

 いきなり柊の言葉を遮り軽快な音音楽が流れ始めた。

 柊は慌てるようにしてズボンの左ポケットに左手を押しこむと、手にスマートフォンを持って画面を見ている。

「はぁ? ……ごめん周船寺さん」

 柊は右手で謝ると、小走りで少し離れる。それから左耳にスマートフォンを当てていたので、電話の着信音だったんだと唯は理解した。

 離れているので何を話しているかは分からないが、柊は心底呆れた顔をして電話をしている。

 言葉が遮られたのはよかったけれど、途中で止められてしまっては先が気になってしまう。

 聞きたいと思う気持ちと聞きたくない気持ちが混ざりあい、心の中がモヤモヤとした。

 それほど重要な要件ではなかったのか、ほんの数分程度の電話で柊は戻ってくる。

 続きを話しだすかもしれないと唯は身構えるけれど、柊は呆れた顔はしていて何度も溜息を吐いていてさっきの続きを話す気がなさそうだった。

 何か深刻な問題でもあったのかと思った唯が心配そうに話を聞いてみると、

「いや、親父が出張でこっちに来たのはいいけど迷子とかほざきやがってさ……」

「それって大変なんじゃないの?」

「こっちは暇じゃないっていうのに……はぁ。ごめん周船寺さん、さっきの話だけど――」

 ――え?

 このまま続きが話されるのかと思いドキッっとしたけれど、

「――あれはまた今度って言うことで。悪いけど、今日はこのまま原宿駅まで行ってお開き、くそ親父の所為で……」

 続きを話してくることがなさそうなので、唯はホッっと息を吐き安心をした。

 首を横に振ってから、

「んーん、大丈夫だよ。それより、急がないとね?」

 唯は立ち上がり、原宿駅を目指して歩き始める。

「ほんとにごめん」

 後ろから柊は小走りで走り、唯の横に並んで歩いた。

「別にいいよ? それより、何処で迷子なの?」

「東京駅付近で迷子って言ってたけど……」

「私ちょっと秋葉原に寄ってから帰るから、東京までは一緒だね」

「迷子だから迎えに来いって行き先も言わずに電話切る? 普通」

「桔梗院くんに会いたかったんだよ、きっと」

「いや、そんなまさか、あいつに限ってはそんなことないよ、絶対」

 柊は続けてもしそんなことがあれば雪が降ると大げさに言ってのけた。

 それからも不満は続いていたけれど、唯は別にそれが嫌に思わなかった。不満のはけ口になっている、頼られていると思えたから。

 東京駅に着くと柊は降りて、スマートフォンを取りだした。

「また明日、周船寺さん」

「うん、またね」

 別れを告げると、扉が閉まった。


 秋葉原に着くと、イヤホンを買いたかった唯は電気街を目指そうかと思ったけれど、何処が安いとかは詳しく知らないので直ぐ近くの大手家電量販店に行くことにした。

 何を買うのかが決まっているのか、楽しそうに思っている人が多くいる。酸味が溢れ返る中、一際甘味を放っている人がいた。

 酸味に埋もれていてもおかしくないはずなのに、なぜか識別することができる。

 ――これって、もしかして……。

 昔に感じたことのある懐かしい甘味。

 最初に脳が感じた味。

 母親を助けてくれた人。

 唯は甘味のする方へ、吸い寄せられるかのように足が向いた。

 ――あと少し……。

 一歩、一歩と近づいているのが分かる。

 相手は動いていないのか、離れたりすることもない。

 それほど人がひしめき合っているわけではないので、直ぐに見つけることができた。

 その男性は前のようにタバコを吸っているわけでもなければ、スーツを着ているということもない。

 十年も経っているのだから、当然覚えている顔よりも老けてはいた。

 覚えている顔、服装とは違うけれど、唯には共感覚があり、確かに佇んでいる男性が昔に母親を助けて貰った男性だと分かる。

 ――私のこと覚えている……かな?

 唯の心臓は男性へと近づくにつれ、早く、力強く動いていることを実感した。

 直ぐ側に近寄り喋りかけようとすると、佇んでいた男性はいきなり動き始め、ぶつかってしまった。

「おっと、大丈夫かい?」

 ほんの少しだけしかぶつかっていないのに心配をしてくれる。

 けれど、今はそんなこと唯にとってはどうでもよかった。

「あ、あの……!」

 喋りかけて初めて唯は気付く、何かを話そうと思っていなかったことに。

 ただ吸い寄せられるままに男性に近づいた。

「……?」

 男性は首を傾げて唯を見つめた。

 身長差があるので見下ろされるような形になっているけれど、威圧感などはなく優しい目をしている。

 何を話そうかと必死で考えたけれど、整理が追い付かずにでた言葉は、

「ありがとうございます」

 これではぶつかってくれてありがとうといっているようなものだ。

 ――ああああああ、これじゃ変な人……。

「え?」

 男性は笑いつつ、困ったなあと言って頭を掻いていた。

 口ではそう言っていても、別に困っていないことは容易に分かった。

 困っていると感じさせる味をしていないから。

「えっと、あの、私のこと……」

 男性は眉根を寄せて首を傾げた。

 相手の男性は状況が理解できていないのだから唯は説明をしなければならない。十年雨に助けてもらったあのときの少女が私です。というような感じで。

 もともと話すことなど決めていなかったけれど、それでも今唯の頭は真っ白。何かを考えていたとしても結局は無駄で終わっていた。

 ――えっと、覚えていますか? でいいのかな?

 次に言う言葉を考えていると、

「違ってたらあれなんだけど……もしかして昔に公園で助けを求めた子かな?」

「……え?」

「あれ? 違ったか……」

 まさか覚えている……というよりも、昔とは姿も顔も違うというのに気付いてもらえたことに唯は驚きキョトンとしてしまった。

 唯の驚いた表情を見た男性は、記憶違いだったかとまた眉根を寄せては首を傾げて唸り始める。

「だったら……んー……」

 必死で考え込んでいる男性に唯は、

「あって……ますけど、どうして?」

「おお、合っていたか。それは良かった」

 男性は先ほどまでの悩んでいた表情とは打って変わり明るくなった。

「どうしてって言われても、どことなく面影がある……かな?」

「面影が……?」

「あのときも十分だったけど、ずいぶんとまあ可愛くなって」

 大人から見れば子供何て可愛く見えるものじゃないか、どうせお世辞。そんな風に歪んだ考えを持ってしまったけれど、素直に受け取ることにした。

「あの後こっちに住むことに?」

「そうですね……貴方はどうしてここに? 同じように引っ越した……とかですか?」

「ああ、違う違う」

 そう言って右手をパタパタとさせる。

「有給を使って娘に会いに、ね。元気にしているのか気になって」

 何時まで経っても親ばかが治らないと言って、恥ずかしそうに男性は頬を掻いた。

「そんなことないと思いますよ?」

「そう言ってくれると嬉しいな……何をしたって覚えがないんだけど、あいにく子供には随分と嫌われてしまっていてね。タバコも原因の一つで止めなければと分かっていてもどうも体が言うことを聞いてくれなくて、今は娘に会うために必死で我慢をしているところだよ」

 有給を使ってまで娘に会いにきている父親なのだから、優しいことに変わりはない。

 いつか会いに来た娘にも分かってもらえるはずだと、

「優しい父親だと思います」

 思ったままの言葉を言うと、男性は恥ずかしそうにしていた。

「ん?」

 男性は胸ポケットに手を入れると、ガラパゴス携帯を手に取った。

「ああ、電話か。ちょっと失礼するよ?」

 そう言い男性は少し離れて電話にでた。

 何を言っているかまでは分からないけれど、堂々としているので謝っているという風には見えなかった。

 けれど、戻ってくると少しだけしょ気た顔をして、

「子供が迎えにくる予定だったけど、その場所に俺がいないと怒られてしまったよ。ふらふらと移動したのが不味かったか、ふむ。また嫌われてしまった」

 はははと笑ってごまかしてはいるけれど、心の中では相当ショックを受けていることが唯には分かった。渋い味がしたから。

「もう少し話していたいと思うけど、これ以上嫌われてしまう前に予定の場所に行くとするよ。君もなにか用事があったんじゃないか? 引きとめてしまってすまないね」

 ――そんな、引きとめたのは私の方……。

「そんなことないです。……その……あのときは本当にありがとうございました」

 唯は頭を下げてお礼を言うと、

「もう過去のことだ、そこまで気にしなくてもいいのに」

 頭を上げてくれとお願いされた。

「そろそろ俺は行くとするよ、元気でな」

「あ、は、はい」

 男性は手を振って駅の方へと歩いて行った。

 唯は少しだけ男性の背中を目で追った後、大手家電量販店に足を向ける。

 店の前まで来たとき、ふと思いだす。

 ――あ……また名前を聞きそびれちゃった……。

 慌てて話していた場所や駅を探してみたけれど、見つけることができなかったし、独特の甘味も感じられなかった。

「またいつか……会えるよ……ね?」

 唯は誰に言うわけでもなくそう呟き、自分の買い物をすることに決めた。
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