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一章
緑の塔
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カチリ、カチリと音がした。
満ちた月に、影が差す。
「なんてことッ、どうしてこんな事になっているの?!」
お姫様の眼前にそびえるお妃様の塔。
それはまるで闇に飲まれるかのように、蔦に覆われていました。
「おかしいわ、たった数日でこんな風になるだなんて・・・それにどうして扉の前に兵がいないの? 」
その蔦は扉に巻きつき、まるで入ろうとする事を拒みお妃様を塔ごと闇へと連れ去ろうとしているかのようでした。
そんな得体の知れない恐怖に怯えつつも、お妃様を失ってしまうかもしれない恐ろしさからお姫様は扉へと手を伸ばしました。
「誰か、お願いです開けてください。 誰かッ、お願い中に誰かいないの?!」
扉を覆う蔦を剥がそうと必死にその白くスラリとした手を傷だらけにしながらも、一向に扉が見えてこない事にお姫様は涙が溢れてきました。
「お母様、もうずっと一緒に居たいなどと我儘はいいません。お母様が望むのであれば、異国であろうと二度とお母様に会えない場所であろうとも嫁ぎます。だからお願いですッ、もう一度だけ会いたいの・・・もう一度だけでいいから、抱きしめてください。」
お姫様の赤が地面に滴る頃、それは起こりました。
扉を覆う蔦が、まるで入ってこいと言わんばかりに離れていきました。
「お母様・・・?」
お姫様は驚きつつも、手の痛みなど感じないかのように扉を開き恐る恐ると塔の中へと入っていきました。そしてその扉はお姫様が入ると同時に静かに閉じ、ズルズルと蔦の這う音が外から聞こえてくるようでした。
「この塔は、こんなにも暗かったかしら・・・? それにどうして誰も、出てこないの?」
数日前まで優しい微笑みと、暖かな光で満ち溢れていたお妃様の塔には音も光もなく、ただ静寂の闇だけが広がっていました。
「お母様はどこにいるの・・・お母様は無事なの?」
しかしお姫様はお妃様がこの塔にいる気配を感じ、塔に入るまでの恐怖を忘れお妃様の自室へと脚を動かしました。
闇の中ゆっくりと、けれど確かに覚えている回路を進み僅かな光の漏れ出しているお妃様の部屋の扉までたどり着きました。
そこからは懐かしく、覚えているよりも何処か掠れた様な声が聞こえてきました。
『鏡よどうか、見せておくれ。私に真実の姿を、見せておくれ。この国一の美しく、愛らしい姿を見せておくれ。』
それはたった数日、しかしお姫様にとっては何年も離れていたかに感じる程焦がれていたお妃様の声でした。
【この国一番の美しさは、今も昔も貴方様にございます。】
けれどお妃様の声の他にその部屋からは、聞いたこともない音が聞こえてきました。
『ふふっ、貴方はいつから嘘つきさんになったのかしら。もう私は美しいと言われるものは、何も持ってはいないのよ。』
その言葉を聞いた瞬間、お姫様は扉を開け放っていました。
「お母様! あぁッ、なんてこと!」
しかし目の前にあるお妃様は、確かにお姫様が覚えていたお妃様の姿ではありませんでした。
夜空を切り取ったかの様に艶のあった黒髪は、酷く傷み所々に老婆の様な白が混じりあっており、星を閉じ込めた様な光輝いていた瞳はどんよりと濁り何処か遠くを見つめているかの様な虚ろになっていました。
それでも確かにお姫様がお妃様と分かったのは、その掠れても優しさのにじみ出る声色に、見目は変わろうとも仕方がないと音を頼りにお姫様へと振り返ったお妃様の変わらない微笑みでした。
「可愛い子、二度と来てはならないと言ったのにどうして来てしまったのかしら。」
まるで在りし日に悪戯をしたお姫様を叱りながらも、諭す様に導いてくれた時の様なお妃様の言葉に涙が出そうになったお姫様はあれ程抱きしめられたかった想いを留めて問う事にしました。
「そんな事よりもお母様、そのお姿何があったというのですか?」
けれどもお姫様の問い掛けに答えたのは、お妃様ではありませんでした。
【これはこれは、約束された姫君。お妃様のお姿は貴方の父君の望みの結末にございます。】
それは先ほど扉の前で聞こえた音と同じ、銀の鏡に映るモノからの声でした。
「貴方は一体、何なのですか? 何処にいるモノなのですか?」
お妃様の部屋には、姿の変わったお妃様とお姫様しかいませんでした。
【愚かで無知な愛されるだけの姫君、貴女の質問に答えることはワタシには出来ません。貴女の望みを叶える為には多少なりとも、《対価》が必要なのです。】
「止めなさい、リヒト。ソレを言ってはならぬと約束をしたはずです。それとももう、この様な姿となった私との約束などに価値はないと答えますか?」
【美しい人の子よ、そんなことは有り得ない。ワタシは貴女との約束を違えることなど有り得ない。そしてワタシは嘘など付けはしない。】
銀の鏡はそう答えた。
鏡の中からこちらを見つめて。
満ちた月に、影が差す。
「なんてことッ、どうしてこんな事になっているの?!」
お姫様の眼前にそびえるお妃様の塔。
それはまるで闇に飲まれるかのように、蔦に覆われていました。
「おかしいわ、たった数日でこんな風になるだなんて・・・それにどうして扉の前に兵がいないの? 」
その蔦は扉に巻きつき、まるで入ろうとする事を拒みお妃様を塔ごと闇へと連れ去ろうとしているかのようでした。
そんな得体の知れない恐怖に怯えつつも、お妃様を失ってしまうかもしれない恐ろしさからお姫様は扉へと手を伸ばしました。
「誰か、お願いです開けてください。 誰かッ、お願い中に誰かいないの?!」
扉を覆う蔦を剥がそうと必死にその白くスラリとした手を傷だらけにしながらも、一向に扉が見えてこない事にお姫様は涙が溢れてきました。
「お母様、もうずっと一緒に居たいなどと我儘はいいません。お母様が望むのであれば、異国であろうと二度とお母様に会えない場所であろうとも嫁ぎます。だからお願いですッ、もう一度だけ会いたいの・・・もう一度だけでいいから、抱きしめてください。」
お姫様の赤が地面に滴る頃、それは起こりました。
扉を覆う蔦が、まるで入ってこいと言わんばかりに離れていきました。
「お母様・・・?」
お姫様は驚きつつも、手の痛みなど感じないかのように扉を開き恐る恐ると塔の中へと入っていきました。そしてその扉はお姫様が入ると同時に静かに閉じ、ズルズルと蔦の這う音が外から聞こえてくるようでした。
「この塔は、こんなにも暗かったかしら・・・? それにどうして誰も、出てこないの?」
数日前まで優しい微笑みと、暖かな光で満ち溢れていたお妃様の塔には音も光もなく、ただ静寂の闇だけが広がっていました。
「お母様はどこにいるの・・・お母様は無事なの?」
しかしお姫様はお妃様がこの塔にいる気配を感じ、塔に入るまでの恐怖を忘れお妃様の自室へと脚を動かしました。
闇の中ゆっくりと、けれど確かに覚えている回路を進み僅かな光の漏れ出しているお妃様の部屋の扉までたどり着きました。
そこからは懐かしく、覚えているよりも何処か掠れた様な声が聞こえてきました。
『鏡よどうか、見せておくれ。私に真実の姿を、見せておくれ。この国一の美しく、愛らしい姿を見せておくれ。』
それはたった数日、しかしお姫様にとっては何年も離れていたかに感じる程焦がれていたお妃様の声でした。
【この国一番の美しさは、今も昔も貴方様にございます。】
けれどお妃様の声の他にその部屋からは、聞いたこともない音が聞こえてきました。
『ふふっ、貴方はいつから嘘つきさんになったのかしら。もう私は美しいと言われるものは、何も持ってはいないのよ。』
その言葉を聞いた瞬間、お姫様は扉を開け放っていました。
「お母様! あぁッ、なんてこと!」
しかし目の前にあるお妃様は、確かにお姫様が覚えていたお妃様の姿ではありませんでした。
夜空を切り取ったかの様に艶のあった黒髪は、酷く傷み所々に老婆の様な白が混じりあっており、星を閉じ込めた様な光輝いていた瞳はどんよりと濁り何処か遠くを見つめているかの様な虚ろになっていました。
それでも確かにお姫様がお妃様と分かったのは、その掠れても優しさのにじみ出る声色に、見目は変わろうとも仕方がないと音を頼りにお姫様へと振り返ったお妃様の変わらない微笑みでした。
「可愛い子、二度と来てはならないと言ったのにどうして来てしまったのかしら。」
まるで在りし日に悪戯をしたお姫様を叱りながらも、諭す様に導いてくれた時の様なお妃様の言葉に涙が出そうになったお姫様はあれ程抱きしめられたかった想いを留めて問う事にしました。
「そんな事よりもお母様、そのお姿何があったというのですか?」
けれどもお姫様の問い掛けに答えたのは、お妃様ではありませんでした。
【これはこれは、約束された姫君。お妃様のお姿は貴方の父君の望みの結末にございます。】
それは先ほど扉の前で聞こえた音と同じ、銀の鏡に映るモノからの声でした。
「貴方は一体、何なのですか? 何処にいるモノなのですか?」
お妃様の部屋には、姿の変わったお妃様とお姫様しかいませんでした。
【愚かで無知な愛されるだけの姫君、貴女の質問に答えることはワタシには出来ません。貴女の望みを叶える為には多少なりとも、《対価》が必要なのです。】
「止めなさい、リヒト。ソレを言ってはならぬと約束をしたはずです。それとももう、この様な姿となった私との約束などに価値はないと答えますか?」
【美しい人の子よ、そんなことは有り得ない。ワタシは貴女との約束を違えることなど有り得ない。そしてワタシは嘘など付けはしない。】
銀の鏡はそう答えた。
鏡の中からこちらを見つめて。
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