いつかの白のお姫様

由井

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一章

満ちゆく月

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満ちゆくものに、溺れていく。

溢れた愛は、身を追い詰める。

溢れるほどの愛はやがて、少しずつ濁り始めた。



海より深い愛の底、



果たしてそこに光はありますか?



※※


静かな闇に浮かぶ、白く輝く光の塔。
闇夜に漏れ出す、哀しげな音。

お妃様の塔を出たお姫様は、その日から3日塔で嘆き悲しみました。

「あぁ、どうして。私はお母様さえいてくだされば、それで良かったの。何故私はこんな場所に一人で居なくてはならないの。どうかもう一度お母様に会いたい。」

お姫様はお妃様の塔を出た後も、昼夜を問わず幾度もお妃様の塔へと足を運びました。
けれども、その扉が開くことはありませんでした。

「お母様、今日月が満ちる頃私は16になります。お母様も同じ月を見ていらっしゃいますか? どうかそうであってください、そして月の輝きのようなその瞳でまた私をみてください。約束は、まだ覚えていらっしゃいますでしょうか?」

お姫様は窓から見える空の月を見つめて祈りました。
しかしその静かな美しい祈りを止める訪問者が訪れました。

「私の姫よ、まだ眠ってはおるまいよ。どうかこの扉を開けてはくれぬだろうか。」

「お父様? こんな時間に、どうしたのですか?」

それは王様の声でした。
王様が太陽が沈んだ後にお姫様の元を訪れるのは、初めてのことでした。

「可愛い姫が空に浮かぶ光に連れ去られてはおらぬか、確かめに来たのだ。どうか開けておくれ。」

16になる前に子どもから女性へと生まれ変わるその日にお姫様は神に祝福を受ける為に身を清める必要があったため、お姫様の部屋には鍵がかかっておりました。そしてその15から16になる神聖な時は、誰にも会ってはならぬ事がこの国の決まりでした。

「お父様、私は何処にも行きませんわ。いくらお父様といえど、今日この扉を開くことは出来ないのです。明日神の祝福を受けた後、本城へと参ります。どうかそれまで、お父様もお待ちになってくださいませ。」

お姫様のその言葉が終わらぬ内に、激しく扉が音を立て始めました。

「何故だ、お前は神のものではない私の娘だ。誰にも、何処にもやらぬ!」

「お父様?! どうしたのですかッ、お願いです!落ち着いてくださいませ、誰か!誰か居ないのですか?!お父様を、お父様を助けてあげてください!」

塔に響くようなお姫様の叫びにやがて扉の前が騒がしくなりました。

「御前達ッ、明日姫が祈りより明けたら脚の腱を切れ! 何処にも行かぬよう、この塔から逃さぬよう、鎖で繋げ!!これは王命だッ、私の宝石は誰にもやらぬ!何処にもやらぬぞ!」

そんな王様の呪詛の様な言葉は、塔に響き渡りながら遠ざかっていきました。

お姫様は部屋に蹲り、震えながらそれを聞きました。

「お母様、お母様お母様ッ! お願いです、どうか私を助けてください。私にはお母様だけなのです、他には何もいらない、何も欲しくなんてないのッ・・・。」

祈るように言葉を吐き出し、お姫様はふと震える脚でよろめきながらも立ち上がりました。

「もうすぐ16の時、お母様の塔に行かなくては。約束したのだからきっと大丈夫、お母様は約束は必ず守ってくれるはずよ。」

外の衛兵を伺いながら塔の秘密の扉からそっと抜け出し、お姫様はお妃様の塔へと向かいました。


※※



闇を照らす月に導かれるように歩き出したお姫様。

物語の先は、どんな光が待っているのやら。
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