3 / 12
第1章
〈Episode.Ⅱ 夜の森〉
しおりを挟むEpisode.Ⅱ 森の夜
名無しの兵隊の影も形もない森の中。
木々が生い茂る森にも差し込んでいた光が落ちる頃、冷たい風が吹き抜ける。
「そろそろ、日が暮れる。どうせ何処かで見ていたんだろうけど、お姫様の噂が出始めてる事教えてあげないと。あの人割と寂しがりやさんだから。」
少女は赤のローブを風に翻し、森の奥へと向かう。
その隣には腰ほどの大きさの、豊かな灰褐色の毛並みの狼が1匹。
「あら、ワンコちゃん乗せてくれるつもりだったのかな?でもね、その姿獣臭いから近づかないで欲しいなか。」
少女は狼を一瞥し、そっと背をなぞった。
その途端、獣は灰褐色の毛と真っ赤な瞳を持った男へと進化を一瞬で終えたかのように姿を変えた。
「すみません、耳を生やすのは可能なのですがこの姿には未だ慣れず、自分ではどうしても・・・」
変えた姿に欠片も動揺を見せず、男は落ち着いた音を出した。
「いいよ、別に。私は勝手に貴方を変える、貴方は勝手に変えられる。それに対して今の所特に何の不都合も無い、一瞬の獣臭さなら我慢出来るもの。」
少女は男の言葉に、気に留めず足も止めず答える。
「ありがとうございます。それと失礼とは思いますが、これから向かわれる場所へご自身の脚で向かうつもりでしょうか?」
少女の後を付き従う様に追いかける男は問いかけた。
「そうよ、だってお使いみたいだもの。歩く事は嫌いでは無いし、楽しいの。それに心配しなくても、疲れたら運ばせてあげる。」
そこで初めて少女は、男を振り返る。
「畏まりました、では俺もそれに従います。」
少女の言葉に僅かな笑みを浮かべた男は、一度足を止め首を下げた。
「やだなぁ・・・それは本当にやだなぁ。いくら使い魔だといっても、貴方にその格好されるの気持ちが悪いわ。おかしいなぁ、人格までは変わってないはずなのに初めての魔法で何処か間違えたのかしら。」
首を下げた男に、一瞬足を止め僅かに顰め面をした少女は呟きながらもまた歩き始めた。
そして少女の呟きを最後に、ただひたすらに森の奥へと進み続け時は陽も落ち、森には夜の静けさが満ちていた。
その闇夜の森の中、
月明かりに照らされた湖の光が見えはじめる。
「今晩は、【夜の】。ご機嫌いかが?」
森の中心、開けた湖に問いかける様に赤い少女の声は響き渡る。
『今晩は、【森の魔女】カルディナさん。』
少女の問いかけに応えるかの様に、静かな声がどこからともなく響いた。
月明かりの下、湖の対岸に小さな黒い影。
それは瞬き一つの間に、赤の少女の元に現れた。
「カルディナさんお久しぶりね、夜のだなんて悲しい事言わないで欲しいわ。折角、名称持ち同士なのに使わないだなんて勿体無いでは無いですか。」
赤の少女より頭ひとつほど高い、スラリとした身体に土に触れるほどにある美しく濡羽のような漆黒の髪を持つ女性は、微笑みながらも何処か悲しみを浮かべた黒曜の瞳を彼女に向けた。
「それは名称であって、名前では無いもの。ルフィーナ、アンバー、林檎の魔女、昔から色々呼ばれたわ。今のその名称自体も余り私は好きでは無いんだけど・・・、レジーナは名称がそんなに嬉しいの?」
女性の言葉に何処か居心地悪げに、少女は答えた。
「名称自体に興味は無いのですが、僅かでも捧げられた物に喜びはありますね。元々名前自体にも興味が無かったので、魔女としての事象に対してであったとしても、面白くはあるんです。 まぁ、そんな事はどうでも良いとして今日はどういったご用件で?」
女性は、少女に問いかけた。
「そういうものなんだ・・・? あぁ、そうだった。あのね、今日学園の森に【名無しの兵隊】が来て姫を探していたの。勿論、会えるわけも逢わせる道理も無いからご退場願ったんだけどね。それよりも、姫の事が噂になってるみたいでどうするか相談しといた方が良いかと思って来てみたの。」
少女は女性の瞳を見つめる。
「そうですか、名無しごときが魔女の森に・・・何処の【兵士】かは存じませんが、阿呆もいたものですね。昼は貴女方に任せるしかありませんが、月の時間は任せて頂いて構いませんよ。私にとっては姫にしろ、あの子にしろ1人も2人も変わりませんから。ただし、厄介なのは白い子かしら・・・。」
苦笑を浮かべた女性に少女は無言で頷いた。
「名無しに退場頂くのはいくらでも構いはしないんですが、あの子は名前なんてあろうが無かろうが関係無しですからね。 いくら交差し、破綻した物語の中でも名持ちの退場は歪みを深くするんですが、何処まであの子は考えているのやら・・・。 兎に角、暫くは様子を見るしか無い気もしますね。」
「分かった、今の所学園への侵入は森しか無いと思うから赤には見つからないように対処するね。また何かあったら、夜に来るね。」
少女の答えに深く女性は頷き、微笑んだ。
「ええ、【夜の魔女】レジーナ。あの子達の夜をしかと護ってみせます、どうかご安心してください。私の親友は【泉の魔女】であるセレーネですが、貴女が学園に隠した【人魚姫】も決して知らない仲では無いですしそちらも任せてくださいな。もしご心配でしたら、」
【魔女の掟】に従い、誓っても構いませんよ。
「大丈夫、貴女の事は信用してるの。私たちは、あの子を学園という名の狭い水槽に閉じ込めてしか守れなかった。 でも【泉の魔女】を護り続けているのは、貴女1人でしょう? 夜の魔法使いである貴女が、解けない永遠に近い魔法を使い続けている慈悲の心は疑いようが無いわ。」
「あんなのは慈悲などでは無く、ただの自己満足ですよ。」
「それならそれで魔女らしいよ。だって魔女は結局は、自分の為にしか魔法を使わないんだもの。 近い内に私か赤が学園に入るつもりなんだけどね、もっと近くにいれば【掟破り】も捕まえられると思うから・・・だから、もう少しだけ頑張って。」
少女は何処か縋るような瞳を、夜の魔女に向け細々と呟いた。
「ふふっ、貴女は優しい魔女ですね。全ての魔女を気にかけるおつもりですか? 少なくとも私はそうご心配なさらずとも大丈夫ですよ。それこそ夜の魔女として闇ある限り永らえてみせます。 さぁ、そろそろ日も昇る時間に近いですから学園へお戻りなさい。夜の訪れに私は居ます、いつでもまた呼んでくださいな【森の魔女】。」
そう言い残し、微笑みながら夜は闇に溶けていった。
「あぁ、そろそろ私も学園の森に帰らなきゃ。流石に今からじゃ歩いて間に合わないかしら、ワンコちゃん。」
音もなく木々の間から、1匹の狼が出てくる。
「学園へ帰るわ、あの子がいる場所を護らなきゃ。獣臭さは我慢してあげる、全速力で走って。」
灰褐色の背に跨った赤毛の少女、途端狼は森を抜けるべく走り出した。
残るは赤の軌跡のみ。
「あぁ、赤にも話さなきゃいけないなぁ。姫には内緒にしておこう、余計な憂いは必要無いもの。ワンコちゃんも明日からまた、忙しくなるから死なないでね。頑張れたらご褒美に名称をあげる、名前は流石にあげられないからね。」
静かな夜にそっと話しかけるような呟きは、答えを求めずただ流れるような音となった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる