偽りのない魔女の物語

由井

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第1章

〈Episode.Ⅱ 夜の森〉

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Episode.Ⅱ 森の夜





名無しの兵隊の影も形もない森の中。
木々が生い茂る森にも差し込んでいた光が落ちる頃、冷たい風が吹き抜ける。

「そろそろ、日が暮れる。どうせ何処かで見ていたんだろうけど、お姫様の噂が出始めてる事教えてあげないと。あの人割と寂しがりやさんだから。」


少女は赤のローブを風に翻し、森の奥へと向かう。
その隣には腰ほどの大きさの、豊かな灰褐色の毛並みの狼が1匹。

「あら、ワンコちゃん乗せてくれるつもりだったのかな?でもね、その姿獣臭いから近づかないで欲しいなか。」

少女は狼を一瞥し、そっと背をなぞった。

その途端、獣は灰褐色の毛と真っ赤な瞳を持った男へと進化を一瞬で終えたかのように姿を変えた。

「すみません、耳を生やすのは可能なのですがこの姿には未だ慣れず、自分ではどうしても・・・」

変えた姿に欠片も動揺を見せず、男は落ち着いた音を出した。

「いいよ、別に。私は勝手に貴方を変える、貴方は勝手に変えられる。それに対して今の所特に何の不都合も無い、一瞬の獣臭さなら我慢出来るもの。」

少女は男の言葉に、気に留めず足も止めず答える。

「ありがとうございます。それと失礼とは思いますが、これから向かわれる場所へご自身の脚で向かうつもりでしょうか?」

少女の後を付き従う様に追いかける男は問いかけた。

「そうよ、だってお使いみたいだもの。歩く事は嫌いでは無いし、楽しいの。それに心配しなくても、疲れたら運ばせてあげる。」

そこで初めて少女は、男を振り返る。

「畏まりました、では俺もそれに従います。」

少女の言葉に僅かな笑みを浮かべた男は、一度足を止め首を下げた。

「やだなぁ・・・それは本当にやだなぁ。いくら使い魔だといっても、貴方にその格好されるの気持ちが悪いわ。おかしいなぁ、人格なかみまでは変わってないはずなのに初めての魔法で何処か間違えたのかしら。」

首を下げた男に、一瞬足を止め僅かに顰め面をした少女は呟きながらもまた歩き始めた。

そして少女の呟きを最後に、ただひたすらに森の奥へと進み続け時は陽も落ち、森には夜の静けさが満ちていた。

その闇夜の森の中、
月明かりに照らされた湖の光が見えはじめる。

「今晩は、【夜の】。ご機嫌いかが?」

森の中心、開けた湖に問いかける様に赤い少女の声は響き渡る。

『今晩は、【森の魔女】カルディナさん。』

少女の問いかけに応えるかの様に、静かな声がどこからともなく響いた。

月明かりの下、湖の対岸に小さな黒い影。
それは瞬き一つの間に、赤の少女の元に現れた。

「カルディナさんお久しぶりね、夜のだなんて悲しい事言わないで欲しいわ。折角、名称持ち同士なのに使わないだなんて勿体無いでは無いですか。」

赤の少女より頭ひとつほど高い、スラリとした身体に土に触れるほどにある美しく濡羽のような漆黒の髪を持つ女性は、微笑みながらも何処か悲しみを浮かべた黒曜の瞳を彼女に向けた。

「それは名称であって、名前では無いもの。ルフィーナ、アンバー、林檎の魔女、色々呼ばれたわ。今のその名称自体も余り私は好きでは無いんだけど・・・、レジーナは名称がそんなに嬉しいの?」

女性の言葉に何処か居心地悪げに、少女は答えた。

「名称自体に興味は無いのですが、僅かでも捧げられた物に喜びはありますね。元々名前自体にも興味が無かったので、魔女ソレとしての事象に対してであったとしても、面白くはあるんです。 まぁ、そんな事はどうでも良いとして今日はどういったご用件で?」

女性は、少女に問いかけた。

「そういうものなんだ・・・? あぁ、そうだった。あのね、今日学園の森に【名無しの兵隊】が来て姫を探していたの。勿論、会えるわけも逢わせる道理も無いからご退場願ったんだけどね。それよりも、姫の事が噂になってるみたいでどうするか相談しといた方が良いかと思って来てみたの。」

少女は女性の瞳を見つめる。

「そうですか、名無しごときが魔女の森に・・・何処の【兵士】かは存じませんが、阿呆もいたものですね。昼は貴女に任せるしかありませんが、月の時間は任せて頂いて構いませんよ。私にとっては姫にしろ、にしろ1人も2人も変わりませんから。ただし、厄介なのは白い子かしら・・・。」

苦笑を浮かべた女性に少女は無言で頷いた。

「名無しに退場頂くのはいくらでも構いはしないんですが、あの子は名前なんてあろうが無かろうが関係無しですからね。 いくら交差し、破綻した物語の中でも名持ちの退場は歪みを深くするんですが、何処まであの子は考えているのやら・・・。 兎に角、暫くは様子を見るしか無い気もしますね。」

「分かった、今の所学園への侵入は森しか無いと思うから赤には見つからないように対処するね。また何かあったら、夜に来るね。」

少女の答えに深く女性は頷き、微笑んだ。

「ええ、【夜の魔女】レジーナ。あの子達の夜をしかと護ってみせます、どうかご安心してください。私の親友は【泉の魔女】であるですが、貴女が学園に隠した【人魚姫】も決して知らない仲では無いですしそちらも任せてくださいな。もしご心配でしたら、」




   【魔女の掟】に従い、誓っても構いませんよ。





「大丈夫、貴女の事は信用してるの。私たちは、あの子を学園という名の狭い水槽に閉じ込めてしか守れなかった。 でも【泉の魔女】を護り続けているのは、貴女1人でしょう?  夜の魔法使いである貴女が、解けない永遠に近い魔法を使い続けている慈悲の心は疑いようが無いわ。」

「あんなのは慈悲などでは無く、ただの自己満足ですよ。」


「それならそれで魔女らしいよ。だって魔女は結局は、自分の為にしか魔法を使わないんだもの。 近い内に私か赤が学園に入るつもりなんだけどね、もっと近くにいれば【掟破り】も捕まえられると思うから・・・だから、もう少しだけ頑張って。」

少女は何処か縋るような瞳を、夜の魔女に向け細々と呟いた。

「ふふっ、貴女は優しい魔女ですね。全ての魔女を気にかけるおつもりですか? 少なくとも私はそうご心配なさらずとも大丈夫ですよ。それこそ夜の魔女として闇ある限り永らえてみせます。 さぁ、そろそろ日も昇る時間に近いですから学園へお戻りなさい。夜の訪れに私は居ます、いつでもまた呼んでくださいな【森の魔女】。」

そう言い残し、微笑みながら夜は闇に溶けていった。


「あぁ、そろそろ私も学園の森に帰らなきゃ。流石に今からじゃ歩いて間に合わないかしら、ワンコちゃん。」

音もなく木々の間から、1匹の狼が出てくる。

「学園へ帰るわ、あの子がいる場所を護らなきゃ。獣臭さは我慢してあげる、全速力で走って。」

灰褐色の背に跨った赤毛の少女、途端狼は森を抜けるべく走り出した。

残るは赤の軌跡のみ。


「あぁ、赤にも話さなきゃいけないなぁ。姫には内緒にしておこう、余計な憂いは必要無いもの。ワンコちゃんも明日からまた、忙しくなるから死なないでね。頑張れたらご褒美に名称をあげる、名前は流石にあげられないからね。」

静かな夜にそっと話しかけるような呟きは、答えを求めずただ流れるような音となった。

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