偽りのない魔女の物語

由井

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第1章

<Episode.Ⅰ 森の赤>

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春が近づいているとはいえ少し肌寒い青空の下、木々の合間に見える赤。
「私あまり運動は得意ではないのです、きっと色々とズルをすればそうでもないのでしょうけれども苦手というよりも疲れることをするのが好きではないんですの。どうして態々疲れることを、しなくてはいけないのでしょうね。」
森の中にぽつりと響く、少女の声。

「疲れることをしなければならないこの状況、本当に嫌になるわ。」

独りの少女が佇み、それに話しかけていた。

「第一に、こんなにも細くか弱い年頃の少女が全力で走るなんて、はしたないにもほどがあるのかしら? 慣れないことをするとわき腹に激痛が走って正直、こうしてお話するのもご遠慮したい程ですの。」

彼女の目の前、林の中には黒いカタマリが。
多くの黒いカタマリの蠢く、人型が倒れていた。

「あら?ところで皆さん、一応生きてはいますわよね。わりと重要案件なので答えて頂きたいのですが。」

少女はそう言いつつ、一つの塊に近づいていった。
そして一番近くに倒れた人型を、少女よりも幾分も大きいそれを掴みあげ、その細腕から繰り出されたものとは思えぬほど、重く鋭い音をたて人型の頬をはり倒した。

「うぅっ…ぐぅぁ。」

衝撃からかピクリと動き、うめき声を出した人型を目的は果たしたとばかりに少女は掴みあげていた首元から手を離し、人型をぞんざいに地面に落とした。

「あぁ、良かったわ生きていたわ、生きているのね。命拾いをしましたわね、因みに命を拾ったのは貴方と私の両方の意味ですのよ?」

少女はそう言いながら落とした人型、否うめき声を出しているずんぐりとした男へ近づきしゃがみこんだ。
「そうそう、生きている喜びについて語るついでに聞きますけど、__あなた方誰ですか?」
少女の問いに倒れた男は、一瞬うめき声すら止めたものの答えなかった。

「まぁ実のところ大体は想像出来んですが、どうせなら本物の理由が欲しいじゃないですか。所詮想像は妄想でしかないですし、嘘とほとんど変わりがないんですよね。」
話しかけると言うよりも、どこか独り言のつぶやきの様に語りながら少女は静かになった男の手を掴み、そして

バキリッ

躊躇いも無く枯れ枝の様に、男の人差し指をへし折った。

「ぃんッ、ぐがぁああぁ!!」

折ったそれに興味はないとばかりに、手を離した少女とは対するように男は叫び声をあげながら胸に手を抱え、己の目の前にしゃがむ少女を呪い殺さんとばかりに睨んだ。
その男の様子に、少女は一瞬目を丸くし心得たとばかりに微笑みを浮かべた。

「目が覚めたようですわね。早速ですが、さっきの質問聞こえてらっしゃったのでしょう。答えて頂けませんか?」

少女は己を睨む男に、まるで何事も無かったかのように微笑み問いかけた。

「悪魔め・・・狂った化け物が・・・。」

「いえ、そういうことではなく質問に答えて欲しいんですよ。それともまだ寝ぼけていますか? 親指でもいっときますか? それともちまちまと面倒ですし、どうせなら2本あるんですし腕一本丸っと頂きましょうか。」

その問いかけに男は青い顔になり、身体を起こそうともがいたが指だけではなく、何故か身体の節々が痛み身じろきするのがやっとだった。

「動かないほうがいいですよ?ここはまだ私の森の中ですし、お兄さん方は『兵士』でしょうし。」

「はっ、随分と、上からな物言いだな己の森だと?ここは、学園の敷地内だぞ・・・?」

男は少女の言葉に青い顔に苦痛と汗を滲ませ、眉を寄せそう答えた。

「そうですね。ここは学園の敷地内ですが、それでもそれ以前から、いえ最初からここは私達の森です。私達以外の何者の物でもない、そして私の森でもあるんですよ? というより、お兄さん達それも知らずにここに入ってきたんですか?」

少女は男の言葉に少し驚きを見せて答えた。

「ふむ…、何となく分かった感じですねぇ。お兄さん達捨て駒隊でしたか。いやぁ、まぁ森から入ってこようとしていた時点で不思議だと思ってはいたんですがねぇ。」

男の言葉に疑問を持ちながらも、それから何か納得したように少女は話した。

「お前のような化け物に、何が分かったというか!ぐっ・・・がはぁっ!!」

しかしその少女の呟きにも似た言葉に、男は痛む身体も忘れてかそう叫んだ。

「あちゃ、ほらね言ったでしょうに。この森で『兵士』は動かない、しゃべらない、もっと簡単に言えば森に入るなというルールなんですから。それとその化け物ってやめてくれません?せめて『魔女』にしといてください。」

その言葉に兵士と呼ばれた男は目を見開いた。

「ま・・・まじょ?魔女は・・もう、生まれないはずじゃ「うふふ、ここにいるじゃないですかぁ。それにしても良かったですね、初めて森で出会った魔女が私で。こんな状況ではございますが初めまして、諸事情により今は学園にお貸ししてはいますが古き良き物語の時代より、この【森の魔女】のカルディナです。」も、森のまじょ・・・?」

そういうと少女は男の顔を両手で包むように上げさせ、にっこりと微笑んだ。

「まぁ、そんな顔するのはあなたが初めてじゃないんで慣れてますけど、そんなことはどうでもいいんですよ。今必要なことは、あなた達が・・・いえ、『兵士』達が何の目的でこの森から学園への侵入を試みたかということなのですよ?まぁどうしてもと言うのであれば、当ててあげますがどうします?」

顔を掴まれたことで無理矢理目を合わせざるを得なくなった男に向かってそう問いかけた。

「う・・・ぁあ、いえなぁ・・・い。」

どこかぼんやりとし始めた男はそう答えた。だが、それに対して少女は更に質問をした。

「いえないのですか、知らないのではなくて?実はお兄さん達もただ命令されたことに動いただけで、目的を知らないんではないのですか?だって捨て駒ですもんねぇ。」
男の言葉に可笑しそうに、少女は笑いながら答えた。

「っ!・・・違う!!俺たちは、ちゃんと命令と任務を受けてここにきた!」
「へぇ、その任務って何ですか?もしかして、『姫』のことだったりする感じですかぁ?」
男の言葉に少女は更に笑みを深くして問いを重ねた。その問いに男は、うろたえたが一瞬の間に態度を変えた。 
「あぁ、そうさ!!この学園に、まだ『始まっていない物語』の姫がいると聞いた我が主、『王子』は己の物語の姫かもしれないと、是非会ってみたいと、だからその為にこの学園に来たんだよ!」
どこか焦点の合わない目をしたまま、痛みは続いているのか青白かった顔を怒りに僅かばかり赤くして男は叫ぶように答えた。

「だっ…大体、『王子』にはどの『姫』も会うことが出来る権利がある!姫は王子のもとでしか幸せにはなれないものなのだッ!それなのに、この学園の姫は王子と会うどころか『加護』も受けないでいると聞いた!それも物語を始めてもいないでいると!そんなことがあっていいはずが無い、王子と出会おうとしない姫など、加護の無いヒロインなど・・・あってはいけないんだ!!」

「ふふっ・・・はっはははははっはははっ!!」
男の叫びに耐えきれないとばかりに少女は屈んでいた身体を起こし、腹を抱えて笑い始めた。
「なっ何がおかしい!!。」

突然消えた重さと少女の様子の代わり様に狼狽えた男は、怯え交じりに言葉を吐いた。


「ぐっ・・・はっはははぁっ・・・あぁ~・・・いや、だって確かにそれは正しいよ。うん、普通の姫は物語を始めなくちゃいけないから、王子にも会うだろうし、加護も受けるだろうね。でも、あの子には加護は必要ないんだよ。それに君たちの『王子様』はあの子の王子様じゃあない。」

一瞬ほど前まで笑っていたはずの少女は、微笑みを浮かべつつも感情を乗せない瞳のままにそう答えた。

「そんなことが何故わかる!王子と姫は会わなくてはわから「分かるんだよ。あの子に王子様はいないからね。」…王子のいない姫だと?そんなものいるはずがない…。」

怒りの中に困惑をみせた表情を浮かべた男に少女はどこか諭すように呟いた。

「普通の姫は王子様と結ばれてめでたし、めでたしだからねぇ。たとえ過去がどんなに辛くても、絶望に落とされたとしても最後は必ずハッピーエンド。王子様が必ずお姫様を迎えに来てくれるからね。でも、あの子に王子様はいない、あの子を迎えにきてくれるハッピーエンドに王子様はいないんだよ。この学園の『バッドエンドの物語』のお姫様に王子様は必要ないの。あの子は王子様と結ばれなかったお姫様なんだから。それに、王子と結ばれることだけがハッピーエンドだなんて私が認めない。」

余りの気迫
有り余る絶望



少女のその言葉に男は声を失ったかのように、呆然と口を開くだけだった。



「あの子が加護を受けていないのは、ハッピーエンドがないからって訳じゃないよ?王族や、神官の加護なんてものが要らないほどのモノに守られて、愛されて大事に厳重に守られているから必要ないんだよ。」

そう言った少女は口の端を上げ、微笑んだ。男はどこか背筋を寒くさせるその笑みを見て、思い出したかのように声をあげた。

「加護を受けないで、しかも他のものに守られている?バッドエンドの姫君だと?何を根拠に・・・。」

「根拠ねぇ・・・ん~、根拠とか面倒なもので説明するというより事実なのだけれどなぁ。」

男の言葉に少女は笑顔でありながらも、どこか遠くを見るように話し続けた。

「だってただ息をして、動いて生活をすることに対して根拠もなにもないでしょ? それこそ、『姫』の物語が始まってハッピーエンドに向かうことは運命で決められていることでしかない。それと同じことだよ。
この学園の、ワタシたちの『お姫様』はそういう運命なんだから。』

「私たちの姫だと・・・?お前は何を言っている・・・?姫は王子のモノでなければならない!仮に、本当にお前が魔女だったとしてもそんな筋書きが通るはすがない!!」

「あぁ、もうホント面倒くさくなってきた。やだなぁ、『兵士』のくせになんか元気になってきちゃっているし。これだから忠義ってやつは面倒なんだよねぇ・・・。『騎士』なんかよりは、まだマシなんだけどねぇ。」

先ほどまで笑みを浮かべ話していた少女は、男の問い詰めにガラリと雰囲気を変え、気だるげに心底面倒そうに眉を寄せ始めた。
そんな少女に対し、倒れていたままの状態であった男は震える身体をひじで支え何とか上半身を起こし、近づこうとした。が、

ザァッ


「あぁ、私にさわらないほうがいいですよ…って、遅かったかぁ。」

少女が話しかけた相手、先ほどまで話していた男は何かによって再び地に伏せられていた。

その伏せた身体から滲み出る赤。

「もう、せっかく話してる途中だったのになぁ。慣れない言葉に、赤の真似なんてするものじゃないなぁ・・・それにしても、騎士も優秀すぎると面倒だなぁ。ただの量産型キャスト共に私は傷つけられないっていうことを理解してないのかなぁ。ねそこんとこってどうなのかしら、ワンコちゃん?」

起きる様子のない男をもう興味が尽きたと言わんばかりに視界にも入れず、少女は空に向かって問いかけた。
そして顔を下ろした少女の目の前に1匹の大きな狼がいた。

「ん~、その姿を見ると騎士と言うより《番犬》ねぇ。ところで私の問いに答える気はないのかしら?」

少女は目の前の狼に向かって再度問いかけた。
そして

「・・・すみません。傷つかないとは存じていますがそれでも主様を守ると、傍に仕えると誓った以上、どうしても反射的に動いてしまいまして。」

犬が言葉を発した。

「まぁ、ちょっと疲れてきていたのもあったし今回は許してあげる。折角赤に見つかる前に私が出てきてあげたのも、無駄になっちゃったけどね。でもさぁ、今後は気をつけてねぇ。命令の聞けない《騎士》も主の玩具を壊す《番犬》もいらないんだからさ。」

獣が言葉を発することになんの疑問も抱いていないように、少女は狼に笑みを浮かべ告げた。
それに対し、少し身を振るわせた狼は服従を示すかのように地に伏せた。
それを見た少女は満面の笑みを浮かべ、再び空を仰いだ。

「それにしても、私たちのお姫様は人気者だねぇ。うふふ、可愛い可愛い《名も亡きお姫様》あなたを救う王子様は一体全体どこにいるんだろうねぇ。まぁでも今回ばかりは、絶対に貴女たちには会わせてあげないわ。」


だって貴女たちを《ハッピーエンド》にしてあげるために、私たちは《キャスト》になったんだから。





 あなた達だけは、きみ達だけは絶対に私が幸せにしてあげる。

 この学園の《魔女》達は、あなたの味方だよ。


「お婆様に魔女、遠慮なく使わせて頂きます。」

スラリとした痩身を彩る真っ赤なローブから溢れる、真っ赤な赤毛。

狗と呼ばれた狼を従えた、憂いた顔の魔女。








『私は魔女、でも今は貴方だけの魔法使い。魔法使いは嘘をつかないものなのよ。』


お姫様の物語に、魔法使いは必要でしょう?

「あ、それとワンコちゃん。他のも全部まとめて学園の塀の外にでも捨ててきて頂戴。何人かは生きているだろうし、この森に余計なものはいらないわ。」

だってあんなモノ食べたら、お腹をこわしてしまうもの.
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