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第2幕:心を繋ぐ清流の協奏曲(コンチェルト)
第3-4節:クレストの下心
しおりを挟むその後、私はナイルさんの案内でエンシル地区長を務めているクレストさんの屋敷にやってきた。
場所は繁華街の中心に位置し、外観や規模はフィルザード家の屋敷と比べても遜色がない。ただ、真新しさや絢爛豪華な装飾など、華やかさだけはこちらに軍配が上がる。
そして使用人によって私たちは屋敷内に通され、クレストさんと面会することになったのだった。ちなみに彼はフィルザード全域の商人を掌握する商人ギルドのギルド長でもあるらしい。
「初めまして、私がクレストです。以後、お見知りおきください」
クレストさんは悪意など微塵も感じさせない穏やかな笑顔で私に手を差し出してきた。
年齢は60歳くらいで、どっしりとした恰幅の良い体型と整えられた口髭が印象的。両手の指には宝石が散りばめられた黄金の指輪が輝き、見るからに上質な布を使った服を着こなしている。いかにも裕福な暮らしをしているといった感じだ。
…………。
……でも私の目にはそれらが少し下品に映る。
例えば、領主であるリカルド様は彼と比べれば確かに質素な格好をしているけど、そのデザインは洗練されていて清潔感がある。雰囲気にも気高さが漂い、そういうのが真に『上品』というのではないのかなと私は思う。
もちろん感性は人それぞれだし、クレストさんの気分を害してしまうかもしれないから、決してそうしたことを口にはしないけど……。
「シャロンです。こちらこそよろしくお願いいたします。また、傍らにいるのは私の専属メイドのポプラです」
私は気を取り直し、柔和な笑みを浮かべながらクレストさんに向かって丁寧に会釈した。社交の場である以上、先方に対する充分な気遣いと辺境伯夫人としての所作を特に意識しておかなければならない。
はすっぱな小娘だと侮られたくないし、なによりリカルド様に恥をかかせるわけにはいかないから。幼い頃から令嬢の作法を学んでいて本当に助かったとつくづく思う。その教育をしてくれた父には感謝しかない。
――そっか、父のことだから私がいつかどこかの貴族に嫁ぐということも想定していたのかもしれない。さすがというか、足を向けて寝られないな……。
「貴女がリカルド様のご正室になられたシャロン様ですか。お噂は伺っております。王族の血筋の方だとか。しかも実際にこうしてお会いしてみると、実にお美しい。リカルド様は果報者ですな」
「そうおっしゃっていただけると、私としては嬉しい限りです」
「商いに関して何かございましたら、お気軽にご相談ください。そうだ、お近付きの印に今度お食事会でも開くこととしましょう。それとご結婚のお祝い品も用意しなくては。宝石を散りばめたアクセサリーなどが良さそうですな」
「ありがとうございます。ですがお気持ちだけいただいておきます」
「そうですか? それなら何かご入り用の品が生じましたらお申し出ください。お贈りすることをお約束しましょう」
「はい、重ね重ねのお気遣い感謝します」
私は屈託のない笑みを浮かべながら、深々と頭を下げた。彼の私に対する言行は社交辞令なんだろうなということは分かってるけど、裏にどんな思惑があろうとその配慮しようとする気持ちを無下にするのは失礼に当たるから。
――義には義を持って返さなければならない。
こうして私たちはご挨拶を終えると、クレストさんの屋敷をあとにしたのだった。
するとしばらくして隣を歩くポプラが小声で話しかけてくる。
「シャロン様、クレストさんって欲望が見え見えの人でしたねぇ」
「どうなんだろうね。私にはよく分からないかな」
「きっとシャロン様がご領主様のご正室ということや王家の血筋というところに下心があるのだと思うのです。取り入りたいって気持ちがすごく伝わってきたのです」
「でもそう思ってくれたのなら、私としてはありがたいかも。歯牙にも掛けない相手に対して、気遣いをしたりお世辞を言ったりしないでしょ?」
「あはは、確かにそうかもなのです」
ポプラは楽しげに頷いた。続けて今度はナイルさんがホッとした表情で口を開く。
「でもさすがはシャロン様。見事に対処なさっていて、私は安心しました」
「リカルド様に恥はかかせられませんし、紹介してくれたナイルさんの顔を潰すわけにもいきませんから。……まぁ、クレストさんも私の態度が建前なことくらい察しているでしょう。ギルド長ともなれば、抜け目のない商人なんでしょうし」
「シ、シャロン様も身も蓋もないですね……」
「ふふっ♪ ところでナイルさん、このあとは近くの農家や畑を見て回りながらお屋敷に戻ることにしませんか? 昼食が始まるまでの時間を考えると、これ以上の遠出は出来ませんので」
「承知しました! ご要望の場所をご案内します!」
ナイルさんはそう強く返事をすると、エンシル地区の繁華街を抜け、郊外の農地へ私たちを連れていってくれた。
(つづく……)
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