66 / 178
第3幕:重なる想いの交響曲(シンフォニー)
第3-3節:意外な返しと切り札
しおりを挟む……ただ、ここで弱気になるわけにはいかない。今こそお義姉様から伝授された交渉術とアドバイスを駆使する時だ。
あくまで私は平静を装いつつ、口を開く。
「そうですか、分かりました」
「では、私の提示した条件をお受けいただけると」
「いいえ、この話はなかったことにさせていただきます」
「なっ!? そっ、それはどういう――」
「そのままの意味です。クレストさんたちには風車建設も水路掘削も依頼しないということです」
私は涼しい顔をして静かに言い放った。そしてテーブルの上に広げていた書類を片付ける素振りを見せる。
一方、この展開はクレストさんにとって全くの想定外だったようで、彼は目を白黒させながら激しく狼狽える。もっとも、この段階に来て交渉が白紙に戻るなんて大抵の人は思わないだろうから、それも無理はないかもしれないけど。
――実は商人ギルドから無理な条件を出されるかもしれないというのは、お義姉様が想定していたことだった。そして私はそうした場合の対応を彼女とともに考え、シミュレーションを重ねてきている。
「で、ではっ、シャロン様はどうするおつもりなのですかっ? この事業の実施を諦めるおつもりですか?」
「まさか……。水路はなんとしてでも完成させます。あくまでもその事業をクレストさんたち以外に依頼するというだけです。商人さんは領外にもたくさんいらっしゃるわけですから」
「なっ!? そ、そんなことが許されるとでもお思いですかッ! フィルザード内の商売に関しては、我々のギルドが独占的に管理しております! 縄張りを荒らすことなど、同業者としてタブーとなっているのですぞ!」
クレストさんは眉を吊り上げ、身を乗り出しながらテーブルを激しく叩いた。頭に血が上り、私がご領主様の妻であることをすっかり失念してしまっている。
でも私は臆することなく、あくまでも冷静に話を続ける。
「イリシオン王国内には商人ギルド未加盟の商人さんやクレストさんの加盟している団体とは別の商人ギルドもあるそうですね。たまたまフィルザードにはクレストさんたちの団体しかないため、独占状態にあるようですが」
「そ、それは……」
「そういう商人さんたちなら越境して取引をすることはありえますし、フィルザードに新たな商人ギルドが設立されることだってあるかもしれません」
「そんなことをすれば、我々とフィルザード家の関係は修復不可能なくらいに最悪なものになりますぞ?」
クレストさんは目つきや声に敵意を含ませ、私を脅すように言った。空気にも緊張感が漂い、一触即発といった状況になる。
そうなれば当然、ナイルさんの表情も厳しくなる。いつでも戦闘態勢に入れるように身構え、周囲に意識を向けている。
でもそんな中だからこそ私は意識して相好を崩し、穏やかな口調でクレストさんに話しかける。
「ふふっ、ですからこの話を最初にクレストさんのところへ持ってきたのです。私たちだってそんな事態は出来るだけ避けたいですし、今までの恩義もあります。お互いに良好な関係を維持し、ともに栄えていきましょう」
「な……」
私の意外な攻め手にすっかり毒を抜かれたクレストさんは、唖然としたまま背後のソファーへへたり込んだ。きっと頭の中は混乱しているに違いない。
「クレストさん、私たちに貸しを作っておいた方が得策だと思いませんか? フィルザードが発展すれば、あなたやあなたの商人ギルドの地位は揺るがないものになります。しかもすでにお話しした通り、今以上に儲かるわけですし」
「損して得取れ……ですか……。確かにそれは商売の基本ですが……」
「まだ迷っておられるなら、私もここで切り札を切りましょう。当地では資源に関する権利を持つ者が領内から離れて50年が経過した場合、その権利は領主に戻るという法律があります。これはフィルザードがイリシオン王国領となった時代に制定された古い法律ですが、現在も有効です。あなたがたを当地から追放すれば、いずれ岩塩鉱山の所有権は私たちの元へ帰ってきます」
「なっ!? そんな横暴なことが……いや、そもそも50年も経過したら私はもちろん、シャロン様もその法律が効力を発する前にこの世から去っていることだって……」
「はい、そうですね。でも未来の領主に希望を残すことが出来ます。私は数十年から数百年先を見据えて申し上げています」
「…………」
外堀を埋められ、クレストさんは何も言えない状態になっていた。肩を落とし、顔は色を失っている。
でもそれは当然の反応だ。フィルザード家が武力などを用いて強硬手段に出れば、彼の権利を奪うことが出来ると示されてしまったのだから。例え屈強な傭兵を集めたとしても、領主の持つ全兵力に太刀打ちできるものでもない。
そもそもフィルザード家に対抗するために彼が兵を雇うとなれば、勝敗に限らず懐は確実に痛むわけで……。
(つづく……)
11
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。
ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。
そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。
「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。
冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。
皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。
小説家になろう、カクヨムでも連載中です。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。
「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。
フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。
「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」
聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。
「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」
そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。
イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼
そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ!
イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」
そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる