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ヒルトップ村へ
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儀式を終えて夏雪草のみんなと部屋を出たら、見たことのない男の人がトーマスさんと一緒に私達を待っていた。男の人は気もそぞろ、という感じだけれど、トーマスさんの口調に気やすげに返事をしている。
柔らかい栗色の髪の毛で、そばかすだらけだけれど、それでいて整った顔立ちの青年だ。
二十歳くらいかな?
ちょっと心配そうにしていたけれど、ハンナさんを見て表情が明るくなった。
わ。ちょっと、この感じ!
ハンナさん、なに?! 彼氏?!
「ハンナ、そろそろ帰ろう。親方が心配してるよ」
「……迎えになんか来なくていいです……」
ハンナさんはなにげに男の人につれない。
彼氏じゃないのか……。
「だってこの前も途中で考えごとして馬にぶつかりそうになってたじゃないか」
「ロバートは、心配しすぎです……。馬にぶつかりそうになんかなってない。馬が私にぶつかりそうになっただけ……」
「兄弟子なんだよ」
ジョーさんがこっそり耳打ちしてくれた。
「いつもハンナの子守役なんだ」
二人を見るジョーさんの目が生暖かい。
なるほど、工房のお目付け役兼お世話役ってところか。
そしてハンナさんの言い訳は相変わらず意味がわからない。
馬がぶつかって来たってなにそれ。
「マージョさん……! 例のものは絶対に次に会うまでに納得の行くものを作り上げてみせますから……ね!」
「わかったから、ほらほら、行こう、ハンナ。……みなさん、ハンナがお世話になりました……あー、ほら、シャツがスカートから出てる!」
「ロバート、うるさい」
ハンナさん、世話を焼かれてる。
「ロバートさん、お母さんみたい……」
私は思わず苦笑してしまう。
「そうですね……」
さっきまでロバートさんの隣りにいたトーマスさんも苦笑してる。
「マージョ、この人は……昨日もギルドに一緒にいらっしゃいましたよね?」
アナベルさんが首を傾げる。
そうか、昨日はあんなことがあったからちゃんと紹介もしてなかったかも。
「あ、同じ村のトーマスさんで、私とこのポニーを共同所有してて……」
ワタワタして、パールまでついでに紹介してみたり。
「ひよっこの商人です。よろしくお願いします」
「こちらは革職人のアナベルさん、鍛冶職人のジョーさん、そして木工職人のマルタさんです。さっき帰っていったのがガラス職人のハンナさん。みんなで集まって夏雪草乙女会です」
「夏雪草……。いい名前ですね。いずれみなさんの作品を扱えるようになりたいです」
トーマスさんはそつなく挨拶する。
いや、なんか、妙な間があったよね。
私は微妙に引っかかったんだけど、アナベルさんは、ふふっと柔らかく微笑んだ。
「そう言っていただけると光栄です」
「………」
トーマスさんがちょっと目を見開いてそれから、足元に視線を落とす。
あれ?
あれ? これはもしかして。
もしかして私は今人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしているのですか……?
「マージョさん、荷物はこれだけですか?」
私の好奇心が表情に出たのかもしれない。トーマスさんが、慌てて荷物を持ち上げた。
「あ……はい」
「それでは、あまり遅くならないうちに出ましょう」
「さっきの方とは知り合いなんですか?」
「さっきの……? ああ、ガラス工房の……? いいえ、今日初めて会いました」
さっきはずいぶん親しげに見えたけれど、トーマスさんは私を待ってくれていて、たまたまロバートさんと話していただけみたい。
それであんなに話が弾むのはやはり商売人なのかも。そつがないね。
「わざわざ来てくれたんですか?」
ヒルトップからバグズブリッジまでは大人の足で三時間くらい。
行きは荷馬車だったから一時間ちょっとだったけど、帰りは荷物を持って三時間は歩くようだと覚悟していたのだ。
フェリックスさんは「送りますよ」なんて言ってたけど、まだまだよく知らない人の車に乗る勇気はなくってね……。
前世はアラフォーだしね……。
「荷物を乗せたらずいぶん楽になると思って。小さな台車も昨日買ったんだけど、今ギルドに届いたので二人で乗って帰れますよ」
「本当だ……!」
ホワイトさん家のものと比べるとかなり小ぶりの台車で2人分の座席と、小さな荷台がある。
「エレンさんからお金ももらってきてます」
コソコソっとトーマスさんが言う。
おやまあ。
これは神罰関係……だね……。本当、箝口令意味ない。
「いや、あの、一応徒弟ですし、僕としてもお世話になっている人にはちょっと注意しておきたいかな……って……」
うん。でも、私のことはあまり他人に言わないで欲しいんだよね。
それはわかってるかな……。
なんか不安だ。
「ベルボーム嬢については、情報をできるだけ広めないように。加護を預かっている可能性もあることを忘れずに」
いつの間にか神官補が後ろに立っていて、静かな声でトーマスさんに釘を刺す。
「わかってますよ」
トーマスさんは、にっこりと笑った。
「マージョさんにはただでさえお世話になっていますし、このポニーの共同所有者でもあるんです。困らせるようなことはしませんよ」
視線は神官補の方を向いているけれど、なんかアナベルさんを意識してるような気がするんだよね。
「来週、また来ます」
「おう、その時までに鍋の試作作っておくから!」
「頼まれていたアレの試作も」
夏雪草のみんな(マイナスハンナさん)に手を振って、私は荷台に乗った。
ヒルトップ村に帰らなくちゃ。忙しくなるよ!
柔らかい栗色の髪の毛で、そばかすだらけだけれど、それでいて整った顔立ちの青年だ。
二十歳くらいかな?
ちょっと心配そうにしていたけれど、ハンナさんを見て表情が明るくなった。
わ。ちょっと、この感じ!
ハンナさん、なに?! 彼氏?!
「ハンナ、そろそろ帰ろう。親方が心配してるよ」
「……迎えになんか来なくていいです……」
ハンナさんはなにげに男の人につれない。
彼氏じゃないのか……。
「だってこの前も途中で考えごとして馬にぶつかりそうになってたじゃないか」
「ロバートは、心配しすぎです……。馬にぶつかりそうになんかなってない。馬が私にぶつかりそうになっただけ……」
「兄弟子なんだよ」
ジョーさんがこっそり耳打ちしてくれた。
「いつもハンナの子守役なんだ」
二人を見るジョーさんの目が生暖かい。
なるほど、工房のお目付け役兼お世話役ってところか。
そしてハンナさんの言い訳は相変わらず意味がわからない。
馬がぶつかって来たってなにそれ。
「マージョさん……! 例のものは絶対に次に会うまでに納得の行くものを作り上げてみせますから……ね!」
「わかったから、ほらほら、行こう、ハンナ。……みなさん、ハンナがお世話になりました……あー、ほら、シャツがスカートから出てる!」
「ロバート、うるさい」
ハンナさん、世話を焼かれてる。
「ロバートさん、お母さんみたい……」
私は思わず苦笑してしまう。
「そうですね……」
さっきまでロバートさんの隣りにいたトーマスさんも苦笑してる。
「マージョ、この人は……昨日もギルドに一緒にいらっしゃいましたよね?」
アナベルさんが首を傾げる。
そうか、昨日はあんなことがあったからちゃんと紹介もしてなかったかも。
「あ、同じ村のトーマスさんで、私とこのポニーを共同所有してて……」
ワタワタして、パールまでついでに紹介してみたり。
「ひよっこの商人です。よろしくお願いします」
「こちらは革職人のアナベルさん、鍛冶職人のジョーさん、そして木工職人のマルタさんです。さっき帰っていったのがガラス職人のハンナさん。みんなで集まって夏雪草乙女会です」
「夏雪草……。いい名前ですね。いずれみなさんの作品を扱えるようになりたいです」
トーマスさんはそつなく挨拶する。
いや、なんか、妙な間があったよね。
私は微妙に引っかかったんだけど、アナベルさんは、ふふっと柔らかく微笑んだ。
「そう言っていただけると光栄です」
「………」
トーマスさんがちょっと目を見開いてそれから、足元に視線を落とす。
あれ?
あれ? これはもしかして。
もしかして私は今人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしているのですか……?
「マージョさん、荷物はこれだけですか?」
私の好奇心が表情に出たのかもしれない。トーマスさんが、慌てて荷物を持ち上げた。
「あ……はい」
「それでは、あまり遅くならないうちに出ましょう」
「さっきの方とは知り合いなんですか?」
「さっきの……? ああ、ガラス工房の……? いいえ、今日初めて会いました」
さっきはずいぶん親しげに見えたけれど、トーマスさんは私を待ってくれていて、たまたまロバートさんと話していただけみたい。
それであんなに話が弾むのはやはり商売人なのかも。そつがないね。
「わざわざ来てくれたんですか?」
ヒルトップからバグズブリッジまでは大人の足で三時間くらい。
行きは荷馬車だったから一時間ちょっとだったけど、帰りは荷物を持って三時間は歩くようだと覚悟していたのだ。
フェリックスさんは「送りますよ」なんて言ってたけど、まだまだよく知らない人の車に乗る勇気はなくってね……。
前世はアラフォーだしね……。
「荷物を乗せたらずいぶん楽になると思って。小さな台車も昨日買ったんだけど、今ギルドに届いたので二人で乗って帰れますよ」
「本当だ……!」
ホワイトさん家のものと比べるとかなり小ぶりの台車で2人分の座席と、小さな荷台がある。
「エレンさんからお金ももらってきてます」
コソコソっとトーマスさんが言う。
おやまあ。
これは神罰関係……だね……。本当、箝口令意味ない。
「いや、あの、一応徒弟ですし、僕としてもお世話になっている人にはちょっと注意しておきたいかな……って……」
うん。でも、私のことはあまり他人に言わないで欲しいんだよね。
それはわかってるかな……。
なんか不安だ。
「ベルボーム嬢については、情報をできるだけ広めないように。加護を預かっている可能性もあることを忘れずに」
いつの間にか神官補が後ろに立っていて、静かな声でトーマスさんに釘を刺す。
「わかってますよ」
トーマスさんは、にっこりと笑った。
「マージョさんにはただでさえお世話になっていますし、このポニーの共同所有者でもあるんです。困らせるようなことはしませんよ」
視線は神官補の方を向いているけれど、なんかアナベルさんを意識してるような気がするんだよね。
「来週、また来ます」
「おう、その時までに鍋の試作作っておくから!」
「頼まれていたアレの試作も」
夏雪草のみんな(マイナスハンナさん)に手を振って、私は荷台に乗った。
ヒルトップ村に帰らなくちゃ。忙しくなるよ!
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