異世界転生騒動記

高見 梁川

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第百九十話 断罪

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 ――――一方、アンサラー王国宮廷は待ちに待っていた勝利の報に沸いていた、とは言い難い。
 なんといってもその勝利が、全て王家のお荷物であったはずのエカテリーナと若手の軍将校によってもたらされたからだ。
「獣相手の搦め手の使い方は若い者には敵わぬわい」
 大将軍であるオルガ・ギルツブルグ侯爵は口元を歪めてあえて嗤った。
 正々堂々の戦になれば決して若者には負けないという言葉を言外に匂わせての発言だった。
「しかりしかり。戦勝に浮かれるよりここで気を引き締めねば」
「左様、あのような小戦で思いあがってもらっては困る」
 彼らは出遅れを取り戻すべく、大規模な出兵計画を王太子ピョートルに具申している最中であった。
「うむ、今こそアンサラー王国が大陸統一への一歩を踏み出す時ぞ」
 エカテリーナの活躍を切歯扼腕しながら見守るしかなかったピョートルも、ようやく愁眉を開く思いであった。
 所詮は小さな勝利とはいえ、敗北続きのアンサラー王国に光明をもたらしたのが、あの死にぞこないの妹であるなど、到底認められることではなかったのだ。
「魔法兵にあのような使い方があったとは……そこだけはあの死にぞこないにも感謝してやろうか」
 火力と獣人族の機動力に辛酸を嘗めてきたのも過去のこと。
 野戦築城や臭気ガスなど、搦め手から魔法を運用することで、アンサラー王国は互角以上に戦う力を手に入れた。
 もっともそれは、バルドたちが対策するまでのごく一時的なものでしかないことをピョートルは知らない。
 厄介な大連合軍への対処が確率したと単純に喜んだのである。
 となれば自らの派閥の伸長にそれを利用するのは、政治力学的に当然の帰結であった。
「王太子殿下、その……エカテリーナ王女が面会を求めておりますが……」
「ふん、増長したか、小娘が。まあいい。己の分際を教えてやるとしよう」
 エカテリーナの手柄を横取りすることに、なんら罪悪感も抱いていないどころか、むしろよいことをしたと信じるピョートルである。
 死にぞこないが死ぬ前に多少やる気を出したようだが、そもそもエカテリーナには野心そのものがあるまい。
 あんな女でもアンサラー王国のために役に立つことをした。ピョートルにとってはそれだけで十分なのだった。
「ずいぶんとのん気ではありませんか? 兄上」
「なっ……」
 無礼な、と言いかけてピョートルは思わず息を呑んだ。
 エカテリーナの全身から漂う殺気に本能が反応したというところか。
「おいっ! 誰の許しを得て貴様まで顔を出している! プーシキン!」
 大将軍のオルガは、エカテリーナを守護するように一歩引いて姿を現したプーシキンに怒りの色を露わにした。
 このところ若手の将校からないがしろにされているという不満が爆発したのである。
「少しばかり活躍したと思って増長したか、エカテリーナ!」
 オルガの怒りを見たピョートルも、妹を正しく政治的敵対勢力として認識した。
 これまであまりに取るに足らぬ存在と思っていたから、全く危険さを感じなかったが、今のエカテリーナの覇気はただごとではない。
 むしろそっくりの影武者であると言われた方が信じられるくらいであった。
「我がアンサラー王国の勝機は今このときしかないというのに、悠長に無能な派閥の老人たちとお遊戯とは。あきれ果ててものも言えませんわ」
「なんだと! 政治の初歩も知らん小娘が! 貴様のほうこそお遊戯に過ぎんとわからんとはな!」
「大人のお遊戯には作法が伴うんですのよ? 知っておりましたか?」
「世迷言を!」
「その作法は……命懸けということですわ」
 エカテリーナの合図と同時に、プーシキンは隠し持っていた短銃を大将軍のオルガに向けた。
「ひいいいっ! 何をする!」
 プーシキンに続いて青年将校たちと、警護の騎士たちが一斉に幹部たちを取り囲む。
「まさか! 自分たちが何をしているかわかっているのか?」
 謀反(クーデター)だというのか、生きているか死んでいるのかわからないほど存在感のなかった妹が。
 想像の埒外であった現実にピョートルは惑乱した。
「近衛は何をしている! この謀反人どもを討ち果たせ!」
「亡国よりはいいのです。いえ、戦わずに負けるより戦うべきときに戦わなければ生きている意味がないのです」
 このままではアンサラー王国は滅ぶ。
 その認識を共有しているのは、誰よりプーシキンをはじめとする有能な若手将校たちだ。
 エカテリーナの登場前から、工作を進めていたプーシキンたちの同志は、ピョートルらが想像するより大きかった。
「さよなら、お兄様」
「ふざけるな! 貴様などベッドの上で死んでおればよかったのだ!」
 プーシキンから剣を受け取り、ピョートルに向かって構えるエカテリーナを見て、ピョートルは怒りに震えた。
 折れそうに細い腕や、血色の悪い青白い肌がなにひとつ変わっていない。
 にもかかわらず全く動揺を見せずピョートルの命を奪おうとする妹に、現実感が感じられなかった。
 無力で死を待つだけの女であったはずなのだ。つい先ごろまでは。
「死は待つものではないわ。自分から望んで掴むものよ」
 死こそ人生の華、死を懸けて戦うからこそ――もののふ。
 そんなエカテリーナの感慨を理解できるはずもないピョートルは惑乱して叫ぶ。
「貴様は何を言っているのだ!」
「わからぬならわからぬままに死になさい」
「ひいいいいいっ!」
 いったいこの小さな身体のどこにこんな膂力が、という唐竹割りの一撃は、幸運にも腰が抜けたおかげで右足を粉砕するに留まった。
「だれか! 誰か助けろ! この化け物を殺せ!」
「お、王太子殿下!」
「おのれ! この大逆の謀反人め!」
 怒りは露わにするものの、抵抗はほとんどないに等しかった。
 権力なら比較するのも馬鹿らしいほどに王太子派閥のほうが上であろう。
 だがその地位にあぐらをかくがゆえに、信じていた世界が変わってしまったという現実に対応することができなかった。
「や、やめろ! こんなことをして! 家ごと破滅するつもりか!」
 副宰相のゴリーツィン侯マグナフは床を転がりながら悲鳴まじりに叫んだ。
 たとえここで王太子を含め、政権の中枢を排除したところで、アンサラー王国を支配することなどできはしないはずだ。
 ましてエカテリーナが王位に就くなど、ありうる話ではない。
 何の意味もないのだ。ここで自分たちを殺したところで。
「生憎とすでに話はついている。大連合との決戦さえできれば、あとのことはセルゲイ殿下に任せるのでな」
「陛下がお許しになると思うか!」
「安心しろ。陛下も運命には逆らえんさ」
 所詮は国王も王太子も運命を操る側ではなく、運命に従属する立場の人間だ。
 そのことを教えてやる、とプーシキンは嗤った。
 阿鼻叫喚の地獄のなかで、自らを守るべき部下たちが数を減らしていくのを目の前にして、ピョートルは恥も外聞もなく平伏した。心が折れたのだ。
「エカテリーナよ。お前の即位に余も協力してやろう。いや、必ずやお前の力になると誓約する! だから命だけは助けてくれ!」
「お兄様、死すべきときに死なぬは恥でございます」
 死こそが人を完成させるのだ。
 ならば死すべきときを選ぶことこそ人生の一世の華。たとえそれが望むものとは形が違ったとしても、未練を残すのは恥。
 ピョートルの全く理解できないエカテリーナの概念に納得などできるはずもない。
「死にたくない! このアンサラー王国の次代を担うこの余が、こんな馬鹿々々しい死にかたをしてよいはずがない!」
 取るにたらぬ死にぞこないの妹に、ようやく希望が見え始めたこの戦争で、英雄になるべき自分が、みじめに命乞いをして暗殺されるなど、神が許すはずがないのだ。
 泣きわめくピョートルを憮然とした表情でエカテリーナは見下した。
『一向宗の坊主どもと同じようなことをほざく。神や仏の加護で戦が勝てるなら苦労はせぬわ』
 仏敵、第六天魔王と綽名された義父が、どれほど門徒たちを虐殺してきたことか。
 伊勢長島、加賀で数万の門徒を老若男女を問わず撫で斬りにしてなお、義父(信長)は超然として天下を掌握しつつあった。
 惟任日向守(光秀)に討ち果たされたは戦の習い。それが神や仏の天罰とは露ほどにも思わぬエカテリーナ(氏郷)である。
 確かに戦は運の要素も大きい。そのために神仏に縋ることもある。だが、絶対的な現実として、神仏が直接刀や弓矢を握ることはないのだ。
 刀や弓矢を振るうのは武士の業であり、人の業だけが人を殺せるという現実を、氏郷は知っていた。
「神はあなたを助けてくれませんよお兄様? 助かりたければ自分であがかなければ」
「おおおおお、お前は何を言っているのだ?」
「わかりませんか? わからないのならわからないままに死になさい」
 ピョートルとの問答に興味を失った、とでも言いたげに、エカテリーナは思い切り剣を振り下ろした。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 折れそうな細腕とは思えぬほど体重の乗った重い剣は、ピョートルの首から心臓までをばっさりと斬り下ろしたのであった。
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感想 928

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みんなの感想(928件)

桜梅桃李
2025.05.05 桜梅桃李

そろそろ続きが読みたいのですが投稿はあるのでしょうか?書籍も出して欲しのですが……
どうにかならないですか?

解除
nioudachi
2025.02.19 nioudachi

純粋に楽しく読ませて頂いています
続刊、気長に待ちますので頑張って下さい

解除
ecdx2020@gmail.com

確かに。終盤に隠れボスが出てくるのはいいのですけど、それが転生者となると、また次が、その次も、信長?ナポレオン? ダブー?グーデリアン、ロンメル 近代から現代まで、不敗と言われる戦術家も晩年はあんまり良くなかったりするから、戦場で死ねなかった元帥クラスならいくらでも、なんでもあり感出ちゃいますよね。宇宙人でも、神でも 転生してきても仕方ない事になりますし。プロイセン時代あたりを背景に一国一人の転生者などの制限とか、実は転生には条件あって〜伏線あるといいな〜。すごい好きな小説だから続いて完結して欲しい

解除

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