恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

高見 梁川

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19世紀最大の遭難事件 フランクリン探検隊

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南極探検におけるロバート・スコット大尉の悲劇はつとに有名であるが、その少し前、北アメリカ海岸を大西洋から回航しベーリング海峡を通過して太平洋へ到達すべく北西航路の発見に出発したフランクリン探検隊の悲劇はあまり知られていない。


フランクリン卿肖像

もしこれに成功すれば、これまでよりずっと安全な航路で、航海期間も短縮できるはずなのだ。この夢の航路発見にイギリスは賭けていた。
イギリスはこの方面ではスペインやポルトガルより遅れており、北西航路の探検が本格的にされ始めたのは1818年からだった。しかし1回目の探検隊長は、ランカスター海峡は山脈にはばまれていると思い込み、途中で引き返してきた。
翌年、2回目の探検隊が派遣された時は、それまで到達できなかった島々を発見するなど、前回よりいくらか前進したが、途中で食料が乏しくなってきたため、やはりそれ以上先に進むことなく帰還していた。
ちょうどその頃、若き日のジョン・フランクリンは、地図製作のためにハドソン湾西部一帯を徒歩で調査する極地探検隊の一員だった。しかしその探検は悲劇的な結末を迎えた。病気と寒さに加えてインディアンの襲撃を受け、30名の隊員のうち生還できたのは、わずか7名だけだった。ジョン・フランクリンは、その数少ない生き残りの一人だったのだ。 
このときの探検隊は飢えをしのぐために、苔や革製のブーツを食べたほどで、フランクリンは「ブーツを食べた男」として有名になった。

1845年7月4日、約2ヶ月前にイギリスを発ったエレブス号とテラー号は、グリーンランドの西海岸にあるディスコ島に立ち寄り、補給船からおよそ3年分の食糧品と飲料水、燃料などの補給を受けた。
その内容は大英帝国の威信をかけたに相応しく、室内スチーム暖房を完備し、さらには1000冊以上の図書室まで備えるといういたれりつくせりぶりで、誰もが探検隊の成功を疑っていなかった。

1845年7月27日、出港したエレブス号とテラー号は、ランカスター海峡の入り口で、プリンス・オブ・ウェールズ号とエンタープライズ号というイギリスの捕鯨船に出会う。   
フランクリン探検隊の船が人目にふれたのは、これが最後だった。この日以来、これら二隻の船はプッツリと消息を絶ったのである。
1847年が過ぎ、1848年になっても、フランクリン探検隊の消息は絶たれたままだった。
いくら3年分の食料を積んでいるといっても、さすがに人々のあいだで遭難の噂が立ちはじめ、イギリス海軍省でも、このまま放っておくわけにはいかなくなった。そしてついにイギリス海軍省は1848年6月第二次北極探検隊を組織した。
この第二次北極探検隊は、実質的にはフランクリン捜索隊だが、表向きは「フランクリン隊の補給に向かう」という理由で旅立った。
彼らはランカスター海峡一帯を捜索したが、結局なにひとつ手がかりを得られないまま、翌年の秋、イギリスに帰還した。

フランクリン隊が探検に出かけてからもう4年以上経とうしていたが、彼らの消息は依然として途絶えたままだった。
この頃になると、彼らは無事だという楽観論は影をひそめ、国会でも度々問題として取り上げられるほどにはフランクリンは有名だった。

イギリス海軍省は、再び捜索隊(帆船三隻、汽船二隻)を送ることにした。
アメリカ政府も二隻の船を出して捜索活動に協力した。またカナダのハドソン湾商会も探検隊2つを組織した。フランクリン夫人も借金をしてまで金をかきあつめ独自の捜索隊を組織した。
帆船一隻を手配し、ゴードウィン船長に夫の捜索をゆだねたのである。

その後も何度か捜索の手は差し伸べられ、米英合わせて30隻を超える探索船が北極に派遣されたが、イギリスから派遣した14隻のうち8隻は、沈没もしくは行方不明となり、フランクリン隊以上の多数の人命が失われた。
多大な損害を出した捜索だったが、何度かの捜索でフランクリン隊の足取りが見えてきた。

 
最後に目撃されたあと、1846年2月隊員たちは近くの島に狩に出かけ、新鮮な肉を補給していたらしい。次第に日が長くなり夏になるが、極地の厚く張り巡らされた氷から開放されるには時間がかかった。
やっとの思いでフランクリン隊が船を動かせたのは、その年も秋になってからだった。
ようやく氷から解き放たれたフランクリン隊は、南方に開いた航路に向かった。
狭い海峡を過ぎ、さらに南下すると、アメリカ大陸に近接するキング・ウィリアム島が見え出した。あますところ、あと200kmというところだった。
しかし、フランクリン探検隊はそこで再び氷に氷に閉じ込められてしまった。冬が到来したのである。

1846年9月12日潮流に乗って運ばれてくる氷が、あとからあとから船の周りに積み重なり、まるで岩壁のような大きさに凍りついた。その高さは甲板の高さを超えマストにも及ぼうとしていた。 
この氷が解けて船が自由になる日が来るのだろうかと彼らは恐怖した。  
今回は前の年よりもずっと条件が悪い場所だった。
周りには島もなにもなく食料を確保する手段がない。船はまさに氷に引っかかった小枝のような状態で氷にもまれていた。
船全体が氷に圧迫されてギシギシと軋んだ音を立て、いまにもバラバラになりそうだった。

なぜ食料の確保が問題になるのか。    
彼らは確かに3年分の補給を受けていたが、探検隊に肉の缶詰を納入した男が悪徳業者で、納入したうちの1000個以上もの缶に腐った肉やオガくず、小石などを詰めていたのである。
そればかりではない。これは船員たちに起きた症状からの推測であるが、どうやら缶詰の不良のために鉛中毒が発生したらしい。
3年分の食料は、逆に船員たちをむしばむ毒薬と化していた。食料の不足していた彼らは、毒と知りながら缶詰を食べるしかなかった。

そんな中、1847年6月11日に、あろうことか指揮官であるジョン・フランクリンが死んでしまうのである。心臓の疾患が原因とされているが、詳細はハッキリしない。
おそらくは心労のためと思われる。この過酷な探検をするにはフランクリンは年を取りすぎていた。

翌年になっても氷に閉じこめられた船に痺れを切らした隊員たちは、三隻あった捕鯨ボートに可能な限り食糧を積み込み、ボートのへさきにソリを結びつけ、エレブス号とテラー号をあとしにした。彼らは三隻の捕鯨ボートを三チームに分かれて引いていたが、重すぎるソリはジリジリとゆっくり氷原を進むことしかできなかった。
彼らは弱った身体に鞭打って、重いソリを引きながらどこまでも前進を続けた。
しかし日が経つにつれて、仲間は次々と倒れていった。
それでも誰も埋葬しようとはしなかったようだ。これらの死者は、のちに白骨死体となって発見されたが、どの遺体もうつぶせになって倒れていた。倒れた者がいても振り返らず、彼らは一心に進んだのだ。歩くだけで精一杯の彼らには、おそらく埋葬するようなエネルギーは残されていなかったのだろう。

のちの調査で、彼らの進路上に点々と埋葬されぬまま風化した死体が発見されている。
フランクリン隊遭難の足取りを追って、5年に渡り綿密に調べ上げたハドソン湾商会のレイ博士は、次のように述べている。
   
「大部分の死体は、腕や足が切断されており、さらにそばにあった鍋の中身を判断すると、彼らが想像を絶するような極度の飢餓状態に追い込まれ、生き残る手段として、凍死した仲間の肉を食べたことは、ほぼ間違いない」

それほどの苦難に苛まれながら、彼らは誰一人として助かることなく全滅した。


船に留まった船員たちの消息は21世紀に入っても不明なままであったが、2014年フランクリンが乗船していたエレブス号が北極圏近くの海峡で海中探査船によって発見された。僚艦のテラー号も2016年に発見され、海水温度が低いため保存状態は極めて良いという。

あるいは悲劇の探検家フランクリンの遺体が発見される日も近いのかもしれない。
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