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胸に顔がある無頭人ブレミュアエ人
しおりを挟む歴史の父とも言われるヘロドトスの著書「歴史」には奇妙な種族が記されている。
ヘロドトスは現地の人々から、アフリカ大陸のリビア砂漠以西のオアシスには、「アケパロイ」という、頭部がなく、胸から腹にかけて顔がある異形の人々の話を聞いたという。
これがブレミュアエ人である。
古代ローマ時代の学者ストラボンが記した「地理誌」にも無頭人の記述が存在する。
その後古代ローマの地理学者ポンポニウス・メラや博物学者プリニウスらもまた、「ブレムミュアエ人」という首無し族について著書の中で言及した。
それによれば、ブレムミュアエ人はヌビア(現在のエジプト南部からスーダンにかけての地域)近辺に住む一種族とされている。
さらにブレミュアエ人の名を確固たるものにしたのは、アレクサンダー大王が無頭で金髪剛毛の巨人と遭遇したという伝説による。
この伝説によりブレミュアエ人のうわさは全世界に広がり、14世紀の冒険家でヨーロッパ、中近東、アジアなどを旅したイギリス人騎士ジョン・マンデヴィルの著書『東方旅行記』にも首無し族と遭遇したことが記されている。
大航海時代を迎え、世界各地が探検されるようになると、イギリスの探検家ウォルター・ローリーらが南米ギアナ周辺で頭がなく胴体に顔がある人々の噂を報告している。
その姿はもちろん当時の地図に描かれた。
しかし近代18世紀を迎えると無頭人目撃情報はぴたりと途絶え、その実在性は甚だ疑わしいものとなった。
一説には頭をすっぽり覆い隠すような民族衣装や被り物した民族が誤解されたのではないかという。
だが現代の中国に首のない妖怪が形を変えて出没している。
中国の各地で首のない人影が目撃されているのだ。
こうした妖怪は通常「無頭人」と呼ばれている。
現代中国では無頭人は『山海経』の夏耕屍と同様に霊的な存在だと考えられている。
だから無頭人は人間に憑り付くこともあるのである。
例えばある農村で出産直後の女性が突然精神異常に陥ったという話がある。幸いこの女性の異常は一過性であった。回復後の話によれば女性は発狂する直前に無頭人を目撃していたというのだ。
女性の精神異常は無頭人が憑り付いた結果と思われたのは想像に難くない。
ある日昆明の長距離バスのターミナルでのことだ。満員のバスの中で5歳の子供が突然泣き出した。バスから降りたいというのである。
あまりにも激しく泣くので母親はその子供をつれてバスを降りた。すると子供はすぐに泣き止んだ。
だがバスの座席を確保するのは容易ではない。子供が泣き止んだので母親は再び子供を抱いてバスに戻った。すると子供は再び激しく泣き出したのである。
あまりにも激しく泣くので母親はそのバスを諦め、下車して座席を別の客に譲った。バスを降りると子供はやはり何事もなかったかのように泣き止んでいた。
母親がどうして泣いたのかと訊ねると、子供は次のように答えたのだ。
「さっきのバスの中の人たち、みんな首がなかったから」
母親は変なことを言ってはいけないとたしなめた。母親には無頭人などひとりも見えなかったからだ。
ふたりは次のバスに乗車した。そのバスは昆明発滇東北行きである。険しい山道を抜ける長距離バスなのだ。
昆明の市街地を出てしばらく走ると周囲の風景は一変する。もうそこは森の中だ。緩やかな勾配をひたすら上り続けることでバスは険しい山の奥深くに入って行く。
絶壁にへばりつくような危うい山道を走行していたバスが突然停車した。周囲はもう暗くなりかけている。前方には人だかりができていた。
しばらくすると事情が判明した。
先行するバスが崖から転落したのだ。渓谷に切り込むかのような谷は眼が眩むほど深い。乗客の生存可能性は絶望的であった。
そのバスは子供が無頭人が乗っていたと言った、あのバスであった。
「迷信」を馬鹿にしていた母親は、それ以後この世には不思議な現象がありうると考えるようになったそうである。
果たして無頭のブレミュアエ人なる種族は実在したのか、現代に出現した無頭の妖怪はいかなる起源をもつのかはわからない。
しかし歴史は謎の無頭人ブレミュアエ人なる種族を記述し続けるだろう。
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