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テッド・バンディ(全米の人気を博した稀代の殺人鬼)
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全米を熱狂させた稀代のセックス殺人鬼
テッド・バンディは甘いマスクとさわやかな弁舌で全米を熱狂させた、数ある殺人鬼のなかでももっとも女性の人気の高い男であろう。
しかし彼が恐るべき殺人鬼であり、主に女性を好んで殺害したことは紛れもない事実である。
テッド・バンディことセオドア・ロバート・バンディは1946年11月24日バーモント州バーリントンで私生児として生を受けた。
今なお父の素性は謎とされており、父の知れないバンディはその生を受けた瞬間から歓迎されざるものであった。
厳格なメソディスト派であるコーウェル家では娘が氏素性の知れぬ子供を産むことには反対であったが、宗教的な禁忌から堕胎することもできなかった。
やむを得ず生まれたバンディは祖父母の子として育てられることになる。本当の母であるルイーズは年の離れた姉だと教えられた。
そんな生まれにもかかわらずバンディは祖父母には可愛がられたらしい。バンディもまた祖父母を父母として慕い愛情も抱いていた。
しかし10歳のある日、いとこからバンディは衝撃の事実を突きつけられる。「お前は父なし子だ!」そういっていとこは証拠に出生証明書まで用意していたという。
幼年期の繊細な心に真実を隠していた母ルイーズと自分を捨てた名も知らぬ父に対する憎悪が暗く影を落としたとバンディは語る。
小学生のころのバンディは非常に頭脳の優秀な生徒だった。
しかし祖父譲りと言われる激情と凶暴性のために、担任からの評価はいまひとつでむしろ問題生徒として認識されていたという。
ハイスクールにあがったころのバンディはのちの彼からは想像もできないほどシャイで女性の手を握ることすらできなかった。
もちろんクラスメイトの女性たちにも相手にされず女性経験もなく目立たない存在だったようだ。
そのころバンディは二つの悪癖を持っていた。
一つは覗きである。彼は夜な夜な自宅を抜け出しては女子寮を覗き、着替えなどを見ては自慰にふけっていた。
そしてもうひとつは盗み癖である。
コーウェル家はお世辞にも裕福であるとは言えず、決して我が家では手に入れられない高価な品を彼は躊躇せず盗み出して恐れるところがなかった。
私生児として生まれたうっ屈した欲望と蔑まれることへの反発が目に見えやすい金という力に向かったのではないか、と心理学者は分析する。
それでもまだここまでバンディは屈折してはいるが不幸な生い立ちを考えればその歪みも許容範囲であったと言える。
彼が殺人鬼としての本性を開花させたのはある1人の女性との出会いが原因となった。
バンディを知る弟のグレンはこう証言する。
「兄をおかしくしたのはステファニー・ブルックスに出会ってからだ。あの女にさえ会わなければ、兄は殺人鬼にはならなかったかもしれない」
運命のいたずらか、1965年ワシントン大学に進学したバンディは自分の理想像ともいうべき女性に一目ぼれしたのである
サンフランシスコの裕福な家庭に育った彼女は容姿のみならず社会的地位にも経済的にもバンディの理想を体現していた。
バンディはたちまち彼女に夢中になり、ついには婚約を勝ち取ることに成功する。このときがバンディにとっては人生の絶頂期であったかもしれない。
二人の蜜月は長くは続かなかった。
この時点でバンディは頭脳は優秀でも粗野で貧乏で女性好きのするお洒落さや気配りにも欠けていた。
夏の終わりに婚約を破棄されあっさりと彼女に捨てられたバンディは学業も手に付かず遂に大学を中退する。
だが大学を止めてもバンディは人生を諦めたわけではなかった。
「いつかあの女を跪かせてやる」
なんと彼は外見を磨き、マナーを学び、ファッションに気を使うなど理想の自分に近づくべく努力すると同時に共和党の党員として活動を開始する。
彼の熱心で精力的な政治活動を見たある議員は彼の弁舌と努力を評価し、「いつか彼は知事までのぼりつめるだろう」と言ったという。
しかしその努力の全ては自分を捨てたあの女、ステファニー・ブルックスを見返してやるためだった。
将来有望な政治家の卵としてさっそうとステファニーの前に現れたバンディにステファニーは驚きとともにかつての愛情を再燃させる。
すっかり垢ぬけたバンディに夢中になったステファニーは再びバンディと婚約を交わすが、彼女を本気で愛するつもりなどバンディにはなかった。
彼女に対する復讐が完了したと判断したバンディは突然彼女との連絡を絶つ。
「俺はあの女を見返してやりたかっただけさ」
彼女のほうから自分に惚れたときからバンディにとって彼女は特別な存在ではなくなっていた。
彼女への復讐を終えたバンディだが彼の歪んだ欲望はそれから間もなく暴走を開始した。
1974年の1月からワシントン州で失踪事件が続発する。
行方不明となった彼女たちはステファニーへの復讐が終わったというのに、彼女によく似た髪の長い、多くは黒髪の女性だった。
バンディは「テッド」という偽名を名乗り、若い女性を誘っては殺害し山中にその死体を埋めていたのである。
偶然から「テッド」なる男が女性を軟派するのが目撃され、そのモンタージュが公開されるとその姿はバンディの特徴をよく捉えていた。
当時バンディはシアトルの法律事務所に勤めていたが、同僚のキャロル・ブーンや同棲していた恋人のメグ・アンダースは警察にバンディの存在を通報したが
数千件の情報を精査する警察はその情報を黙殺した。
ワシントン州知事の推薦を受けたバンディはユタ州の法科大学に入学。ここでもバンディは有望な青年として高い評価を受けていた。
しかしバンディの酷薄な犯罪はますます加速していく。
たちまち何人もの女性が前触れもなく失踪し、彼女たちは例外なく長い髪の持ち主だった。
スキーシーズンになるとバンディはコロラド州にまで出張しさらに年若い長い髪の女性を餌食にしていった。
バンディが逮捕されたのはほんの偶然によるものである。
1975年8月16日早朝、ソルトレイクシティで交通違反に問われたバンディの車からアイスピックにスキーマスク、数本のロープに手錠一組というキャロル・ダロンシュの事件に符号する物件が発見されたのである。
しかし直接の証拠というには弱いためその日のうちにバンディは保釈されたが、取り調べにあたったジェフリー・トンプソン刑事はバンディが「テッド」であることを確信していた。
物証に乏しいものの目撃者の証言を引き出した警察はついにバンディを告発。
バンディは悠々と自らの無罪を主張したが、裁判は有罪となり1年から15年の禁固刑が宣告された。
もっともこれはあくまでもバンディをキャロル・ダロンシュの誘拐及び殺人未遂の罪のみであり、一連の連続殺人事件の立証を警察が諦めるはずもない。
死体の発掘が進むにつれて明らかになり始めた遺留品や目撃情報などを収集し、警察は刻一刻とバンディの喉首に迫ろうとしていた。
こんな状況でもバンディは余裕の笑みを浮かべ自ら弁護の指揮をとることを宣言し、国選弁護団にあれこれ指示するとともに裁判では自らを「彼」と呼んで自分が弁護士であるかのようにふるまった。すでにこのころから彼の裁判にはファンの女性が見受けられるようになっていた。
実は自ら弁護士のようにふるまうのには彼なりの理由があった。アメリカでは自分で自分の弁護を務める被告人には通例、一定の行動の自由が認められており、例えば、図書室での判例集の閲覧などが許されるのだがバンディはこうした自由を利用して、脱走を成功させたのである。
コロラド州ピトキン郡裁判所に護送されたバンディは弁護のためいつものように図書室に入っていった。手錠や足かせははずされていた。
警戒の目がはずれたことを確認したバンディは躊躇することなく図書室の窓をあけ、9mもの高さから飛び降りる。
通常であれば骨折していてもおかしくない高さだが、幸か不幸か怪我らしい怪我もなくバンディは脱獄に成功する。
「テッド・バンディ脱獄す」の報に全米が熱狂と恐怖に包まれた。
ほとんどは狂犬が野放しになったことに震えていたが、彼を反権力の象徴とみなし彼に喝さいを贈るものも少なくなかった。
バンディTシャツが飛ぶように売れ、バンディ・バーガーなるハンバーガーまで出現したというから驚きである。
さすがに管理人は殺人鬼の名を冠したバーガーを食する勇気はないが、脱獄にひっかけて中身が逃げ出してしまったパンだけのバーガーだったらしい。
脱獄は素晴らしかったが組織力をもたないバンディいとって逃避行は長くは続かなかった。
キャディラックを盗んだバンディは警戒中の保安官によって発見されあえなく再び御用となる。
バンディは厳重な護衛付きで拘置所に帰還した。以後、彼が監房から出るときは理由に関わりなく必ず足かせがはめられるようになった。
ここでバンディにとって都合の悪い決定が下る。コロラド州裁判が、その管轄をアスペンからスプリングスへと移すことに決定したのである。
これを知ったバンディは判事に向かって激昂したという。
「この私に死ねというのか!」
スプリングス裁判所は、死刑判決が下る確率が高いことで有名だったのである。
たった一人の女を見返すために自分という存在を一から鍛えなおしたバンディにとってこの程度で諦めるという選択肢はなかった。
1977年12月30日、ごく短期間の間に16kgもの減量に成功したバンディは独房の天井に小さな穴をあけ、そこから痩せた身体を生かして再び脱獄を成功させたのである。
のちにバンディはこのとき、殺人から足を洗うつもりであったと語っている。
もう一度堅気として別の人生を再スタートさせよう。そんな決意にもかかわらず時をおかずしてバンディはフロリダ州のとある女子寮に潜入してそこの学生を虐殺した。
ある心理学者は「彼は自分で自分の殺人を止めることができなかった。だから死刑になる確率が最も高いフロリダで凶行に及んだ」と語る。
しかし2度に渡る脱獄やその後の死刑を免れるために彼がとった行動を鑑みるにそれはいささか都合がよすぎるように思われる。
むしろ彼の生い立ちからの人格形成によって生じた自己顕示欲の発露であるというほうが管理人としては整合性が高いと思われるのだが。
いずれにしろ現地警察と派手なカーチェイスのすえ格闘まで繰り広げたバンディは再び逮捕され裁判の壇上に立たされることとなった。
この後バンディが娑婆に世界に舞い戻ることはなかった。
世間の高い関心を示すように、バンディの裁判はTV中継されることが決定した。
バンディは再び得意の弁舌を駆使して無罪を主張し、かつての同僚キャロル・ブーンと結婚、自叙伝を出版し世論に訴えようとしたがもはや彼の無罪を信じるものは皆無に等しかった。
有罪が覆せないと知るやバンディは激昂し、悪態をつき、陪審員に向かって絶叫した。
「お前ら、俺を殺したいんだな!そうだろう?」
その後もバンディは生き延びることを諦めようとはしなかった。
まるでそれが彼の生きざまだと言わんばかりに裁判の再審を請求し、また猟奇殺人の捜査に協力することで生きながらえようとした。
(ヘンリー・ルーカスが同じような理由で死刑の執行を免れている)有名な殺人ピエロ、ジョン・ウェイン・ゲイシーでも捜査官に彼のプロファイルを語ったというが、それが捜査で行かされたという話は確認するかぎり残されていない。
1989年1月24日、ついにバンディに電気椅子での処刑が遂行される。
バンディは死に臨んで何の言葉も残さなかった。
ただ翌朝の新聞には一言、「殺人鬼は笑みを浮かべて死んだ」という言葉が載った
テッド・バンディは甘いマスクとさわやかな弁舌で全米を熱狂させた、数ある殺人鬼のなかでももっとも女性の人気の高い男であろう。
しかし彼が恐るべき殺人鬼であり、主に女性を好んで殺害したことは紛れもない事実である。
テッド・バンディことセオドア・ロバート・バンディは1946年11月24日バーモント州バーリントンで私生児として生を受けた。
今なお父の素性は謎とされており、父の知れないバンディはその生を受けた瞬間から歓迎されざるものであった。
厳格なメソディスト派であるコーウェル家では娘が氏素性の知れぬ子供を産むことには反対であったが、宗教的な禁忌から堕胎することもできなかった。
やむを得ず生まれたバンディは祖父母の子として育てられることになる。本当の母であるルイーズは年の離れた姉だと教えられた。
そんな生まれにもかかわらずバンディは祖父母には可愛がられたらしい。バンディもまた祖父母を父母として慕い愛情も抱いていた。
しかし10歳のある日、いとこからバンディは衝撃の事実を突きつけられる。「お前は父なし子だ!」そういっていとこは証拠に出生証明書まで用意していたという。
幼年期の繊細な心に真実を隠していた母ルイーズと自分を捨てた名も知らぬ父に対する憎悪が暗く影を落としたとバンディは語る。
小学生のころのバンディは非常に頭脳の優秀な生徒だった。
しかし祖父譲りと言われる激情と凶暴性のために、担任からの評価はいまひとつでむしろ問題生徒として認識されていたという。
ハイスクールにあがったころのバンディはのちの彼からは想像もできないほどシャイで女性の手を握ることすらできなかった。
もちろんクラスメイトの女性たちにも相手にされず女性経験もなく目立たない存在だったようだ。
そのころバンディは二つの悪癖を持っていた。
一つは覗きである。彼は夜な夜な自宅を抜け出しては女子寮を覗き、着替えなどを見ては自慰にふけっていた。
そしてもうひとつは盗み癖である。
コーウェル家はお世辞にも裕福であるとは言えず、決して我が家では手に入れられない高価な品を彼は躊躇せず盗み出して恐れるところがなかった。
私生児として生まれたうっ屈した欲望と蔑まれることへの反発が目に見えやすい金という力に向かったのではないか、と心理学者は分析する。
それでもまだここまでバンディは屈折してはいるが不幸な生い立ちを考えればその歪みも許容範囲であったと言える。
彼が殺人鬼としての本性を開花させたのはある1人の女性との出会いが原因となった。
バンディを知る弟のグレンはこう証言する。
「兄をおかしくしたのはステファニー・ブルックスに出会ってからだ。あの女にさえ会わなければ、兄は殺人鬼にはならなかったかもしれない」
運命のいたずらか、1965年ワシントン大学に進学したバンディは自分の理想像ともいうべき女性に一目ぼれしたのである
サンフランシスコの裕福な家庭に育った彼女は容姿のみならず社会的地位にも経済的にもバンディの理想を体現していた。
バンディはたちまち彼女に夢中になり、ついには婚約を勝ち取ることに成功する。このときがバンディにとっては人生の絶頂期であったかもしれない。
二人の蜜月は長くは続かなかった。
この時点でバンディは頭脳は優秀でも粗野で貧乏で女性好きのするお洒落さや気配りにも欠けていた。
夏の終わりに婚約を破棄されあっさりと彼女に捨てられたバンディは学業も手に付かず遂に大学を中退する。
だが大学を止めてもバンディは人生を諦めたわけではなかった。
「いつかあの女を跪かせてやる」
なんと彼は外見を磨き、マナーを学び、ファッションに気を使うなど理想の自分に近づくべく努力すると同時に共和党の党員として活動を開始する。
彼の熱心で精力的な政治活動を見たある議員は彼の弁舌と努力を評価し、「いつか彼は知事までのぼりつめるだろう」と言ったという。
しかしその努力の全ては自分を捨てたあの女、ステファニー・ブルックスを見返してやるためだった。
将来有望な政治家の卵としてさっそうとステファニーの前に現れたバンディにステファニーは驚きとともにかつての愛情を再燃させる。
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彼女に対する復讐が完了したと判断したバンディは突然彼女との連絡を絶つ。
「俺はあの女を見返してやりたかっただけさ」
彼女のほうから自分に惚れたときからバンディにとって彼女は特別な存在ではなくなっていた。
彼女への復讐を終えたバンディだが彼の歪んだ欲望はそれから間もなく暴走を開始した。
1974年の1月からワシントン州で失踪事件が続発する。
行方不明となった彼女たちはステファニーへの復讐が終わったというのに、彼女によく似た髪の長い、多くは黒髪の女性だった。
バンディは「テッド」という偽名を名乗り、若い女性を誘っては殺害し山中にその死体を埋めていたのである。
偶然から「テッド」なる男が女性を軟派するのが目撃され、そのモンタージュが公開されるとその姿はバンディの特徴をよく捉えていた。
当時バンディはシアトルの法律事務所に勤めていたが、同僚のキャロル・ブーンや同棲していた恋人のメグ・アンダースは警察にバンディの存在を通報したが
数千件の情報を精査する警察はその情報を黙殺した。
ワシントン州知事の推薦を受けたバンディはユタ州の法科大学に入学。ここでもバンディは有望な青年として高い評価を受けていた。
しかしバンディの酷薄な犯罪はますます加速していく。
たちまち何人もの女性が前触れもなく失踪し、彼女たちは例外なく長い髪の持ち主だった。
スキーシーズンになるとバンディはコロラド州にまで出張しさらに年若い長い髪の女性を餌食にしていった。
バンディが逮捕されたのはほんの偶然によるものである。
1975年8月16日早朝、ソルトレイクシティで交通違反に問われたバンディの車からアイスピックにスキーマスク、数本のロープに手錠一組というキャロル・ダロンシュの事件に符号する物件が発見されたのである。
しかし直接の証拠というには弱いためその日のうちにバンディは保釈されたが、取り調べにあたったジェフリー・トンプソン刑事はバンディが「テッド」であることを確信していた。
物証に乏しいものの目撃者の証言を引き出した警察はついにバンディを告発。
バンディは悠々と自らの無罪を主張したが、裁判は有罪となり1年から15年の禁固刑が宣告された。
もっともこれはあくまでもバンディをキャロル・ダロンシュの誘拐及び殺人未遂の罪のみであり、一連の連続殺人事件の立証を警察が諦めるはずもない。
死体の発掘が進むにつれて明らかになり始めた遺留品や目撃情報などを収集し、警察は刻一刻とバンディの喉首に迫ろうとしていた。
こんな状況でもバンディは余裕の笑みを浮かべ自ら弁護の指揮をとることを宣言し、国選弁護団にあれこれ指示するとともに裁判では自らを「彼」と呼んで自分が弁護士であるかのようにふるまった。すでにこのころから彼の裁判にはファンの女性が見受けられるようになっていた。
実は自ら弁護士のようにふるまうのには彼なりの理由があった。アメリカでは自分で自分の弁護を務める被告人には通例、一定の行動の自由が認められており、例えば、図書室での判例集の閲覧などが許されるのだがバンディはこうした自由を利用して、脱走を成功させたのである。
コロラド州ピトキン郡裁判所に護送されたバンディは弁護のためいつものように図書室に入っていった。手錠や足かせははずされていた。
警戒の目がはずれたことを確認したバンディは躊躇することなく図書室の窓をあけ、9mもの高さから飛び降りる。
通常であれば骨折していてもおかしくない高さだが、幸か不幸か怪我らしい怪我もなくバンディは脱獄に成功する。
「テッド・バンディ脱獄す」の報に全米が熱狂と恐怖に包まれた。
ほとんどは狂犬が野放しになったことに震えていたが、彼を反権力の象徴とみなし彼に喝さいを贈るものも少なくなかった。
バンディTシャツが飛ぶように売れ、バンディ・バーガーなるハンバーガーまで出現したというから驚きである。
さすがに管理人は殺人鬼の名を冠したバーガーを食する勇気はないが、脱獄にひっかけて中身が逃げ出してしまったパンだけのバーガーだったらしい。
脱獄は素晴らしかったが組織力をもたないバンディいとって逃避行は長くは続かなかった。
キャディラックを盗んだバンディは警戒中の保安官によって発見されあえなく再び御用となる。
バンディは厳重な護衛付きで拘置所に帰還した。以後、彼が監房から出るときは理由に関わりなく必ず足かせがはめられるようになった。
ここでバンディにとって都合の悪い決定が下る。コロラド州裁判が、その管轄をアスペンからスプリングスへと移すことに決定したのである。
これを知ったバンディは判事に向かって激昂したという。
「この私に死ねというのか!」
スプリングス裁判所は、死刑判決が下る確率が高いことで有名だったのである。
たった一人の女を見返すために自分という存在を一から鍛えなおしたバンディにとってこの程度で諦めるという選択肢はなかった。
1977年12月30日、ごく短期間の間に16kgもの減量に成功したバンディは独房の天井に小さな穴をあけ、そこから痩せた身体を生かして再び脱獄を成功させたのである。
のちにバンディはこのとき、殺人から足を洗うつもりであったと語っている。
もう一度堅気として別の人生を再スタートさせよう。そんな決意にもかかわらず時をおかずしてバンディはフロリダ州のとある女子寮に潜入してそこの学生を虐殺した。
ある心理学者は「彼は自分で自分の殺人を止めることができなかった。だから死刑になる確率が最も高いフロリダで凶行に及んだ」と語る。
しかし2度に渡る脱獄やその後の死刑を免れるために彼がとった行動を鑑みるにそれはいささか都合がよすぎるように思われる。
むしろ彼の生い立ちからの人格形成によって生じた自己顕示欲の発露であるというほうが管理人としては整合性が高いと思われるのだが。
いずれにしろ現地警察と派手なカーチェイスのすえ格闘まで繰り広げたバンディは再び逮捕され裁判の壇上に立たされることとなった。
この後バンディが娑婆に世界に舞い戻ることはなかった。
世間の高い関心を示すように、バンディの裁判はTV中継されることが決定した。
バンディは再び得意の弁舌を駆使して無罪を主張し、かつての同僚キャロル・ブーンと結婚、自叙伝を出版し世論に訴えようとしたがもはや彼の無罪を信じるものは皆無に等しかった。
有罪が覆せないと知るやバンディは激昂し、悪態をつき、陪審員に向かって絶叫した。
「お前ら、俺を殺したいんだな!そうだろう?」
その後もバンディは生き延びることを諦めようとはしなかった。
まるでそれが彼の生きざまだと言わんばかりに裁判の再審を請求し、また猟奇殺人の捜査に協力することで生きながらえようとした。
(ヘンリー・ルーカスが同じような理由で死刑の執行を免れている)有名な殺人ピエロ、ジョン・ウェイン・ゲイシーでも捜査官に彼のプロファイルを語ったというが、それが捜査で行かされたという話は確認するかぎり残されていない。
1989年1月24日、ついにバンディに電気椅子での処刑が遂行される。
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