恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

高見 梁川

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城丸君事件

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 1984年1月10日札幌市豊平区で発生した男児死亡事件である。
 この事件で特筆すべきは、犯人がわかっているにもかかわらず犯人が無罪となりしかも犯人が警察を相手取り損害賠償の請求(厳密には拘束への補償)まで勝ち取っているということだ。
 日本犯罪史上の中でも指折りの後味の悪い事件である。

 
 昭和59年1月10日午前9時半ごろ、北海道札幌市豊平区に住む城丸隆氏の家の電話が鳴った。
 たまたま近くでいた二男で小学4年生の秀徳君が電話に出た。思えばこれが悲劇の始まりであった。
 このとき茶の間には父母も兄もいっしょにおり、秀徳君が電話に出たのはあくまでも偶然であったからである。
 電話に出た秀徳君は家族の誰ともかわらずにそのまま話を聞き始めた。たまたま自分宛てにかかってきた電話であったらしい。
 しかし友達と話す様子とは違い、「はい……はい……」と小声で返事をしている様子は年上の人間に叱られているかのようだったと家族は語る。 
 不審に思った母が「誰からの電話?」と聞いたが秀徳君は返事をしなかった。
 そして電話が終わるとすぐ秀徳君は「ちょっと出かけてくる」と言いだした。
 「どこへ行くの?」と母が尋ねると

 「ワタナベのお母さんが僕に物を知らないうちに借りたらしいんだ。それを返したいといっている、函館に行くと言っている。車で来るからそれを取りに行くんだ」

 その場にいた家族全員にとっても意味不明な言葉だった。
 管理人も覚えがあるが、この年齢の少年が吐く嘘は本人は論理が通っていると思っていても実は支離滅裂であることが多い。
 おそらく別件で呼び出されたことを隠すための秀徳君の嘘であったのだろうと管理人は思う。
 「寒いからジャンパーを着て行きなさい」と母が言ったので秀徳君はジャンパーをはおると玄関から飛び出していった。
 いやな予感がしたのだろう。母は長男に「秀徳のあとをつけて」と頼む。
 前日に降り積もった雪の上を小走りに秀徳君が駆けていく。そして二楽荘というアパートの交差点で秀徳君は左に曲がった。
 兄が秀徳君を確認できたのはこれが最後だった。兄が交差点を左に曲がったとき、秀徳君の姿はどこにも見えなくなっていた。
 二楽荘の周りをうろついてみたが秀徳君の姿は見えない。二楽荘の隣にはワタナベという表札のかかった民家が建っていた。
 しばらく待っても秀徳君が出てこないため長男はいったん母に報告するために家に戻った。
 母は長男に案内されてワタナベさんの家の前までやってきたが秀徳君がいつまで待っても出てこないので玄関のチャイムを鳴らしてみることにした。
 すると高校三年生になる娘が出てきてそんな子供は来ていないという。その日両親は朝から外出していて電話などもかけていないそうだ。
 母と兄は慌てて周辺を捜しまわったが秀徳君は発見できずその日の午後12時半ごろ交番に捜索を依頼した。
 依頼を受けた警察はすぐさま捜索を開始、周辺の聞き込みを行ったがするとすぐ秀徳君の目撃者が見つかった。
 工藤加寿子というススキノのホステスで二楽荘の二階で2歳になる娘とともに暮らしていたのである。
 彼女は「今日の午前中外の空気を吸いに出て5分くらいでアパートに戻るとその時小学生くらいの男の子が近づいてきてワタナベさんの家は知りませんか?まっすぐいって階段を上る家だと聞いたのですけど」
 と尋ねられて「隣にワタナベさんの家があるけどそちらじゃないの?」と返事をした。少年は「どうも」といって立ち去ったので自分もアパートに戻ったと話したのである。
 ワタナベ家は一軒家ではあるが玄関が二階にある造りになっており、(雪国ではあまり珍しいものではない)少年の言葉には確かに該当する。
 警察はワタナベ家にも事情聴取をするが、さきほどの女子高生が同じ証言をするだけであり、任意で家宅捜索もしたが秀徳君は見つからなかった。
 この後も警察は秀徳君の捜査を継続したが新たな情報は得られず事件は秀徳君の失踪という形で終結した。
 第一発見者である工藤加寿子にも調査の手は及んだが証拠な何もなく事件は迷宮入りするかに思われた。


 ところが秀徳君の失踪から2年後ある事件が発生する。
 昭和61年加寿子は一人の男性と再婚した。
 男の名を和歌寿美雄さん、35歳の男性で郊外で農家を営む男性であった。
 夜の街で生きてきた加寿子と農家一筋の寿美雄さんではあまりに生活が違いすぎると当初からこの結婚は親族に反対されていた。
 しかしその反対を押し切って寿美雄さんは「農業の手伝いはしなくてよい」という約束で加寿子との結婚を強行する。
 案の定というべきか、二人の結婚生活はうまくいかなかった。
 農作業を手伝わないばかりか食事の用意も満足にせずパチンコに通い娘を連れて一週間以上も遊びに行って帰らないこともあった。
 しかも金を渡さないと怒鳴りだし、保険金の受取人も加寿子にさせられたばかりか寿美雄が家を建てるために蓄えていた貯金2千万円もいつのまにか加寿子に引きだされ使われてしまっていた。
 部屋も加寿子と寿美雄は別々で家庭内別居のような状態であったらしい。
 ほどなくして寿美雄さんの顔色がどんどん悪くなりしきりに体調不良を訴えるようになっていった。
 「俺殺されるかもしれないよ」
 仲の良かった義理の兄に寿美雄さんは相談をしていたという。
 「早く離婚したほうがいい」
 義理の兄の忠告を寿美雄さんは真剣に受け止めたようだったが、この忠告が実現することはなかった。

 結婚からわずか1年余りの昭和62年12月30日深夜、寿美雄さんの家は突然の猛火に包まれた。
 午前3時ごろ出火した火の手は瞬く間に家中に燃え広がり家全体に広がっていく。
 この報せを受けた義理の兄は「やられた!」と叫んだという。
 あの嫁が寿美雄を殺したことを直感したのである。
 火災が収まったのは午前5時ごろで、焼け跡からは寿美雄さんの無惨な焼死体が発見された。
 事件後の調査で加寿子の不審な様子が次々と明らかになった。
 午前3時という真夜中の出火であったにもかかわらず加寿子と娘は外出着に着替え髪もセットされていたうえに足にはブーツがしっかりと履かれていた。
 さらにそれほどの準備が出来たのに1階の電話機も使わず一番近い隣家でもなく300mほど離れた2番目の隣家に助けを求めにいっているのである。
 しかも一刻を争う事態なのに悠長にチャイムを鳴らし家人が出てくるのを待っていたという。
 焼け残った納屋の前には加寿子と娘の衣装箱が積み上げられていて寿美雄さんのものはひとつとしてなかった。
 寿美雄さんの死後、彼に1億9000万円もの保険金がかけられていることが判明し、誰もが保険金殺人を疑った。
 警察も事件を疑い捜査を開始するが、放火の証拠が見つからず立件は断念せざるをえなかった。
 だが保険会社は保険金の支払いを拒否し、加寿子は裁判に訴えたがのちに訴訟を取り下げ新十津川町から姿を消した。


 寿美雄さんの死去から約半年、焼け残った納屋を整理していた義理の兄は棚の上にビニール袋が置かれているのを発見した。
 茶色く変色したそれは何かの骨のように見えた。最初から加寿子の殺人を疑っていた彼は、あの女まさかほかにも殺人を犯していたのでは?と思い警察にこれを届けた。
 鑑定の結果人骨であることがわかり、血液型や歯の大きさなどからみて行方不明であった城丸秀徳君の遺体ではないかという疑いが強まったのである。
 「ワタナベさんの家に行ってくる」といって秀徳君が姿を消してすでに4年の月日が経過していた。
 このとき初めて義理の兄は加寿子が秀徳君行方不明事件の容疑者としてマークされていたことを知った。
 このことを知っていれば結婚など認めはしなかったのに、と悔やんでも悔やみきれない思いであった。
 行き詰まっていた秀徳君行方不明事件が再び動き出した。
 捜査の結果、行方不明事件当時加寿子容疑者には多額の借金があったことが判明する。
 秀徳君の父隆氏は会社社長であり、彼の住む豪邸は付近の住民の間で御殿と呼ばれるほど有名なものであった。
 金に困った加寿子容疑者が身代金目的で秀徳君を誘い出し誘拐したものの、長男の追跡の結果警察の追及が予想していた以上に早く身代金の要求を断念したのではないか。
 さらに秀徳君が行方不明となった1月10日の夕方、加寿子容疑者が大きなダンボールを運び出し親族の家へと移していたことがあきらかになる。
 その後ダンボールは嫁ぎ先の新十津川の農家で燃やされ、鼻をつく異臭が漂っていたことを近所の人間が覚えていた。
 事件当日に加寿子容疑者がダンボールを運び出している事実がもっと早く判明していれば、と誰もが思ったに違いない。
 警察は加寿子容疑者を拘束し事情聴取したものの、一切黙秘を貫いたため当時の技術力では人骨が秀徳君のものであるという証明は出来ず結局加寿子容疑者は釈放されることとなったのである。

 
 無念の撤退を強いられた警察も手をこまねいていたわけではなかった。
 最新の科学技術のもとにDNA鑑定で人骨が秀徳君であることが明らかになると平成10年11月、つに警察は加寿子容疑者を逮捕した。
 犯行から14年10ケ月、時効まで残り2ケ月という最後のチャンスに警察は滑り込んだのである。

 ところが予想に反して裁判は難航する。
 秀徳君の死因が特定できないために、加寿子容疑者の殺意を認定できなかったのである。
 刑法学上殺人とはあくまでも殺意をもって人を殺すことにある。
 過って殺してしまったのは過失致死であり、怪我させるつもりで殺してしまったのは傷害致死である。
 つまり加寿子容疑者が秀徳君を殺したことは間違いないが、殺意をもって本当に殺したのか、ということが争われたのだ。
 ここで時間の経過が決定的な弱点となった。
 傷害致死や過失致死、死体損壊などの罪についてはすでに時効が成立してしまっているのだ。
 この裁判でも加寿子容疑者は沈黙を貫いた。
 「お答えすることはありません」という加寿子の言葉は裁判中数百回にわたって陳述されることになる。
 そして平成13年5月30日札幌地方裁判所5号法廷は加寿子容疑者に無罪を言い渡した。
 判決を言い渡した佐藤学裁判長は「被告人が何らかの行為により城丸秀徳君を死亡させその後遺体を保管したり遺骨を処分したこと、取り調べの最中事件とのかかわりをほのめかすような供述をしたことなど
被告人が秀徳君を死亡させた疑いは強い。しかし殺意を持って秀徳君を死亡させたと推定するにはなお合理的な疑いが残る」とした。
 要するに加寿子が秀徳君を殺したのは間違いないが警察の証拠では殺意をもって殺したとする証拠とは言えないというわけである。
 立証責任はあくまでも検察側にあり、推定出来ない部分は被告の利益にというのが日本の刑事訴訟法の考え方である。
 新たな証拠の発見や加寿子が自白する可能性は極めて低く、検察は上告を断念し、ここに加寿子の無罪が確定した。
 ところが平成14年5月さらに加寿子は拘束されていた928日分の日当と弁護士費用を請求、轟々たる非難がわき起こったが同11月札幌地裁は1178万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
 法律の則る以上加寿子の要求は全く正当なものであったからである。
 殺したことがあきらかであるにもかかわらず無罪となり、さらには賠償金まで請求するという未曽有の完全犯罪は容疑者工藤加寿子の完全勝利で幕を閉じたのである。



 納得できない!という声が噴出したが、残念ながら現在の刑事訴訟法と憲法の疑わしきは被告の利益に、という考え方にのっとる限り地裁の判断は正しい。
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