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4巻

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 イェルムガンド王国に反旗をひるがえしたストラスブールこうアルベルトを討つべく、討伐とうばつ軍はかつてアルベルトの右腕ともくされていたラグランジュ侯爵を筆頭に、およそ一万二千の兵を動員して意気揚々と王都を出発した。
 彼らはイェルムガンド王国の主流派ではないが、まれに見る大軍であった。
 対するアルベルトの軍は、正規軍六千に傭兵ようへい二千の計八千。
 攻者三倍の法則には届かないが、謀反むほん人の軍という敵の心理的重圧を考えれば十分に倒し得る、とラグランジュは考えていた。

「――落ちぶれたものだな、アルベルト」

 本来一族を結集すれば一万を超える兵を動員できるはずが、わずか六千にとどまったのは、アルベルトの親族たちに見限られたからだ。
 確かに王宮でひと際存在感を放つ男ではあったが、戦において何ひとつ実績のないアルベルトに一族の命運をけるのは、あまりにリスクが大きすぎる。
 そんなことも理解できないほど愚かではなかったはずだが……貧すれば鈍すとはこのことだろうか。

「まあいい、我が栄華のいしずえになってくれるのならな」

 ラグランジュ侯のそろえた四千という兵力は、アルベルトには及ばないものの十分に破格と言えた。
 さらにクルーゾー伯爵が千、ヴィルパン男爵が五百、そしてラグランジュの一族衆から、レーヌ子爵とフィヨン伯爵が合わせて一千五百を率いて参戦している。
 これに加えてルクレール将軍が率いる王国軍が五千。ルクレールは手堅くねばり強い用兵に定評のある謹厳実直きんげんじっちょくな男だった。
 肥沃ひよくで生産力の高いストラスブール領は、恩賞として非常に魅力のある土地で、ラグランジュが先陣と決まったことに歯ぎしりする貴族も多い。
 肩身のせまい裏切り者から一転、名誉も恩賞も将来の希望も、すべて掌中に収める可能性をつかみ取ったラグランジュは、やはり只者ただものではなかった。

「壮観ですな、ラグランジュ様」

 ヴィルパン男爵は初めて見る万余の軍勢に興奮を隠せずにいる。
 アースガルド帝国の脅威きょういささやかれているとはいえ、長く大規模な紛争から遠ざかっているイェルムガンド王国にとって、これほどの実戦部隊が動員されたのはここ十年で初めてだ。
 例外があるとすれば、新年の儀礼的な閲兵式えっぺいしきくらいだろう。

「油断はめさるな? ヴィルパン殿。勝利してこそ我らが浮かぶ瀬もあるのですからな」
「む、無論、全力であい務めますとも!」

 この戦いでの手柄がその先に続く恩賞を保証してくれるのである。
 もちろんヴィルパンもラグランジュも、手心を加えるつもりは毛頭ない。
 ただ、彼らがすでに勝利は確定したものと楽観的に捉えていることだけが問題だった。
 味方にただよう功名心にはやる気持ちと、敗北など考えてもいない弛緩しかんした空気に、ルクレールは職業軍人として神経をとがらせていた。

「……ストラスブール侯を甘く見すぎだ」

 国境での小規模な紛争を数多く経験しているルクレールは、敵地での戦闘がいかに困難かを熟知している。地の利というものはそれだけで無視できない力を発揮するのだ。
 兵力差が一・五倍にすぎないにもかかわらず勝利を確信する楽天ぶりが、ルクレールには信じられなかった。
 そうした慎重な性格こそが、今回の討伐にルクレールが抜擢ばってきされた、もうひとつの理由ではあるのだが。

「警戒を怠るな! 斥候せっこうを派遣して索敵さくてきを強化しろっ!」
「はっ!」

 兵力が大きく、そして味方の士気が高いことは悪いことではない。
 戦力差をくつがえす奇襲や、離間工作のような謀略ぼうりゃくを許さなければ、自然とこちらに有利な戦いができるだろう。
 ルクレールは、不気味に沈黙したまま擾乱じょうらん攻撃すらしないストラスブール軍に、違和感と疑念を隠せずにいた。


 一方、ストラスブール侯爵軍が手をこまねいて沈黙していたのにはもちろん事情があった。
 むしろ想定外の極みと言ってよい。
 こんな事態になるなど、数カ月前のアルベルトは夢想だにしなかった。まさに見込み違いの連続である。
 期待していた親族には見捨てられ、王国に反旗をひるがえすことに自軍の兵たちも消極的で、士気の低下は目をおおうばかりだった。
 下手へたに出撃して負けようものなら、その瞬間にも軍は瓦解がかいするだろう。
 何が何でも最初の戦闘に勝たなくてはならない。
 その確実な勝利の機会を待っているうちに時は過ぎ、とうとう城まで接近を許してしまったというわけだ。
 これは、戦闘という不確定要素に命をけることのできない臆病おくびょうな指揮官が、往々おうおうにして起こす喜劇的な思考の停止であった。

「――閣下、このまま何の工夫もなく籠城戦ろうじょうせんとなれば、味方の士気もそう長くは持ちませんぞ!」

 怜悧れいりな知性を感じさせる壮年の男が噛みつくように言った。

「そんなことはわかっている! それより間違いなく勝てる策を出せ!」

 アルベルトに才を見出みいだされ、ストラスブール侯爵軍の軍師となったベネディクトは、内心の怒りを抑えて大きくかぶりを振る。

「戦に絶対という言葉はありません。だから失敗したときに備えて二の手、三の手と用意しておくと、何度も言ったではありませんか!」

 ベネディクトは別働隊による迂回うかい奇襲や、領民の村を焼き討ちにする焦土しょうど戦術など、いくつもの策をアルベルトに献策していた。
 その度に城の兵力が少なくなるのは問題だの、領民を犠牲にするのは外聞がいぶんが悪いだのと注文をつけて拒否したのがアルベルトである。
 まさに実戦経験のない弱みが出たと言えた。
 王国に討伐されようというこの期に及んで、まだ戦後の政治に気を使うことがそもそもナンセンスだ。
 そうした余裕の思考は勝てる算段がついている側がするものだろう。

「こうなっては忠誠心の高い兵士を集めて、隙を狙って一か八か出撃するしかありませんな」
「もっとほかに手はないのか? あの野蛮人クラッツはたった一人でアースガルド軍を撃退したのだぞ!」
「あんな化け物と一緒にしないでください!」

 たった一人で一個軍団に匹敵ひってきするような活躍を期待されても、ベネディクトにはどうすることもできない。比較する対象がそもそも間違っている。

「すべてが遅すぎます。保険に手はつけたくないのでしょう?」

 アルベルトは心から嫌そうに顔をしかめて、渋々ベネディクトに頷いた。ここで反対すれば、望まぬ展開になるとわかったからである。

「よいか、負けることは許さん。必ず勝て!」

 余裕のない声で、アルベルトはえるように告げた。

「わかっています。ここで負けては、私もいったい何のために働いてきたか、わからなくなりますのでね」

 望めば王国軍でも相応の地位を得られたベネディクトが、栄達えいたつを振り切りアルベルトの軍師に収まったのは、心密かにフェルベルーに懸想けそうしていたからだ。
 フェルベルーはアルベルトの妻で、イェルムガンド王国の第一王女。
 あまりに違う身分の差は承知している。だから想いを成就じょうじゅさせようなどとは考えていない。ただそばで彼女を見守っているだけでよかった。
 いずれ女王としてこの国に君臨するであろう彼女のために、自分の力を少しでも役立たせられれば。
 そんな一途な思いとともに、ベネディクトはストラスブール侯爵軍をきたえ上げてきた。
 おかげでストラスブール軍は精強として王国に名をせるほどになった。だが、まさかアルベルトが失脚して王国に反旗をひるがえすことなど想像すらしていなかった。

(ここで負ければフェルベルー様は……)

 虜囚りょしゅうはずかしめを受けるだけでなく、下手をすれば恩賞として、討伐した貴族どもに下げ渡される可能性もある。
 純情を貫き、ベネディクトが生涯しょうがいを懸けたフェルベルーにそんなみじめな真似をさせられるはずがない。

(それにしてもアルベルトめ……フェルベルー様の夫でありながら、なんと無能で度胸のないことか!)

 夫として妻に幸せを与えることができない無力な男。
 ベネディクトは静かに、フェルベルーとアルベルトをめあわせた運命を呪った。


 結局ルクレールが警戒していた襲撃は一度もなく、討伐軍は無傷のままついにストラスブール城へと到着した。
 あくまでも結果的にではあるが、敵の弱腰の対応はラグランジュたちが率いる貴族軍に慢心を引き起こした。

「敵は逆賊じゃ! 容赦ようしゃなく殺せ!」
「手柄を立てれば恩賞は思いのままぞ!」

 手柄と報奨を皮算用して好戦的な討伐軍に引き換え、ストラスブール軍の動きは鈍い。
 殺されたくないからやむなく戦ってはいるが、心情的に同胞であるイェルムガンド国民を殺したくないのである。
 要害であるストラスブール城にいるからこそかろうじて戦意を保っているが、攻撃があと三日も続けば、脱落者が続出するのは火を見るより明らかだった。

「落ちつけ、この程度で我が城は落ちはせん!」

 そんな状態でもなお、ベネディクトが精魂込めて鍛え上げたストラスブール軍の練度だけは本物だった。
 攻城が始まるや、幾度にもわたる討伐軍の波状攻撃を撃退し、少なくない損害を与えることに成功した。
 危なげないその鉄壁の防御は、手堅い用兵に定評のあるルクレールが感嘆の声を上げたほどである。
 しかし籠城戦の鉄則で、撃退は勝利ではない、というものがある。
 敵の攻撃を防いでいるだけでは決して味方の士気は上がらない。こちらから攻撃して主導権を握ってこそ勝利と呼べるのだ。
 いくら善戦しても、勝てるという希望がなければ兵は戦えないのだ。
 そうした意味で、ストラスブール軍の士気は早くも崩壊の目前に迫っていた。

(くそっ……まだか? このままでは……)

 冷静に籠城戦の指揮を取り続けるベネディクトの背中を冷や汗が流れ始めたとき、ついにラグランジュたち貴族軍は攻勢を諦めた。
 後退していく敵軍の追撃のためにベネディクトはすばやく右手を振った。
 いつの世でも後退して背を向ける瞬間が、軍隊にとってもっとも危険な瞬間なのだ。
 ――そのときである。

「押し出せ」

 待機していたルクレールの王国正規軍が、損耗そんもうする貴族軍をかばうように満を持して攻撃に参加したのだ。
 望むところだとベネディクトは覚悟を決めた。
 ルクレールは守りに定評のある将軍で、彼の軍が温存されたまま反撃に転じるのはリスクが高すぎたのだ。
 ここが勝負どころとばかりにベネディクトはえた。

「奴らの相手は俺に任せろ! さあ、傭兵ども! いくらでも賞金を出してやるから逃げる兵どもをぶち殺せ!」

 撤退するラグランジュほかの貴族軍の背に食らいつかせる形で傭兵部隊を放ち、ベネディクト自身は整然と前進してくる正規軍に向き直った。
 ようやくかなめのルクレールが動いた。
 貴族軍に劣勢でなお耐えるだけのねばりは無い。ルクレール率いる正規軍さえ倒すことができれば、ラグランジュなどいくらでもあしらうことができる。
 ベネディクトは最後の予備戦力を投入して正面戦力を強化した。
 だがルクレールもさるもの、これを決然と受け止める。

「恐れるな! 正義は我にあり!」
「おおおおおおおっ!」

 王国を守護する正規軍の士気は天をくほどに高い。
 予備を投入したにもかかわらず、ここ数日の戦闘で疲れていたストラスブール軍は、これまで消耗を避け体力を温存してきた王国正規軍に押されまくった。

「押し返せ!」

 そう言いつつも、予想外の苦戦にベネディクトは決断を迫られていた。
 本来であれば正規軍を消耗の泥沼どろぬまに引き込んだ上で、切り札の投入の機会をうかがうつもりであった。
 しかしルクレール率いる正規軍の圧力はベネディクトの予想すら上回っている。
 さらに味方の士気の低下が深刻で、ベネディクトの的確な指揮がなければ、とうの昔に防衛線は崩壊していただろう。

(もはやここは賭けに……出るしかないっ!)

 せめて敵の補給線を断てていれば、あるいはもっと早い段階で敵に消耗をいることができていれば。
 そんな悔悟かいごをすべて腹にみ込んで、ベネディクトは副官を呼びつけた。

「勝つ必要はない。ただ耐えろ。俺が出る!」


「なんだ……城門が開く? 降伏でもするつもりか?」

 言葉とは裏腹にルクレールの表情はけわしい。
 彼の長年の経験と野性の勘が、尋常じんじょうならざる気配が城門から放たれていることを知らせていた。
 すでにルクレールの兵の一部は城壁内部に達して白兵戦を繰り広げている。
 あと数時間もあれば城壁を完全に掌握することが可能であろう。
 にもかわらず城壁を放置して出撃しようとする――ということは、これがストラスブール軍の切り札に違いなかった。

「続けえええええええええええっ!」

 ベネディクトの咆哮ほうこうとともに矢のような速度で飛び出したのは、およそ二メートル半ほどの巨大な甲冑かっちゅうに身を包んだ一団である。
 アースガルドの魔導装騎兵マジックライダーの技術を一部供与されて、ストラスブールが独自に作り上げた魔導自動甲冑アルフォンス。
 その機動力、突進力、防御力は従来の重装騎兵をはるかに凌駕りょうがしていた。
 ほんの一瞬の間に、まるで象に踏みつぶされたかのように、前線の兵が人の形ではない肉塊と化した。
 アルフォンスのあまりの衝撃力に、正規軍にも動揺が走る。
 ラップランドでアースガルド軍と戦ったクラッツを除き、イェルムガンド王国で魔導装騎兵マジックライダーケイオスを見た者はいないのだ。
 未知の兵器により突然蹂躙じゅうりんされて混乱しない兵はいない。

「将軍の首以外、目もくれるな!」

 先頭を駆けるベネディクトは、雑兵ぞうひょうには目もくれず、ただ前進することを優先した。
 実はアルフォンスの数はまだ少なく、稼働時間も非常に短い。
 ベネディクトは、なんとしても短時間の戦闘で目に見える戦果を挙げなければならなかった。
 そしてできることならその戦果は、王国正規軍であるルクレールからが望ましい。
 だからこそベネディクトは、ルクレールが前線に出るまで切り札の投入を待った。
 王国に喧嘩けんかを売っている以上、勝てるかもしれないという希望を兵に与えなくては、遠からずストラスブール軍は自壊してしまうからだ。
 ――あと少し。
 ルクレールが指揮を執る本陣が、ベネディクトの目前に迫っていた。
 アルフォンスの損耗率は現時点でおよそ三割。撃破されたもの、故障して動かなくなったものもあるが、戦力としてはまだまだ十分である。

「覚悟めされよ! ルクレール将軍!」

 百騎以上のアルフォンスが、怒涛どとうの勢いで敵本陣に乱入する様は圧巻であった。その津波のような進撃は、見る者にベネディクトの勝利を確信させるに十分だった。
 ――しかしそこにベネディクトが追い求めるルクレールの姿はなかった。
 いや、それどころか護衛の兵の姿すらない。
 もぬけのからである。
 あまりに整然としたその光景に、ベネディクトはめられたのが自分であることを知った。

「しまった! まさかここまで奴の読みの内か!」

 「射線固定」

「魔力集中よし」
「増幅魔導媒介ばいかい、起動」
「……残念だったな。切り札を用意していたのはそちらだけではない」

 切り札の読み合いに勝利したルクレールはニヤリと不敵にわらった。
 後方で準備されていた、妖魔の素材を用いて魔導の威力を画期的に増幅する新技術を、満をして投入する。
 王国魔導院の指導を得た魔導兵が、魔法陣とともにり上げた莫大ばくだいな魔力を解き放った。

「――炎王の魔剣スルト・レーヴァテイン

 極限まで圧縮された高温のきらめきが、奔流ほんりゅうとなって、破格の魔導防御力を誇るアルフォンスに襲いかかった。

「魔導結界全開っ!」
「だ、だめです! 防ぎきれません!」

 アルフォンスの耐熱能力がかろうじて何秒かほどの時間を稼いだものの、あまりの高熱に耐えきれずどんどん溶け落ちていく。
 多くの資金と労力をかけた切り札が為すすべもなく失われていくのを、ベネディクトは呆然ぼうぜんと眺めるしかなかった。

「――申し訳ありません。フェルベルー様」

 何の見返りもいらなかった。ただフェルベルーが幸せであれば、それだけで良かった。
 もはやベネディクトに彼女を守るすべはない。
 命尽きるそのときまで、せめて彼女のために祈ろう。
 どうせ残された兵力で、この戦いに勝利することなどありえないのだから。

「敵の切り札は破った。一気に押し切るぞ!」

 今こそ戦いの流れが完全にこちらに傾いたことをルクレールは確信した。
 あとはその流れに乗って攻めるだけで、ストラスブールは落ちる。
 傭兵の追撃を受けていた貴族軍も、そろそろ態勢を整え終わるころだ。
 彼の予想はある意味では正しく、ある意味で間違っていた。
 アルベルトのみが相手であれば、勝敗は確かにこの時点で決したのだが――。


「――なんてつまらないの。この程度の雑魚ざこにさえ勝つことができないなんて」

 ベネディクトが予想できなかったそれは、アルベルトがどうしても使いたくなかった保険であった。
 狂姫スクルデ率いる赤色猟兵団レッドジャガーが、まるで散歩にでも出かけるように、無造作に動き出したのである。


「あの馬鹿、すでに国を売り渡していたか!」

 大陸にその名を知られた狂姫の赤備あかぞなえ。
 アースガルド帝国でも一、二を争う戦闘狂スクルデ率いる赤色猟兵団レッドジャガーが、こともあろうにストラスブール城から現れたことに、ルクレールは事態を正しく洞察した。
 あの劣勢でもアルベルトが強気だったのは、背後にアースガルド帝国という後ろ盾があったからか。
 一時は王国を背負う立場にありながら、売国とはなんという破廉恥はれんちな真似を!
 普段は喜怒哀楽きどあいらくをあまり表に出さないルクレールが、犬歯をき出しにして赫怒かくどした。
 王国軍の将として、祖国への忠誠を誓うルクレールには、許し難い以前に考えることすら不可能な裏切りである。
 なんとしてもここで食い止めなければならない。
 アルベルトがアースガルドにくだったという衝撃が、イェルムガンド全土に波及する前に、すみやかに彼を討伐するべきであった。

(だが……相手はあの狂姫……)

 ルクレールは決して無謀な将ではない。だからこそ彼女と、赤い鎧で身を固めた赤色猟兵団レッドジャガーの尋常でない戦力を、気のかたまりとして知覚することができた。
 噂は虚言などではなく、あの五千程度の戦力は討伐軍一万二千を上回るだろう。
 ルクレールの目にも見事な統率ぶりであった。
 粛然しゅくぜんとしながら、静かな自信に満ち、旺盛おうせいな戦意を表に出さないだけの抑制がいている。
 あの王国の剣ロズベルグにすら、果たしてこれほどの采配は振れるかどうか……。

「なあテオドールよ」

 ルクレールは平騎士のころからの付き合いになる年長の副官に尋ねた。

「……貧乏くじを引いてくれるか?」
「何を言ってるんです! あの狂姫を相手にできるなんて武人のほまれというもんでしょう」
「せっかくの美人と斬り結ぶのはもったいないのだがなあ」
「美人だからこそしつけが必要でしょうや」

 どちらからともなく二人はニヤリと笑う。

「男が美女と踊るのに命を懸けるのはそう悪いことではないな」
「ええ、まさに男の見せどころというやつで」

 表情を引きめたルクレールは深く息を吸い込むと、割れんばかりに声を張り上げた。

「ラグランジュ殿たちに逃げよと伝えよ。我らはここで狂姫と雌雄しゆうを決するとな」

 一度敗退した軍が、再び士気を取り戻すのは容易ではない。スクルデの登場に驚愕している状態では特にそうだ。
 ルクレールはもはやラグランジュたちが戦力にはならぬと判断した。
 ならばここを逃れて後日の戦力となることを期すべきである。
 命を捨てるのは自分たちだけでいい。


 ルクレールの集団が高い戦意を持って、味方の盾となろうとしているのを、スクルデは遠目に認めた。

「どうしてなかなかの男がおるではないか。あのアルベルトとかいう繊弱者せんじゃくものよりよほどきもが据わっておるわ」

 楽しそうにスクルデは嗤う。


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