幕末最強の剣士が仲間に裏切られて異世界に転生したら、人類は竜の侵略で滅亡しかけてました

高見 梁川

文字の大きさ
24 / 26

第二十四話 顕現

しおりを挟む
 鞘の後ろから現われた刀身を見て、弥助は仰々しく天を仰ぐ。
 美しい地金には封印の呪言が黒々と書かれており、ところどころに接着に使ったと思われる膠が付着していた。
 誰もがいったいどんな細工がされていたのか悟らざるを得なかった。
「…………これはどういうことか、説明してもらえるのだろうな?」
「私は知らない! 先代以来、この女郎兼光は一度も抜かれたことはないんだ! 私のしたことではない!」
「天目家当主、ヒノモト刀鍛冶の首座たるこの天目透の目を欺けると思うなよ!」
 天目透は自らも白洲に下り、柄と刀身だけになった偽女郎兼光を手にとった。
「…………無銘ではあるが、初代貞宗の大太刀とみた。神具としても一級品といえるだろう。しかし兼光とは似ても似つかぬ」
「うぐっ」
 天目透ならずとも、貞宗と兼光では、同じ正宗十哲とはいえ沸も違えば刀文も違う。多少刀に関する目が利けば誰でもわかることだった。
「――――我が鬼山家の恥となることゆえこれまで伏しておりましたが……家宝女郎兼光は強奪されていたのです! ほかならぬそこの小僧によって!」
 女郎兼光が偽物であったことはもはや隠しようがない。
 せめて少しでも自分の罪を軽くするには。咄嗟に魁は、一連の選定の儀偽装について取り繕うことを諦め弥助に罪をなすりつけることにした。
「もともと女郎兼光は俺のものだ。正当な持ち主に返してもらったのを強奪とは言わんだろう?」
「ふ、ふざけるな! あれは鬼山家の当主が持つべきものだ!」
「順番を間違えるな。女郎兼光の主が鬼山家の当主になるんだ。鬼山家の当主だから女郎兼光の主になるんじゃない」
「どこの馬の骨の種とも知れぬ貴様が女郎兼光の主になるはずがなかろうが!」
「そうかな? 逆にいえば、女郎兼光の主になるということは俺が鬼山家の血筋であることも何よりの証明になるということか」
「そんなことはありえないっ!」
「嘘か本当か、試してみればすぐにわかることさ」
 弥助が視線を向けると、葉月が両手で女郎兼光を捧げ持ち、するすると白洲へと降り立った。
「おおっ…………」
 以前の女郎兼光を知る魁を含めた鬼山家の男たちの口から、悲鳴ともため息ともとれる声が漏れた。
 まさに鬼山家の力の象徴、長い歴史を体現する唯一の当主の証。
「そ、それをよこせ!」
 必死の形相で手を伸ばす魁を鼻で嗤って弥助は葉月の手から女郎兼光を受け取る。
 刹那、抜く手もみせずに抜刀し弥助は魁の鼻先に兼光の刃を突きつけた。
「ひ、ひぃっ!」
 チクリ、と兼光の先端が鼻に突き刺さり、血が流れ出したのを自覚して魁は転げるようにして弥助の前から飛びずさった。
「な、何をする!」
 しかし魁の叫びに誰も応えることはない。
 それどころか魁の悲鳴を無視するようにして、彼らの目は弥助が右手に持つそれに吸い寄せられていた。
 すなわち、見事に引き抜かれた女郎兼光の圧倒的なまでの美しさと艶やかさと威厳に目を奪われていたのである。
「――――女郎兼光が……」
「抜かれた…………」
 たとえ女郎兼光の姿を見たことがない者でも、弥助が持つ刀から発せられる格の高さと内包された力の強さを感じられないほどの素人はここにはいない。
 むしろこのなかでもっとも鈍感なのが魁であると言えるかもしれない。
 少し遅れて弥助が抜刀していることの意味に気づいた魁は、それでもなおそれを認めることができず弥助に詰め寄った。
「よこせ! それを私によこせ! それは貴様のような小僧が持つべきものではない!」
「まだわからないのか? それでよく仮とはいえ鬼山家の当主が務まったもんだな。お前には刀を持つ資格すらない」
 権謀術数には長けているのかもしれない。
 金勘定は得意かもしれない。
 だが武人が持つべき覚悟と誇りと実力が魁には決定的に欠けていた。
 その場にいた全ての人間がそう確信するほど、魁の欲望に塗れた見苦しさは明らかだった。
「主を決めるのは人間じゃない……兼光の意思が主を決めるんだ。――――高尾」
(呼ぶのが遅うおすえ、主様)
「――――これが高尾大夫!」
「まさか多聞にもなしえなかった顕現を為しうるとは!」
 天目透と九鬼正宗が期せずして感嘆の声をあげて立ち上がった。
 いや、侍従長や安倍宗甫に釈佑も目を見開いて全身で驚きを表していた。
 最高級の対竜神具に宿る精が現世に顕現するということは、それほどに貴重で重要な意味を持つことなのだ。
「――――な、なんだこの場違いな女郎は? いったいどこから現われた?」
「おいおい、仮にも当主なのに精霊化も知らんのか」
 これには弥助も呆れるしかなかった。
(全く、野暮も野暮、塩次郎も形無しでありんす)
 一流の対竜神具は精霊化することができる。それは神具を扱うものなら常識の話であった。
 魁は神具を扱う器が最初からないと思われていたので、それを知らなかったのだ。
 すなわち、魁は鬼山家の当主の座を務める資格などないとみなされていたことの証明のようなものであった。
 塩次郎は花魁言葉で、うぬぼれの強い中身のない男のことで、今の魁はまさにそうした道化そのものに見えた。
 魁の後ろに控えていた鬼山一族の間にも動揺が走る。鬼山家の一族のなかでも長老に近い人間は精霊化の何たるかは知っていた。
 語り継がれるその美しい太夫の姿のことも。
「魁、貴様――――!」
「なんだ叔父――ぐはあっ!」
 憤怒で全身を真っ赤に染めた一人の男が、魁の顔面を力の限りに殴りつける。
 武人らしい巨躯から繰り出された拳に、魁の鼻はあっけなく骨折して鼻血を噴き上げた。
「な、当主に向かって何をする!」
「貴様など当主ではないわ! よくも我らを謀ってくれたな!」
「た、謀ってなどいない! いいがかりはよせ!」
「女郎兼光を引き抜き精霊化させた。それこそその御方(やすけ)が鬼山家の血を引いている何よりの証! 先代を裏切りどこの馬の骨とも知れぬ種を孕んだなど濡れ衣もいいところであった、ということだ!」
「あっ…………」
 これには咄嗟に魁も二の句が継げなかった。
 弥助が本物の女郎兼光を持っているとつい先ほど自分は訴えたばかりである。
 その女郎兼光を弥助が抜いたならば、それはこれ以上ない弥助が鬼山家直系の血を引いていることの証明なのである。
 弥助に女郎兼光を奪われたと訴えたのは早計であったと魁は己の失言を呪った。
「どうやら化けの皮が剥がれたようだな」
「この……爺いが余計な真似を!」
 してやったりとばかりににやりと嗤う正宗の顔に、だいぶ前から今日この絵図面が引かれていたことを魁は察した。
 おそらくは海防艦波照間の一件より前に、すでに百目鬼将暉あたりの入知恵で自分は陥れられていたのだ。
 なんとか反論したいが術がなかった。
 ここにいる人間のほとんどは、鬼山家の権力が全く通用しない権力者ばかりなのである。
 ましてヒノモト刀鍛冶の頂点、天目透がいる以上、女郎兼光や偽女郎兼光のことで言い訳をすることは不可能だった。
「――――血迷ったのか女郎兼光! こんな餓鬼を主に選ぶなど!」
「おいおい、高尾が貴様のようなクズを選ぶはずがないだろう? いい女を振り向かせる実力もない男が。分際を知れ」
 弥助に鼻で笑われ、明らかに見下されていることを悟って魁は激高した。
「小僧め! 貴様ごときが鬼山の名に相応しいはずがないのだ!」
「ならばひとつ試してやるとしようか」
 弥助は兼光を鞘に納めると、魁に向かって言い放った。
「これから面を打つから、防ぐことができたら鬼山家当主の座は譲ってやろう。簡単なことだろう?」
「ふん! その言葉、忘れるな!」
 藁にも縋る思いで魁は偽女郎兼光――無銘貞宗大太刀を手に取った。
 一流の武人にはほと遠いとはいえ、鬼山家直系に生まれた男子として、恥ずかしくないだけの剣術を魁も幼少から仕込まれている。
 予告された面を防げぬ道理がなかった。
 ゆっくりと弥助が兼光を鞘ごと振りかぶる。その無造作な動作に見ている正宗たちがハラハラしたほどであった。
(――――大丈夫、なんだろうな?)
(竜殺しの実力を疑うわけではないが…………)
「――――面」
「ぐがっ!」
 振り下ろされる弥助の一撃を、魁は認識することすらできずにまともに食らい、何があったのかわからぬままに昏倒した。
 見ている者にとっても、意外でわけのわからぬ一撃であった。
 目に見えぬほど早いというわけでもない。特殊な技巧を凝らしたというふうにも見えない。ただ魁が防ごうとも避けようともしなかったのだけが事実であった。 
「見事である。鬼山弥助――――朕が幼少より耳にいたした高尾太夫の姿そのままぞ。さすがは竜殺し、鬼山家の当主に不足あるまい」
 そして天子自らの言葉が決定打だった。
 その言葉に法的な拘束力はなにひとつない。だがしかし逆らうことは決して許されなかった。逆らうことはヒノモトの国を敵に回すことを意味していた。
「この愚か者(かい)にはいろいろと聞きたいことがある。憲兵総監に引き渡せ。よいな?」
 正宗の最後の確認の言葉は鬼山家の一族に向けられていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした

茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。 貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。 母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。 バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。 しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...