彼の名はドラキュラ~ルーマニア戦記~ ヴラド・ツェペシュに転生したら詰んでます

高見 梁川

文字の大きさ
27 / 111

第二十七話 もうひとつの教会

しおりを挟む
 一週間後、シギショアラの地を一団の聖職者達が訪れていた。
 現強硬、ニコラウス5世教皇の特使として派遣されたジュロー枢機卿の一団であった。

「このようにキリスト教国同士が相争うことなどただ異教徒を利するのみ。我ら教皇庁が公正な裁定を行うゆえワラキア公には一旦国にお引取り願いたい」
 おいこら、寝言は寝て言え。
 そう言いたいのをぐっとこらえて、俺はにこやかに笑って彼らの申し出を固辞した。
 どうやらヤーノシュの教皇庁に対する影響力を見誤っていたらしかった。
 もしかしたら十字軍の派遣要請でも受け入れたのかもしれない。
 これほど本腰を入れて、あからさまにハンガリー寄りの工作を教皇庁が行うにはそれくらいの見返りがないとおかしいのだ。
「フニャディ・ヤーノシュは我が父の仇、奴の首を取るまで退くことは叶いませんな」
「さて? ヴラド・ドラクル殿は臣下に暗殺されたと聞き及びましたが?」
「ヤーノシュに教唆されたと自白したものがおりまして」
 はっきりと嘘である。
 しかしことここにいたってはこの線で押し通すしかない。
 いくらなんでもここで教皇庁から異端認定されるという選択肢はない。

「ならばその者を御引き渡しいただきたい。その件も含め我ら教皇庁が裁きを下しましょうぞ」
「…………………」
 駄目だ、こいつら何が何でもヤーノシュを助ける気でいやがる。
「ヴラド公も心の底から異教徒に従っておりわけではございますまい。同じキリスト教徒として今は心を一つにすべきとき。神は必ずや公の満足のいく答えをお導きくださるでしょう」
――――――それはヤーノシュの全面勝訴というお導きか?
 あまりの下らない口舌に、どうやら怒りを通り越して逆に腹が据わってしまったらしい。
 悪いがそちらがそのつもりならこちらにも相応の覚悟がある。
「残念ながらお断りいたしましょう。我らには貴方以外に歴とした導き手がおりますゆえ」
「まさか本気で異教徒に魂を売り渡したのではありますまいな? さすればキリスト教国のことごとくがワラキアを敵として神の鉄槌をくだしましょうぞ!」
 所詮小国のワラキアが、教皇庁に正面から刃向かえるわけがないと思っていたジュロー枢機卿は激昂した。
 神の代理人である自分を愚弄するならば、本気でワラキアなど滅ぼしても構わない。
 たまたまトランシルヴァニアを手に入れて調子にのっているようだが、繁栄を極める欧州に比べればたかが田舎の一公国程度何ほどのことやある。
 そもそも異教徒の殲滅に燃えるジュローとしては、ワラキアがオスマンに従属しているというだけでも許しがたくあるのだ。
「これはしたり。我が信仰する神の導き手はローマ皇帝ヨハネス8世陛下ただひとり。それはフィレンツェ公会議において教皇聖下もお認めになったはず。まさか東西の合同をお進めになっている聖下が、我が正教を異端扱いされるようなことはございますまい?」
「そ、それは……………」
 今や瀕死の正教など知ったことか、とジョローは考えていたが、さすがにそれを言葉にするのは憚られた。
 教皇自身が東西合同に並々ならぬ関心を寄せているのは事実であったからだ。
「私としたことが埒もないことを! そのようなことがあるはずもない! もしそうならば教皇庁は異端と合同することになるのですからな!」
 煽るように俺は嗤った。
(―――――この若僧、殺してやりたい―――――!)
 血が滲みでるほどに唇を噛みしめ、ジュローは大げさな身振りで、さも迂闊なことを言った、という演技に興じるヴラドを呪った。
 何よりその言葉を否定出来る術を、自分が持ち合わせていないことがたまらなく無念であった。

「ご足労だが一度お引き取りになってヤーノシュ公にご伝言いただこう。我らは正教会の仲裁にならいつでも応じる用意がある、と」


 鮮やかな地中海の赤い夕陽に照らされて、ローマの特徴的な円形の屋根が鈍い陰影を作り上げていた。
 かつてあった力を失い、老いさらばえた醜い肢体をさらしていても、背負い続けた膨大な過去がもたらす栄光の輝きは消えない。
 誰もがそれを信じ、そして納得してしまいそうな荘厳な風景であった。
 しかし暗闇に沈んでいく古い石造りの街並みは、彼らの未来を暗示しているようにも思えるのだった。
 ローマ
 その名は全ての欧州世界の精神的な源流である。
 しかし今やその名を受け継ぐ帝国は、かろうじて息をしているだけの瀕死の病人のようでもあった。
 後の世にビザンツ帝国とも、東ローマ帝国とも呼ばれるこの大国は、わずかばかりの領土と皇帝が存在するというだけの名ばかりの存在に成り果てていた。
 その猫の額のような国土も、今や巨大なオスマン帝国によって包囲されており、莫大な朝貢金を払ってようやく存在を許されている。
 かつての栄光を知るものにとってそれは屈辱以外の何物でもなかったのである。
 ―――――かの有名なコンスタンティヌス帝が、ボスポラス海峡のマルマラ海側の突端に首都を建設したのは西暦330年のことになる。
 コンスタンティノポリスと呼ばれたこの首都は、ローマ帝国の東西分裂後、新ローマあるいは第二のローマと呼ばれ、最盛期には人口四十万を擁するキリスト教圏最大の都市として機能した。
 強固な城壁に守られた帝都は難攻不落であるかに思われたが、第四回十字軍によってあろうことか味方であったはずのキリスト教徒によって一旦滅亡の憂き目をみる。
 その後帝国はミカエル8世のもとで復活するも、ついにかつての繁栄を取り戻すことはなかった。

 世界に冠たるローマの正統な後継者にして、キリスト教正教会の総本山でもあるコンスタンティノポリスは今唐突に訪れた機会に荒れていた。
 政治的影響力を失って久しいコンスタンティノポリス総主教庁に、ワラキアとハンガリーの調停が持ち込まれたからであった。
正教会(オルソドクシア)
 ローマの分裂とともに、教会もまた東西に分かたれており、西方のカトリック教会に対し東方を正教会という。
 ルーマニアはいうに及ばず、セルビア・ブルガリア・ウクライナ・ポーランド・ロシア・ギリシャなど、東欧の諸国のほとんどはこの正教会に所属していると言っていいだろう。
 帝国の衰亡とともにその影響力は低下していたが、正教徒にとっての信仰の源であるという巨大な権威は健在であった。
 ゆえにこそワラキア公はローマ教皇庁にではなく、コンスタンティノポリス総主教庁に調停を委ねたのである。
 彼らにとってこの調停に成功すれば、再び東欧でも影響力を取り戻せるかもしれないという希望を抱かせるには十分な問題であった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...