彼の名はドラキュラ~ルーマニア戦記~ ヴラド・ツェペシュに転生したら詰んでます

高見 梁川

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第八十七話 兄弟相克

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 オスマン朝が兵力をコンスタンティノポリスに集中させたということは、同時に今まで外縁部で抵抗していた勢力にとって、待望の反撃の機会でもある。
 とはいえかつてのローマ帝国がティムールにアンカラで敗れたオスマンを追撃できなかったように、反撃をするにはそれだけの体力と戦闘力、何より君主の決断力が必要であった。
 現にトレビゾント帝国はこの機会に積極策を打ち出せずにいる。それも無理からぬことであるかもしれない。
 オスマン朝は兵を集めただけで、決して敗れたわけではないのだから。
 これで再び敗れてしまえばトレビゾント帝国の滅亡は確定だ。
 もちろん、アルバニアの英雄スカンデルベグにとっては、勇気と決断力が不足したことなど過去にも将来においてもありうることではなかったのだが。
「今こそ我らが故郷を異教徒より解放する時ぞ!」
 北部アルバニアの総力を結集した戦力一万余は、怒涛の勢いでアルバニアを南へ向けて進軍を開始していた。
 フィエルやサランダ・コルチャといった南部の大都市で、正教徒を中心に反オスマンの擾乱が起きつつあるという情報ももたらされている。
 その大半は正教会大主教であるワラキア公ヴラド三世の呼びかけに負うところが大きい。
 全くどこまでも自分の予想を超えてくれる男であった。
「アンジェリーナはよき夫を得た!」
 中部の都市エルバサンの前面において、オスマン兵数千の襲撃を受けたが、ジョルジは鎧袖一触になぎ払う。
 迎撃するオスマン兵は、ほとんど抵抗らしい抵抗ができぬままに駆逐され、追い払われてしまった。
 かつてはオスマン兵十万に蹂躙された中南部に、民衆の歓呼が木霊する。
「スカンデルベグ!! スカンデルベグ!!!」
「我らが英雄! 我らが希望!」
 いまだかつてキリスト教国が、攻勢にたってオスマン領を侵食することなど一度たりともなかった。
 それがほとんど無人の野を行くがごとくの進軍が続いている。
 この勢いならアルバニア全土を解放することもそう遠い先の話ではないだろう。
 これは現段階ではヴラドにすら成しえていない快挙なのである。
 もっともそれはワラキア公がオスマンに勝利してくれなければ、すぐにも失われる砂上の楼閣にすぎないことを、ジョルジは知っていた。
「それにしても、速く孫の顔を見せてくれぬものかな………?」
 アンジェリーナからワラキア公の寵を受けたという知らせを受けて数ヶ月が経とうとしている。
 戦場の鬼神のような 親馬鹿なスカンデルベグであった。
 もっとも孤独で絶望的なな戦いのなかでは、これほどの余裕を持つことは叶わなかったであろう。
 たのもしい盟友の活躍を信じることができればこそ、彼も明るい未来に思いをはせることができるのである。



「………全く愚かな………」
 ソマスは兄デメトリオスの行動に舌打ちを禁じえなかった。
 皇帝の後継に指名されながら、オスマンに忠義立てして帝国に謀反するとは、なんたる近視眼であろうか。
 これで正面から皇帝に逆らったデメトリオスは、オスマンに勝利してもらう以外に皇帝に登る道はなくなってしまった。
 人格者であり、温厚な兄とはいえ、コンスタンティノス11世が謀反人に譲位するという選択肢はありえない。
 スルタンにすがって皇帝になることになんの意味があるだろう。
 確かにワラキア公の風下に立つのは業腹だが、オスマンに屈服するよりは余程いい。何より彼は同じ正教徒ではないか。
「デメトリオス公の軍勢、城下におよそ三千と見ました!」
 そんなソマスの慨嘆が兄デメトリオスに届くことはなかった。
 いまやモレアス専制公領は、デメトリオスとソマスの両派閥に真っ二つに分断されていた。
 その戦力はほぼ互角であり、それがデメトリオスの苛立ちを募らせている。
 次期皇帝であるはずの自分のほうが、むしろ戦力では少ないのではないか。
 オスマンの威光を背景に調略攻勢をかけたにもかかわらず ソマス配下の将をほとんど切り崩すことができなかった。
 そればかりか中立派の貴族たちが、ほとんどデメトリオス側として軍を動かす気配がない。
 そして前もって知っていたかのような万全の備え………それが表す事実はひとつだ。
 ソマスはオレがオスマンに通じていることを知っていた!
 では何故オレを討とうとしなかったのか? 決まっている。血を分けた兄弟相討つことが忍び難かったのだろう。
 なんと惰弱な。弟が兄に情けをかけるなどあってはならない!
 立場上オスマン寄りの旗幟を鮮明にしなければならなかったデメトリオスだが、この瞬間その立場を超えてソマスを討つことを決意していた。
 前々から弟の聡明さを鼻にかけたような態度が気に入らなかった。
 皇位継承のおり、コンスタンティノスを支援してオレを追い落とした際に見せた政治的手腕には怒りすら覚えた。
 あくまで自分で皇位を継ごうとはしない覇気のない弟に、生殺与奪を握られていたなど、とうてい認められたことではない。
「ソマスめ……………貴様の息の根を止めるまでオレは止まらんぞ」
 ソマスとしては、今となってはモレアスを投げ出してでもコンスタンティノポリスを救援に行きたいだろう。
 もしもコンスタンティノポリスが落ち、オスマン軍がモレアスにやって来たら挟撃されて敗北は必至だからだ。
 逆にモレアスをオレに奪われても、コンスタンティノポリスさえ無事なら奪回の機会はある。
 オスマン軍が敗れるようなことがあればなおさらそれは容易だ。
 つまるところ、今やモレアスの死守に拘る必要はないとソマスは考えているだろう。
 だが絶対に逃がさん!
 この先、密かにモレアスを脱出することさえ許すつもりはない。
 昔からお前が嫌いだった。ソマスよ、お前はここでオレの手によって討ち滅ぼされるべきなのだ。
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