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1巻試し読み
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「とまあ、それで、ここで目覚めたわけなんだが……」
「あの遺物はエノク様の予備身体への転送装置でして……念のため、私のいるこの場所に設定しておいてよかった! 下手をして破棄された遺跡などに転送されていたら一巻の終わりでしたからな」
そう話しながらも、カリウスの手はなめらかに動き続けている。
黄金の髪が丁寧に編み込まれ、着せられたドレスを引き立てるようにセットされていく。
こうして手間暇をかけることが淑女の心を養うのだ、とカリウスは力説するが、俺の心はあくまでも男なので勘弁してほしい。
「……我ながら満足のいく出来映えです。どうぞご覧ください」
「ぶふううううううっ!」
鏡に映る自分の姿を見てエルロイは噴き出した。
ただでさえ細い手足をさらに細く見せるドレスのライン、そしてふんだんにあしらわれたフリルが少女の可愛らしい容姿を際立てる。
豪奢な金髪は上品に纏められ、まるで精緻な金細工のようであった。
大きくつぶらな瞳は菫色に輝き、小さく瑞々しい唇は血のように紅い。
これが亜神エノクの身体――これほど美しい人間をエルロイは見たことがなかった。
なるほど、確かに人間ではなく神の御業……。
「あれ? エノクって女性だったっけ?」
エルロイの素朴な疑問にカリウスは苦笑しながら答えた。
「そうです。威厳がないと言って、幻術で老齢の男を演じておられましたので、ご存知ではないでしょう……私としてはエノク様の美しさを隠すのは断腸の思いだったのですが」
いかにも痛恨の極みという顔でカリウスは顔を歪めた。
「ところで――」
一縷の望みを込めてエルロイはカリウスに尋ねる。
「男の予備身体なんてあったりは……」
「エノク様にそのような無様な格好をさせることなどありえませんっ!」
「ですよねー」
終わった。
この瞬間、エルロイという存在が男性として復活する可能性は途絶えたのだ。がっくし。
「そもそもエルロイ様がエノク様の身体に適合したのは、奇跡のような偶然の賜物なのです。エルロイ様がエノク様の子孫として、その遺伝情報を色濃く受け継いでいなければ、魔法式自体が発動しなかったでしょう」
そう言われてエルロイは、ダンジョンの遺物が遺伝子情報について語っていたのを思い出した。
「俺がエノクの血統だなんて話、初めて聞いたぜ」
「それは止むを得ません。直系の男子は早くして殺されてしまいましたし」
エノクが腐敗する国を捨てて神となり、重しの取れた権力者たちがエノクの屋敷を襲撃したのは有名な話である。
その後わずか一年にして古代王国ワイズの歴史は終焉したのだが。
「ご安心ください! エルロイ様が立派なレディとなれるよう、このカリウス、粉骨砕身してご協力する所存!」
そこに、欠片たりとも安心できる要素はなかった。
「お願いだからもう少し覚悟する時間をください!」
生きていられるだけでも望外の幸運、そして俺には救わなければならない仲間たちもいる――。
これから女性の身体と付き合っていかなければならないのは理解したが、受け入れるにはまだまだ時間が必要であった。
「……お目覚めでしょうか、エルロイ様」
その後、追い討ちをかけるように淑女としての姿勢や座り方を教授されていたのだが、いつの間にか意識が飛んでいたらしい。
ピンクのネグリジェに着替えさせられているが、誰がやったのかは聞かないほうがいいだろう。
「ああ、すいません。着替えは自分でできますので! これからはそこに服を置いてください!」
隙あらば再びお着替えをさせようとにじりよってくるカリウスを、エルロイは先手を打って押しとどめた。
男に身体をまさぐられるあの感覚は、できれば二度と味わいたくない。
残念そうに顔を顰めたカリウスだが、気を取り直してずいっと身を乗り出し、くわっと目を見開いた。
「実は折り入って相談したいことが……!」
その深刻そうな表情に、エルロイはごくりと唾を呑み込む。
もしかしてこの身体に何か不都合でもあるのだろうか? 女性の身体に男性の魂が入りこんでいるわけだしな……。
「エルファシア様というのはどうでしょうか?」
「――え?」
唐突なカリウスの申し出にエルロイは首をひねる。
「長い間必死に考え抜いた、このカリウス渾身のネーミングはいかがでございましょうや!」
「もしかして、俺の名前なんですかっ?」
「イグザークトリーッ! その可憐なお姿で、まだ男の名を使い続けるおつもりかっ! ましておそらくはお訊ね者として追われることになる身でっ!」
「そ、それは、確か……に!」
魂の在り方はともかくとして、生物学的に女性である以上、便宜的に女性の名を名乗ることも必要であろう。精神的なダメージはきつそうだが。
「エルロイ様から名前の一部をいただきつつ、エノク様の高貴さを兼ね備えたこの御名、採用していただけますかっ!」
なんでそんなにテンション高いんだよ!
エルロイはそう思ったが、とりあえず反対する理由があるわけでもなかった。
「……お任せします」
「おおおっ! ついに! エノク様に仕えて数千年! ついに私は主の名づけ親になりましたぞおおおおおっ!」
感動に激しく打ち震えるカリウスにどん引きしながら、エルロイはそそくさと上衣を身につけた。
正気に戻ったら、絶対に手伝おうとするはずだからだ。
――しかし、エルロイの見通しはまだまだ甘かった。
「それではそろそろ入浴をいたしましょうか。エルファシア様」
「はっ?」
今、とても不吉な言葉を聞いたような気がしたのだが。
「無論、エノク様の身体の保存に手を抜いたことはありませんが、エルロイ様がお宿りになるまで一度も入浴していないのも事実。今日という今日は隅々までお洗いしなくてはっ!」
「いやいや、絶対カリウスさんの願望が入ってるよね!」
「滅相もございませんっ! ふひひ……」
「信じられない! 欠片も信じられないよっ!」
ゾワリという不快感に、エルロイは自分を抱きしめるようにして身体を丸めた。
そんな様子が、少女の可憐な雰囲気をますます助長する。
「ま、まさかこれほどとは……エノク様、あなたの娘はこんなにも可愛らしく成長いたしましたぞおおっ!」
「娘じゃないし、女性として育ってもないっ!」
「外見さえ問題なければ、中身など後でどうとでもなるのです!」
「ぶっちゃけたっ!?」
エルロイは生まれて初めて、貞操の危機を感じていた。
セイリアや若い女性冒険者が下心見え見えの男性冒険者に向ける、虫けらでも見るような視線の意味を、エルロイはここで理解した。
(ごめん、セイリア……まさかこんな気持ち悪いことだったなんて……!)
今こそエルロイは全身全霊で、決して女性をいやらしい目で見ないことを誓った。
「と、とにかく自分でできますから、カリウスさんは手出し無用でお願いします!」
「これはしたり。乙女の柔肌や髪の手入れを、エルファシア様が知っているとも思われませぬ!」
「男とお風呂に入るのに比べれば些細なことでしょ!」
すると、まるでこの世の終わりのような絶望に満ちた表情で、カリウスはがっくりと両膝を突く。
そしてやるせない思いに拳を震わせ、涙ながらに哀訴した。
「男だというだけで、主人の身体を洗わせてもらえないのですか! エルファシア様はこのカリウスの忠誠をお疑いかああああああっ!」
「男が女と風呂に入らないのは当たり前でしょう! それに血涙まで流すほどのことですか!」
「主様を愛でるのがこの私の生き甲斐なのにいいいいいいいっ!」
「捨ててしまえ、そんな生き甲斐!」
「ソウサアアアアアッド! 無念っ! 無念でございますが、主様の御為、ここは涙を呑みましょうぞ!」
ドロン!
「えっ?」
まるでカリウスの身体が煙に変わってしまったかのような、否、本当に煙に変わってしまったことにエルロイは絶句した。
まさか、一緒に風呂に入れない絶望のあまり消滅してしまった? そんな馬鹿なことあるわけが……。
「――お初にお目にかかります。エルファシア様」
「だ、誰?」
煙が晴れると、そこにはカリウスではなく二十代半ばほどの、プロポーション抜群の美女がいた。
「カリウスに代わりお仕え申し上げます。カーチャ・ゲオルギーナ。どうかカーチャとお呼びください」
「カーチャさん? カリウスさんは? カリウスさんはいったいどこに?」
突如出現した美女にかしずかれて目を白黒させたエルロイも、いなくなってしまったカリウスを無視することはできなかった。
こんな馬鹿な理由でいなくなられたら、あまりに哀れすぎる。
もちろん、だからといって彼の要求を呑むつもりは一切ないが。
「どうかお気になさらず。カリウスは私の男性体、私はカリウスの女性体です。エノク様の使い魔たる私たちは、二人でひとつの存在なのですから」
「ええええええええええええっ!?」
目の前の美女とダンディなカリウスが同一存在? というか使い魔だって?
上級の魔法士はたいがい高性能な使い魔を所有しているが、その大半は動物かキメラであり、これほど人間そっくりの使い魔をエルロイは今まで見たことがなかった。
「――ところで」
ギラリとカーチャの瞳が欲望に輝くのをエルロイは確かに見た。
「よもや女性の私を拒むなんて真似はしないわよね? 大丈夫、痛くしないからっ!」
「いやああああっ! 穢される! 犯されるううううううっ!」
「やーね。人聞きの悪い。お世話のついでに少し愛でるだけじゃない!」
「言動がカリウスさんと変わってないっ!」
「もともと同じ存在だからね。私たちは」
がしっと肩をわしづかみにされたエルロイは、むなしい絶叫を残して浴室へ引きずられていくのだった。
「いいいいいやあああああああああああああああっ!」
絶賛洗われ中の身となったエルロイは、いろいろと見てはいけない光景から目を逸らすことで精いっぱいであった。
「うふふふふ……いい肌だわあ。白くてきめ細やかで、吸いつくような潤いがあって……こんな肌を荒らすなんてもはや犯罪よねえ」
機先を制して自分で洗おうとしたのもむなしく、たちまち駄目出しをされたエルロイは為されるがままに洗われるしかなかった。
「乙女の柔肌を男どもの油臭い雑巾みたいなものと比べるなんてもってのほかよっ! そんな力任せに擦ったら痛いでしょう?」
「あ、はい」
もちろん実際に肌が真っ赤に傷んだこともあるが、エルロイの視線はメロンのように豊かに実ったカーチャの胸にくぎづけであった。
そのボリュームは、記憶にあるセイリアのそれを大きく上回る。
「氷雪嵐!」
「うわっ! こ、殺す気かセイリア!」
「誰が貧乳だっ!」
「誰もそんなこと言ってねえよ! ていうか、そんな意味不明なことで魔法をぶっ放すな!」
「おかしい……この感覚はきっとエルロイ。絶対に天誅を下す!」
セイリアとレーヴェの間でそんな会話がされているとは夢にも思わず、エルロイは惜しげもなく晒されたカーチャの肢体にノックアウト寸前であった。
これまで女性と付き合ったことのないエルロイに、いきなりカーチャのようなナイスバディは刺激があまりに強すぎた。
(いかん、鼻血が……)
顔面の血管に血流が集中していくのがわかり、エルロイはぶるぶると頭を振った。
「だめよ、ちゃんと見てなきゃ。敏感な部分のケアは大切だから」
「ひゃんっ!」
自分のものとは思われぬ嬌声にも似た悲鳴を上げて、エルロイは身を固くした。
カーチャの手が女性特有の敏感な部分に触れたのである。
「こういうデリケートな部分こそ、淑女として気をつけなくてはいけないわ。間違っても乱暴に扱ってはダメ。指でこするようにして少しずつ汚れを取る」
「わか、わかりましたから……! 早く終わって……! ひううっ!」
カーチャの言葉は正しい。
なんとなくそれがわかるだけに、エルロイも強く拒絶することができずにいた。
しかしそれと身体の反射はまた別である。魔法剣士として苦痛には耐性のあるエルロイだが、苦痛とは真逆の未知の感覚には対応ができない。
「エルファシアちゃんも生理が来ると思うし、そのケアもきちんとしないとね」
「――えっ?」
今、またも聞き捨てならないことを聞いたような気がする。
「生理……来るの?」
「当たり前でしょう? エノク様のボディが見かけ倒しだとでも思っているの? 完璧で、人間の女と何ひとつ変わらないわよ!」
――ということは子供が産める!?
「ふにゃあああああああああああああああああああああっ!」
「ちょ、ちょっと! エルファシアちゃん落ち着いて!」
昨日の今日で、そこまで女性に適応することなど不可能だった。それをいやというほど自覚させられたのである。
「いやいやいやいやいやいやいやっっ! 俺のお○ん○ん返して!」
「こらっ! 淑女がお○ん○んとか言っちゃいけません!」
駄目だ。こんなの子供の駄々っ子と変わらない。そう思うエルロイだったが、この身体になってから感情の制御がひどく難しかった。
「ふええええええええっ!」
「もう……しょうがないわね……」
一時エルロイの身体を洗うことをやめたカーチャは、ぐっとエルロイの小さな身体を抱きしめた。
「好きなだけ泣きなさい。女の子は泣くのを我慢しない分だけ、男より強い生き物なのよ」
男ならその意見には素直に頷けない部分があるだろうが、今のエルロイには冷静にそうした思考をするだけの余裕はなかった。
豊かで柔らかいカーチャの生乳に顔を埋めていることも忘れて、エルロイは疲れ果てるまで泣き続けた。
「……あらあら、寝ちゃったわ」
やがて眠ってしまったエルロイを、カーチャは愛おしそうに抱き上げる。
「エノク様より可愛いんじゃないかしら。使い魔心をくすぐるご主人様ね」
手早くエルロイの身体を拭き、シルクのネグリジェを着せたカーチャは、ベッドにエルロイの身体を大切そうに横たえ、自らもその隣に並んだ。
「お休みなさい、エルファシア様」
翌朝、目が覚めると同時にエルロイはのけぞって悲鳴を上げた。
カーチャの彫りの深い美貌と、零れ出るようなふたつの巨乳が目に飛び込んできたからである。
「ひゃああああああああっ!」
「あら、おはようエルファシア様。恥ずかしがらなくていいのよ? だって女同士じゃない」
「俺の心は男ですからっ!」
そこだけは譲るわけにはいかないのが、エルロイのアイデンティティであった。
もしこの防壁が破られれば、もはやエルロイという人格は、かつて存在した何かに成り下がってしまうだろう。
すでにだいぶ汚染された気がしないでもないが。
「エルファシア様の意思は尊重したいけど……エノク様の身体で生活する以上、淑女としての立ち振る舞いは覚えてもらう必要があるわ。私もこればっかりは譲れないわよ?」
「人目のあるところでは妥協するので……」
いくらエルロイでも、今の美少女の姿で男のように行動するのが痛すぎることはわかっている。今さら黒歴史を追加するのは御免であった。
「それじゃ、まず下着の付け方から教えよっか?」
「前言撤回してもいいですか?」
「だ、め!」
結局、またも着飾らされてしまった……。
どう見ても深窓の令嬢にしか見えない自分の姿に、エルロイはホロリと瞳を潤ませる。
「う~~んっ! 満足! それでエルファシア様、これからどうするの?」
髪を撫でるようにして香油を染み込ませながらカーチャは尋ねた。
「……まずはレーヴェたちと合流しなきゃな」
あの二人が追手に捕まっているとは思えなかった。
奇襲を受け仲間を守るためにしんがりとなったが、最初からあの二人が自分の命を最優先に行動していれば、あの場から逃げるのも可能だったろう。
それに、あの二人がやられたまま黙っているはずがない。各地に散らばった仲間を集めて、復讐の機会を狙っていることは確実だった。
「随分信頼しているのね? 恋人?」
「ば、馬鹿っ! 俺は男だって言っただろう!」
「あらぁ? 私はそのレーヴェって人のことだなんて、一言も言ってないわよぉ?」
「うぐっ!」
そんな聞き方をされたら誰だってそう思うじゃないか! とエルロイは思ったが、カーチャの悪戯っぽい笑みを前に、言い訳は無駄であることを察した。何を言っても余計にいじられるだけだ。
「――で、今さらだけど、ここはどこなんだ?」
「ケルン山脈の地下洞窟の中ね。南峰だから、下山すればエステトラス連邦に出られるわよ」
「エステトラスか! それは助かる!」
エステトラス連邦は、フリギュア王国の南部に位置する共和制の小国である。
五商と呼ばれる商会の主が元老として君臨しており、その経済的影響力は決して小国と侮ることができない。ダイバーギルドにとっても有力な取引先のひとつであった。
「あの国の情報屋には伝手がある。そこを拠点にレーヴェたちを探そう!」
†
そうして洞窟を旅立ってから三日。
エルロイは毎日積み重なるストレスで早くも胃を痛めていた。
「お嬢ちゃん、お似合いの髪飾りがあるよ?」
「おおおお、お兄さんといっしょに楽しいことしないかな? な?」
どこに行ってもお子ちゃま、そして美少女扱いなのだ。
こんな可愛らしい娘に獣欲を抱くなど、紳士の風上にも置けぬ。ロリコン死すべし。慈悲はないのだ!
「――てめえら纏めてぬっ殺すっっ!」
ゴメス!
エルロイの眼前で火花が散った。
頭頂部に感じるあまりの痛みに、涙目となったエルロイは頭を押さえてうずくまる。
主人に対して容赦のないエルボースマッシュをかましたカーチャは、優雅に微笑んで小首をかしげた。
「……いけませんわ、エルファシア様。淑女たるもの、言葉遣いには常に気をつけなさいとあれほど言ったのに! ワンスモアゲイン」
「……私を子供扱いするなら、ただではおきませんわ!」
「ザッツライト! さ、参りましょう」
「こらこらっ! ちょっと待て!」
完全に無視された男たちが、声を合わせて叫んだ。
彼らからすれば、エルファシアの可憐な美貌もさることながら、カーチャの妖艶な美女の色香も捨てがたい。
最初から、断られただけで諦めるつもりなど毛頭なかった。
「随分コケにしてくれるじゃねえか……大人しく誘ったからって調子に乗るんじゃねえぞ」
「おおおお、お兄さんの言うことに従わない妹などいないのだなっ!」
「――困りましたね。これ以上はエルファシア様を押しとどめておくことはできませんわ」
「言質とったあああああああっ!」
まるで引き絞られた矢が放たれたように、エルロイの小さな身体が飛び出した。
全身を駆け巡る魔力による身体強化だ。小柄で華奢に見える身体は、その強化を軽々と受け入れる。
さすがはエノクの予備身体というべきか。間違いなくスペックはエルロイの元の身体よりも上だろう。
下手に全力を出そうものなら、こんな素人の男たちなど卵のように握り潰してしまいそうだ。
エルロイは軽く悶絶する程度に、男の急所につま先蹴りを打ち込んだ。
なぜだろう? 男であったころは他人事でも肝が冷えたのに、今はざまあみろとしか思わない。
「うぐっ……金的はひどい!」
「お、お兄さん、お姉さんになっちゃうっ!」
あまり深刻さを感じられない男たちの反応に、エルロイは手加減することを止めた。
「貴様らには死すら生ぬるいっ!」
グキリ。
しかし、目にも留まらぬ速さで動いていたエルロイを悠々と捕まえたカーチャが、チキンウイングフェイスロックの構えを取る。
まさに電光石火! 完全に極ったエルロイの関節がギリギリと悲鳴を上げた。
身体強化されたエルロイを封じ込めるカーチャの膂力は、いったいどれほどのものなのだろうか。
「極ってる! 極ってる! 折れちゃう! 落ちちゃうううううううっ!」
「わ、た、し、言葉遣いについて何度も忠告したはずですわああっ!」
「ごめんなさい! 次から気をつけますからああああっ!」
幼い美少女が、美女に背後からのしかかられ関節技をかけられている光景は、あまりに異質であった。
いつの間にかたくさんのギャラリーから注目されていることに気づくと、カーチャはオホホ、と愛想笑いをしてエルロイから腕を離した。
危うく飛びそうだった意識を取り戻して、エルロイはカーチャを上目遣いに、うらめしそうに睨みつける。
思わず抱きしめたくなるその可愛らしさを、カーチャは多大な意志力を動員してなんとか耐え抜いた。
「――それで伝手というのはどちらですの? エルファシア様」
「まずはギルドに行ってみよう。あの事件がどういう処理をされたのか知っておきたいし」
†
エステトラスのダイバーギルドは、非常にこぢんまりとした赤い屋根の建物にある。
規模が小さいのは、エステトラスにはダンジョンがないからだ。
ギルドのなかにはダンジョン由来のアイテムや、クエストの張り紙があるだけで、カウンターの青年は眠そうにあくびをしていた。
「失礼するわ」
聞き慣れない甲高い声で扉をくぐってきた少女の姿に、青年はたちまち眠気も吹き飛び、慌てて背筋を伸ばす。
少女がその様子にクスリと柔らかい笑みを浮かべるので、青年はますます緊張して顔を赤らめた。
「割と小さいんですのね」
なにやら不満そうな、一緒に入ってきた女性も目の覚めるような美女である。
ここエステトラスのギルド駐在員になって数年になるが、こんな場違いな美女が来たのは初めてであった。
「とと、当ギルドに何か御用でありましょうか?」
額に玉のような汗を浮かべ、青年は口元をひきつらせて笑った。
「知人に聞いたのだけれど、本部のほうで何かあったの?」
さすがは正規の職員というべきだろうか。エルロイの言葉に、青年は急激に表情を硬くした。
「……失礼ですが、お嬢様はどちらのダイバーでいらっしゃいますか?」
「どちらの、とはどういう意味かしら? 私はダイバーではありません。ただ、知り合いの安否を心配して尋ねただけです」
「お探しの方の所在が不明であるとすれば、残念ながら生きておられる確率は低いかと思います。知人の方々にも、できれば本部に近づかぬようにとお伝えください」
やはりあの場にいた職員のほとんどは助からなかったらしい。エルロイは顔には出さず、内心で怒りに震えた。
「何があったのかお聞きしても?」
青年も一人前のギルド職員である。いくら綺麗な少女の頼みでも、普通は秘密を漏らすようなことはしない。
しかし現在の複雑な境遇が、まるで愚痴のように重い口を開かせた。
「わからないんだ。突然ギルド長が反乱容疑で処刑されたという連絡があったと思ったら、フリギュアの本部とロイホーデンの支部で真っ二つに組織が分かれてしまった。フリギュア王国と同盟関係にあるエステトラスとしては、フリギュア本部に従わざるを得ない」
しかも本部からの通達では、氷炎の魔女セイリアや槍匠レーヴェを発見し次第逮捕しろと言っている。
おそらくはフリギュア王国とロイホーデン帝国の勢力争いに、ダイバーギルドが巻き込まれたのではないか。青年はそう解釈していた。
「追われているセイリアとレーヴェに心当たりは?」
「本部の指示で情報は収集していますが、皆目見当がつきません。ダイバーなら誰だってあの二人を相手にしようとは思いませんよ」
確かにそうかもしれない、とエルロイは苦笑した。
槍を扱わせればレーヴェは大陸でも最強に近い男である。セイリアもまた、攻撃魔法の強力さにおいては並みの宮廷魔法師など比較にならない。
ダイバーのような組織力のない人間が、個人で敵に回していい人間ではなかった。
彼らを捕まえることができるとすれば、軍隊で物量に物を言わせるか、暗殺や毒殺のような騙し討ち以外にないだろう。
「貴重な情報ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ踵を返すエルロイに向かって、青年は優しく声をかけた。
「君の知り合いが無事であることを祈っているよ」
「感謝します」
青年の厚意に、エルロイは素直に礼を言った。
「き、緊張したぁ……」
ギルドの窓口を後にすると同時に、エルロイはがっくりと俯いて大きく息を吐き出す。
意識して女性らしく会話するのは、予想以上に神経を摩耗する作業であった。男としてのエルロイを、間接的にとはいえ知る相手なだけに、羞恥心が強く刺激されたのだ。
この先レーヴェやセイリアに会ったときのことを考えると、頭を抱えたくなる。
こうしてギルドから出たエルロイは、もうひとつの伝手を訪ねようとしたが、ひとつ困ったことに思い当たった。
少々柄のよろしくない裏稼業の知り合いである。自分が信用してもらえるか、という問題もあったし、女性二人で訪ねて、余計な有象無象が集まるのも面倒だ。
「――そんなわけで、カリウスさんと代わってもらえないかな?」
「ひどいわっ! 私を捨てるのねっ!」
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
しなをつくって腰をくねらせるカーチャに周囲の視線が集中する。美少女と美女が愁嘆場を演じているとなれば、注目が集まるのは当然だろう。
ひとまずこの場を離れなくては。
首筋まで真っ赤に染めて、エルロイは足早にその場をあとにした。
「……カーチャが大変ご無礼をいたしました」
「いや、無礼という点ではカリウスさんもいい勝負だから」
「ホーリーシット! 私はエルファシア様に対する敬意と忠誠を忘れたことなどありませぬぞ!」
忠誠の表現に、重大なミスがある気がするんだがなあ。
幸いカーチャが大人しく引っ込んでくれたこともあって(夜にはまた呼びだすことを約束されたけど)、執事として風格に満ちたカリウスを盾にすることで、エルロイに対する好奇の視線は減った。
「それで次はどちらに?」
「ああ、『底抜け亭』って酒場に用がある」
底抜け亭は、文字通り、男たちが底が抜けたように大量に酒を飲むことから名づけられた酒場だ。大陸を渡り歩く行商や護衛に人気があることから、情報が集まることでも知られている。
その主人であるボリス・モルガンはエルロイの古い知り合いであった。
「まさかこんなナリでボリスに会うことになるとはなあ……」
それだけが憂鬱だった。
よくよく考えれば、男であったころのエルロイを知る人物に会うのは、転生してから初めてなのである。
「邪魔するぜ!」
ゾクゾクッ!
突然カリウスに背中を指でなぞられて、エルロイは危うく悲鳴を上げるところだった。
カーチャは暴力だが、カリウスはセクハラなのかっ! ある意味カーチャより性質が悪いっ!
「……お邪魔するわ」
そう言い直したエルロイは、かつて何度も訪れた店内を見渡した。
商人らしき身なりのいい男が数人ほどで、両脇に商売女をはべらせていた。こちらに好奇の視線を寄こしているのは護衛の兵士だろうか。
「嬢ちゃん、悪いことは言わねえから帰りな。ここは嬢ちゃんの遊び場には早すぎる」
静かな迫力とともに、ボリスはエルロイに向かって手を振った。
どこの貴族の令嬢か知らないが、店を子供の遊びに利用されるのはボリスのプライドが許さなかった。
「ショーパイエを飲めるのはここだけだと聞きましたわ」
「……嬢ちゃん、珍しいもん知ってるじゃねえか」
ショーパイエとは、ボリスの出身地に伝わる非常に珍しい茶をブレンドしたオリジナルカクテルで、それを知っているのはこの酒場の裏に通じた人間に限られる。
その名が出たとなると、到底見過ごすことはできなかった。
「カウンターに座りな。お望みのショーパイエを飲ませてやる」
そう言いつつ、ボリスは油断のない目で金髪の少女を見つめた。
一度見れば二度と忘れられない美貌だ。間違っても知り合いではないし、知り合いの誰とも似ていなかった。
「ところでショーパイエを誰に聞いた?」
他の客に聞こえない程度の小声でボリスは尋ねる。
呟くように低い声だが、その響きには嘘や曖昧な答えは絶対に許さない、という意思が込められていた。
「カンタビーユの捨て子に」
「なんだと?」
ボリスは想定外の返答に唸った。
『カンタビーユの捨て子』が自分の想像通りの人物であれば、迂闊に口にすることはできない渦中の人物だったからである。
「懐かしい名だ。奴は元気かい?」
「いいえ……彼は死にました。今は彼の友人の行方を探しています」
「そうか。死んだ、か」
エルロイを処刑したという発表を耳にしてはいたが、こうして他人から聞かされると、あらためてその死を実感してしまう。
長年の知り合いが殺されたという事実は、ボリスを憂鬱にさせるには十分だった。
「――それにしても、奴が美少女愛好家だったとは」
ポロリと漏れたボリスの一言に、カチンと空気が凍りついた。
今、この男はなんと言った? 美少女愛好家……それはもしかして、俺のことを言っているのか?
「本命は、実は隠れ蓑だったのかもしれないな。そういえば孤児の女を拾ったと聞いたことがあったような……奴を見損なったぜ」
「誰が美少女愛好家だああああああああっ!?」
反射的にエルロイは絶叫した。
いくら女の身体に身をやつしたとはいえ、美少女愛好家扱いされる謂れはなかった。
「割と女にモテたはずなのに、誰ひとり手を出さなかったのはそういうわけか。嬢ちゃんのような、いいとこの令嬢にまで手を出すほど見境がないとはな」
「だから美少女愛好家じゃないからっ! わ、私は彼の恋人でもなんでもないのっ! 信じてえっ!」
「さ、参考までに聞きたいんだが……嬢ちゃんは処女か?」
「KILL YOU!」
「ちょ、落ちつけ。俺が悪かったああああああっ!」
こうして大暴れしたエルロイのせいで、底抜け亭は臨時休業に追い込まれることとなった。
「さすがに、これには同情を禁じ得ません」
泣きながら暴れるエルロイを、カリウスも積極的に止めることはできない。
正気を失ったエルロイが落ち着くまでには、しばらくの時間が必要であった。
無人となった底抜け亭で、ボリスは大きく腫れあがった頭部を押さえる。
「……ててて、わかった! わかったよ! エルロイは美少女愛好家じゃない。あんたはエルロイの恋人じゃない。だからもうやめてくれ!」
「ううううううっ……本当に信じてる?」
「信じたからっ! これ以上暴れられたら店が潰れちまうよ!」
――うらむぜ、エルロイ。全くなんて奴を寄こしやがった。
未だに涙目でこちらを睨みつけているエルロイに、ボリスはお手上げだとばかりに両手を上げた。
「それで? 俺にどうしろって言うんだい?」
「そりゃあもちろん……」
目的を思い出して真顔に戻ったエルロイは、コツコツとカウンターを人差し指で叩いた。
「壁抜けのボリス――もうひとつの商売を辞めたわけじゃあるまい?」
その名はエステトラスはおろか、フリギュアなど国外にまで轟く情報屋のものである。
どんな伝手で情報を集めているか誰にもわからないことから壁抜けと渾名され、エルロイもよく利用した男だった。
カウンターを人差し指で二度叩くのは、情報を利用するときの符牒。ショーパイエを頼むのは、人に聞かれたくない話をする場合の符牒だ。
「符牒は間違っちゃいないが……さすがに今回ばかりは確認を取らせてもらうぜ」
情報屋として名高い地獄耳のボリスですら、目の前の少女についての情報はまるでない。
いかに符牒を知っていようと、それだけで信用するには無理があった。
「嬢ちゃん、本当にエルロイの腹違いの妹なんだな?」
「ええ、そうよ」
「奴とは親しかったか?」
「もちろん、同腹の妹同然に大事にされていたわ。彼のことなら何でも知ってる」
エルロイという人物を語るうえで、自分以上の適任者はいない。もともと同一人物なのだから当然である。
堂々と胸を張るエルロイに、ボリスは尋ねた。
「では聞くが、エルロイの尻には大きな傷がある。どうしてついたか知っているか?」
「そ、それは――」
決まり悪そうにエルロイは口ごもった。当然答えは知っているが、口にするのが憚られたのである。
「その、湖で油断して……用を足していたら、後ろからシャークスピアーに……尻を……てか誰だよっ! それをお前に教えた奴は!」
「槍匠レーヴェだけどな」
「レーヴェ、あいつ、絶対許さねええええっ!」
「どうやら身内で間違いねえようだな。しかし……妹にこんな話を聞かせるなんざ、案外奴はマゾだったのかねえ……」
「お前が聞いたんだろうがああああああああっ!」
「まさか答えるとは思ってなかったよ」
「ど畜生おおおおっ!」
哀れなエルロイは、血涙を流さんばかりに絶叫したのであった。
相変わらず頭を押さえたままのボリスは、痛みに顔を顰めながら話し始める。
「フリギュア王国がダイバーギルドの本部、マーガロックダンジョンに軍を派遣したという事実は、各国で様々な憶測を呼んでいる。エルロイたちがギルドに兵力を集めてフリギュアへの侵攻を企てたなんて話は誰も信じちゃいないよ」
「――当然だな。ギルドの兵力では、せいぜい街をひとつ占領するので精いっぱいだ」
「そう、だからフリギュアがギルドの権益を奪うためにやったんだろうと思われている。マーガロックダンジョンの発見以来、ギルドの立場が強くなるのを苦々しく思っていた国は、尻馬に乗ってギルドの吸収に乗り出したしな」
「……また元の木阿弥かよ」
不機嫌に唇を歪めたエルロイにボリスは優しく笑う。
「ところがそうでもない。少なくともギルド支部のある国家の七割は、現行のままダイバーギルドの存続を認めた。これはロイホーデンの支部長ゲルラッハの手腕に負うところが大きい」
「まあ、ゲルラッハはもともと王族だからな」
現在のダイバーギルドでもっとも高貴な生まれといえば、間違いなくロイホーデンの怪傑ゲルラッハである。
王族でありながら各国のダンジョンで活躍し、ついには生まれ故郷のケルン王国から追放されてしまった男だ。その武勇もさることながら、各国を渡り歩いた経験と人脈はギルドにとって欠かすことのできないものであった。
「レーヴェとセイリアもそこまで逃げられれば……」
「ま、あんたにはそれが本題なんだろうが、ちょいと面倒なことになっていてな」
二人が生きていることを認めるボリスの言葉に、エルロイは表情を輝かせた。
「このエステトラスを含め、フリギュア本部の傘下ギルドは、あの二人に莫大な賞金を懸けている。いくらあいつらでも大手を振って街は歩けん」
「それはまあ……そうだろうな」
「怪我人も一緒だし、味方であるはずのギルドが完全には信用できない。これが一番の問題だ。裏切り者がサリエル一人のわけはない」
よく考えれば当たり前の話であった。
エルロイたちを追い出した後のギルドを運営していくためには、ある程度の組織力と基盤がなくてはならない。
とりあえずは現状も運営されているのだから、ホームを持たない流れのダイバーの中には、フリギュアの息のかかった者が相当数いるのだろう。
「そんなわけで、レーヴェたちはワルキア公国との国境付近で様子見だ。そこで信頼のおける仲間と情報を集めている。剣聖オイゲンなどが合流したとか」
「彼らに会うにはどうすればいい?」
「『踊る三日月亭』でレーヴェの大嫌いなものを注文すれば、連絡が取れる仕組みだ」
「ありがとう……お代はここに置いておくから」
金貨の入った小袋を置いてエルロイは立ち上がった。
「最後にひとつ聞きたいんだが……」
好奇心に耐えかねて、恐る恐るボリスはエルロイに尋ねた。このあたりは情報屋としての宿痾ともいうべき性分なのだろう。
「――本当にエルロイとデキてない?」
「死ね」
底抜け亭に、ボリスの野太い悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
†
「あの遺物はエノク様の予備身体への転送装置でして……念のため、私のいるこの場所に設定しておいてよかった! 下手をして破棄された遺跡などに転送されていたら一巻の終わりでしたからな」
そう話しながらも、カリウスの手はなめらかに動き続けている。
黄金の髪が丁寧に編み込まれ、着せられたドレスを引き立てるようにセットされていく。
こうして手間暇をかけることが淑女の心を養うのだ、とカリウスは力説するが、俺の心はあくまでも男なので勘弁してほしい。
「……我ながら満足のいく出来映えです。どうぞご覧ください」
「ぶふううううううっ!」
鏡に映る自分の姿を見てエルロイは噴き出した。
ただでさえ細い手足をさらに細く見せるドレスのライン、そしてふんだんにあしらわれたフリルが少女の可愛らしい容姿を際立てる。
豪奢な金髪は上品に纏められ、まるで精緻な金細工のようであった。
大きくつぶらな瞳は菫色に輝き、小さく瑞々しい唇は血のように紅い。
これが亜神エノクの身体――これほど美しい人間をエルロイは見たことがなかった。
なるほど、確かに人間ではなく神の御業……。
「あれ? エノクって女性だったっけ?」
エルロイの素朴な疑問にカリウスは苦笑しながら答えた。
「そうです。威厳がないと言って、幻術で老齢の男を演じておられましたので、ご存知ではないでしょう……私としてはエノク様の美しさを隠すのは断腸の思いだったのですが」
いかにも痛恨の極みという顔でカリウスは顔を歪めた。
「ところで――」
一縷の望みを込めてエルロイはカリウスに尋ねる。
「男の予備身体なんてあったりは……」
「エノク様にそのような無様な格好をさせることなどありえませんっ!」
「ですよねー」
終わった。
この瞬間、エルロイという存在が男性として復活する可能性は途絶えたのだ。がっくし。
「そもそもエルロイ様がエノク様の身体に適合したのは、奇跡のような偶然の賜物なのです。エルロイ様がエノク様の子孫として、その遺伝情報を色濃く受け継いでいなければ、魔法式自体が発動しなかったでしょう」
そう言われてエルロイは、ダンジョンの遺物が遺伝子情報について語っていたのを思い出した。
「俺がエノクの血統だなんて話、初めて聞いたぜ」
「それは止むを得ません。直系の男子は早くして殺されてしまいましたし」
エノクが腐敗する国を捨てて神となり、重しの取れた権力者たちがエノクの屋敷を襲撃したのは有名な話である。
その後わずか一年にして古代王国ワイズの歴史は終焉したのだが。
「ご安心ください! エルロイ様が立派なレディとなれるよう、このカリウス、粉骨砕身してご協力する所存!」
そこに、欠片たりとも安心できる要素はなかった。
「お願いだからもう少し覚悟する時間をください!」
生きていられるだけでも望外の幸運、そして俺には救わなければならない仲間たちもいる――。
これから女性の身体と付き合っていかなければならないのは理解したが、受け入れるにはまだまだ時間が必要であった。
「……お目覚めでしょうか、エルロイ様」
その後、追い討ちをかけるように淑女としての姿勢や座り方を教授されていたのだが、いつの間にか意識が飛んでいたらしい。
ピンクのネグリジェに着替えさせられているが、誰がやったのかは聞かないほうがいいだろう。
「ああ、すいません。着替えは自分でできますので! これからはそこに服を置いてください!」
隙あらば再びお着替えをさせようとにじりよってくるカリウスを、エルロイは先手を打って押しとどめた。
男に身体をまさぐられるあの感覚は、できれば二度と味わいたくない。
残念そうに顔を顰めたカリウスだが、気を取り直してずいっと身を乗り出し、くわっと目を見開いた。
「実は折り入って相談したいことが……!」
その深刻そうな表情に、エルロイはごくりと唾を呑み込む。
もしかしてこの身体に何か不都合でもあるのだろうか? 女性の身体に男性の魂が入りこんでいるわけだしな……。
「エルファシア様というのはどうでしょうか?」
「――え?」
唐突なカリウスの申し出にエルロイは首をひねる。
「長い間必死に考え抜いた、このカリウス渾身のネーミングはいかがでございましょうや!」
「もしかして、俺の名前なんですかっ?」
「イグザークトリーッ! その可憐なお姿で、まだ男の名を使い続けるおつもりかっ! ましておそらくはお訊ね者として追われることになる身でっ!」
「そ、それは、確か……に!」
魂の在り方はともかくとして、生物学的に女性である以上、便宜的に女性の名を名乗ることも必要であろう。精神的なダメージはきつそうだが。
「エルロイ様から名前の一部をいただきつつ、エノク様の高貴さを兼ね備えたこの御名、採用していただけますかっ!」
なんでそんなにテンション高いんだよ!
エルロイはそう思ったが、とりあえず反対する理由があるわけでもなかった。
「……お任せします」
「おおおっ! ついに! エノク様に仕えて数千年! ついに私は主の名づけ親になりましたぞおおおおおっ!」
感動に激しく打ち震えるカリウスにどん引きしながら、エルロイはそそくさと上衣を身につけた。
正気に戻ったら、絶対に手伝おうとするはずだからだ。
――しかし、エルロイの見通しはまだまだ甘かった。
「それではそろそろ入浴をいたしましょうか。エルファシア様」
「はっ?」
今、とても不吉な言葉を聞いたような気がしたのだが。
「無論、エノク様の身体の保存に手を抜いたことはありませんが、エルロイ様がお宿りになるまで一度も入浴していないのも事実。今日という今日は隅々までお洗いしなくてはっ!」
「いやいや、絶対カリウスさんの願望が入ってるよね!」
「滅相もございませんっ! ふひひ……」
「信じられない! 欠片も信じられないよっ!」
ゾワリという不快感に、エルロイは自分を抱きしめるようにして身体を丸めた。
そんな様子が、少女の可憐な雰囲気をますます助長する。
「ま、まさかこれほどとは……エノク様、あなたの娘はこんなにも可愛らしく成長いたしましたぞおおっ!」
「娘じゃないし、女性として育ってもないっ!」
「外見さえ問題なければ、中身など後でどうとでもなるのです!」
「ぶっちゃけたっ!?」
エルロイは生まれて初めて、貞操の危機を感じていた。
セイリアや若い女性冒険者が下心見え見えの男性冒険者に向ける、虫けらでも見るような視線の意味を、エルロイはここで理解した。
(ごめん、セイリア……まさかこんな気持ち悪いことだったなんて……!)
今こそエルロイは全身全霊で、決して女性をいやらしい目で見ないことを誓った。
「と、とにかく自分でできますから、カリウスさんは手出し無用でお願いします!」
「これはしたり。乙女の柔肌や髪の手入れを、エルファシア様が知っているとも思われませぬ!」
「男とお風呂に入るのに比べれば些細なことでしょ!」
すると、まるでこの世の終わりのような絶望に満ちた表情で、カリウスはがっくりと両膝を突く。
そしてやるせない思いに拳を震わせ、涙ながらに哀訴した。
「男だというだけで、主人の身体を洗わせてもらえないのですか! エルファシア様はこのカリウスの忠誠をお疑いかああああああっ!」
「男が女と風呂に入らないのは当たり前でしょう! それに血涙まで流すほどのことですか!」
「主様を愛でるのがこの私の生き甲斐なのにいいいいいいいっ!」
「捨ててしまえ、そんな生き甲斐!」
「ソウサアアアアアッド! 無念っ! 無念でございますが、主様の御為、ここは涙を呑みましょうぞ!」
ドロン!
「えっ?」
まるでカリウスの身体が煙に変わってしまったかのような、否、本当に煙に変わってしまったことにエルロイは絶句した。
まさか、一緒に風呂に入れない絶望のあまり消滅してしまった? そんな馬鹿なことあるわけが……。
「――お初にお目にかかります。エルファシア様」
「だ、誰?」
煙が晴れると、そこにはカリウスではなく二十代半ばほどの、プロポーション抜群の美女がいた。
「カリウスに代わりお仕え申し上げます。カーチャ・ゲオルギーナ。どうかカーチャとお呼びください」
「カーチャさん? カリウスさんは? カリウスさんはいったいどこに?」
突如出現した美女にかしずかれて目を白黒させたエルロイも、いなくなってしまったカリウスを無視することはできなかった。
こんな馬鹿な理由でいなくなられたら、あまりに哀れすぎる。
もちろん、だからといって彼の要求を呑むつもりは一切ないが。
「どうかお気になさらず。カリウスは私の男性体、私はカリウスの女性体です。エノク様の使い魔たる私たちは、二人でひとつの存在なのですから」
「ええええええええええええっ!?」
目の前の美女とダンディなカリウスが同一存在? というか使い魔だって?
上級の魔法士はたいがい高性能な使い魔を所有しているが、その大半は動物かキメラであり、これほど人間そっくりの使い魔をエルロイは今まで見たことがなかった。
「――ところで」
ギラリとカーチャの瞳が欲望に輝くのをエルロイは確かに見た。
「よもや女性の私を拒むなんて真似はしないわよね? 大丈夫、痛くしないからっ!」
「いやああああっ! 穢される! 犯されるううううううっ!」
「やーね。人聞きの悪い。お世話のついでに少し愛でるだけじゃない!」
「言動がカリウスさんと変わってないっ!」
「もともと同じ存在だからね。私たちは」
がしっと肩をわしづかみにされたエルロイは、むなしい絶叫を残して浴室へ引きずられていくのだった。
「いいいいいやあああああああああああああああっ!」
絶賛洗われ中の身となったエルロイは、いろいろと見てはいけない光景から目を逸らすことで精いっぱいであった。
「うふふふふ……いい肌だわあ。白くてきめ細やかで、吸いつくような潤いがあって……こんな肌を荒らすなんてもはや犯罪よねえ」
機先を制して自分で洗おうとしたのもむなしく、たちまち駄目出しをされたエルロイは為されるがままに洗われるしかなかった。
「乙女の柔肌を男どもの油臭い雑巾みたいなものと比べるなんてもってのほかよっ! そんな力任せに擦ったら痛いでしょう?」
「あ、はい」
もちろん実際に肌が真っ赤に傷んだこともあるが、エルロイの視線はメロンのように豊かに実ったカーチャの胸にくぎづけであった。
そのボリュームは、記憶にあるセイリアのそれを大きく上回る。
「氷雪嵐!」
「うわっ! こ、殺す気かセイリア!」
「誰が貧乳だっ!」
「誰もそんなこと言ってねえよ! ていうか、そんな意味不明なことで魔法をぶっ放すな!」
「おかしい……この感覚はきっとエルロイ。絶対に天誅を下す!」
セイリアとレーヴェの間でそんな会話がされているとは夢にも思わず、エルロイは惜しげもなく晒されたカーチャの肢体にノックアウト寸前であった。
これまで女性と付き合ったことのないエルロイに、いきなりカーチャのようなナイスバディは刺激があまりに強すぎた。
(いかん、鼻血が……)
顔面の血管に血流が集中していくのがわかり、エルロイはぶるぶると頭を振った。
「だめよ、ちゃんと見てなきゃ。敏感な部分のケアは大切だから」
「ひゃんっ!」
自分のものとは思われぬ嬌声にも似た悲鳴を上げて、エルロイは身を固くした。
カーチャの手が女性特有の敏感な部分に触れたのである。
「こういうデリケートな部分こそ、淑女として気をつけなくてはいけないわ。間違っても乱暴に扱ってはダメ。指でこするようにして少しずつ汚れを取る」
「わか、わかりましたから……! 早く終わって……! ひううっ!」
カーチャの言葉は正しい。
なんとなくそれがわかるだけに、エルロイも強く拒絶することができずにいた。
しかしそれと身体の反射はまた別である。魔法剣士として苦痛には耐性のあるエルロイだが、苦痛とは真逆の未知の感覚には対応ができない。
「エルファシアちゃんも生理が来ると思うし、そのケアもきちんとしないとね」
「――えっ?」
今、またも聞き捨てならないことを聞いたような気がする。
「生理……来るの?」
「当たり前でしょう? エノク様のボディが見かけ倒しだとでも思っているの? 完璧で、人間の女と何ひとつ変わらないわよ!」
――ということは子供が産める!?
「ふにゃあああああああああああああああああああああっ!」
「ちょ、ちょっと! エルファシアちゃん落ち着いて!」
昨日の今日で、そこまで女性に適応することなど不可能だった。それをいやというほど自覚させられたのである。
「いやいやいやいやいやいやいやっっ! 俺のお○ん○ん返して!」
「こらっ! 淑女がお○ん○んとか言っちゃいけません!」
駄目だ。こんなの子供の駄々っ子と変わらない。そう思うエルロイだったが、この身体になってから感情の制御がひどく難しかった。
「ふええええええええっ!」
「もう……しょうがないわね……」
一時エルロイの身体を洗うことをやめたカーチャは、ぐっとエルロイの小さな身体を抱きしめた。
「好きなだけ泣きなさい。女の子は泣くのを我慢しない分だけ、男より強い生き物なのよ」
男ならその意見には素直に頷けない部分があるだろうが、今のエルロイには冷静にそうした思考をするだけの余裕はなかった。
豊かで柔らかいカーチャの生乳に顔を埋めていることも忘れて、エルロイは疲れ果てるまで泣き続けた。
「……あらあら、寝ちゃったわ」
やがて眠ってしまったエルロイを、カーチャは愛おしそうに抱き上げる。
「エノク様より可愛いんじゃないかしら。使い魔心をくすぐるご主人様ね」
手早くエルロイの身体を拭き、シルクのネグリジェを着せたカーチャは、ベッドにエルロイの身体を大切そうに横たえ、自らもその隣に並んだ。
「お休みなさい、エルファシア様」
翌朝、目が覚めると同時にエルロイはのけぞって悲鳴を上げた。
カーチャの彫りの深い美貌と、零れ出るようなふたつの巨乳が目に飛び込んできたからである。
「ひゃああああああああっ!」
「あら、おはようエルファシア様。恥ずかしがらなくていいのよ? だって女同士じゃない」
「俺の心は男ですからっ!」
そこだけは譲るわけにはいかないのが、エルロイのアイデンティティであった。
もしこの防壁が破られれば、もはやエルロイという人格は、かつて存在した何かに成り下がってしまうだろう。
すでにだいぶ汚染された気がしないでもないが。
「エルファシア様の意思は尊重したいけど……エノク様の身体で生活する以上、淑女としての立ち振る舞いは覚えてもらう必要があるわ。私もこればっかりは譲れないわよ?」
「人目のあるところでは妥協するので……」
いくらエルロイでも、今の美少女の姿で男のように行動するのが痛すぎることはわかっている。今さら黒歴史を追加するのは御免であった。
「それじゃ、まず下着の付け方から教えよっか?」
「前言撤回してもいいですか?」
「だ、め!」
結局、またも着飾らされてしまった……。
どう見ても深窓の令嬢にしか見えない自分の姿に、エルロイはホロリと瞳を潤ませる。
「う~~んっ! 満足! それでエルファシア様、これからどうするの?」
髪を撫でるようにして香油を染み込ませながらカーチャは尋ねた。
「……まずはレーヴェたちと合流しなきゃな」
あの二人が追手に捕まっているとは思えなかった。
奇襲を受け仲間を守るためにしんがりとなったが、最初からあの二人が自分の命を最優先に行動していれば、あの場から逃げるのも可能だったろう。
それに、あの二人がやられたまま黙っているはずがない。各地に散らばった仲間を集めて、復讐の機会を狙っていることは確実だった。
「随分信頼しているのね? 恋人?」
「ば、馬鹿っ! 俺は男だって言っただろう!」
「あらぁ? 私はそのレーヴェって人のことだなんて、一言も言ってないわよぉ?」
「うぐっ!」
そんな聞き方をされたら誰だってそう思うじゃないか! とエルロイは思ったが、カーチャの悪戯っぽい笑みを前に、言い訳は無駄であることを察した。何を言っても余計にいじられるだけだ。
「――で、今さらだけど、ここはどこなんだ?」
「ケルン山脈の地下洞窟の中ね。南峰だから、下山すればエステトラス連邦に出られるわよ」
「エステトラスか! それは助かる!」
エステトラス連邦は、フリギュア王国の南部に位置する共和制の小国である。
五商と呼ばれる商会の主が元老として君臨しており、その経済的影響力は決して小国と侮ることができない。ダイバーギルドにとっても有力な取引先のひとつであった。
「あの国の情報屋には伝手がある。そこを拠点にレーヴェたちを探そう!」
†
そうして洞窟を旅立ってから三日。
エルロイは毎日積み重なるストレスで早くも胃を痛めていた。
「お嬢ちゃん、お似合いの髪飾りがあるよ?」
「おおおお、お兄さんといっしょに楽しいことしないかな? な?」
どこに行ってもお子ちゃま、そして美少女扱いなのだ。
こんな可愛らしい娘に獣欲を抱くなど、紳士の風上にも置けぬ。ロリコン死すべし。慈悲はないのだ!
「――てめえら纏めてぬっ殺すっっ!」
ゴメス!
エルロイの眼前で火花が散った。
頭頂部に感じるあまりの痛みに、涙目となったエルロイは頭を押さえてうずくまる。
主人に対して容赦のないエルボースマッシュをかましたカーチャは、優雅に微笑んで小首をかしげた。
「……いけませんわ、エルファシア様。淑女たるもの、言葉遣いには常に気をつけなさいとあれほど言ったのに! ワンスモアゲイン」
「……私を子供扱いするなら、ただではおきませんわ!」
「ザッツライト! さ、参りましょう」
「こらこらっ! ちょっと待て!」
完全に無視された男たちが、声を合わせて叫んだ。
彼らからすれば、エルファシアの可憐な美貌もさることながら、カーチャの妖艶な美女の色香も捨てがたい。
最初から、断られただけで諦めるつもりなど毛頭なかった。
「随分コケにしてくれるじゃねえか……大人しく誘ったからって調子に乗るんじゃねえぞ」
「おおおお、お兄さんの言うことに従わない妹などいないのだなっ!」
「――困りましたね。これ以上はエルファシア様を押しとどめておくことはできませんわ」
「言質とったあああああああっ!」
まるで引き絞られた矢が放たれたように、エルロイの小さな身体が飛び出した。
全身を駆け巡る魔力による身体強化だ。小柄で華奢に見える身体は、その強化を軽々と受け入れる。
さすがはエノクの予備身体というべきか。間違いなくスペックはエルロイの元の身体よりも上だろう。
下手に全力を出そうものなら、こんな素人の男たちなど卵のように握り潰してしまいそうだ。
エルロイは軽く悶絶する程度に、男の急所につま先蹴りを打ち込んだ。
なぜだろう? 男であったころは他人事でも肝が冷えたのに、今はざまあみろとしか思わない。
「うぐっ……金的はひどい!」
「お、お兄さん、お姉さんになっちゃうっ!」
あまり深刻さを感じられない男たちの反応に、エルロイは手加減することを止めた。
「貴様らには死すら生ぬるいっ!」
グキリ。
しかし、目にも留まらぬ速さで動いていたエルロイを悠々と捕まえたカーチャが、チキンウイングフェイスロックの構えを取る。
まさに電光石火! 完全に極ったエルロイの関節がギリギリと悲鳴を上げた。
身体強化されたエルロイを封じ込めるカーチャの膂力は、いったいどれほどのものなのだろうか。
「極ってる! 極ってる! 折れちゃう! 落ちちゃうううううううっ!」
「わ、た、し、言葉遣いについて何度も忠告したはずですわああっ!」
「ごめんなさい! 次から気をつけますからああああっ!」
幼い美少女が、美女に背後からのしかかられ関節技をかけられている光景は、あまりに異質であった。
いつの間にかたくさんのギャラリーから注目されていることに気づくと、カーチャはオホホ、と愛想笑いをしてエルロイから腕を離した。
危うく飛びそうだった意識を取り戻して、エルロイはカーチャを上目遣いに、うらめしそうに睨みつける。
思わず抱きしめたくなるその可愛らしさを、カーチャは多大な意志力を動員してなんとか耐え抜いた。
「――それで伝手というのはどちらですの? エルファシア様」
「まずはギルドに行ってみよう。あの事件がどういう処理をされたのか知っておきたいし」
†
エステトラスのダイバーギルドは、非常にこぢんまりとした赤い屋根の建物にある。
規模が小さいのは、エステトラスにはダンジョンがないからだ。
ギルドのなかにはダンジョン由来のアイテムや、クエストの張り紙があるだけで、カウンターの青年は眠そうにあくびをしていた。
「失礼するわ」
聞き慣れない甲高い声で扉をくぐってきた少女の姿に、青年はたちまち眠気も吹き飛び、慌てて背筋を伸ばす。
少女がその様子にクスリと柔らかい笑みを浮かべるので、青年はますます緊張して顔を赤らめた。
「割と小さいんですのね」
なにやら不満そうな、一緒に入ってきた女性も目の覚めるような美女である。
ここエステトラスのギルド駐在員になって数年になるが、こんな場違いな美女が来たのは初めてであった。
「とと、当ギルドに何か御用でありましょうか?」
額に玉のような汗を浮かべ、青年は口元をひきつらせて笑った。
「知人に聞いたのだけれど、本部のほうで何かあったの?」
さすがは正規の職員というべきだろうか。エルロイの言葉に、青年は急激に表情を硬くした。
「……失礼ですが、お嬢様はどちらのダイバーでいらっしゃいますか?」
「どちらの、とはどういう意味かしら? 私はダイバーではありません。ただ、知り合いの安否を心配して尋ねただけです」
「お探しの方の所在が不明であるとすれば、残念ながら生きておられる確率は低いかと思います。知人の方々にも、できれば本部に近づかぬようにとお伝えください」
やはりあの場にいた職員のほとんどは助からなかったらしい。エルロイは顔には出さず、内心で怒りに震えた。
「何があったのかお聞きしても?」
青年も一人前のギルド職員である。いくら綺麗な少女の頼みでも、普通は秘密を漏らすようなことはしない。
しかし現在の複雑な境遇が、まるで愚痴のように重い口を開かせた。
「わからないんだ。突然ギルド長が反乱容疑で処刑されたという連絡があったと思ったら、フリギュアの本部とロイホーデンの支部で真っ二つに組織が分かれてしまった。フリギュア王国と同盟関係にあるエステトラスとしては、フリギュア本部に従わざるを得ない」
しかも本部からの通達では、氷炎の魔女セイリアや槍匠レーヴェを発見し次第逮捕しろと言っている。
おそらくはフリギュア王国とロイホーデン帝国の勢力争いに、ダイバーギルドが巻き込まれたのではないか。青年はそう解釈していた。
「追われているセイリアとレーヴェに心当たりは?」
「本部の指示で情報は収集していますが、皆目見当がつきません。ダイバーなら誰だってあの二人を相手にしようとは思いませんよ」
確かにそうかもしれない、とエルロイは苦笑した。
槍を扱わせればレーヴェは大陸でも最強に近い男である。セイリアもまた、攻撃魔法の強力さにおいては並みの宮廷魔法師など比較にならない。
ダイバーのような組織力のない人間が、個人で敵に回していい人間ではなかった。
彼らを捕まえることができるとすれば、軍隊で物量に物を言わせるか、暗殺や毒殺のような騙し討ち以外にないだろう。
「貴重な情報ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ踵を返すエルロイに向かって、青年は優しく声をかけた。
「君の知り合いが無事であることを祈っているよ」
「感謝します」
青年の厚意に、エルロイは素直に礼を言った。
「き、緊張したぁ……」
ギルドの窓口を後にすると同時に、エルロイはがっくりと俯いて大きく息を吐き出す。
意識して女性らしく会話するのは、予想以上に神経を摩耗する作業であった。男としてのエルロイを、間接的にとはいえ知る相手なだけに、羞恥心が強く刺激されたのだ。
この先レーヴェやセイリアに会ったときのことを考えると、頭を抱えたくなる。
こうしてギルドから出たエルロイは、もうひとつの伝手を訪ねようとしたが、ひとつ困ったことに思い当たった。
少々柄のよろしくない裏稼業の知り合いである。自分が信用してもらえるか、という問題もあったし、女性二人で訪ねて、余計な有象無象が集まるのも面倒だ。
「――そんなわけで、カリウスさんと代わってもらえないかな?」
「ひどいわっ! 私を捨てるのねっ!」
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
しなをつくって腰をくねらせるカーチャに周囲の視線が集中する。美少女と美女が愁嘆場を演じているとなれば、注目が集まるのは当然だろう。
ひとまずこの場を離れなくては。
首筋まで真っ赤に染めて、エルロイは足早にその場をあとにした。
「……カーチャが大変ご無礼をいたしました」
「いや、無礼という点ではカリウスさんもいい勝負だから」
「ホーリーシット! 私はエルファシア様に対する敬意と忠誠を忘れたことなどありませぬぞ!」
忠誠の表現に、重大なミスがある気がするんだがなあ。
幸いカーチャが大人しく引っ込んでくれたこともあって(夜にはまた呼びだすことを約束されたけど)、執事として風格に満ちたカリウスを盾にすることで、エルロイに対する好奇の視線は減った。
「それで次はどちらに?」
「ああ、『底抜け亭』って酒場に用がある」
底抜け亭は、文字通り、男たちが底が抜けたように大量に酒を飲むことから名づけられた酒場だ。大陸を渡り歩く行商や護衛に人気があることから、情報が集まることでも知られている。
その主人であるボリス・モルガンはエルロイの古い知り合いであった。
「まさかこんなナリでボリスに会うことになるとはなあ……」
それだけが憂鬱だった。
よくよく考えれば、男であったころのエルロイを知る人物に会うのは、転生してから初めてなのである。
「邪魔するぜ!」
ゾクゾクッ!
突然カリウスに背中を指でなぞられて、エルロイは危うく悲鳴を上げるところだった。
カーチャは暴力だが、カリウスはセクハラなのかっ! ある意味カーチャより性質が悪いっ!
「……お邪魔するわ」
そう言い直したエルロイは、かつて何度も訪れた店内を見渡した。
商人らしき身なりのいい男が数人ほどで、両脇に商売女をはべらせていた。こちらに好奇の視線を寄こしているのは護衛の兵士だろうか。
「嬢ちゃん、悪いことは言わねえから帰りな。ここは嬢ちゃんの遊び場には早すぎる」
静かな迫力とともに、ボリスはエルロイに向かって手を振った。
どこの貴族の令嬢か知らないが、店を子供の遊びに利用されるのはボリスのプライドが許さなかった。
「ショーパイエを飲めるのはここだけだと聞きましたわ」
「……嬢ちゃん、珍しいもん知ってるじゃねえか」
ショーパイエとは、ボリスの出身地に伝わる非常に珍しい茶をブレンドしたオリジナルカクテルで、それを知っているのはこの酒場の裏に通じた人間に限られる。
その名が出たとなると、到底見過ごすことはできなかった。
「カウンターに座りな。お望みのショーパイエを飲ませてやる」
そう言いつつ、ボリスは油断のない目で金髪の少女を見つめた。
一度見れば二度と忘れられない美貌だ。間違っても知り合いではないし、知り合いの誰とも似ていなかった。
「ところでショーパイエを誰に聞いた?」
他の客に聞こえない程度の小声でボリスは尋ねる。
呟くように低い声だが、その響きには嘘や曖昧な答えは絶対に許さない、という意思が込められていた。
「カンタビーユの捨て子に」
「なんだと?」
ボリスは想定外の返答に唸った。
『カンタビーユの捨て子』が自分の想像通りの人物であれば、迂闊に口にすることはできない渦中の人物だったからである。
「懐かしい名だ。奴は元気かい?」
「いいえ……彼は死にました。今は彼の友人の行方を探しています」
「そうか。死んだ、か」
エルロイを処刑したという発表を耳にしてはいたが、こうして他人から聞かされると、あらためてその死を実感してしまう。
長年の知り合いが殺されたという事実は、ボリスを憂鬱にさせるには十分だった。
「――それにしても、奴が美少女愛好家だったとは」
ポロリと漏れたボリスの一言に、カチンと空気が凍りついた。
今、この男はなんと言った? 美少女愛好家……それはもしかして、俺のことを言っているのか?
「本命は、実は隠れ蓑だったのかもしれないな。そういえば孤児の女を拾ったと聞いたことがあったような……奴を見損なったぜ」
「誰が美少女愛好家だああああああああっ!?」
反射的にエルロイは絶叫した。
いくら女の身体に身をやつしたとはいえ、美少女愛好家扱いされる謂れはなかった。
「割と女にモテたはずなのに、誰ひとり手を出さなかったのはそういうわけか。嬢ちゃんのような、いいとこの令嬢にまで手を出すほど見境がないとはな」
「だから美少女愛好家じゃないからっ! わ、私は彼の恋人でもなんでもないのっ! 信じてえっ!」
「さ、参考までに聞きたいんだが……嬢ちゃんは処女か?」
「KILL YOU!」
「ちょ、落ちつけ。俺が悪かったああああああっ!」
こうして大暴れしたエルロイのせいで、底抜け亭は臨時休業に追い込まれることとなった。
「さすがに、これには同情を禁じ得ません」
泣きながら暴れるエルロイを、カリウスも積極的に止めることはできない。
正気を失ったエルロイが落ち着くまでには、しばらくの時間が必要であった。
無人となった底抜け亭で、ボリスは大きく腫れあがった頭部を押さえる。
「……ててて、わかった! わかったよ! エルロイは美少女愛好家じゃない。あんたはエルロイの恋人じゃない。だからもうやめてくれ!」
「ううううううっ……本当に信じてる?」
「信じたからっ! これ以上暴れられたら店が潰れちまうよ!」
――うらむぜ、エルロイ。全くなんて奴を寄こしやがった。
未だに涙目でこちらを睨みつけているエルロイに、ボリスはお手上げだとばかりに両手を上げた。
「それで? 俺にどうしろって言うんだい?」
「そりゃあもちろん……」
目的を思い出して真顔に戻ったエルロイは、コツコツとカウンターを人差し指で叩いた。
「壁抜けのボリス――もうひとつの商売を辞めたわけじゃあるまい?」
その名はエステトラスはおろか、フリギュアなど国外にまで轟く情報屋のものである。
どんな伝手で情報を集めているか誰にもわからないことから壁抜けと渾名され、エルロイもよく利用した男だった。
カウンターを人差し指で二度叩くのは、情報を利用するときの符牒。ショーパイエを頼むのは、人に聞かれたくない話をする場合の符牒だ。
「符牒は間違っちゃいないが……さすがに今回ばかりは確認を取らせてもらうぜ」
情報屋として名高い地獄耳のボリスですら、目の前の少女についての情報はまるでない。
いかに符牒を知っていようと、それだけで信用するには無理があった。
「嬢ちゃん、本当にエルロイの腹違いの妹なんだな?」
「ええ、そうよ」
「奴とは親しかったか?」
「もちろん、同腹の妹同然に大事にされていたわ。彼のことなら何でも知ってる」
エルロイという人物を語るうえで、自分以上の適任者はいない。もともと同一人物なのだから当然である。
堂々と胸を張るエルロイに、ボリスは尋ねた。
「では聞くが、エルロイの尻には大きな傷がある。どうしてついたか知っているか?」
「そ、それは――」
決まり悪そうにエルロイは口ごもった。当然答えは知っているが、口にするのが憚られたのである。
「その、湖で油断して……用を足していたら、後ろからシャークスピアーに……尻を……てか誰だよっ! それをお前に教えた奴は!」
「槍匠レーヴェだけどな」
「レーヴェ、あいつ、絶対許さねええええっ!」
「どうやら身内で間違いねえようだな。しかし……妹にこんな話を聞かせるなんざ、案外奴はマゾだったのかねえ……」
「お前が聞いたんだろうがああああああああっ!」
「まさか答えるとは思ってなかったよ」
「ど畜生おおおおっ!」
哀れなエルロイは、血涙を流さんばかりに絶叫したのであった。
相変わらず頭を押さえたままのボリスは、痛みに顔を顰めながら話し始める。
「フリギュア王国がダイバーギルドの本部、マーガロックダンジョンに軍を派遣したという事実は、各国で様々な憶測を呼んでいる。エルロイたちがギルドに兵力を集めてフリギュアへの侵攻を企てたなんて話は誰も信じちゃいないよ」
「――当然だな。ギルドの兵力では、せいぜい街をひとつ占領するので精いっぱいだ」
「そう、だからフリギュアがギルドの権益を奪うためにやったんだろうと思われている。マーガロックダンジョンの発見以来、ギルドの立場が強くなるのを苦々しく思っていた国は、尻馬に乗ってギルドの吸収に乗り出したしな」
「……また元の木阿弥かよ」
不機嫌に唇を歪めたエルロイにボリスは優しく笑う。
「ところがそうでもない。少なくともギルド支部のある国家の七割は、現行のままダイバーギルドの存続を認めた。これはロイホーデンの支部長ゲルラッハの手腕に負うところが大きい」
「まあ、ゲルラッハはもともと王族だからな」
現在のダイバーギルドでもっとも高貴な生まれといえば、間違いなくロイホーデンの怪傑ゲルラッハである。
王族でありながら各国のダンジョンで活躍し、ついには生まれ故郷のケルン王国から追放されてしまった男だ。その武勇もさることながら、各国を渡り歩いた経験と人脈はギルドにとって欠かすことのできないものであった。
「レーヴェとセイリアもそこまで逃げられれば……」
「ま、あんたにはそれが本題なんだろうが、ちょいと面倒なことになっていてな」
二人が生きていることを認めるボリスの言葉に、エルロイは表情を輝かせた。
「このエステトラスを含め、フリギュア本部の傘下ギルドは、あの二人に莫大な賞金を懸けている。いくらあいつらでも大手を振って街は歩けん」
「それはまあ……そうだろうな」
「怪我人も一緒だし、味方であるはずのギルドが完全には信用できない。これが一番の問題だ。裏切り者がサリエル一人のわけはない」
よく考えれば当たり前の話であった。
エルロイたちを追い出した後のギルドを運営していくためには、ある程度の組織力と基盤がなくてはならない。
とりあえずは現状も運営されているのだから、ホームを持たない流れのダイバーの中には、フリギュアの息のかかった者が相当数いるのだろう。
「そんなわけで、レーヴェたちはワルキア公国との国境付近で様子見だ。そこで信頼のおける仲間と情報を集めている。剣聖オイゲンなどが合流したとか」
「彼らに会うにはどうすればいい?」
「『踊る三日月亭』でレーヴェの大嫌いなものを注文すれば、連絡が取れる仕組みだ」
「ありがとう……お代はここに置いておくから」
金貨の入った小袋を置いてエルロイは立ち上がった。
「最後にひとつ聞きたいんだが……」
好奇心に耐えかねて、恐る恐るボリスはエルロイに尋ねた。このあたりは情報屋としての宿痾ともいうべき性分なのだろう。
「――本当にエルロイとデキてない?」
「死ね」
底抜け亭に、ボリスの野太い悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
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