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会社でのヒミツ情事 ①
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ふわぁっと、大きな口を開けて欠伸をする。朝は眠気との戦いだ。
体を揺らしながら吊革につかまり、私は金曜日の通勤電車に揺られていた。窓に映るだらしない姿を見て、頭を振り、私は気を引き締めなおす。
昨日は、本当に久しぶりの残業をした……と言っても、会議の準備をしていただけだけど。
私が勤めている会社では、月に一回、月末の金曜日に課長職以上を集めた定例の会議が開かれる。各課の業務内容やプロジェクトの進捗状況、スケジュールなどを確認するためのミーティングだ。その会議の準備や集められた資料をまとめるのは、私が所属している総務課の役割だった。
「ごめーん、資料遅くなっちゃった!」
「ホント!締め切り守るよう、そっちの上司に言っておいて」
その会議の準備を朝からせっせと続けていたが、由紀子が所属しているイベント企画部の資料提出が遅くなり、会議資料の作成がその分後ろ倒しになっていた。
私はその資料をすでに一つにまとめていた会議資料の中に入れ、コピー機に乗せる。窓の外を見ると、もう外はすっかり日が暮れて暗くなっていた。今から始めて、一体いつ終わるのだろうか? 溜息をつきながら、私はコピーボタンを押した。資料がどんどんコピー機に吸い込まれていく。
「はる、最近元気?」
「え? 何が?」
「ほら、前に飲みに行った後、何回か見かけたけどなんか元気ない感じだったから……」
「そう?」
まあ、あの直後色々あったので……と口を開こうとして、ぐっと噤む。由紀子は小さな声で、私の耳元でそっと囁く。
「なんか、最近、色っぽさっていうの? ……艶でてきたっていうか?」
「はあ?!」
私の大きな声が、フロア中に響いた。じろりとした質問がこちらを向くので、小さく頭を下げた。しかし、由紀子は楽しそうに話を続ける。
「まさか、さっそく彼氏できたとか?」
私と課長のあの『ペット』と『ご主人様』という不思議な関係が始まってから、もうすぐ一か月経とうとしていた。毎週金曜日、課長はふらっと店にやってきて少し冷やかしてから、ホテルに私を連れ込みそこで私を抱く。
そして、彼があの時に言った「お小遣いをあげる」という言葉の通り、ホテルから帰るときに封筒に入った5万円をポイっと渡される。たったそれだけの関係だ、だから私は由紀子の『彼氏』という言葉を、首を横に振って否定した。
「なーんだ、でも良かったかも」
「何が?」
「いや……あのね、うちの部署にいる戸川さん、知ってる?」
「ううん、知らないけど……」
「うちらより二つ年上なんだけど……最近、何かはるのことばっかり聞かれるんだよね、私。たぶん、はるに気があるんだと思う」
「えー!」
その、『戸川』という名前を言われてもピンとこなかった。社内報で見たことがあるのかもしれないけれど、何も思い出せないし顔もピンとこない。そんな人が、私のことをそんな風に思っているなんて、にわかには信じがたい。
「いい人だよ、優しくて落ち着いてて、そんでもって安定志向で……」
「うーん」
「今度会社全体の飲み会あるじゃん、その時に紹介する約束しちゃったから。覚えておいてね」
「勝手にそういうことするんだから」
「まあまあ、友達の幸せを願ってやってるんだからさ……あ゛」
由紀子は蛙をつぶしたような声を出した、私は由紀子がぐっと喉を詰まらせて見つめている一点を同じように見ると……そこには、眉を顰めながら私たちをじっと見る副島課長がいた。
その睨みは私のみならず、所属している部署が違う由紀子にも大きなダメージを与えていたようだった。
「……じゃ、私そろそろ戻るね」
その証拠に、由紀子の声は少し震えている。
「あ、次からは締め切りまもってよ~」
「……はーい」
少しだけ重たい足取りで、由紀子は総務課のフロアから出ていった。私は少し肩を落とすが、その由紀子の申し出は嬉しかった。セフレとかご主人様とかではなく、ちゃんと私のことが好きで付き合ってくれる人。……そんな人、すぐ身近にたくさんいたらいいのに。はあ、とため息をつくとコピー機からギギギッという不吉な音が聞こえてきた。恐る恐るパネルを確認すると……。
「も~!!なんで詰まるの?!」
パネルにはエラー発生の表示がされていた。コピー機の中で紙が詰まって、ちゃんと紙が排出されなくなってしまったのだ。
「はるちゃん、大丈夫?」
カバーを開き、コピー機の中に詰まったくしゃくしゃの用紙を取り除く私に、早田先輩が声をかける。その口調は、いつも通り優しい。
「……どうしてこんなに詰まるんですか、このコピー機!」
「ん~~もう古いし、最近いっぱいコピーしてるからかな?」
「じゃあ、今日なんか最悪じゃないですか……。まだホチキス留めも残ってるのに」
「今コピー終わったのだけでも、残りの時間、私やっておくよ。はるちゃんは、コピー機の復旧頑張ってて」
「ありがとうございます……」
体を揺らしながら吊革につかまり、私は金曜日の通勤電車に揺られていた。窓に映るだらしない姿を見て、頭を振り、私は気を引き締めなおす。
昨日は、本当に久しぶりの残業をした……と言っても、会議の準備をしていただけだけど。
私が勤めている会社では、月に一回、月末の金曜日に課長職以上を集めた定例の会議が開かれる。各課の業務内容やプロジェクトの進捗状況、スケジュールなどを確認するためのミーティングだ。その会議の準備や集められた資料をまとめるのは、私が所属している総務課の役割だった。
「ごめーん、資料遅くなっちゃった!」
「ホント!締め切り守るよう、そっちの上司に言っておいて」
その会議の準備を朝からせっせと続けていたが、由紀子が所属しているイベント企画部の資料提出が遅くなり、会議資料の作成がその分後ろ倒しになっていた。
私はその資料をすでに一つにまとめていた会議資料の中に入れ、コピー機に乗せる。窓の外を見ると、もう外はすっかり日が暮れて暗くなっていた。今から始めて、一体いつ終わるのだろうか? 溜息をつきながら、私はコピーボタンを押した。資料がどんどんコピー機に吸い込まれていく。
「はる、最近元気?」
「え? 何が?」
「ほら、前に飲みに行った後、何回か見かけたけどなんか元気ない感じだったから……」
「そう?」
まあ、あの直後色々あったので……と口を開こうとして、ぐっと噤む。由紀子は小さな声で、私の耳元でそっと囁く。
「なんか、最近、色っぽさっていうの? ……艶でてきたっていうか?」
「はあ?!」
私の大きな声が、フロア中に響いた。じろりとした質問がこちらを向くので、小さく頭を下げた。しかし、由紀子は楽しそうに話を続ける。
「まさか、さっそく彼氏できたとか?」
私と課長のあの『ペット』と『ご主人様』という不思議な関係が始まってから、もうすぐ一か月経とうとしていた。毎週金曜日、課長はふらっと店にやってきて少し冷やかしてから、ホテルに私を連れ込みそこで私を抱く。
そして、彼があの時に言った「お小遣いをあげる」という言葉の通り、ホテルから帰るときに封筒に入った5万円をポイっと渡される。たったそれだけの関係だ、だから私は由紀子の『彼氏』という言葉を、首を横に振って否定した。
「なーんだ、でも良かったかも」
「何が?」
「いや……あのね、うちの部署にいる戸川さん、知ってる?」
「ううん、知らないけど……」
「うちらより二つ年上なんだけど……最近、何かはるのことばっかり聞かれるんだよね、私。たぶん、はるに気があるんだと思う」
「えー!」
その、『戸川』という名前を言われてもピンとこなかった。社内報で見たことがあるのかもしれないけれど、何も思い出せないし顔もピンとこない。そんな人が、私のことをそんな風に思っているなんて、にわかには信じがたい。
「いい人だよ、優しくて落ち着いてて、そんでもって安定志向で……」
「うーん」
「今度会社全体の飲み会あるじゃん、その時に紹介する約束しちゃったから。覚えておいてね」
「勝手にそういうことするんだから」
「まあまあ、友達の幸せを願ってやってるんだからさ……あ゛」
由紀子は蛙をつぶしたような声を出した、私は由紀子がぐっと喉を詰まらせて見つめている一点を同じように見ると……そこには、眉を顰めながら私たちをじっと見る副島課長がいた。
その睨みは私のみならず、所属している部署が違う由紀子にも大きなダメージを与えていたようだった。
「……じゃ、私そろそろ戻るね」
その証拠に、由紀子の声は少し震えている。
「あ、次からは締め切りまもってよ~」
「……はーい」
少しだけ重たい足取りで、由紀子は総務課のフロアから出ていった。私は少し肩を落とすが、その由紀子の申し出は嬉しかった。セフレとかご主人様とかではなく、ちゃんと私のことが好きで付き合ってくれる人。……そんな人、すぐ身近にたくさんいたらいいのに。はあ、とため息をつくとコピー機からギギギッという不吉な音が聞こえてきた。恐る恐るパネルを確認すると……。
「も~!!なんで詰まるの?!」
パネルにはエラー発生の表示がされていた。コピー機の中で紙が詰まって、ちゃんと紙が排出されなくなってしまったのだ。
「はるちゃん、大丈夫?」
カバーを開き、コピー機の中に詰まったくしゃくしゃの用紙を取り除く私に、早田先輩が声をかける。その口調は、いつも通り優しい。
「……どうしてこんなに詰まるんですか、このコピー機!」
「ん~~もう古いし、最近いっぱいコピーしてるからかな?」
「じゃあ、今日なんか最悪じゃないですか……。まだホチキス留めも残ってるのに」
「今コピー終わったのだけでも、残りの時間、私やっておくよ。はるちゃんは、コピー機の復旧頑張ってて」
「ありがとうございます……」
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